第455話 三ツ星のシャッフル・ディバイド(9部構成・その4:紫水晶の森の芳醇な誘いと、幻鳥の無音カルパッチョ)
第455話 三ツ星のシャッフル・ディバイド(9部構成・その4:紫水晶の森の芳醇な誘いと、幻鳥の無音カルパッチョ)
ガレスたちが極寒の青炎地帯で豪快な物理粉砕を繰り広げていた頃。
トウヤの立案した『シャッフル・ディバイド作戦』により、紅蓮結晶地帯の右ルートへと進軍した【チームB:エレガント・暗殺チーム】は、まさにその名に相応しい、静謐にして優雅な狩りの時間を迎えていた。
「……ふふっ。ガレスさんたちのルートからは、相変わらず激しい爆発音と地鳴りが響いてきますわね。あちらは随分と野蛮なピクニックを楽しんでいるようですわ」
没落令嬢にして無双の剣士であるエリスが、白銀のレイピアを優雅に構えながら、クスリと微笑む。
彼らが現在進んでいるのは、魔王ゼノスが展開した『漆黒の転移球』の内部であった。完全な無音と無振動を保ちながら、透明な壁越しに外の景色を見渡せる極上の空中移動空間。
その周囲に広がるのは、熱波吹き荒れる紅蓮の大地とは完全に隔絶された、美しくも妖艶な『紫水晶の森』であった。
大地からは巨大な紫のクリスタルが樹木のように複雑に枝分かれして生い茂り、森全体が淡くミステリアスな紫の光に包まれている。そして何より特徴的なのは、この森に漂う「空気」であった。
「……匂いが、違う。血の匂いでも、焦げた匂いでもない。これは……」
影の中に半ば溶け込んでいる暗殺者ジンが、鼻腔を微かに広げて周囲の空気を探る。
「ええ、とても高雅で……そして食欲を激しく刺激する香りですわ! 最高級の赤ワインを何十年も寝かせたような芳醇さに、バルサミコ酢のような奥深い酸味の香りが混ざり合っていますの!」
エリスが恍惚とした表情で、うっとりと息を吸い込んだ。
「キュィィィッ!(すっぱ甘い匂いがするー!)」
神鷹クーも、ゼノスの玉座の背もたれに止まりながら、嬉しそうに羽をパタパタとさせている。
「フッ……我が魔界の宝物庫に眠る『千年の血魔酒』すらも凌駕する香気だな。この森の紫水晶は、地殻のミネラルとマグマの熱を『天然の樽』として利用し、独自の酸味と熟成の魔力を生み出しているのだろう。まさに、神が作り上げた極上のワインセラーだ」
ゼノスがワイングラスを傾ける仕草をしながら、深々と頷く。
『……こちら大宴殿ブリッジのサイラスだ。チームB、森の奥深くへの空間潜行、順調のようだな。その森の生態系は、酸味と熟成のエネルギーを糧とする未知の魔獣で形成されているはずだ。品質の高い食材の回収を期待しているぞ』
「お任せくださいませ、サイラス殿。このエリス、令嬢の嗜みとして、最高のディナーに相応しい『極上の酸味』を美しくお持ち帰りしてみせますわ」
第一フェーズ:芳醇なる宝石、『星海紫晶のバルサミコ・グレープ』
ゼノスの転移球が、音もなく紫水晶の巨木の枝葉を縫って奥へと進んでいくと、やがて視界が開け、巨大なクリスタルのドームのような空間に出た。
そのドームの天井(紫水晶の枝の裏側)には、ドロップリキッドのように濃密な紫の液体をたっぷりと含んだ、ブドウの房のような果実が数え切れないほど垂れ下がっていた。
「見つけましたわ! あれがこの森の芳醇な香りの源ですのね!」
エリスの美食の神眼が、その果実の正体を一瞬で見抜く。
何万年という歳月をかけ、紫水晶の内部で超濃縮された果実酢――**『星海紫晶のバルサミコ・グレープ』**である。
一粒一粒がバスケットボールほどの大きさがあり、その薄い皮の中には、肉料理の味を究極の次元へと引き上げる、甘美で濃厚な天然のバルサミコ果汁がタプタプに詰まっているのだ。
「素晴らしい……! あの果汁を煮詰めてソースにすれば、どんなお肉も魔性の美味に変わりますわ! ゼノス様、クーちゃん! 収穫のサポートを!」
「良かろう。空間魔術部隊、果実の落下地点に『不可視のクッション結界』を展開せよ」
「キュィィッ! 【反重力】!」
ゼノスの配下である漆黒の鎧の魔術兵たちが、ドームの下に柔らかな空間の膜を張り巡らせる。同時に、クーが重力魔法を行使し、果実が枝から切り離された瞬間の落下の衝撃を完全にゼロにする準備を整えた。
「いきますわ! 【貴族剣技・神速の果実千切り(エレガント・グレープ・スライサー)】!!」
エリスが転移球から空中へと軽やかに跳躍した。
白銀のレイピアが、紫色の薄暗い空間の中で流星のような軌跡を描く。彼女の剣閃は果実の皮を1ミクロンも傷つけることなく、果実を繋ぎ止めているクリスタルのツルだけを、目にも留まらぬ速度で次々と切断していった。
