第46話:【閑話】王の逆鱗と圧倒的武力、そして告げられる生存の真実
第46話:【閑話】王の逆鱗と圧倒的武力、そして告げられる生存の真実
アルカディア王国王城。
国王ヴィルヘルムの執務室には、前回の粛清の時以上に冷たく、そして激しい怒気を孕んだ沈黙が満ちていた。
「……ハイエルフの領主エルロンドが、エルフの隠れ里を武力で制圧し、吸収合併しただと?」
宰相オズワルドから上げられた『影』の最新の報告書を読み終えた国王は、ギリッと奥歯を鳴らした。
「はい。我が国の暗部がエルフの森の動向を探っていたところ、事態はすでに最悪の結末を迎えておりました。……エルロンドは最初からルミナ嬢を娶る気などなく、道中で彼女を暗殺し、それを口実に森を奪う算段だったようです。結果的にルミナ嬢が迷宮へ逃げたことで、彼らは『隠蔽』という口実を利用して森を制圧しました」
「なんという外道か……っ!」
ドンッ! と国王の拳が執務机を叩く。
「ヴァレリウス侯爵や教会の腐敗だけでも腹立たしいというのに、隣接する森の異種族までが、私欲のために罪なき少女を大迷宮という死地へ追いやったというのか!」
「……陛下」
「オズワルド。ガレスたちの生存報告の際、大迷宮の第9階層付近で『精霊魔法』の痕跡も確認されたと言っていたな」
「はい。ルミナ嬢の魔法適性は【S】ランク。彼女もまた彼らに合流し、共に迷宮の底で生き延びている可能性が極めて高いかと」
それを聞いた国王ヴィルヘルムは、スッと立ち上がり、窓の外――王都の遥か彼方に広がる大迷宮の空を睨みつけた。
「……彼らは今、あの過酷な大迷宮の底で、懸命に、そして逞しく生きている。ならば、我々地上の大人が為すべきことは一つだ」
国王が振り返り、その瞳に絶対的な覇王の光を宿した。
「彼らが迷宮から帰還した時、地上に『彼らを脅かす悪意』を欠片たりとも残してはならん。帰るべき場所を不当に奪ったハイエルフどもに、我がアルカディア王国の本気を見せてやる」
「……宣戦布告、でございますね」
「ああ。近衛騎士団、魔導大隊、そして飛竜部隊の全戦力を以て、エルフの森を包囲しろ。……若者たちが帰ってくる前に、この下劣な茶番を終わらせるぞ」
「御意。直ちに手配いたします」
オズワルドが深く一礼し、王国の巨大な軍事機構が、一人のエルフの少女のために地鳴りを上げて動き出した。
***
数日後。
エルフの隠れ里を我が物とし、世界樹の根元に設えた豪奢な玉座で美酒に酔いしれていたハイエルフの領主エルロンドは、突如として鳴り響いた警鐘の音に眉をひそめた。
「何事だ! 騒々しい!」
「え、エルロンド様! 一大事でございます!」
血相を変えて飛び込んできたハイエルフの騎士が、震える指で森の入り口を指差した。
「ア、アルカディア王国の正規軍が……森を完全包囲しております! 上空には数十騎の飛竜部隊、地上には数万の重装甲騎士と魔導砲がズラリと……っ!」
「な、なんだと!?」
エルロンドが慌てて玉座から立ち上がり、外へ飛び出すと、そこには絶望的な光景が広がっていた。
平和な妖精郷の空を巨大な飛竜が覆い尽くし、森の周囲には、王国の誇る最新鋭の『攻城魔導砲』の砲口が、一斉に世界樹へと向けられている。
「バ、バカな! なぜ人間の大国が、我ら森の民の領土争いに介入してくるのだ!」
「エルロンド殿。それはこちらのセリフですよ」
森の入り口が開き、一糸乱れぬ近衛騎士団の列を割って、王国宰相オズワルドが悠然と馬を進めてきた。
「我がアルカディア王国に隣接する森において、不当な武力制圧が行われたと聞き、治安維持のために参りました。……貴殿の行いは、我が国に対する重大な国境侵犯および挑発行為とみなします」
「ふざけるな! これはエルフの長老の契約不履行に対する正当な……っ」
「ルミナ嬢を暗殺し、それを口実に森を奪うという『貴殿の最初からの計画』の証拠は、すでに我が国の暗部が全て押さえておりますよ?」
オズワルドの冷徹な一言に、エルロンドの顔からスッと血の気が引いた。
「そ、それは……」
「言い逃れは無用。今すぐこの森から全軍を撤退させなさい。さもなくば、十秒後に我が国の魔導砲が一斉に火を噴き、貴殿の軍勢は灰も残らず消し飛ぶことになりますが?」
オズワルドが扇子を振り下ろす素振りを見せると、数万の軍勢が一斉に武器を構え、恐るべき殺気がエルロンドを串刺しにした。
ハイエルフの軍勢など、大陸最強の軍事国家であるアルカディアの正規軍の前では、文字通り「木っ端」に過ぎない。
「……っ! わ、分かった……! 撤退だ! 全軍、直ちに森から退けぇっ!!」
完全なる無血開城。
圧倒的な武力と情報網の前に心を折られたエルロンドは、屈辱に顔を歪めながら撤退の指示を出した。
