第51話:深海領域の乱獲祭と、極上大トロのイカスミ晩餐会
第51話:深海領域の乱獲祭と、極上大トロのイカスミ晩餐会
『悠久の大迷宮』第12階層――『輝石の珊瑚礁と浅瀬の海』。
隠れボスであるアビス・ロブスターを討伐したことで手に入れた神話級のアーティファクト『海神の呼吸輪』。それを身につけた『悠久の踏破者』の八人(六人と三匹)は、これまでの「浅瀬」での潮干狩りを卒業し、珊瑚礁が途切れた先に広がる『深海領域』へと足を踏み入れていた。
「すごい……! 本当に、陸上にいる時と全く同じように息ができるし、体が軽く動きます!」
エメラルドグリーンの海中。マリアが自らの手足を動かし、水中の抵抗が完全に無効化されていることに感動の声を上げた。ペンダントと共に首から下げた『海神の呼吸輪』が淡い光を放ち、彼女の周囲に不可視の酸素と重力場を作り出しているのだ。
「これなら、私の大剣も地上と同じ威力で振るえるわね!」
エリスが水中で巨大な『竜殺しの重剣』をブンッと振り回す。通常なら水の抵抗でスローモーションになるはずの斬撃が、水を切り裂いて鋭い衝撃波を発生させた。
「ピィィッ!(兄貴、底の方から大群が来るよ!)」
クーの念話と共に、暗い深海の底から猛スピードで突き上げてきたのは、弾丸のような流線型のフォルムを持つ巨大なマグロの魔物――『バレット・ツナ』の大群。
さらにその後方からは、硬質な石灰質の鎧を纏った体長十メートルの巨大イカ――『アーマード・カラマリ』が、太い触手をうねらせて迫ってきていた。
「よし、水中戦のテストにはもってこいだ! ガレス、マリア、防衛ライン構築! ルミナとクーは海流を固定しろ! ジン、エリスで切り崩すぞ!」
「「「応ッ!!」」」
海中であろうと、彼らの完璧な連携は一切揺るがない。
「水の中だろうが、俺の盾は破れんぞ! 【魔力城塞・極】!!」
ガレスの竜盾から展開された防壁が、魚雷のように突進してくるバレット・ツナの群れを真正面から受け止める。凄まじい衝撃音が海中に響くが、ガレスは微動だにしない。
「イカのスミは厄介です! 海水を汚させません! 【絶対結界】!」
マリアの結界がアーマード・カラマリを包み込み、隔離する。
「水の中なら、私の魔法はさらに威力を増します! 【アブソリュート・ゼロ】!」
ルミナが『星天の魔杖』を振るうと、結界の内部の海水だけが一瞬にして絶対零度で凍結し、巨大イカはスミを吐く間もなく完全な氷像と化した。
「ヒャッハー! 海の中なら三次元の動きができちまうぜ! 【直感回避】!」
ジンが『幻影の外套・極』で完全に姿を消したまま海中を縦横無尽に泳ぎ回り、ツナの群れの急所であるエラを次々と切り裂く。
「ワォンッ!」
クロも【次元影跳躍】で海底の暗がりを飛び回り、残った魔物の死角から牙を剥く。
「甲殻ごと叩き割る! 【渾身撃】!」
エリスの重剣が、凍りついた巨大イカの鎧を粉砕。
そこへトウヤが、音もなく海中を滑るように接近した。
「よし、極上の『大トロ』と『イカの身』、もらうぞ!」
スパンッ、スパンッ!
