第40話:第10階層の黒竜王と、星の箱庭、そして究極のキャンプ場
第40話:第10階層の黒竜王と、星の箱庭、そして究極のキャンプ場
『悠久の大迷宮』第9階層――『瘴炎の黒砂漠』。
この地獄のような灼熱の階層に足を踏み入れてから、数週間の時が流れていた。
「……よし、綺麗に全員の経験値バーがピタリと止まったな。食材もアイテムボックスの容量ギリギリまで詰め込んだ」
夜の快適なマジックテントの中、トウヤは空中に展開したステータスボードを満足げに眺めながら頷いた。
ガレス、ルミナ、ジン、そして新たに加わったマリアとエリス。さらにテイムモンスターのクロ、クー、リルの全メンバーが、この第9階層で得られる経験値の『上限』に達していたのだ。
「ふぅ……。連日カース・ドラゴンやらマグマ・スコルピオを狩り続けたからな。私の大剣術もすっかり『解体の極意』みたいになってきたわ」
エリスが苦笑しながら愛剣の手入れをしている。
「私も、猛毒の瘴気の中で結界を維持し続けたおかげで、魔力操作が格段に上がりました。トウヤさんの『美味しいご飯』のサポートのおかげですけどね」
マリアがハーブティーを啜りながら、柔らかな笑顔を浮かべた。
「みんな、本当によく頑張ってくれた」
トウヤは全員の顔を見回し、少しだけ声のトーンを落とした。
「明日、俺たちはいよいよこの階層の最奥……第10階層の『階層主』に挑む。10階層ごとのボスは、これまでの魔物とは一線を画す強さだ。気は抜けないぞ」
「ガッハッハ! 望むところだ! 俺の進化した『魔力城塞』がどれだけ通用するか、試したくてウズウズしてたところだ!」
「俺の【直感回避】と【罠解除】で、ボスの急所を丸裸にしてやるよ」
ガレスとジンが頼もしく笑い、他のメンバーも力強く頷く。
彼らの間には、どんな強敵が来ようとも揺るがない『絶対的な連携への自信』が満ちていた。
***
翌日。
第10階層のボス部屋。そこは、黒砂漠の地下深くにある、巨大な活火山の『火口』そのものだった。
煮えたぎるマグマの海の中央に浮かぶ、広大な黒曜石の闘技場。
「グルルルォォォォォォォッ!!!」
足を踏み入れた瞬間、マグマの海を割って『それ』が姿を現した。
全身を溶岩のような赤黒い鱗で覆い、背中には天を衝くほどの巨大な翼。その体長は優に三十メートルを超える。
第10階層の絶対的支配者――『獄炎の黒竜王』である。
「ッ……! で、デカい……! 今までのカース・ドラゴンが子供に見えるわ……!」
エリスが息を呑む。黒竜王が放つ圧倒的な威圧感と熱波は、これまでの魔物とは比較にならない『絶望』そのものだった。
しかし、トウヤの【神眼の指揮】は一切のブレを見せなかった。
「ビビるな! いつも通りの『解体作業』だ! マリア、ガレス、前衛の絶対防壁を構築! ルミナとクーは後方から熱量相殺! ジンとエリスで足を止めろ!」
「「「応ッ!!」」」
黒竜王が大きく息を吸い込み、闘技場全体を焼き尽くすほどの極大の『獄炎のブレス』を吐き出した。
「させませんっ! 【絶対結界・多重展開】!」
「来い、トカゲの親玉ァッ! 【魔力城塞・極】!!」
マリアの聖なる光の結界と、ガレスの翠緑の魔力壁が完全に重なり合い、迫り来るマグマの奔流を真正面から受け止めて左右に弾き飛ばす。
「ピルルゥゥッ!!」
「水の精霊よ、その炎を凍てつかせなさい! 【アブソリュート・ゼロ】!!」
上空からクーの【重力嵐】が黒竜王の翼を押し潰し、ルミナの放った絶対零度の氷魔法が、ブレスを吐き終えた竜の喉元を急冷して強烈な「温度差による装甲の脆化」を引き起こす。
「そこだ! ジン!」
「ヒャッハー! 関節の隙間、見え見えだぜ!」
