第38話:灼熱砂漠の迷子スライムと、全自動・極楽スパリゾート空間
第38話:灼熱砂漠の迷子スライムと、全自動・極楽スパリゾート空間
『悠久の大迷宮』第9階層――『瘴炎の黒砂漠』。
この階層に足を踏み入れて数日、マリアとエリスを加えた『悠久の踏破者』の八人(六人と二匹)は、相も変わらず「致死の領域での食材乱獲」という名のレベ上げ作業を淡々とこなしていた。
「エリス、右から来るスコルピオの装甲を砕け! ルミナとマリアは後方のサラマンダーを氷結・隔離!」
「承知した! 【渾身撃】!!」
「「はいっ!!」」
マリアの【絶対結界】とガレスの【魔力城塞】に守られた絶対安全圏から、完璧な連携が放たれる。エリスの大剣がサソリの甲殻を叩き割り、ルミナの氷魔法が溶岩の蜥蜴を沈黙させる。
そこへ神速の遊撃手であるジンとクロが急所を穿ち、最後にトウヤの【空間斬り】が「美味しそうな部位」だけを綺麗に切り取ってアイテムボックスへと収納していく。
「よし、今日のノルマはこんなもんか。……エリスもマリアも、すっかり連携に馴染んできたな」
トウヤが短剣を収めながら笑顔で労う。
「ええ……。最初はこんな地獄のような階層で戦闘訓練(という名の食材集め)なんて正気の沙汰ではないと思いましたが、今ではすっかり『今日の夕飯のお肉』にしか見えなくなりました」
エリスが少しだけ遠い目をしながら、額の汗を拭った。
「トウヤさんの指揮と、皆様のサポートが完璧ですから。私、教会で祈っていた頃よりもずっと心が穏やかです……」
マリアも聖女らしからぬ、どこか逞しい(完全にスロー踏破に染まった)笑顔を浮かべている。
その時だった。
「ピィィィッ!!(兄貴! あっちの岩陰に、なんか変なのが倒れてる!)」
上空から索敵を行っていたクーが、黒い砂漠の一角に向かって急降下した。
「ん? 新しい魔物か?」
トウヤたちがクーの示す岩陰へ向かうと、そこには灼熱の黒砂の上で、今にも蒸発して消えそうになっている「小さな水色の塊」がピクピクと痙攣していた。
「こ、これは……スライム!?」
ジンが驚きの声を上げる。
「スライムといえば、本来は水気のある階層や湿地に生息する最弱の魔物だろ!? なんでこんな、マグマと熱風が吹き荒れる第9階層のど真ん中に……!」
「おそらく、第8階層の空間の歪みに巻き込まれて、偶然この階層に落ちてきてしまったんでしょう。……かわいそうに、熱と瘴気で干からびかけています」
ルミナが痛ましそうに顔をしかめる。
プル……プルル……。
スライムは、トウヤたちの足元で「助けて」とでも言うように、弱々しく体を震わせた。表面はすでに乾ききり、透明だったはずの体は濁っている。
「……こんな過酷な場所に放り出されるなんて、運が悪いやつだ。マリア、結界を少し広げてやってくれ」
「はいっ!」
トウヤはスライムを結界の内側(熱と瘴気が遮断された安全地帯)に保護すると、アイテムボックスから水筒を取り出した。
中に入っているのは、第3階層の地下湖で採取した清浄な水に、果実の甘い果汁を混ぜた『特製・迷宮フルーツウォーター』だ。
トウヤはそれを、干からびたスライムの体の上から、ゆっくりと振りかけた。
ジュワァァァァ……!
果汁入りの水を浴びた瞬間、スライムの体がスポンジのように水分を急速に吸収し始めた。
濁っていた水色が、美しいサファイアのような透明感を取り戻し、手のひらサイズだった体は、バランスボールほどの大きさへとポンッ! と膨れ上がった。
「ピュイッ!!」
完全に復活したスライムは、嬉しそうに甲高い鳴き声を上げると、ポヨンッと跳ねてトウヤの胸元へとダイブした。
「おわっ!?」
「ピュイ、ピュイ〜♪」
スライムはトウヤの胸にすりすりと体を擦り付け、完全に懐いてしまったようだ。
『トウヤが【ピュア・スライム(変異種)】のテイムに成功しました』
「……またか」
ジンが額に手を当ててため息をついた。
「犬、鳥に続いて、今度はスライムかよ。アンタの『飯によるテイム能力』、魔王軍でも作れそうだな」
「ガッハッハ! これでまたパーティーが賑やかになるな!」
「ええと……名前は『リル』にしよう。よろしくな、リル」
「ピュイッ!」
リルは嬉しそうに体を震わせ、クロやクーとも鼻先(?)を突き合わせて挨拶を交わしている。
「よし、とりあえずリルのステータスを確認しておくか」
トウヤが空中にステータスボードを展開した。
====================
【名前】 リル
【種族】 ピュア・スライム(変異種)
【主】 トウヤ
【レベル】 15
【HP】 80 / 80
【MP】 250 / 250
【筋力】 G
【敏捷】 E
【耐久】 S(物理無効)
【魔力】 C
【アクティブスキル】
・流体操作 Lv.5
・超洗浄 Lv.4
・温度調節 Lv.3
