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目指すは深層、まずは腹ごしらえから! 〜現代知識と【拠点創造】で始める、前人未到の大迷宮スロー攻略記〜  作者: 盆ちゃん


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第29話:【閑話】閉ざされた森の長老と、深緑の追跡者

第29話:【閑話】閉ざされた森の長老と、深緑の追跡者

外界との接触を絶ち、深い結界に守られた『エルフの隠れ里』。

樹齢数千年とも言われる世界樹の枝葉が天蓋のように広がり、常に穏やかな木漏れ日と豊かな魔力に満ちたその場所は、外の人間からすれば「幻想的な妖精郷」そのものであった。

しかし、その美しさの裏には、何千年も変わらぬ古い掟と、息が詰まるほどの閉鎖性が蔓延っていた。

里の中心部、世界樹の根元をくり抜いて造られた壮麗な会議室。

淡い魔力石の光に照らされた円卓には、里の最高決定機関である『長老会議』の面々が、険しい顔つきで並んで座っていた。

その円卓の中央に跪き、肩で荒い息をしているのは、汚れなきはずの法衣を泥と汗でまみれさせた一人のエルフの男だった。

彼は、里を飛び出した長老の娘・ルミナを連れ戻すために放たれた追手の一人である。

「……報告せよ。ルミナはどうした。なぜお前一人だけが、手ぶらで戻ってきたのだ」

円卓の上座から、冷たく重い声が降り注ぐ。

声の主は、ルミナの父親であり、この里の筆頭長老であるファエレンだった。威厳に満ちた銀糸の髪と、鋭く冷徹な碧眼。彼は娘の安否よりも、一族の体面に泥を塗られたことへの怒りを隠そうともしていなかった。

「は、はい……。我々追跡隊は、ルミナ様の魔力痕跡を辿り、王都郊外にある『悠久の大迷宮』の入り口付近まで追い詰めました。しかし……」

「しかし、なんだ」

男はゴクリと唾を呑み込み、絶望的な事実を口にした。

「ルミナ様は、我々の追跡を振り切るため、単身であの迷宮の内部へと飛び込んでしまわれたのです」

「なっ……!?」

「あの大迷宮へだと!?」

静まり返っていた会議室に、長老たちの動揺の声がさざ波のように広がった。

『悠久の大迷宮』の悪名は、閉鎖的なエルフの里にまで届いている。人間はおろか、長命で魔力に長けたエルフでさえ、中層以下に潜れば無事では済まないと言われる魔境中の魔境だ。

「我々はすぐに後を追おうとしましたが、迷宮内は魔力の流れが乱れており、ルミナ様の痕跡を見失ってしまいました……。隊長は『私が残りの者たちと出口の監視を続けるゆえ、お前は里へ戻り、長老に判断を仰げ』と。私一人、不眠不休で里へと引き返してきた次第です」

男が深々と頭を下げると、会議室は再び重苦しい沈黙に包まれた。

数週間、あの迷宮から出てこない。それは一般的に考えれば「水も食料も尽き、迷宮の奥深くで魔物の餌食となって野垂れ死んだ」と考えるのが妥当だった。

「おお、なんという事だ……。ルミナが死んだとなれば、来月に迫った隣の森のハイエルフ、エルロンド殿との婚姻はどうなるのだ」

「エルロンド殿は非常に気位が高いお方。我が一族から逃げ出した挙句に死んだなどと知れれば、多大な不興を買うのは火を見るより明らかぞ!」

長老たちが口々にこぼすのは、娘の死を悼む言葉ではなく、政治的同盟の崩壊と、一族が受ける恥辱への恐怖ばかりだった。

ダンッ!!