ジンが【直感回避】で竜の薙ぎ払いを紙一重で躱し、脆くなった右足の関節に短剣を突き立てる。
「貴族の誇りにかけてッ! 【渾身撃】!!」
そこへエリスの大剣が叩き込まれ、黒竜王の巨大な右足の装甲が粉々に砕け散った。
「ガァァァァァッ!?」
体勢を崩した黒竜王。その巨体が傾いた一瞬の隙を、『影』は見逃さなかった。
「ワォンッ!」
クロが【次元影跳躍】で空間を切り裂き、黒竜王の死角であるうなじに張り付き、鋭い牙で逆鱗の周辺を食い破る。
「仕上げだ、リル!」
トウヤの肩から飛び出したスライムのリルが、黒竜王の顔面に張り付き【超洗浄】と【温度調節】のスキルを攻撃に転用。竜の眼球周辺の粘膜から水分を強制的に奪い取り、視界を完全に奪う。
「これで、チェックメイトだ」
視界を奪われ、関節を砕かれ、もがく黒竜王の懐へ。トウヤは『幻影の解体短剣』を逆手に構え、音もなく肉薄した。
【空間斬り】。
次元の理すら無視する一太刀が、すでに仲間たちによって丸裸にされていた黒竜王の魔力コアを、豆腐のようにあっさりと両断した。
ズズズズズズンッ……!!
「……ふぅ。さすがに10階層のボスだ、少し汗をかいたな」
光の粒となって消えていく黒竜王を見上げながら、トウヤは額の汗を拭った。
これまでの数秒での瞬殺とはいかず、実に『三分間』もの激闘(という名の一方的な解体作業)となった。歯ごたえのある戦闘だったが、八人の完璧な連携の前では、やはり「少し手間の多い作業」でしかなかったのだ。
「トウヤさん……私たち、ついに第10階層のボスを無傷で……!」
マリアとエリスがへたり込み、信じられないといった顔で歓喜の涙を流す。
「ガッハッハ! 完璧な連携だったな! 俺の盾もまだまだ余裕だぞ!」
そして――闘技場の中央に、これまでのボス部屋とは比べ物にならないほど巨大で、黄金に輝く『超特大の宝箱』がせり上がってきた。
「おっ、お宝の時間だ!」
ジンが小走りで近寄り、【罠解除】のスキルで安全を確認してから、ゆっくりと蓋を開ける。
パァァァァァッ!!
中から溢れ出した眩い光。そこには、第10階層踏破の報酬として、メンバー全員の能力を劇的に引き上げる装備品がずらりと並んでいた。
「す、すごい……! これ、全部神話級のアーティファクトじゃないですか!?」
ルミナが震える声で叫ぶ。
ガレスには、黒竜の鱗で打たれた『獄炎の竜盾』。
ルミナには、精霊との共鳴を極限まで高める『星天の魔杖』。
ジンには、気配だけでなく空間からも完全に身を隠せる『幻影の外套・極』。
マリアには、魔力消費を半減させる『慈愛の聖印ペンダント』。
エリスには、マグマの熱を帯びた『竜殺しの重剣』。
クロには、次元跳躍の距離を伸ばす『暗夜の牙飾り』。
クーには、風の魔力を増幅させる『空帝の風羽』。
そしてリルには、水分保持量を無限にする『浄水の極小王冠』。
全員が新たな装備を手にし、その桁外れの性能に歓喜の声を上げる中、トウヤは宝箱の底にポツンと残されていた『小さな水晶玉』を手に取った。
「……なんだこれ? 武器でも防具でもないな」
水晶玉の中には、ミニチュアの家と庭のような風景が封じ込められている。
『アーティファクト【星の箱庭】を獲得しました。固有スキル【拠点創造】と融合・進化します』
システムアナウンスが響いた瞬間、水晶玉がトウヤの体へと吸い込まれた。
「え……?」
「トウヤの兄貴、どうした?」
「いや……なんか、俺の【拠点創造】スキルが、とんでもない進化をしたみたいだ。ちょっとここで試してみてもいいか?」
トウヤはそう言うと、ボス部屋の安全な場所で、進化した【拠点創造】を発動させた。
カッ!!
