第37話:死の砂漠の解体工場と、お約束の「中略」ステーキ
第37話:死の砂漠の解体工場と、お約束の「中略」ステーキ
数十年間、誰一人として生還した者のいない『悠久の大迷宮』第9階層――『瘴炎の黒砂漠』。
吹き荒れる猛毒の瘴気と、地割れから噴き出す赤黒いマグマ。かつてマリアとエリスが数分で死を覚悟したこの絶望の領域は、たった数日で「ただの少し暑い食肉加工工場」へと成り下がっていた。
「右舷から『アッシュ・サラマンダー(灰燼の火蜥蜴)』三体! 左から『マグマ・スコルピオ』二体来るぞ!」
「了解だ! クー、左に重力嵐! ジンは右の足止め!」
「ピィィッ!」
「あいよっ! 【直感回避】からの関節砕きだ!」
トウヤの指示が飛ぶと同時に、完璧に仕上がった連携が火を噴く。
ガレスの【魔力城塞】とマリアの【絶対結界】が重なり合い、一切の熱と瘴気を遮断する完全無欠のセーフティエリアを構築。その内側から、ルミナの【精霊共鳴】による無詠唱の極大氷魔法が放たれ、マグマの魔物たちを急冷して動きを止める。
「エリス、前衛のトドメを持っていけ! クロはこぼれた奴を頼む!」
「は、はいっ! 貴族の誇りにかけて! 【渾身撃】!!」
「ワォンッ!」
エリスの大剣が氷漬けになったサラマンダーを叩き割り、クロが【次元影跳躍】でスコルピオの死角から急所を噛み砕く。
そして、無力化された魔物たちの群れの中へ、トウヤが滑るように入り込んだ。
「よっと。サラマンダーの尻尾肉、ゲット」
スパンッ、スパンッ! と、『幻影の解体短剣』による【空間斬り】が閃く。
トウヤは魔物を「倒す」というより、最初から「解体」の部位だけを切り取っていた。戦闘が終わる前に、すでに上質な『サラマンダーの霜降り肉』や、スパイスの代わりになる『黒灰ペッパー』が、トウヤのアイテムボックスへと次々に吸い込まれていく。
「はい次! 前方からドラゴンの群れ! ジン、ルミナ牽制!」
「「了解!」」
索敵、牽制、防御、殲滅、そして解体。
一切の無駄がなく、息を吸って吐くように繰り返される「流れ作業」。
「……」
大剣を振り下ろした姿勢のまま、エリスはポカンと口を開けてその光景を見つめていた。
後方で結界を維持しているマリアも、杖を持ったまま目を白黒させている。
「……あの、マリア。私、もしかして夢を見ているのかしら。ここは本当に、王国で誰も生還したことのない第9階層なのよね?」
「え、ええ……。でも、なんだか王都の郊外にあるスライム狩りの初心者ダンジョンよりも、安全で作業的に見えます……」
強大な魔物たちが、まるでベルトコンベアに乗せられた食材のように次々と処理されていく異常な光景。
マリアとエリスの二人は、この数日でレベルが爆上がりしているにもかかわらず、全く「死線」を潜っている実感が湧かなかった。
「ト、トウヤさん! ちょっと待ってください!」
たまらず、エリスが大剣を地面に突き立てて声を上げた。
「なんだ、エリス? 怪我でもしたか?」
トウヤがサラマンダーの肉を小脇に抱えながら、爽やかな笑顔で振り返る。
「違います! あのですね……いくらなんでも、戦闘が楽すぎませんか!? これだけ無傷で、しかも一瞬で敵を倒せるなら、こんな階層でずっと足止めなんてせずに、さっさと次の階層に進むべきでは!?」
「そうです! 私の結界もほとんど削られていませんし、もっと下層を目指せるはずです!」
マリアもエリスの横に並び、至極真っ当な冒険者としての意見をぶつけた。
その瞬間。
ガレス、ルミナ、ジンの三人が、顔を見合わせてニヤァッと笑った。
「ガッハッハ! おいトウヤ、新入りたちが『お約束の疑問』を抱いたぞ!」
「ふふっ、ついにこの時が来ましたね。ジンさん、準備はいいですか?」
「ああ。新メンバーが加入した時の、恒例行事だからな」
先輩メンバーたちが腕を組んで深く頷く中、ガレスがトウヤの背中をバンッと叩いた。
「さあリーダー! エリスとマリアに、俺たちの『スロー踏破の真意』を説明してやれ!」
「……仕方ないな」
トウヤはコホンと一つ咳払いをし、手に持っていた肉をアイテムボックスにしまうと、かつてないほど真剣で、冷徹な探索者の顔つきになった。
「いいか、エリス、マリア。俺たちが目指しているのは、ただの迷宮探索じゃない。『誰も成し遂げたことのない大迷宮の完全踏破』だ」
「完全、踏破……」
トウヤの静かで凄みのある声に、二人はゴクリと息を呑んだ。
「過去の英雄たちがなぜ最下層に辿り着けずに死んでいったのか。それは『慢心』だ。だから俺は、自身のステータスの経験値が完全に頭打ちになるまで、徹底的に、アホみたいに安全マージンを取ってこの階層に留まる。これが俺の掲げる『スロー踏破』の絶対ルールであり――」
