第44話:豪邸の堕落と、蒼天の雲海、そして神話級の試運転
第44話:豪邸の堕落と、蒼天の雲海、そして神話級の試運転
前人未到の第10階層を突破し、神話級のアーティファクトである『星の箱庭(大豪邸)』を手に入れてから、数日が経過していた。
「……ふぅ。そろそろ俺は、新しい階層でキャンプ(と食材収穫)がしたいんだが」
庭の芝生に張られた愛用のマジックテントの前で、トウヤがコーヒーを啜りながらボヤく。
彼の足元では、クロが骨をかじり、クーが羽繕いをして、リルがポヨンポヨンと跳ね回っていた。テイムモンスターたちはトウヤと同じく「いつでも探索に行けるぜ!」とやる気に満ちている。
しかし、肝心の人間メンバーたちはと言うと。
「トウヤの兄貴ぃ……すまねえ、あと一日! あと一日だけ、このフカフカのベッドで二度寝させてくれぇ……!」
「トウヤさん、お願いです……。リルのジャグジー風呂が最高すぎて、私のエルフとしての森への郷愁が完全に浄化されてしまいました……」
「私、貴族のお屋敷でもあんなに広い自分の部屋を持ったことないの……。あと少しだけ、お嬢様気分を味わわせて……」
「神よ……この安息こそが天国……。スヤァ……」
「ガッハッハ! トウヤ、すまん! 広いキッチンでのつまみ食いと昼酒がやめられん!」
ジン、ルミナ、エリス、マリア、そしてガレスまでもが、完全なる『マイホームの虜』となり、数日間にわたって見事なまでの堕落生活を満喫していたのである。
死の黒砂漠での過酷な連戦を終えた直後ということもあり、トウヤも彼らの「数日だけ休ませてくれ」という懇願を渋々了承し、庭のテントから彼らの豪邸生活を生温かく見守っていたのだった。
「まあ、英気を養うのは悪いことじゃない。……だが、今日で休みは終わりだぞ! ほら、全員着替えて庭に集合しろ! 新階層に行くぞ!」
トウヤが【神眼の指揮】のスキルを少しだけ声に乗せて号令をかけると、豪邸の中から「はーい……」と、寝癖をつけた五人がゾロゾロと這い出してきた。
***
そして、第10階層の奥底にある大扉の前。
すっかりリフレッシュ(と寝溜め)を済ませた八人(六人と三匹)は、新たな神話級の装備に身を包み、未知なる『第11階層』の扉を力強く押し開けた。
「うおおっ……!? な、なんだここは!?」
扉の先に広がっていた光景に、ジンが目を見開く。
そこは、足元には真っ白な『雲海』がどこまでも広がり、その雲海の上に無数の『浮遊する島々』が点在しているという、幻想的かつ非常識な空間だった。
見上げれば抜けるような青空。雲海はまるで本物の海のようにゆっくりと波打ち、島と島の間には、光り輝く水のアーチ(空飛ぶ川)が架かっている。
「第11階層……『蒼天の雲海と浮遊群島』ってところか。今までの地底の階層とは全く違う、開放的な環境だな!」
トウヤが澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
「ええっと……これ、足を踏み外して雲の海に落ちたらどうなるんでしょうか?」
マリアが恐る恐る雲海を覗き込むと、そこからザパァァァッ!! と、巨大な水飛沫(雲飛沫?)が上がった。
「ピィィィッ!(下から来るよ!)」
クーの警告と同時、雲海の中から飛び出してきたのは、体長十メートルを超える白銀の鮫――『クラウド・シャーク(雲海鮫)』だった。
さらに上空の空飛ぶ川からは、紫電を纏った巨大なエイ――『ライトニング・レイ(雷飛エイ)』が数匹、獲物を狙って滑空してくる。
「休み明けの準備運動にちょうどいい! みんな、新装備の試運転だ!」
トウヤが号令をかける。
「ガッハッハ! 任せろ! 【魔力城塞・極】!!」
ガレスが前に出て、第10階層のボスから得た『獄炎の竜盾』を構えた。
上空からライトニング・レイが放った紫電の雷撃が盾に直撃する。しかし、竜盾はその雷撃を無効化するだけでなく、吸収したエネルギーを『獄炎の波』に変換し、カウンターとして上空のエイたちを焼き払ったのだ。
「おおっ!? 防御するだけで炎のカウンターが出るのか! こいつは最高だぜ!」
「ジンさん、エリスさん! 鮫は私たちが!」
ルミナが『星天の魔杖』を掲げる。すると、精霊との共鳴がこれまでの数倍に膨れ上がり、詠唱はおろか、杖を振るわずとも彼女の「意志」だけで極大の氷魔法が発動した。
「【アブソリュート・ゼロ】!!」
一瞬にして雲海の一部が凍りつき、飛び出してきたクラウド・シャークが空中で完全に氷漬けになる。
「ヒャッハー! これが神話級の力か!」
ジンの姿が、フッと『完全に』消滅した。『幻影の外套・極』の効果により、気配だけでなく空間からも完全に独立した彼は、氷漬けの鮫の頭上に音もなく現れ、短剣で装甲の継ぎ目をこじ開ける。
「私の番ね! 【渾身撃】!!」
エリスが『竜殺しの重剣』を振り下ろす。重剣は持ち主の魔力に呼応してドクンと脈打ち、刃にマグマのような超高熱を纏わせた。
ズガァァァァンッ!!
