第55話:【閑話】二度目の生存報告(?)と、王室のシュールな大混乱
第55話:【閑話】二度目の生存報告(?)と、王室のシュールな大混乱
アルカディア王国王城。
国王ヴィルヘルムは、執務室の窓辺に立ち、優雅に午後の紅茶を傾けていた。
彼の視線の先には、王都の郊外にそびえ立つ『悠久の大迷宮』がある。
「……陛下。本日も機嫌がよろしいようですな」
大量の書類を抱えて執務室に入ってきた宰相オズワルドが、微笑ましそうに声をかけた。
「うむ。数日前にあの迷宮から上がった『純白の光の柱』……。あれを見るたび、余は胸が熱くなるのだ。あの地獄のような深層で、若者たちが命を懸けて強敵と戦い、生き抜いている。あの光は、彼らが全霊の魔力を振り絞って放った『奇跡の生存報告』なのだからな」
「ええ、全くです。エルフの最高位精霊魔法と聖女の絶対結界の融合。文字通り、命を削るような決死の魔法だったことでしょう。彼らが今、傷ついた体を寄せ合い、静かに休息をとれていることを祈るばかりです」
国王と宰相は、大迷宮に向かって深く、そして感動に満ちた祈りを捧げた。
数日前のあの光柱は、王都の吟遊詩人たちの間で早くも『深淵の奇跡』として歌われ始め、人々に勇気と希望を与えていたのである。
「あの規模の大魔法です。放ったルミナ嬢とマリア嬢は、魔力枯渇で一ヶ月は目を覚まさないやもしれません。しかし、彼らにはガレスやジンといった優秀な護衛が――」
オズワルドが、しんみりとした声でそう語りかけた、まさにその瞬間だった。
カッ――――!!
王城の分厚いガラス窓が、外からの強烈な光によって真っ白に染まり上がった。
「な、なんだ!?」
国王が驚いて手に持っていたティーカップを取り落とす。ガシャン! と最高級の磁器が砕け散る音すら掻き消すような、凄まじい地鳴りが王都全体を揺るがした。
「へ、陛下ッ!! ま、窓の外を!!」
オズワルドが、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほど裏返った声で叫んだ。
国王が慌てて窓にすがりつくと。
そこには、数日前に見たばかりの、いや、数日前よりもさらに太く、さらに眩い『純白の光の柱』が、再び大迷宮の底から天を貫いて噴き上がっていたのである。
「……は?」
国王ヴィルヘルムの口から、間の抜けた声が漏れた。
「え、あ、あれは……! まさか、またルミナ嬢とマリア嬢の複合魔法!?」
「ま、待てオズワルド! お前、たった今『魔力枯渇で一ヶ月は目を覚まさない命がけの魔法』と言ったばかりではないか!」
「そ、そのはずです! 魔法学の常識から言えば、あのような規格外の魔法を連発するなど、神にすら不可能です!」
バンッ!!
そこへ、血相を変えた王城の魔力観測所の所長と、エリスの父であるアルジェント子爵が執務室に飛び込んできた。
「へ、陛下ァァァッ!! き、緊急事態です!!」
「報告しろ! 一体何が起きている!」
国王が怒鳴ると、観測所長は持っていた羊皮紙をガタガタと震わせながら読み上げた。
「た、たった今放たれた魔力波の解析が完了しました! 震源地は第12階層のさらに下……『第13階層』!! そして、放たれた魔法の出力は、数日前の光柱の120%増しでございます!!」
しん、と。
執務室に、あまりにもシュールな沈黙が落ちた。
「……120%増し」
国王が、虚ろな目で鸚鵡返しにする。
「数日前より……深い階層で……出力が上がっている、だと?」
「陛下……っ!」
アルジェント子爵が、青ざめた顔で国王にすがりついた。
「こ、これは異常事態です! 第12階層で死闘を繰り広げたばかりの彼らが、休む間もなくさらに下の階層へ突き落とされ、前回以上のバケモノと遭遇したということに他なりません! ああ、私のエリスは今、どれほどの絶望の中で大剣を振るっていることか……っ!」
子爵の悲痛な叫びに、国王とオズワルドもハッとして顔を見合わせた。
「そ、そうか! そういうことか!」
オズワルドが額に冷汗を浮かべながら、必死に論理的な推測(という名の盛大な勘違い)を組み立て始める。
「第13階層で、邪神の化身のような超常の魔物に遭遇してしまったのだ! 絶体絶命の危機に、ルミナ嬢とマリア嬢は、自らの命を触媒にして、前回以上の威力の魔法を無理やりひねり出したに違いない!」