ポロリ、ポロリと枝から離れた巨大なバルサミコ・グレープたちは、クーの重力制御によって空中にフワリと浮き上がり、ゼノスの空間クッションの上へ音もなく、優しく着地していく。
「ふふっ、大豊作ですわ! 一滴の果汁もこぼさず、完璧な収穫ですの!」
エリスが空中でターンを決め、転移球へと戻ろうとした、その時であった。
第二フェーズ:酸味を護る幻鳥、『紫晶麗鳥』
『ピィルルルルルルルルッッ!!!!』
突如として、ドームの天井に張り付いていた巨大な紫水晶の一部が「剝がれ落ちる」ように動き出した。
否、それは水晶ではなかった。水晶に完全に擬態していた巨大な鳥の群れである。
翼を広げると十メートルにも及ぶその鳥たちは、刃のように鋭い紫色の羽を持ち、長い尾羽はまるで本物の宝石のシャンデリアのように煌びやかに輝いていた。
バルサミコ・グレープの極上の酸味と栄養を独占して育った森の守護者――『紫晶の麗鳥』。
「……なるほど。極上の果実には、それを喰らって丸々と太った極上の肉がつきもの、というわけか」
ジンの瞳が、静かなる殺意と食欲で暗く沈んだ。
「まぁ! あの鳥さんたち、バルサミコ酢を毎日飲んで育ったせいで、お肉自体に最高級のマリネ液が染み込んでいるようなものですわ! きっと、口の中でとろけるような『極上のカルパッチョ』になりますのよ!!」
エリスが、レイピアの切先を麗鳥たちに向けて興奮の声を上げる。
『キィィィィィィッ!!』
麗鳥たちが、自らの果実を奪ったエリスたちに向けて、鋭い紫水晶の羽の矢を雨霰と降り注がせてきた。それは、岩盤すらも容易に貫く超硬度の散弾。
「フッ、無粋な鳥どもめ。レディの優雅な収穫を邪魔するなど、万死に値する」
ゼノスが指をパチンと鳴らす。
瞬間、降り注ぐ紫水晶の羽の雨は、彼が展開した「空間の歪み」に吸い込まれ、100%の確率で明後日の方向(森の奥深く)へと受け流されていった。
「クー、上空の重力を操作してヤツらの飛行軌道を固定しろ。……エリス、お前は首を。俺は心臓の神経をシメる」
ジンが、二柄の短剣を逆手に構え、低い声で指示を出す。
「承知いたしましたわ、ジンさん。お肉の細胞がストレスで酸っぱくなりすぎないよう、一瞬で終わらせましょう!」
「キュィッ! 【重力檻】!!」
クーの魔法が発動し、空中を自在に舞っていた麗鳥たちの身体が、突如として見えない泥沼に足を踏み入れたようにガクンと重くなった。
「……影渡り」
その一瞬の隙(コンマ数秒の飛行の乱れ)を、暗殺者が逃すはずがなかった。
ジンが空間の影から影へと無音で跳躍し、十羽を超える麗鳥たちの群れの『死角(背後)』へと同時に分身するかのように現れた。
チッ、チッ、チッ、チッ。
極上のマリネ肉を傷つけないよう、ジンの極薄の短剣が、羽と羽の隙間を完璧にすり抜け、麗鳥たちの心臓を動かす神経節のみをピンポイントで切断していく。
「私の剣も、遅れはとりませんわ! 【貴族剣技・無音の舞闘】!!」
ジンのシメに合わせ、エリスのレイピアが紫光の中で閃く。彼女の刃は、ジンの手によって動力を失った麗鳥たちの首の神経を、痛みを全く感じさせない速度で優雅に切断し、完璧な「ダブル・無音シメ」を完成させた。
バサッ……ドスゥゥゥン。
けたたましい鳴き声も、血飛沫一つ上げることもなく。
極上の酸味を含んだ紫晶麗鳥たちは、最高鮮度のリラックス状態のまま、バルサミコ・グレープと共にゼノスの空間クッションの上へと綺麗に重なって倒れ伏した。
「……処理完了。一滴のドリップ(旨味)も逃していない」
ジンが短剣の血振るいを行い、音もなく転移球へと帰還する。
「ふふっ、ジンのナイフ捌き、ますます洗練されてきましたわね。これでお肉の酸味と旨味が、最高のバランスで閉じ込められましたわ!」
エリスもレイピアを鞘に納め、優雅にお辞儀をした。
「見事な舞であった。サイラス殿、収穫物の転送を頼む。……さぁ、森の奥には、さらに芳醇なメインディッシュが待っているはずだ。ピクニックを続けようではないか」
ゼノスの転移球が、再び無音のまま、紫水晶の森のさらなる深淵へと滑り出していく。
剛腕で粉砕するガレスたちとは対照的な、完全無音と芸術的剣技による『エレガント・乱獲ライン』。チームBの優雅なる酸味と熟成の探索は、一切の波風を立てることなく、確実にこの森の生態系を胃袋へと収め始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、こちらの新作「異世界・天下布武 〜魔族を従えた織田信長は、今度こそ本能寺を回避する〜」不定期執筆になりますがよろしく
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