分厚い氷ごと、クラウド・シャークの巨体が真っ二つに両断される。
「ワォンッ!」
「ピルルゥゥッ!」
クロは『暗夜の牙飾り』によって次元跳躍の範囲と速度が劇的に向上し、まるで分身しているかのような速度で残党のエイを噛み砕く。クーは『空帝の風羽』で生み出した巨大な竜巻で、逃げようとする鮫たちを一網打尽に空中に巻き上げた。
そして、その全てを後方から支えているのが、マリアの『慈愛の聖印ペンダント』だった。
「すごい……。これだけ皆さんに強化魔法と結界をかけ続けているのに、魔力が全然減りません……!」
ペンダントの魔力消費半減と回復効果により、マリアは文字通り「無限の魔力タンク」と化していた。
「よし、完璧だな。……そらよっと」
最後にトウヤが、【神眼の指揮】で敵の急所を完全に把握しながら、【空間斬り】で宙を舞う鮫とエイの『最も美味しい部位』――極上の白身肉と、コラーゲンたっぷりの巨大ヒレ――だけを、スパンッ! と寸分の狂いもなく切り取ってアイテムボックスへと収納した。
戦闘時間、わずか数十秒。
新たな階層、新たな環境、そして強大な新モンスター。
普通の冒険者ならば命がけの死闘になるはずの状況は、新装備によって規格外のバケモノ集団へと進化した『悠久の踏破者』の前に、もはや「ただの楽しい収穫作業」に過ぎなかった。
「ふぅ! 休み明けで体が鈍ってるかと思ったが、みんなキレッキレじゃないか!」
トウヤが満足げに笑いながら短剣を鞘に納める。
「トウヤの兄貴……。俺、ジメジメした暗殺ギルドにいたのが嘘みたいに、毎日が爽快で楽しくて仕方ねえよ。この外套、マジで最高だぜ!」
ジンが虚空からフワリと姿を現し、ルミナやエリスも自身の武器をうっとりと眺めている。
「ガッハッハ! 豪邸での休みも良かったが、やっぱりこうして迷宮で暴れ回る方が性に合ってるな!」
青空の下、雲海に浮かぶ島で笑い合う六人と三匹。
「よし、この階層は景色もいいし、クラウド・シャークの白身肉も手に入った! 今日は浮島の上で、極上の『特大フライドフィッシュ&チップス』と『エイヒレの炙り焼き』にするぞ! 食材を集めながら、どんどん島を渡っていくぞ!」
「「「おおおおおッ!!」」」
「ワォン!」「ピィィッ!」「ピュイ〜♪」
美しい雲海の天空階層に、彼らの底抜けに明るい歓声が響き渡る。
前人未到の第11階層であっても、彼らの歩みは止まらない。強すぎる装備と底なしの食欲、そして確かな絆を武器に、軽やかで美味しすぎる迷宮攻略は、さらなる深淵(最高の食材)を目指して続いていくのだった。




