第50話:【閑話】天を貫く生存の狼煙と、地上に降り注ぐ希望の光
第50話:【閑話】天を貫く生存の狼煙と、地上に降り注ぐ希望の光
その日、アルカディア王国の王都に住む全ての者が、空を見上げて息を呑んだ。
王都の郊外にそびえ立つ『悠久の大迷宮』。数十年間、誰も生還したことのないその巨大な暗黒の入り口から、突如として『純白の光の柱』が天高く噴き上がったのである。
それは一瞬の出来事であったが、光と共に放たれた清らかで圧倒的な魔力の波紋は、王都中を、いや、大陸全土を駆け抜けるほどの凄まじい規模であった。
【王城・国王執務室】
「……今のは、一体何事だ!?」
執務室の窓からその光柱を目撃した国王ヴィルヘルムは、弾かれたように立ち上がった。
そこへ、血相を変えた宰相オズワルドと、たまたま報告に上がっていたアルジェント子爵(エリスの父)が駆け込んでくる。オズワルドの手には、王城の地下にある『深層魔力観測儀』から弾き出されたばかりの速報の羊皮紙が握られていた。
「へ、陛下! 大迷宮からの魔力波の解析が終わりました! 震源地は……前人未到の『第12階層』! しかも、この凄まじい魔力波の正体は、階層主の攻撃などではありません!」
「では、何だと言うのだ!」
オズワルドは、震える声で、しかし顔を紅潮させて叫んだ。
「極限まで高められた【S】ランクの精霊魔法と、同じく最大出力の神聖結界魔法が、完全に融合して放たれた『人為的な複合魔法』です! ……この国で、いや、この世界でこれほどの魔法を撃てるのは、エルフのルミナ嬢と、聖女マリア嬢を置いて他にあり得ません!!」
「おおっ……!!」
その報告を聞いた瞬間、国王ヴィルヘルムの目から大粒の涙が溢れ出した。
「生きて……生きているのだな! 第12階層という、人類の歴史上誰も辿り着けなかった深淵の底で! 彼女たちは、いや、彼らは……まだ見ぬ強敵と戦い、こうして地上へ届くほどの『生存の狼煙』を上げてみせたのだ!」
「陛下……っ! 私の娘、エリスも……あの中で共に戦っているのですね……!」
アルジェント子爵が、その場に泣き崩れた。
愛する娘が、規格外の仲間たちと共に深層を生き抜いている。その確かな証拠を突きつけられ、子爵の胸を満たしていた不安は、完全な安堵と誇りへと変わった。
「見事だ……。我が国の若者たちは、本当に誇り高い英雄だ」
国王は涙を拭い、窓の外の大迷宮に向かって深く頷いた。彼らがこの光柱を「食材のロブスターを無傷で冷凍保存するため」だけに放ったことなど知る由もない王国の重鎮たちは、若者たちの『死闘』に思いを馳せ、熱い涙を流して感動に打ち震えるのであった。
【隣国・辺境の村】
時を同じくして。
王国の粛清の嵐から逃れ、隣国ののどかな辺境の村に落ち着いていた孤児院のシスターと子供たち、そして彼らの護衛を請け負っていたBランクパーティー『鉄の牙』のリーダー、ボーグの元にも、一羽の美しい『王家専用の伝書鳥』が舞い降りていた。
「……王城のオズワルド様からの、直々の手紙だと?」
ボーグが封を切り、その内容に目を通した瞬間、彼の屈強な顔が驚愕に引き攣り、やがて大爆笑へと変わった。
「ガァッハッハッハ!! おい、みんな聞け! 王都からの知らせだ!」
ボーグの声に、シスターと子供たちが集まってくる。
「王都の暗殺ギルドも、悪い貴族も教会も、全部国王様がブッ潰してくれたそうだ! もうお前たちを狙う奴は誰もいねえ! それだけじゃねえぞ!」
ボーグは、遥か彼方の空……アルカディア王国の方向に見えた『白い光の残滓』を指差した。
