第49話:隠れボスと極太ロブスター、そして天を貫く極大の光柱
第49話:隠れボスと極太ロブスター、そして天を貫く極大の光柱
『悠久の大迷宮』第12階層――『輝石の珊瑚礁と浅瀬の海』。
どこまでも続くエメラルドグリーンの海と、宝石のような珊瑚の森。この美しい水棲階層で、今日も『悠久の踏破者』たちの容赦ない海鮮収穫祭が繰り広げられていた。
「ピィィッ!(兄貴、あっちの珊瑚の陰にタコがいっぱいいるよ!)」
「よし、クーの風で海水を押し退けろ! マリア、生簀(結界)の準備だ!」
「はいっ! 逃がしませんよ!」
完全に「潮干狩り」のテンションで浅瀬を駆け回る一行。
新しくテイムされたスライムのリルも、【流体操作】を使って海水中から小魚や貝を器用に集め、トウヤのアイテムボックスへと次々に放り込んでいた。
そんな、平和すぎる(魔物にとっては地獄の)収穫作業が続いていた、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
突如として、第12階層全体を揺るがすような激しい地鳴りが響き渡った。
「な、なんだ!?」
ジンが身構える。
浅瀬の海面が大きく盛り上がり、巨大な渦潮が発生したかと思うと、海を割って『超巨大な影』が姿を現した。
「ギシャァァァァァァッ!!」
それは、体長二十メートルを優に超える、禍々しい深紅の甲殻を持った巨大なエビの魔物だった。両腕には岩盤すら砕く巨大なハサミ、そして額には王冠のような金色の角が生えている。
ただのボスではない。迷宮の法則から外れ、特定の条件(この階層の魔物を一定数以上、異様な速度で狩り尽くすなど)を満たした時にのみ出現する、イレギュラーな強敵――『深淵の海龍蝦』である。
「お、おい嘘だろ!? 第12階層にこんな規格外のバケモノがいるなんて、ギルドの資料には……いや、こいつ『隠れボス』ってやつだ!」
ジンの【気配察知】が、かつての第10階層の黒竜王に匹敵する、あるいはそれ以上のプレッシャーを感じ取って警告を発した。
「隠れボス……! 通常のボスよりも強力で、倒せば確定でレアな宝箱を落とすという伝説の……っ!」
エリスが大剣を構え、ゴクリと息を呑む。
通常の冒険者であれば、足場の悪い水中で現れた隠れボスなど、全滅必至の絶望的な状況である。
しかし。
彼らの視線は、ロブスターの凶悪なハサミでも、威圧感でもなく――その『極太に引き締まった巨大な尻尾』へと一点に集中していた。
「……トウヤの兄貴。あれ、ヤバくねえか?」
ジンが、ヨダレを拭いながら震える声で言った。
「ああ。ヤバいな。あんな規格外のサイズのロブスター、尻尾にはプリップリの極上肉が詰まってるし、頭には濃厚なエビミソがバケツ一杯分は入ってるぞ……!」
トウヤの目にも、獰猛なキャンパー(美食家)の光が宿っていた。
「トウヤさん! あのエビさん、絶対に傷つけちゃダメです! 殻が砕けてミソが海に溶け出したら大損失ですよ!」
ルミナが『星天の魔杖』を握り締め、かつてないほどの真剣な表情で叫ぶ。
「わかってる! いいかお前ら、あいつは超特大の『歩く宝箱&極上シーフード』だ! 一ミリたりとも身を傷つけずに、完璧に解体して即死させるぞ!」
「「「おおおおおッ!!」」」
恐怖など微塵もない。彼らの頭にあるのは「いかに美味しく、綺麗に食材を確保するか」という一點のみであった。
「ギシャァァッ!」
アビス・リヴァイアサン・ロブスターが怒り狂い、巨大なハサミを振り上げると同時に、口から全てを粉砕する『超高圧の水流レーザー(ハイドロ・カノン)』を放ってきた。
「身は傷つけん! 【魔力城塞・極】!!」
ガレスが竜盾を突き出し、超高圧レーザーを真正面から受け止める。凄まじい衝撃で浅瀬の海水が蒸発するが、ガレスは一歩も退かない。
「今です! エリスさん、ジンさん!」
「貴族の誇りにかけて! 足の関節だけを狙うわ! 【渾身撃】!」
「ヒャッハー! 神経の隙間を切り裂いてやる! 【直感回避】!」
エリスとジンが、ロブスターの動きを封じるために、身(食べる部分)が入っていない細い足の関節だけをピンポイントで破壊していく。
クロとクーも、視界を奪うための牽制攻撃を的確に叩き込んだ。
「よし、動きが止まった! ルミナ、マリア! 一気に『超冷凍』して鮮度を閉じ込めろ!」
トウヤの指示が飛ぶ。
身を傷つけずに倒すための最適解。それは、圧倒的な魔法の力で、ロブスターの生命活動を『一瞬で完全凍結』させることだ。
「やります! この海鮮を守るためなら……精霊力、最大解放!!」
「私の聖なる力も、全部乗せます! 聖女の祈りよ、極光となって包み込めッ!」
ルミナとマリアが、同時に杖とペンダントを天に掲げた。
エルフの【S】ランクの魔法適性と、神話級の『星天の魔杖』。
聖女の純粋な祈りと、神話級の『慈愛の聖印ペンダント』。
二つの規格外の力が、迷宮の底で完全に共鳴した。
カッ――――!!
