第47話:雲海の優雅な収穫祭と、過去を笑い飛ばす黄金のスープ
第47話:雲海の優雅な収穫祭と、過去を笑い飛ばす黄金のスープ
『悠久の大迷宮』第11階層――『蒼天の雲海と浮遊群島』。
抜けるような青空の下、真っ白な雲の波間を縫うように、今日も『悠久の踏破者』たちの容赦ない(かつ優雅な)狩りが繰り広げられていた。
「ピィィィッ!(右の雲海から鮫の群れ! 上から牛が来るよ!)」
「了解だ! ガレス、牛の突進を止めろ! マリアとルミナは鮫の隔離! ジンとエリスで狩り尽くせ!」
上空の「空飛ぶ川」からダイブしてきたのは、風を纏って空を駆ける四足獣『スカイ・バイソン(空翔け牛)』。
「ガッハッハ! そっちの肉も美味そうだな! 【魔力城塞・極】!!」
ガレスの『獄炎の竜盾』から展開された城壁がバイソンの突進を真正面から受け止め、強烈な炎のカウンターで巨体を怯ませる。
「隙だらけよ! 【渾身撃】!」
エリスの『竜殺しの重剣』が、バイソンの分厚い首を一刀両断する。
同時に、雲海から飛び出してきた『クラウド・シャーク』の群れには、マリアの【絶対結界】が展開され、空中の逃げ場を完全に封鎖。
「精霊よ、凍てつけ! 【アブソリュート・ゼロ】!」
ルミナの『星天の魔杖』によって極大化された氷魔法が、結界ごと鮫たちを氷のオブジェへと変えた。
「ヒャッハー! 氷割りなら任せな!」
ジンが『幻影の外套・極』で完全に気配を消した状態から急所を乱れ突きし、クロの【次元影跳躍】が残った魔物の死角を穿つ。
「よし、最後は俺だな」
トウヤが滑空しながら【空間斬り】を放ち、バイソンの『極上の霜降り肉』と、鮫の『巨大なヒレ』だけをスパンッ! と寸分の狂いもなく切り取った。
「ふぅ、お疲れ。みんな、ステータスの具合はどうだ?」
トウヤが浮島に着地し、アイテムボックスに肉を収納しながら尋ねる。
「ええ。第11階層ともなると、魔物の基礎レベルが段違いね。これだけサクサク倒しているのに、経験値バーがまだグングン伸びてるわ!」
エリスが嬉しそうにステータスボードを確認する。
「俺のスキルも、まだ頭打ちになる気配がねえ。ここ、最高に美味い稼ぎ場だぜ」
ジンも短剣を回しながらニヤリと笑った。
第10階層までは、数日も狩りをすれば経験値がカンストしてしまっていた彼らだが、この前人未到の第11階層は、広大さも魔物の質もこれまでの比ではない。
どれだけ狩っても成長が止まらないというRPGの醍醐味を味わいながら、彼らは「優雅な狩り」と「食材収穫」のサイクルを心ゆくまで楽しんでいた。
「よし、今日の収穫はこんなもんか。……それじゃ、帰るか」
トウヤが何もない空間にむかって【拠点創造】を発動する。
パキッ、と空間が割れ、そこに『星の箱庭』へ通じる木彫りの扉が出現した。
「やったー! 帰ったらすぐにお風呂にしましょう、エリスさん!」
「ええ! リルちゃんのジャグジーが恋しかったのよ!」
マリアとエリスが扉を開けて、歓声を上げながら『大豪邸』へと駆け込んでいく。
狩りをして、極上の食材を手に入れ、疲れたら魔法の扉を開けて大豪邸のフカフカのベッドとスパリゾートのような風呂で休む。
もはや迷宮探索というよりは、「超高級リゾート地でのアクティビティ」と化していた。
***
その日の夜。
大豪邸の広々としたリビングダイニングに、食欲を暴力的に刺激する狂気的な香りが充満していた。
「よし、できたぞ! 今夜は第11階層の『空と海の幸(?)・超豪華フルコース』だ!」
トウヤが巨大な皿とスープボウルをテーブルに並べる。
「メインは『スカイ・バイソンの極厚ローストビーフ 〜特製シャリアピンソース〜』! そしてスープは、『クラウド・シャークの黄金フカヒレスープ』だ!」
「「「うおおおおおおッ!!」」」
目の前に現れたのは、表面は香ばしく焼き上げられ、中は極上の桜色に輝く、分厚いローストビーフの山。その上には、炒めた玉ねぎとニンニク、赤ワインを煮詰めた特製のシャリアピンソースがたっぷりと滝のようにかけられている。
そして隣には、カニ(サソリ)の出汁をベースにし、鮫から採れた巨大なヒレ(フカヒレ)が丸ごと入った、トロトロの黄金色のスープ。
「いただきますっ!」
エリスがたまらずローストビーフを頬張る。
「――――ッ!? な、なにこれ……お肉が、溶けたわ!?」
エリスの瞳が限界まで見開かれた。
スカイ・バイソンの肉は、常に空を駆けているため筋肉質かと思いきや、驚くほどきめ細かく、噛んだ瞬間に上質な脂がジュワァッと口いっぱいに広がる。そこへ、玉ねぎの甘みとニンニクのパンチが効いたソースが絡み合い、無限に咀嚼したくなるほどの旨味の爆弾と化していた。