(中略)
「――というわけだから、俺たちはこの階層の『サラマンダーの霜降り肉』と『黒灰ペッパー』を一生分ストックするまで、絶対に下の階層には行かない! 分かったか!?」
ピシッ、と。
砂漠の熱風の中で、エリスとマリアの思考が凍りついた。
数秒の沈黙の後。
「っっっっだから理由の九割が食材じゃないですかァァァァッ!!!」
エリスとマリアの、完璧に息の合った絶叫ツッコミが第9階層に響き渡った。
「前半のあのめちゃくちゃカッコいい真面目な話はなんだったんですか! 感動して損しました!」
「トウヤさん! 結局ただご飯がいっぱい食べたいだけですよね!? 聖女の目は誤魔化せませんよ!」
顔を真っ赤にして抗議する二人に、ジンとルミナが腹を抱えて大笑いし、ガレスも「ガッハッハ! 完璧なツッコミだ!」と大喜びしている。
「いやいや、命の安全を確保した上での食材確保だぞ? ほら、文句を言ってないで、今日の収穫祭の準備を手伝ってくれ!」
トウヤは笑いながら指を鳴らし、【拠点創造】でいつもの快適な特大マジックテントを展開した。
***
「よし! 今日のメインは、アッシュ・サラマンダーの尻尾の極厚肉を使った『超・霜降りマグマステーキ 〜黒灰ペッパーと特製焦がしニンニク醤油〜』だ!」
テントの中央に設置された大型魔力コンロ。
その上に置かれた分厚い鉄板に、トウヤは迷宮牛の牛脂をたっぷりと引いた。
そこに、分厚さ五センチはあろうかという、見事なサシ(脂)の入ったサラマンダーの尻尾肉をドンッ! と乗せる。
ジュワァァァァァァァッ!!!
暴力的なまでの肉の焼ける音と共に、マグマ地帯で育った魔物特有の、野性味と濃厚な脂の甘い香りがテント内に大爆発を起こした。
「クゥゥゥン!」「ピルルッ!」
クロとクーはすでに床を涎の海にして転げ回っており、先ほどまでツッコミを入れていたエリスとマリアも、その抗いがたい匂いの前に完全に沈黙し、ゴクリと喉を鳴らしていた。
トウヤは肉の表面がカリッと香ばしく焼けたところで裏返し、この階層で採れた『黒灰ペッパー』をたっぷりと振りかける。さらに、醤油、赤ワイン、そしてすりおろしたニンニクを合わせた特製ソースを、熱々の鉄板に直接回しかけた。
ジュワワワワァァァッ!!
焦がしニンニク醤油の狂気的な香りが、ペッパーの刺激的な匂いと混ざり合い、全員の理性を完全に吹き飛ばす。
「焼き上がったぞ! 豪快に切って、白飯と一緒に掻き込んでくれ!」
それぞれのお皿にドンッと乗せられた、巨大なステーキ。
エリスとマリアは、震える手でナイフとフォークを握りしめ、分厚い肉を切り出して口へと運んだ。
「――――ッッ!!」
二人の瞳が、極限まで見開かれた。
噛んだ瞬間、カリッと香ばしい表面を突き破り、中から信じられないほど大量の「熱い肉汁」が大洪水となって溢れ出す。サラマンダーの肉は、マグマの環境で育ったためか、脂の融点が低く、口に入れた途端にとろけるように解けていくのだ。
さらに、黒灰ペッパーのスモーキーな辛味と、焦がしニンニク醤油のパンチが、濃厚な肉の旨味をどこまでも高く引き上げ、無限に食欲を刺激する。
「お、美味しい……! なんですかこれ、お肉が口の中で溶けました! ソースと肉汁が絡み合って……白飯が、白飯が止まりませんっ!」
エリスが令嬢の作法など完全に忘れ去り、ステーキと大盛りの白米を狂ったように掻き込む。
「ふぁぁぁ……っ。ペッパーのピリッとした辛さが、お肉の甘みを引き立てて……幸せです……。神様、この美味しさは間違いなく奇跡です……っ!」
マリアも涙を流しながら、頬をソースまみれにして肉を咀嚼している。
「ははっ、いい食べっぷりだ。この肉を一生分ストックせずに、下の階層になんて行けないだろ?」
トウヤが自身のステーキを頬張りながらウインクすると、二人は口いっぱいに肉を詰め込んだまま、何度も何度も、猛烈な勢いで首を縦に振った。
「はいっ!! トウヤさんの言う通りです! こんな美味しいお肉を残して進むなんて、冒険者の恥です!」
「ええ! 私たち、ずっとここでレベ上げと収穫作業を手伝います!」
先ほどの立派なツッコミはどこへやら。
絶望の過去から救い出された聖女と令嬢は、最強の『飯テロ』の前に完全に陥落し、トウヤの「スロー踏破」という名のぬるま湯に、満面の笑みで肩まで浸かってしまうのだった。
笑い声と肉の焼ける音が響く、死の砂漠のテントの中。
八人の絆は極上のステーキによってさらに強固なものとなり、彼らの非常識で美味しい迷宮攻略は、今日も賑やかに続いていく。




