第42話:【閑話】王室の憂憤と、点と点が繋がる粛清への足音
第42話:【閑話】王室の憂憤と、点と点が繋がる粛清への足音
アルカディア王国王城、最奥に位置する国王の執務室。
分厚い遮音魔導具によって一切の音が遮断された深夜の密室で、国王ヴィルヘルムは、深く刻まれた眉間の皺を揉みほぐしながら重い溜息を吐いた。
「……して、影の調べはどうなっている、オズワルドよ」
国王の問いかけに、執務机の前に立つ初老の男――王国の頭脳にして暗部を束ねる宰相オズワルドが、分厚い羊皮紙の束を恭しく差し出した。
「はっ。陛下が懸念されていた通り、王都の地下で蠢く『腐敗の根』は、我々の想像以上に深く、そして醜く絡み合っていたようです」
オズワルドの報告は、ここ数週間で王都の裏社会や貴族街で起きた「不穏な動き」をまとめたものだった。そして驚くべきことに、その全ての動きの中心には、現在『悠久の大迷宮』へと姿を消した数名の若者たちの存在があった。
「まず、ヴァレリウス侯爵の動向についてです。彼は莫大な裏金を『暗殺ギルド』へと流し、迷宮へ逃げ込んだ元・近衛騎士ガレスの暗殺を依頼していました」
「……我が王国が誇る『狂王騎士』ガレスか。侯爵の不正の証拠を掴みかけたがゆえに、あらぬ反逆罪を着せられた不憫な忠臣……。暗殺ギルドは動いたのか?」
「ええ。しかし、奇妙なことが起きました。暗殺ギルドから派遣された隻眼の天才斥候ジンという青年が、ガレスの死を『偽装報告』してギルドを抜け出したのです。ジンはガレスの紹介状と莫大な資金を使い、人質に取られていた孤児院の家族を隣国へ逃がしました」
「なんだと?」
オズワルドは眼鏡の奥の目を細めた。
「ジンという青年は、その後、孤児院の者たちに『迷宮の深層で一財産築く』と言い残し、再び単身で迷宮へと潜っていったそうです。……おそらく、迷宮内で生き延びていたガレスと接触し、何らかの取引、あるいは共闘関係を結んだものと推測されます」
国王ヴィルヘルムは驚きに目を見開いた。
「あの絶対の死地である大迷宮で……生きているというのか? ガレスも、その暗殺者も」
「確定ではありませんが、可能性はあります。……そして、話はこれだけではありません。次に『光の教会』の動きです」
オズワルドが次なる羊皮紙を広げる。
「数週間前、優秀な治癒魔法の使い手であった聖女候補マリアが、突如として『異端の魔女』の烙印を押され、教会を追放されました。彼女もまた、迷宮へと逃げ込んでいます」
「聖女候補が異端だと? 馬鹿な、あのように清廉な娘が……」
「ええ、全くのデタラメです。我が影の調査によれば、マリアは教会上層部が信者からの寄付金を横領し、違法な魔導具を密売している帳簿を見つけてしまったのです。教会は事実を隠蔽するため、彼女の暗殺に『異端審問官』の精鋭部隊を迷宮へと放ちました」
「おのれ、神の御名において何という腐りきった真似を……! して、審問官たちはどうなった?」
「全滅したようです」
オズワルドが淡々と告げた言葉に、国王は絶句した。
「教会の秘密通信を傍受したところ、第4階層のジャングルで部隊は崩壊し、第5階層で階層主に惨殺されたとのこと。教会はこれ以上の追跡を諦め、マリアの存在を完全に歴史から抹消する手続きに入っています」
国王はギリッと奥歯を噛み締めた。
国の重鎮たる侯爵と、民の拠り所であるはずの教会上層部。その両方が、己の私腹を肥やすために罪なき若者たちを死地へと追いやったのだ。
「……まだあります、陛下。最後は、エリス・アルジェント令嬢についてです」
「アルジェント男爵の娘か。……確か男爵は、領地での横領の罪で投獄されているはずだが」
「それこそが、全ての『点と線を繋ぐ鍵』でございました」
オズワルドが最後の一枚、決定的な証拠となる書類を国王の前に置いた。
「アルジェント男爵は無実です。彼は領地を視察中、ヴァレリウス侯爵と教会上層部、そして暗殺ギルドが結託して行っていた『違法魔導具の密輸ルート』に気がついてしまったのです。ゆえに、侯爵によって証拠を捏造され、投獄された。……娘のエリス令嬢は、父の無実を証明する資金と権力を得るため、単身で大迷宮へと潜りました」
ドンッ!!