「お、おいひぃ……! ソースの味が染み込んでて、白飯が止まらないですぅ……!」
マリアが両頬をパンパンに膨らませて涙ぐむ。
「こっちのスープもヤバいぞ! なんだこの『フカヒレ』ってやつ! プルンプルンで、スープの旨味を全部吸い込んでやがる!」
ジンがスープを啜り、あまりの濃厚さに天を仰いだ。
コラーゲンの塊であるフカヒレと、迷宮特有の極上の出汁。それは、かつて暗殺稼業で干し肉ばかり齧っていたジンの味覚を、優しく、そして完全に破壊した。
「ガッハッハ! 迷宮の奥底で、こんな王族の晩餐みたいな飯が食えるなんてな! 酒が進んで仕方ないぞ!」
「トウヤさんのお料理は、本当に世界一です!」
全員が夢中で肉とスープを平らげ、クロやクー、リルたちも専用の皿をピカピカに舐め回してご満悦だ。
***
食後のリラックスタイム。
ルミナが淹れた食後のハーブティーと、ジンが持ち出してきた果実酒を片手に、一行はふかふかのソファでくつろいでいた。
「……ふぅ。しかし、こうして美味い飯食って、豪邸で寝転がってると、なんだか昔の自分が馬鹿みたいに思えてくるな」
ジンがグラスを揺らしながら、ふと天井を見上げて呟いた。
「昔の自分、ですか?」
マリアが小首を傾げる。
「ああ。俺はつい数ヶ月前まで、王都の暗い地下で、暗殺ギルドの犬として汚れ仕事ばかりしてた。孤児院の家族を人質に取られて、抜け出すこともできずに絶望してたんだ」
ジンが自嘲気味に笑うと、ガレスも腕を組んで深く頷いた。
「俺も同じようなもんだ。侯爵の不正を暴こうとして、逆に反逆罪を着せられ、この迷宮に死に場所を求めてやってきた。トウヤの飯の匂いに釣られなきゃ、今頃第1階層で骨になってただろうな」
その言葉に、エリスとマリアも顔を見合わせた。
「私とマリアも……そうね。私は父の無実を証明するために、マリアは教会の不当な迫害から逃れるために。追手に怯えながら、泥水をすすってこの迷宮を逃げ回っていたわ」
「私もです。私は、エルフの森の長老たちから、隣の森のハイエルフへの『生贄の供物』として差し出されるのが嫌で、自らこの死地に飛び込みましたから」
ルミナがハーブティーのカップを両手で包み込みながら、静かに微笑む。
改めて語られた、彼ら全員の「重すぎる過去」。
普通の物語であれば、復讐に燃えたり、悲壮感に包まれたりするような壮絶な境遇だ。
「……で?」
トウヤが、果実酒を一口飲んで、ニヤリと笑った。
「そんな絶望を抱えて迷宮に逃げ込んだお前たちは、今、何をしてる?」
その問いに、五人はきょとんとした後。
自分たちの現在の状況――全員が神話級の武器をその辺に転がし、豪邸のフカフカのソファに深く沈み込み、先ほどまで極上のローストビーフを腹がはち切れるほど食らって「もう動けない」とゲップをしている状況――を顧みて。
「「「…………あははははっ!!」」」
誰からともなく、吹き出して大笑いし始めた。
「本当ね! 悲壮感なんてどこにもないわ! ただの食いしん坊のキャンパーじゃない!」
「教会からの追手のことなんて、ステーキの肉汁と一緒に完全に忘れ去ってました!」
「ガッハッハ! 王国の連中も、俺たちがこんな深層の豪邸で宴会を開いてるなんて、夢にも思ってないだろうな!」
「エルフの長老たちも、私がこんなに太りそうな美味しいものばかり食べてるなんて知ったら、卒倒するでしょうね!」
彼らは笑い飛ばした。
かつて自分たちを縛り付け、死地へと追いやった「地上の悪意」を。
もはやそんなものは、トウヤの作る一皿の料理の前では、取るに足らないちっぽけな存在でしかなかったのだ。
「……まあ、追手たちがまだ俺たちを探してウロウロしてるかもしれないが、この第11階層まで来れるわけがないからな。完全に無視して、俺たちは俺たちの『完全踏破』を続けようぜ」
トウヤがグラスを掲げると、全員が満面の笑みで自身のカップやグラスを打ち鳴らした。
「「「乾杯!!」」」
迷宮の深淵に響き渡る、明るい笑い声とグラスの音。
彼らは全く知らない。
彼らが「まだウロウロしているかもしれない」と笑い飛ばした地上の悪党たちが、王国の本気の粛清によってすでに完全に滅ぼされ、地下牢で絶望の涙を流しているという「究極のすれ違い」を。
何はともあれ、最強の仲間と最強の拠点を手に入れた『悠久の踏破者』たちの夜は、過去の因縁すら最高のスパイスに変えて、どこまでも美味しく、そして平和に更けていくのだった。