【パッシブスキル】
・灼熱耐性 Lv.MAX
・主人の料理狂信 Lv.MAX
====================
「……」
ステータスを見た全員が、一瞬沈黙した。
「……えーと。耐久【S】で物理無効って、あのカース・ドラゴンより硬くないですか……?」
エリスが引きつった顔で呟く。
「おそらく、この黒砂漠の熱に耐えるために『灼熱耐性』を獲得し、それが変異を引き起こしたんでしょう。……それにしても、一番下のスキルは相変わらずですね」
マリアが苦笑いする。
「まあ、戦闘向きってよりは完全にサポート特化だな。超洗浄と温度調節……うん、これは『拠点』の環境がさらにバグりそうな予感がするぞ」
トウヤはニヤリと笑い、リルを頭の上に乗せたまま、本日の野営地の設営に入った。
***
「よし! 今日のメインは、アッシュ・サラマンダーとマグマ・スコルピオの肉をふんだんに使った『激辛・極旨シーフード(?)パエリア』だ!」
トウヤが魔力コンロで作ったのは、サソリの出汁を極限まで吸わせた黄色いサフランライスの上に、豪快な霜降り肉とカニ(サソリ)肉を敷き詰めた特大パエリア。
灼熱の階層にふさわしいスパイスの香りが食欲を強制的にブーストさせ、八人(六人と三匹)のパーティーは、あっという間に巨大なパエリア鍋を空っぽにしてしまった。
「ふぅ、食った食った。……さて、トウヤの兄貴。飯が美味いのは最高なんだが、俺たち人数も増えたし、このデカい鍋と皿の『洗い物』が結構な重労働なんだよな」
ジンが油でギトギトになったスキレットや皿の山を見て、げっそりとした顔をする。砂漠階層では水も貴重なため、洗浄魔法などを駆使しなければならず、食後の片付けはなかなかの手間だった。
すると。
「ピュイッ!」
トウヤの肩に乗っていたリルが、ポンッと油まみれの皿の山へと飛び込んだ。
リルの透明な体がブワッと広がり、汚れた皿や鍋を次々と体内に取り込んでいく。
「お、おいリル!? そんな油と焦げ付きを食ったら、腹壊すぞ!」
ジンが慌てて止めようとしたが、次の瞬間。
ポイッ、ポイッ、ポポイッ!
リルの体内から吐き出された皿や鍋は、油汚れ一つ、水滴一つ残さず、まるで「新品」のようにピカピカに輝いていた。リルの【超洗浄】スキルによって、汚れだけが完全に分解・浄化されたのだ。
「……は?」
「ピュイ〜♪(お掃除完了!)」
「す、すごい……! 教会の神聖魔法でも、あんなに綺麗に油汚れは落とせませんよ!?」
マリアが目を輝かせ、ジンは「俺の洗い物当番が……完全に消滅した……っ!」と歓喜の涙を流してガッツポーズをした。
「ははっ、さすがはリルだ。……よし、洗い物が一瞬で終わったことだし。マリア、エリス、今日は『お風呂』にするぞ」
トウヤの提案に、二人の少女の動きがピタッと止まった。
「お、お風呂……? この、テントの中でですか?」
エリスが信じられないという顔をする。
「ああ。俺の【拠点創造】には『簡易風呂機能』がついてるからな。……ただ、今までは水魔法でお湯を溜めて、温度を維持するのが少し手間だったんだ。だが、今はリルがいる!」
トウヤはテントの奥の仕切りを開け、石造りの立派な浴槽(簡易とは名ばかりの広さ)を出現させた。
そこにルミナが水魔法で水を張り、トウヤがリルを浴槽へと放り込む。
「リル、頼む!」
「ピュイッ!」
リルが【流体操作】と【温度調節】のスキルを発動する。
すると、浴槽の水がリルの体をフィルターにして循環し始め、一瞬にして「不純物が一切ない、完璧な温度(40度)の極上のお湯」へと変貌を遂げたのだ。
さらに、リルが微弱な魔力を振動させることで、お湯全体が心地よい『ジャグジー(気泡浴)』のようになっている。
「完成だ! 『全自動・極楽浄化スパ(リル乗せ)』! 女の子たち、先に入ってきていいぞ!」
トウヤが胸を張って宣言する。
「……」
マリアとエリスは、湯気の立つ極上のお風呂と、泥と汗にまみれた自分たちの体を見比べた。
数分後。
「はぁぁぁぁ…………っ」
テントの奥から、二人の少女の、文字通り「魂が抜けるような」至福の溜息が漏れ聞こえてきた。
「信じられません……。砂漠の真ん中で、こんなに温かくて綺麗なお湯に、肩まで浸かれるなんて……っ。リルの気泡が、凝り固まった筋肉をほぐしてくれます……」
「マリア……私、もう迷宮から出たくないわ。家の再興とか、どうでもよくなってきた……」
「エリスさん、ダメです。でも……今日だけは、この幸せに溺れさせてください……」
死の黒砂漠のど真ん中。
外ではマグマが噴き出し、カース・ドラゴンが徘徊する地獄の第9階層において。
『悠久の踏破者』のテントの中だけは、最強の洗い物&風呂沸かしスライム・リルが加わったことで、王侯貴族のスパリゾートすら凌駕する『究極の快適空間』へと進化してしまったのだった。