国王ヴィルヘルムの太い拳が、執務机を叩き割らんばかりの勢いで振り下ろされた。
「……ヴァレリウス侯爵、教会上層部、そして暗殺ギルド。この三つの巨悪が裏で繋がり、王国の法を冒涜し、私腹を肥やしていたというのか!!」
国王の怒気で、室内の空気がビリビリと震える。
「ガレス、マリア、エリス……そしてジン。彼らは皆、この腐敗した連中の犠牲となり、真実を抱えたまま、あの光の届かぬ大迷宮へと呑み込まれてしまった……っ!!」
国王は両手で顔を覆い、己の不徳を恥じるように深く呻いた。
「余が、余がもっと早く気づいていれば……。未来ある優れた若者たちを、あの地獄で死なせずに済んだものを……!」
オズワルドもまた、沈痛な面持ちで目を伏せた。
「陛下。過ぎたことを悔やんでも、彼らは戻りません。我々が為すべきは、彼らの無念を晴らし、この王国から腐敗の根を完全に焼き尽くすことです」
「……ああ、分かっている」
国王は顔を上げ、その瞳に絶対的な粛清の意志を宿した。
「オズワルド。直ちに近衛騎士団の精鋭と、影の部隊を動かせ。ヴァレリウス侯爵の私兵の制圧、暗殺ギルドの拠点の一斉摘発、そして教会の不正帳簿の確保……全ての証拠を完全に固めろ」
「はっ。すでに包囲網は敷きつつあります。合図一つで、奴らの首根っこを押さえる手筈が整っております」
「網から一匹たりとも逃がすな。男爵を救い出し、ガレスたちの名誉を回復する。……奴らが法廷に引きずり出され、絶望に顔を歪める日を、この手で用意してやるのだ」
王国の最上層部が、ついに巨大な悪を滅ぼすために本気で動き出した。
それは、私欲に溺れた貴族や聖職者たちにとって、逃れようのない「破滅」へのカウントダウンの始まりであった。
「……生きていてくれれば、よいのだがな」
国王は窓の外、王都の郊外にそびえ立つ大迷宮の方角を見つめ、祈るように呟いた。
「せめて彼らの魂が、あの暗く冷たい迷宮の底で、安らかに眠っていることを願うばかりだ……」
***
――その頃。
国王が「暗く冷たい迷宮の底」と憂いた大迷宮の、前人未到の第10階層。
アーティファクト【星の箱庭】によって創り出された、異空間の大豪邸の庭にて。
「ガレスさん! サラマンダーの極厚ステーキ、もう一枚焼けたわよ!」
「ガッハッハ! エリス、すまんが白飯も大盛りで頼む! いやぁ、美味すぎる!」
「ジンさん、お酒の飲み過ぎには注意してくださいね。あとでリルのジャグジー風呂に入れなくなりますよ?」
「マリアちゃんはまるでお母さんだな〜。へへっ、この迷宮牛のチーズとワインの組み合わせ、最高だぜ……!」
そこには、王国の重鎮たちが涙を流して哀れんでいた「悲劇の犠牲者たち」が、満面の笑みで最高級の霜降り肉を貪り食い、美酒に酔いしれ、庭に張られた特大マジックテントの前でドンチャン騒ぎをしているという、国王が見たら別の意味で涙を流しそうな光景が広がっていた。
「トウヤの兄貴ー! 次は黒竜王の肉の串焼き頼むぜー!」
「おう! 焦がしニンニクダレをたっぷり塗ってやるから待ってろ!」
王国の陰謀も、迫り来る粛清の嵐も、彼らにはもはや別世界の出来事に過ぎない。
最強の飯と最強の仲間を手に入れた『悠久の踏破者』たちは、国家の憂いなどどこ吹く風で、今宵も迷宮の底で「世界一贅沢なスローライフ」を満喫し尽くしているのであった。