【空間斬り】の不可視の刃が、バレット・ツナの最も脂の乗った腹肉(大トロ)と、巨大イカの柔らかい胴体、そして濃厚なイカスミの袋だけを完璧に切り出し、アイテムボックスへと収納していく。
戦闘開始からわずか数十秒。
圧倒的な暴力と、神話級装備による環境適応。彼らは深海という本来なら絶望的なフィールドすらも、ただの「サクサク狩れる生簀」へと変えてしまっていた。
「ふぅ、お疲れ! ……ん? ちょっと待てよ」
トウヤがアイテムボックスの整理を終え、空中にステータスボードを展開した瞬間、驚きの声を上げた。
「どうした、トウヤの兄貴?」
「いや……浅瀬にいたヤドカリやタコに比べて、この深海領域にいる『完全な水棲モンスター』たち、得られる経験値とスキル熟練度が段違いに高いぞ。この数回の戦闘だけで、全員の経験値バーが跳ね上がってる」
「えっ? 本当だわ。私の大剣術のスキルレベルが、もう上がりそうになってる……」
エリスが目を丸くする。
「おそらく、陸上にも上がれる両生類的な魔物より、深海に特化した魔物の方が、迷宮のシステム的に『危険度』が高く設定されているんだろうな。……これなら、明日には完全にこの階層でのレベルもスキルも『頭打ち(カンスト)』になるぞ」
トウヤの言葉に、ジンが呆れたようにため息をついた。
「マジかよ。いくらなんでもサクサク進みすぎだろ。俺たち、迷宮の生態系を完全に破壊するスピードで強くなってねえか?」
***
その日の夜。
海中での狩りを終えた一行は、【星の箱庭】で展開された大豪邸へと帰還し、リルの沸かした極上のジャグジー風呂で疲れを癒やした。
そして、広々としたダイニングルームには、今日深海で乱獲したばかりの超新鮮な海の幸が並べられていた。
「さあ、食え! 今夜は『バレット・ツナの極上大トロ刺身と炙りカツ』! そして、『アーマード・カラマリの濃厚イカスミ・ガーリックパスタ』だ!」
「「「いただきますッ!!」」」
目の前に盛られたのは、見事なサシ(脂)が入り、まるで淡いピンク色の宝石のように輝く『大トロの刺身』。そして、表面だけをサッと高温で揚げて旨味を閉じ込めた『炙りカツ』。
隣の巨大なボウルには、真っ黒なイカスミとニンニク、唐辛子が太めのパスタにネットリと絡みついた、暴力的な香りを放つ絶品パスタ。
「んんんんッ!! なにこれ……お刺身が、舌の上でフワッと消えました!!」
エリスが大トロを口に入れた瞬間、あまりの脂の甘さと口どけに瞳を潤ませる。
「炙りカツも最高です! サクサクの衣の中に、レアな赤身の旨味と脂がジュワッと溢れて……白飯が、白飯が止まりませんっ!」
マリアが完全に聖女の品格を投げ捨てて、お茶碗を片手にカツを頬張っている。
「ガッハッハ! この黒い麺もすげえぞ! ニンニクのパンチと、イカスミの強烈な『海鮮のコク』が酒に合いすぎる!」
ガレスが口の周りを真っ黒にしながら、豪快にパスタを啜り、白ワインを煽る。
「本当に、イカの旨味が凝縮されていて……ふふっ、ルミナちゃん、お口の周りが真っ黒ですよ?」
「マリアさんこそ、黒いお髭みたいになってますよ?」
イカスミで口を黒くした少女たちが笑い合い、ジンも「俺の暗殺者の黒装束より真っ黒だぜ」と冗談を飛ばしながら極上の晩餐を楽しんでいた。
***
食後のハーブティーを飲みながら、トウヤは全員を見渡して、少しだけ真剣な(キャンパーとしての)顔つきになった。
「さて、みんな。今日の深海での狩りで、俺たちのレベルとスキルはもうすぐこの階層での『上限』に達する」
トウヤの言葉に、全員が真剣な顔で頷く。
「そこで、今後のスケジュールについて相談だ。明日は一日、戦闘よりも『只管足りない食材の収穫』に徹する日にしたい」
「足りない食材、ですか?」ルミナが小首を傾げる。
「ああ。これだけ豊かな海だ、まだ俺たちが見つけていない極上の『昆布』や『深海塩』、それに未知の海鮮食材が眠っているかもしれないからな。明日は全員で深海を隅々まで探索し、アイテムボックスの容量の限界まで収穫しまくるぞ」
「「「おおーっ!!」」」
もはや迷宮探索の目的が「食材探し」に完全にシフトしているメンバーたちから、歓声が上がる。
「そして――」
トウヤはニヤリと笑い、力強く宣言した。
「明日一日でこの第12階層の食材を完全にしゃぶり尽くし、もし『新たな食材』が見当たらなくなったら。……明後日には、次の『第13階層』へと進む!」
「第13階層……!」
ジンが武者震いするように短剣の柄を握る。
「次はどんな環境が待ってるんでしょうね。火山でしょうか、それとも氷山でしょうか……」
マリアがワクワクした表情で胸の前で手を組む。
「どんな環境だろうと関係ないわ! トウヤさんの【拠点創造】と、私たちのこの力があれば、そこはただの『新しい巨大なスーパーマーケット』にすぎないもの!」
エリスが『竜殺しの重剣』を撫でながら、力強く笑った。
「ガッハッハ! その通りだ! 俺たちはどこまでも、最強で快適なキャンプを続けるだけだ!」
「ピィィッ!」「ワォン!」「ピュイ〜♪」
ガレスの豪快な笑い声に、テイムモンスターたちも嬉しそうに鳴き声を上げる。
深海の驚異すら一日で作業へと変え、食材を求めてさらに深い深淵へと足を踏み入れようとする『悠久の踏破者』たち。
地上の誰もが恐れる絶望の大迷宮で、彼らだけは「明日の夕飯のメニュー」と「明後日の新しい食材」に胸を躍らせながら、極上のベッドで幸せな眠りにつくのであった。