その時、ファエレンがギリッと奥歯を噛み締め、持っていた杖を床に強く叩きつけた。

魔力を帯びたその一撃に、長老たちはビクッと肩を震わせて口をつぐむ。

「……いや。あの子は生きている」

「ファエレン殿!? しかし、いくらルミナでも、一人であの迷宮を生き抜くなど……」

「あの子の精霊魔法の適性は、歴代の長老すら凌駕する【S】ランクだ。そう簡単に下等な魔物に遅れを取るはずがない」

ファエレンは目を細め、頑なな声で言い放った。

それは親としての情というよりは、自らの血筋である『エルフの魔法』への絶対的な驕りだった。

「それに……もし死んでいるとエルロンド殿に報告すれば、我々の一族はどれほどの恥辱を受けるか分からんのか! 体面を保つためには、何としても『生きたまま』連れ戻し、無理矢理にでも輿入れさせるしかないのだ!」

ファエレンの怒気に、長老たちは完全に沈黙した。

体面と誇りを何よりも重んじる彼らにとって、「長老の娘が婚約から逃げて迷宮で野垂れ死んだ」という事実は、いかなる犠牲を払ってでも隠蔽すべき最悪のシナリオだったのである。

「もはや、出口で見張るなどという悠長な真似をしている場合ではない。迷宮の奥深くであろうと、強引に踏み込んで連れ戻す!」

ファエレンは円卓の傍らに控えていた、銀の軽鎧をまとった長身の男へと鋭い視線を向けた。

「シルヴァン。……我が里の誇る『深緑の守護騎士団』を動かせ」

「はっ」

呼ばれた男――騎士団長シルヴァンは、一切の感情を交えない冷徹な声で応じた。彼もまた、エルフの魔法と剣技を極めた、里で一、二を争う実力者である。

「里でも指折りの精鋭たちを選抜し、直ちに大迷宮へと向かえ。下等な人間の冒険者どもが何十年もかかって踏破できないような場所であっても、我らエルフの精鋭が本気で潜れば、深層に到達することなど造作もなかろう」

「御意。浅ましい魔物どもなど、精霊の刃で一掃してご覧に入れます」

シルヴァンが胸に手を当てて優雅に一礼する。

その瞳には、迷宮の過酷さに対する危機感など微塵もなく、ただ「愚かな家出少女を連れ戻す簡単な任務」としか捉えていない傲慢さが宿っていた。

「よいか、シルヴァン。ルミナはエルロンド殿へ捧げる大切な『供物』だ。絶対に、指一本、傷一つ付けずに無傷で連れ帰れ。万が一、下等な魔物や人間の男などに穢されていようものなら……お前たちの首も飛ぶと思え」

「承知いたしました。ファエレン様のご期待に、必ずや応えてみせましょう」

騎士団長は踵を返し、出撃の準備を整えるべく会議室を後にした。

残されたファエレンは、世界樹の天井を見上げ、忌々しそうに吐き捨てた。

「愚かな娘め。外の世界の汚れた空気など吸いおって……。連れ戻した暁には、二度と森から出られぬよう、手足の自由を奪ってでも結界の奥底に幽閉してやる」

***

誇り高きエルフの精鋭部隊『深緑の守護騎士団』。

彼らは迷宮探索の苛酷さを全く理解せぬまま、強力な魔法武具と、エルフとしての絶対的な自信だけを武器に、王都の大迷宮へと出立した。

長老も、騎士団長も、誰も知る由はなかった。

彼らが「指一本傷つけず、穢れなき状態で連れ戻せ」と命じたその銀髪のエルフの少女が――。

現在、大迷宮の奥深くで。

「トウヤさん! この『激旨・豚肉とキノコのニンニク醤油炒め』、美味しすぎます! お肉のおかわり、もう三回目いっちゃっていいですか!?」

と、顔中をニンニク醤油のタレまみれにし、白飯を片手に満面の笑みで肉を貪り食っているという、エルフの気高さなど欠片も残っていない「完全に穢された(胃袋を掌握された)姿」になっていることなど。

過信と傲慢に満ちた追跡者たちは、真実を知らぬまま、規格外のバケモノ(トウヤたち)が優雅にキャンプを張る大迷宮の深淵へと、足を踏み入れようとしていたのである。

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