「おおおっ……! なんという悲劇、なんという自己犠牲……! 若者たちが、地上を守るためにあのような暗黒の底で……っ!」
国王が両手で顔を覆い、再び感動と悲痛の入り混じった涙を流し――かけかけた、その時だった。
「……あ、あの。陛下、オズワルド様。申し上げにくいのですが……」
魔力観測所の所長が、気まずそうに手を挙げた。
「なんだ! まだ絶望的な報告があるというのか!」
「いえ、その……魔力波の残滓から、魔法の『属性』と『指向性』を詳細に解析したのですが……」
所長は、手元の羊皮紙を何度も見直し、信じられないものを見るような目で首を傾げた。
「この魔法……『破壊』や『殲滅』を目的とした攻撃魔法の波長ではないのです」
「は? 破壊目的ではない? では、あの極大の魔法は一体何のために放たれたというのだ」
「ええと……これはあくまで魔力波長からの推測ですが……。極限まで高められた精霊の『冷気』を、神聖魔法の結界で『密閉』し、対象物の鮮度……いえ、対象物の状態を一切損なうことなく、一瞬で『完全な冷凍保存状態』にするための魔法……かと」
「…………はい?」
国王、オズワルド、アルジェント子爵の三人の声が、見事にハモった。
「冷凍保存……? 敵を倒すためではなく……凍らせて、保存する……?」
オズワルドが、自身の優秀な頭脳が完全にフリーズしていくのを感じながら呟く。
「は、はい。対象を絶対に傷つけないという、異常なまでの『保護の意志』を感じます。まるで、とてつもなく貴重な食材を、最高鮮度のまま持ち帰るためのような……」
執務室に、二度目の沈黙が落ちた。
先ほどの悲壮感あふれる沈黙とは違う。完全に「理解の範疇を超えた事象」に直面した、宇宙猫のような顔をした大人たちの沈黙である。
「……待て。オズワルド」
国王が、ピクピクと引き攣る顔を両手で押さえながら口を開いた。
「数日前の光柱も、同じ波長だったのか?」
「……急ぎ、過去のデータと照合させます」
所長が魔導通信機で地下の観測所とやり取りをする。数分後、彼は「全く同じです。数日前の魔法も、極大の冷凍保存魔法でした」と、完全に魂が抜けたような声で報告した。
「つまり……なんだ?」
国王が、紅茶の染みが広がった絨毯を見つめながら、ポツリポツリと整理する。
「彼らは……絶体絶命の危機に命を削って魔法を放ったわけでもなく。邪神と戦っているわけでもなく」
「はい……」
「ただ……『何か』を凍らせて保存するために、天を貫き、王都を揺るがすほどの最大魔法を、二日連続でぶっ放している、と……?」
「…………そのように、推測されます」
オズワルドが、眼鏡を押し上げながら、ひどく疲れた声で肯定した。
「…………」
「…………」
「…………」
アルジェント子爵が、ポロッと涙をこぼした。
「私……娘のエリスが邪神と戦って血まみれになっている姿を想像して、昨日から三時間しか眠れていないのですが……」
「子爵……泣くな。余も、彼らのために王都の広場に『勇敢なる若者たちの像』を建てるよう、石工に発注してしまったばかりだ」
王国の重鎮たちの間で、言い知れぬ虚無感が漂い始めた。
「……オズワルド」
「はい、陛下」
「前に……ボーグという冒険者が言っていたな。『ガレスの手紙には、毎日キャンプを楽しんでいるとしか書かれていなかった』と」
国王は、再び窓の外、平和な青空にうっすらと残る光の粒を見上げた。
「……余は、もう考えるのをやめるぞ」
「賢明なご判断かと存じます、陛下」
「彼らは英雄だ。……だが、余の理解の及ばない、とてつもなく非常識で食い意地の張った、規格外のバケモノだ。……観測所長よ。今後、大迷宮から光の柱が上がろうが、天変地異の魔力波が来ようが……『ああ、また彼らが何かを凍らせたのだな』とだけ報告せよ。いちいち驚いていては、余の心臓が持たん」
「は、ははっ……!」
地上の権力者たちを恐怖と感動のどん底に叩き落とし、そして最終的に「完全な思考放棄」へと至らせた、二本の光の柱。
王国首脳陣がシュールな疲労感に包まれているその頃。
地下の第13階層では。
「トウヤの兄貴! このベヒーモスの冷凍ブロック肉、アイテムボックスの特等席に入れておいたぜ!」
「ガッハッハ! これでいつでも極上BBQができるな!」
と、原因となった張本人たちが、無限に湧き出る神酒を片手に、世界一お気楽な宴会を続けているのであった。