これまでのようにマジックテントが膨らむのではない。
空間そのものが「パキッ」と割れ、そこに『美しい木彫りの両開き扉』がポツンと出現したのだ。
「扉……?」
「みんな、入ってみてくれ」
トウヤに促され、おそるおそる扉を開けて中に入ったメンバーは、全員が石像のように固まった。
「な、なんですかここはァァァァッ!?」
エリスの絶叫が響き渡る。
扉の先は、広大な『異空間』だった。
青空(のような魔法の天井)の下には、フカフカの美しい芝生が広がる広大な『庭』。
そしてその中央には、上質な木材と石レンガで造られた、三階建ての『豪邸(ログハウス風マンション)』がそびえ立っていた。
中に入ると、魔力コンロが五つも並ぶ最新鋭の大型システムキッチン、リルの温度調節機能と直結した巨大な大浴場、広々としたリビングダイニング。
そして上の階には、なんと『メンバー全員(クロたちの分も含めて八部屋)の個室』が完備されていたのだ。フカフカのベッド、書き物机、クローゼットまでついている。
「これ……テントのレベルを超えてるじゃないですか! 王族の別荘ですよ!?」
マリアが腰を抜かして座り込む。
「すげえ……俺、生まれてからこんな豪華な自分の部屋持ったことねえ……」
ジンが自分の個室のベッドにダイブして感動泣きしている。
「ガッハッハ! 完全に迷宮の中に『マイホーム』が建っちまったな!」
ガレスも大笑いし、ルミナも「エルフの里の長老の家より立派です……」と呆然としている。
「いやぁ、アーティファクトの力ってすげえな。これなら、下の階層でどれだけ探索が長引いても、絶対にストレスなんて溜まらないぞ」
トウヤは嬉しそうに頷いた。
しかし、メンバーたちが豪邸ではしゃいでいる中、トウヤは一人、家の外の『芝生の庭』へと出ていった。
そして、アイテムボックスから愛用の「特大マジックテント」を取り出し、豪邸の目の前の芝生に、ポンッと設営し始めたのだ。
それに気づいたエリスが、窓から顔を出してツッコミを入れる。
「ちょ、トウヤさん!? なんでこんな立派な家があるのに、わざわざ庭にテントを張ってるんですか!?」
トウヤはテントのペグ(留め具)を打ち込みながら、ニカッと満面の笑みで振り返った。
「家の中で寝るのもいいが、俺は『キャンパー』だからな! この最高の芝生と星空(偽物だが)の下でテントを張って寝るのが、一番の贅沢ってもんだ!」
「……ブレないわね、この人」
「それがトウヤの兄貴だからな」
呆れるエリスと、笑うジンたち。
「よし! 新しい装備と、最高のマイホーム(と庭のテント)の完成を祝って! 今日はこの庭で、第9階層で狩り尽くしたサラマンダーの霜降り肉と、黒竜王のドロップ肉を使った『究極の深層BBQパーティー』にするぞ!!」
「「「うおおおおおッ!!」」」
「ワォン!」「ピルルッ!」「ピュイ〜♪」
死の黒砂漠の地下深く。前人未到の第10階層のボス部屋に繋がる異空間で。
王侯貴族すら羨む大豪邸と、その庭に張られたテントの前で、史上最高に美味しくて非常識な宴が幕を開けた。
『悠久の踏破者』の最強で優雅なスローライフは、迷宮の深淵に向かって、さらに加速していくのだった。




