第456話 三ツ星のシャッフル・ディバイド(9部構成・その5:天然の地下ワインセラーと、紫晶樽牛の極上エイジング・ビーフ)
## 第456話 三ツ星のシャッフル・ディバイド(9部構成・その5:天然の地下ワインセラーと、紫晶樽牛の極上エイジング・ビーフ)
極上の酸味を含んだ果実『星海紫晶のバルサミコ・グレープ』と、それを喰らって育った『紫晶の麗鳥(カルパッチョ肉)』を、一滴の血も流さずに優雅に収穫した【チームB:エレガント・暗殺チーム】。
魔王ゼノスの操る漆黒の転移球は、紫水晶の森のさらなる深淵へと、音もなく滑るように進んでいた。
「……森の植生が変わってきましたわね。紫水晶の樹木がさらに太く、そして密集してきていますわ」
エリスが透明な空間壁に手を当て、外の景色を見つめる。
彼女の言う通り、進むにつれて森の様相は「地上の樹海」から、巨大な紫水晶で構成された「地下の洞窟」のような閉鎖空間へと変化しつつあった。
紅蓮結晶地帯の熱波は完全に遮断され、ひんやりとした、しかし適度な湿度を保った心地よい空気が漂っている。
「キュィィッ!(匂いがすっごく濃くなってきたー!)」
ゼノスの玉座の背もたれで、神鷹クーがクチバシをパクパクとさせている。
「ええ……。先ほどのバルサミコ酢のようなフレッシュな酸味とは違う、もっと重厚で、何百年も寝かせたような……鼻の奥がとろけるような『極上の発酵と熟成』の香りがしますわ!」
エリスの瞳が、新たな美食の予感にキラキラと輝く。
「フッ、この温度、この湿度、そして紫水晶が放つ微弱な魔力波長。まさにここは、星そのものが作り上げた『天然の超巨大ワインセラー』というわけだ」
ゼノスが満足げに頷き、転移球の進行速度を緩める。
「……静かに。この芳醇な空気の底に、巨大な『寝息』が混ざっている」
ジンが短剣の柄に手を掛け、目を細めた。
彼らが辿り着いたのは、紫水晶の洞窟の最奥部、すり鉢状になった巨大な広間であった。
### 第一フェーズ:天然の熟成庫と『星海紫晶の樽牛』
広間の中央。
そこには、体長二十メートルを超える、小山のように巨大な牛の魔獣が、静かな寝息を立てて丸まっていた。
その魔獣の最大の特徴は、背中に生えた巨大な「紫水晶のコブ」である。まるで巨大なワイン樽のように丸く膨らんだその水晶のコブの中には、青紫色のドロリとした濃厚なペーストがタプタプに詰まっていた。
「あれは……! 『星海紫晶の樽牛』ですわ!」
エリスが、息を呑んで声を潜める。
「森の果実を喰らい、自身の体内で分泌された極上のミルクと共に背中の水晶樽で発酵させた、天然の『超特濃ブルーチーズ』を背負う魔獣! しかも、このワインセラーのような完璧な環境で何十年も眠り続けることで、彼ら自身の肉体もまた、究極の柔らかさと旨味を持つ『天然のエイジング・ビーフ(熟成肉)』へと仕上がっているはずですのよ!!」
「ほう、チーズとエイジング・ビーフか。赤ワインの最高のお供が、自ら極上の状態で寝転がっているとはな。魔界の美食家どもが聞けば、全財産を投げ打ってでも欲しがる代物だ」
ゼノスが口角を吊り上げる。
「……だが、あのように熟成され切った肉は非常にデリケートだ。目を覚まさせて暴れられれば、筋肉が緊張し、せっかくのアミノ酸(旨味成分)が破壊されてしまう。さらに背中のチーズ樽も割れて台無しになる」
ジンの指摘に、全員が頷く。
「ええ。最高の熟成肉(生ハム)として持ち帰るためには、彼が『心地よい眠り』についている今の状態のまま、一切のストレスを与えずに……永遠の眠りについていただく必要がありますわ」
エリスが、慈愛に満ちた(しかし容赦のない)微笑みを浮かべ、白銀のレイピアを静かに引き抜いた。
### 第二フェーズ:完璧なる『無音睡眠シメ』の包囲網
「クー、ゼノス様。極上のエイジング・ビーフのために、舞台の準備をお願いできますか?」
「フッ、任せておけ。我ら魔王軍の『静寂の美学』を見せてやろう」
「キュィッ!(重力、フワフワにする!)」
ゼノスが指先を振るうと、眠る樽牛の周囲数十メートルの空間が、外の世界から完全に隔離された「絶対静寂の結界」で覆われた。これで、どれだけ動こうとも、外に音は漏れず、外の音も樽牛には届かない。