浅瀬の海が、そして第12階層の空間そのものが、真っ白な光に染まり上がった。
ルミナの放つ『絶対零度の精霊魔法』を、マリアの『神聖結界』が極限まで圧縮・増幅させる。
ドズゥゥゥゥンッッ!!
放たれたのは、もはや魔法という枠を超えた『純白の光の柱』だった。
ロブスターの巨体は、光に包まれた瞬間に、一ミリの身も傷つくことなく『完璧な超低温の氷像』へと変貌した。
それと同時に。
二人が放った「精霊と神聖の最大魔力」は、強烈な魔力波となって、迷宮の天井をぶち抜き、上層階へ向かって大地の底から天を貫くように、凄まじい勢いで逆流していったのである。
「よし、完璧な冷凍だ!」
トウヤが【空間斬り】を放ち、氷漬けになったロブスターの魔力コアだけを空間ごと切除して完全討伐を果たした。
「はぁ、はぁ……っ。やりました……。エビさん、無傷です……!」
マリアとルミナが、肩で息をしながらハイタッチを交わす。
「お前ら、すげえ魔力だったな。今の光の柱、大迷宮の天井を突き抜けて、上層階まで響いたんじゃないか?」
トウヤが、天井に開いた雲の穴を見上げながら苦笑した。
「……まあ、ここは数十年間誰も到達してない深層だしな。地上の連中には何も聞こえやしないさ」
ジンも肩をすくめて笑い飛ばす。
彼らは全く気付いていなかった。
ルミナ(エルフの最高位精霊魔法)とマリア(最高位の神聖魔法)という、特徴的すぎる二つの魔力が完全に融合して放たれたこの『特大の光柱(生存の狼煙)』が、地上で固唾を飲んで彼らの無事を祈る国王や宰相オズワルドの魔力観測機に、どれほどの大歓喜をもたらす決定的な証拠(お膳立て)になるのかということを。
「トウヤの兄貴! ロブスターが消えた跡に、隠れボス確定の『宝箱』が出たぜ!」
ジンの声に振り返ると、そこには美しい真珠と珊瑚で装飾された宝箱が鎮座していた。
「おっ! 開けてみろ!」
宝箱の中から出てきたのは、全員分の『海神の呼吸輪』というアーティファクトだった。これを身につければ、水中で無限に呼吸ができ、陸上と同じように動けるという、今後の水棲階層の探索をさらに『ぬるゲー』にする神アイテムである。
さらには、王都で売れば城が建つほどの大量の大粒真珠もギッシリと詰まっていた。
「ガッハッハ! これで水の中も完全に俺たちの庭だな!」
「よし! 新しいお宝と、特大のロブスターの収穫を祝って! 早速【星の箱庭】に帰って宴会だ!!」
***
数十分後。第10階層の『大豪邸の庭』。
魔法のコンロと巨大な鉄板の上で、本日のメインディッシュが暴力的な香りを放っていた。
「さあ食え! 『アビス・ロブスターの特大ガーリックバター半身焼き』と、『極鮮・透き通るロブスターのお刺身』! そして頭の殻で出汁を取った『濃厚エビミソの極上ビスクスープ』だ!」
「「「いただきますッ!!」」」
エリスが、自身の顔より大きいロブスターの身をフォークで突き刺し、豪快にかぶりつく。
「んんんんッ!! なにこれ、信じられないくらいブリッブリ! 噛み切れないくらいの弾力なのに、口の中でエビの強烈な甘みが爆発するわ!」
ガーリックバターと醤油が焦げた香ばしさが、ロブスターの暴力的な旨味を何倍にも引き上げている。
「お刺身も最高ですぅ……っ。お醤油を少しつけるだけで、身がとろけて甘くて……エビの概念が変わります……!」
マリアが涙目になりながら、透き通った刺身を口に運ぶ。
ルミナはビスクスープを一口飲み、「ふぁぁ……っ、ミソの旨味が濃すぎて、海をそのまま飲んでいるみたいです……」と完全に骨抜きになっていた。
「ガッハッハ! ジン! 最高の酒を出してくれ! このエビには一番美味い酒が必要だ!」
「へへっ、任せな! 今日は朝まで海鮮パーティーだぜ!」
地上の権力者たちが、彼らの放った魔法の余波を感知し、「おおお! 彼らは生きているぞ!」と涙を流して大騒ぎするための完璧な証拠(お膳立て)を残したことなど、露知らず。
大迷宮の底の『悠久の踏破者』たちは、ただひたすらに、極太ロブスターの美味しさに脳を溶かしながら、優雅で最高のスローライフを満喫し尽くすのであった。