「ああ、お待ちをエルロンド殿。不当な侵略行為に対する『莫大な賠償金』と、この『エルフの隠れ里の王国への正式な割譲(保護領化)』を認める条約にサインをいただかねば。……拒否すれば、貴殿の本国ごと火の海ですが、よろしいですね?」
「くっ……おのれ、人間どもめぇぇぇっ!!」
血を吐くような思いで条約書にサインさせられ、身ぐるみ剥がされたハイエルフたちは、逃げるように森を去っていった。
こうして、エルフの森は一人の血を流すこともなく、王国の絶対的な庇護下(保護領)に入ったのである。
***
その日の夜。
アルカディア王都の地下深くにある、重罪人を収容する冷たい石造りの牢獄。
そこに、エルロンドの奴隷にされかけていたエルフの元長老たち――ルミナの父であるファエレンを含む数名が、魔封じの鎖に繋がれたまま収容されていた。
コツ、コツ、コツ……。
静寂の牢獄に足音が響き、鉄格子の前に宰相オズワルドが姿を現した。
「……人間の、宰相殿か。わざわざ我々のような愚か者を笑いに来たのか」
ファエレンが、光を失った目で自嘲気味に呟いた。
「笑う気などありませんよ。ただ、貴方方に『今後の処遇』と『真実』を伝えるために参りました」
オズワルドは冷ややかな目で見下ろしながら、淡々と告げた。
「まず、森の一般のエルフたちについてですが。彼らは王国が責任を持って保護し、今までと変わらぬ平和な暮らしを約束しました。ハイエルフの脅威も完全に排除済みです」
「おお……そうか。民たちは救われたか……。せめてもの救いだ」
ファエレンが安堵の息を吐く。
「ただし。私欲と体裁のために実の娘を切り捨て、一族を危機に陥れた貴方方『長老』は別です。貴方方には、この冷たい地下牢で罪を数える日々を送っていただきます」
「……分かっている。どのような罰も受ける覚悟だ。ルミナを、あの子を死地へ追いやってしまった罪は、万死に値する……っ」
ファエレンが泥だらけの床に顔を覆い、後悔の涙を流した、その時だった。
「――何を勘違いしているのですか? 彼女は生きていますよ」
「……え?」
ファエレンが弾かれたように顔を上げた。他の長老たちも、信じられないものを見るような目でオズワルドを見つめる。
「ル、ルミナが生きている……? バカな! あの大迷宮の奥深くで、あのシルヴァンですら死にかけた場所で、あの子が……!?」
「ええ。我が国の元・近衛騎士や、最高位の才能を持つ若者たちと合流し、今は前人未到の深層で『毎日極上のキャンプ飯を楽しみながら、逞しく生きている』という確かな報告が上がっております。貴方方が『体裁のために死んだことにした』娘は、貴方方の想像もつかないほど高みに到達しているのです」
その言葉に、ファエレンの全身が雷に打たれたように震えた。
生きていた。あの優しく、お淑やかだった自分の娘が、誰の力も借りず、大迷宮の深層という地獄を生き抜いている。
親としての安堵と、己のあまりの矮小な虚栄心への恥辱が入り混じり、ファエレンは声にならない嗚咽を漏らした。
「あぁ……ああぁぁぁっ……! ルミナ、ルミナぁっ……!!」
泣き崩れる元長老たちを見下ろしながら、オズワルドは無慈悲に最後の宣告を下した。
「……王国の法で貴方方を裁くのは簡単です。しかし、国王陛下は『それは筋が違う』と仰られました」
オズワルドは鉄格子越しに、ファエレンの目を真っ直ぐに射抜いた。
「貴方方の本当の罪を裁けるのは、不当に切り捨てられたルミナ嬢ただ一人。ゆえに、貴方方の最終的な処遇は、彼女が大迷宮を完全踏破し、地上へ生還した暁に……『彼女自身の口』で決めていただきます」
「ルミナ、自身が……」
「ええ。彼女が貴方方を許すと言うのなら釈放しましょう。しかし、彼女が貴方方の首を刎ねろと言うのなら、我々は一切の躊躇なく処刑台を用意します」
オズワルドは踵を返し、冷たいマントを翻した。
「彼女が帰還するその日まで。いつ来るとも知れない『娘からの裁き』に怯えながら、己の罪の重さと向き合いなさい」
鉄格子の奥に取り残されたファエレンたち。
もはや彼らにエルフの誇りも体裁も残っていない。ただ、いつか迷宮から帰還する娘が、自分たちにどのような宣告を下すのかという「終わりのない恐怖と後悔」だけが、冷たい地下牢の闇の中に永遠に響き続けるのであった。
――その頃。
彼らが「どんな厳しい顔をして裁きを下すのだろうか」と怯えているルミナ本人は。
「トウヤさん! このフライドフィッシュ、美味しすぎてほっぺたが落ちそうです! 私、一生迷宮でご飯食べて暮らしたいです〜!」
と、王国や長老たちのことなど一ミリも思い出すことなく、ただ純粋に最高の迷宮ライフ(飯テロ)を満喫しているのであった。