「ジンや、ガレスの旦那たちは……今、大迷宮の『第12階層』っていうとんでもない深層にいるらしい! 王国中がひっくり返るほどのすげえ魔法をぶっ放して、元気に暴れ回ってるってよ!!」
「えっ……? ジンが……生きて、そんな深い場所に……!」
シスターが両手を胸の前で組み、ボロボロと涙をこぼした。
ジンは別れ際、「深層で徹底的にレベルを上げて、一財産築いてからみんなの元へ行く」と笑っていた。あれは自分たちを安心させるための嘘ではなく、彼自身の本当の決意だったのだ。
「ジン兄ちゃん、すっげえ!!」
「早く帰ってこないかなぁ! お金持ちになって帰ってくるんだよね!」
子供たちも無邪気に歓声を上げ、飛び跳ねている。
「へっ、あの隻眼の兄ちゃん……。本当にバケモノみたいな連中と組んで、伝説の冒険者になっちまうつもりか。……こりゃあ、帰ってきた時は盛大に酒を奢らせねえとな!」
ボーグは空を見上げ、頼もしい青年の顔を思い浮かべながら、ニカッと白い歯を見せて笑った。
【王城地下・最下層牢獄】
そして。
天を貫いた純白の光柱がもたらした波紋は、王城の地下深く、冷たく暗い牢獄の底にまで届いていた。
「……あ、ああ……」
魔封じの鎖に繋がれたエルフの元長老、ファエレンは、牢獄の冷たい石の床に這いつくばったまま、ガタガタと全身を激しく震わせていた。
魔力を封じられていても、エルフとしての本能が、大気を通して伝わってきた『その魔力』の正体を完全に理解してしまったのだ。
「なんという……なんという澄み切った、強大な精霊の力だ……! 私の知る歴代のどのエルフよりも……いや、精霊王そのものに匹敵するほどの……っ!」
それは間違いなく、自身の血を分けた娘、ルミナの魔力であった。
かつて、エルロンドへの「供物」として切り捨て、自分たち一族の体裁のための道具としか見ていなかった、か弱い箱入り娘。
その娘が今、誰も辿り着けない迷宮の深淵で、神の如き力を振るっている。
彼女を庇護しているのは、エルフの里など容易く滅ぼせるほどの規格外のバケモノたちだ。
「ルミナ……ルミナぁっ……!!」
ファエレンは鎖をガチャガチャと鳴らしながら、頭を抱えて絶望の嗚咽を漏らした。
宰相オズワルドが言っていた「彼女が帰還した暁に、彼女自身の口で貴方方の処遇を決める」という言葉が、呪いのように脳内をこだまする。
もし彼女が、自分たちに復讐を望めば。
あの強大な光の柱を落とすまでもなく、彼女の一言で、自分たちの首は容易く刎ねられるだろう。
自分たちがどれほど傲慢で、どれほど愚かな選択をしてしまったのか。その圧倒的な力の差と、取り返しのつかない罪の重さを突きつけられ、元長老たちはただ暗闇の中で、いつか訪れる『娘からの裁き』に怯えて泣き崩れることしかできなかった。
地上を感動の渦に巻き込み、悪党を恐怖の底に叩き落とした、希望の光柱。
彼らの生存を信じる者たちは、いつか彼らがその光の如き栄光を纏って、地上へと凱旋する日を心待ちにしている。
――しかし。
当の本人たち(悠久の踏破者)が、現在第10階層の大豪邸の庭で、
「トウヤの兄貴! ロブスターのビスクスープ、お代わり!」
「エリスさん、私のお刺身食べないでください!」
「ガッハッハ! 最高の海鮮パーティーだな!」
と、ロブスターの旨味に脳を溶かしながら、地上のことなど一切思い出すことなくドンチャン騒ぎをしているという『盛大な温度差』の事実だけは、地上の誰一人として、知る由もないのであった。