同時に、クーが【重力緩和】の魔法を展開。樽牛の巨大な身体にかかる重力を極限まで軽くし、もしシメた後に巨体が崩れ落ちても、自重で肉や背中のチーズ樽が潰れないように完璧なクッションを作り上げた。
「……道は作った。エリス、心臓は任せる。俺は脳髄を断つ」
ジンが、影の中に音もなく沈み込む。
「承知いたしましたわ。令嬢の嗜み、極上の『おもてなし(介錯)』をご覧に入れますわ」
エリスが【瞬動】を発動し、ゼノスの転移球から広間へと、まるで羽毛が舞い落ちるかのような軽やかさで着地した。
一切の足音を立てず、眠る樽牛の巨大な胸元の前へと滑り込む。
スゥゥゥ……。
エリスが深く、静かに息を吸い込む。
彼女の美食の神眼は、樽牛の分厚い毛皮と筋肉の奥、微かに脈打つ心臓の「絶対急所」を1ミクロンの狂いもなく捉えていた。
「【貴族剣技・まどろみの穿ち(スリープ・ピアッシング)】」
シャッ。
音というよりも、光の瞬きのようなレイピアの一突き。
白銀の刃は、樽牛の細胞に「切られた」ことすら認識させないほどの神速と鋭さで、毛皮の隙間から心臓の急所のみを正確に貫き、瞬時に引き抜かれた。
『……?』
樽牛が、ピクッと微かに身をよじった。心臓の活動が停止したことに脳が気づき、目を覚まそうとした、その刹那。
「……遅い」
樽牛の頭上の影から、無音でジンが降臨した。
彼の両手に握られた二柄の短剣が、すでに活動を停止しつつある樽牛の延髄の隙間へ、滑り込むように差し込まれる。
「【暗殺奥義・夢幻の断頭】」
チッ。
脳から全身へ送られるはずだった「起きろ」という信号が、完全にシャットアウトされた。
樽牛は、痛みを感じることも、自分が死んだことに気づくこともなく。
ただ「少し深い眠りに落ちた」という感覚のまま、その極上のエイジング・ビーフの肉体を完全に脱力させ、クーの無重力クッションの上へ、フワリと……そしてドスゥゥゥンと、一切の衝撃を殺して横たわった。
### 第三フェーズ:地下ワインセラーのお片付けと、次なる芳醇へ
「……見事な手際だ。一滴の血も流さず、恐怖のホルモンも一切分泌させていない。完璧な『極上生ハム』の完成だな」
ジンが短剣を血振るいし、影へと溶け込むように着地する。
「ふふっ、これぞエレガント・チームの真骨頂ですわ! 背中のブルーチーズの樽も、ヒビ一つ入っていませんのよ!」
エリスが、タウロスの背中でタプタプと揺れる濃厚な紫色のペーストを確認し、嬉しそうにレイピアを鞘に納めた。
『こちら大宴殿ブリッジのサイラス。モニター越しに見ていたが、背筋が凍るほどの鮮やかな暗殺だったな……。ファクトリーの回収アームを空間転移させる。バキューム開始だ』
空間が歪み、サイラスの操作する魔導アームが広間に出現する。
完全にシメられた『星海紫晶の樽牛』の巨体が、クーの重力魔法に支えられたまま、音もなくアームに回収され、大宴殿の氷室の「熟成肉専用ストレージ」へと丁寧に格納されていった。
「カッカッカ! やはり君たちと組むと、狩りがひたすらに『優雅なディナーの仕込み』になるな。ガレス殿のチームの野蛮な粉砕も一興だが、この静寂もまた魔王の好むところだ」
ゼノスが転移球の高度を下げ、エリスとジンを再び迎え入れる。
「ええ、とても良い食材が手に入りましたわ。でも……」
エリスが転移球に乗り込みながら、広間のさらに奥――地下ワインセラーの底知れぬ暗闇へと視線を向けた。
「この森の『熟成の香り』、タウロスを回収したというのに、まだ奥から途切れることなく漂ってきますの。それも、もっと深く、甘い香りが……」
「……ああ。メインディッシュは、まだこの森の最深部に眠っているようだ」
ジンも目を細め、闇の奥を見据える。
「キュィィッ!(もっと奥に行こう!)」
「フッ、ならば進むとしよう。この天然のワインセラーを、我らの胃袋で完全に空にしてやるまでな」
紫水晶の森の最深部、芳醇なる熟成の探索。
極上のエイジング・ビーフとブルーチーズを完璧な状態で手に入れた【チームB】は、次なる未知の美味を求めて、再び静寂の闇の中へと優雅に滑り出していくのであった。
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