第21話:無法の魔法火力と、スロー踏破の真意(エルフへの布教)
第21話:無法の魔法火力と、スロー踏破の真意(エルフへの布教)
『悠久の踏破者』に四人目の仲間、エルフの精霊魔法使いルミナが加入した翌日。
第6階層『烈風の大渓谷』には、これまで以上の蹂躙劇、もとい「大規模な食材収穫祭」の嵐が吹き荒れていた。
「風の精霊よ、集え! 【ウィンド・ブラスト】!!」
ルミナが身の丈ほどもある杖を振るうと、無詠唱で発動した極大の突風が、前方から群れを成して突進してきていた巨大山羊『グランドホーン』五頭を、まとめて空高くへと巻き上げた。
「すげえな……! ガレス、落ちてきたところを頼む!」
「応ッ! 【鉄壁・大盾撃】!!」
空中で身動きが取れず、無防備に落下してきたグランドホーンたちを、ガレスの『翠緑の金剛盾』が容赦なく弾き飛ばす。
さらに、上空でその様子を見ていた猛禽類の魔物『ウィンドイーグル』が、ルミナを危険な術者と見なして急降下してきたが――。
「ワォォンッ!!」
「シッ!」
イーグルの背後から【影渡り】で出現したクロが、四体の【影分身】と共に翼を噛み砕き、体勢が崩れた瞬間にトウヤの【精密連射】が眉間を正確に射抜いた。
ドスゥゥンッ! と、次々に巨大な魔物たちが地に伏し、光の粒となって消えていく。
後に残されたのは、小山のような極上肉の山だ。
「……」
あまりにも一方的な殲滅劇に、トウヤは弓を下ろして感嘆の息を漏らした。
「すごいな、ルミナ。あの数の突進を、たった一発の魔法で無力化するなんて」
「えへへ、これくらい精霊魔法なら簡単です! お父様たちには内緒で、威力を上げる特訓ばかりしてましたから!」
ルミナは得意げに豊かな胸を張り、尖った耳をピコピコと揺らした。魔力【S】に加えて【詠唱破棄】のスキルを持つ彼女の魔法火力は、控えめに言っても「無法」の一言だった。
ガレスが盤石の守りを固め、ルミナが広範囲魔法で敵の体勢を崩し、クロが神速で撹乱し、トウヤが急所を穿つ。
遠距離・広範囲・防御・遊撃・暗殺……全てのピースが完璧に噛み合った四人パーティーは、第6階層の魔物たちにとって、もはや理不尽な天災そのものだった。
「よし、これでまた肉のストックが潤ったな。ファントム・エッジなら解体も一瞬だぜ」
トウヤは鼻歌交じりに『幻影の解体短剣』を抜き、凄まじい手際でグランドホーンとウィンドイーグルの肉を捌いて【異空庫】へと放り込んでいく。さらに、岩肌にこびりついた『絶壁岩塩』を削り取る作業に戻った。
その様子をポカンと見ていたルミナが、小走りでガレスの元へと向かう。
「あの、ガレスさん。私たち、ちょっと強すぎませんか……?」
「ん? なにがだ?」
「だって、この階層の魔物、私たちに傷一つ付けられないじゃないですか。私、昨日は一人で死にかけてたのが嘘みたいです。……今の私たちなら、ここからさらに二、三個下の階層に降りても、余裕で戦えると思うんですけど……トウヤさんは、どうしてずっとお肉や塩ばかり集めてるんですか?」
純粋な疑問だった。エルフの里を出たばかりのルミナでも、自分たちの戦力がこの階層の適正を完全に超えていることは理解できた。
しかし、ガレスは呆れるどころか、ニヤリと深く笑ってルミナの頭をポンと撫でた。
「ははっ、ルミナ。お前もそう思うか。俺も数日前、全く同じことをトウヤに言ったんだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。……まあ、あいつの口から直接聞いた方が早い。おいトウヤ! ルミナが『下の階層に行かなくていいのか』ってさ!」
ガレスに呼ばれたトウヤは、岩塩を削る手を止め、パンパンと手を払ってルミナの前に歩み寄った。
その表情は、先ほどまでの陽気なキャンパーのそれから、底冷えするほど冷静な『探索者』の顔へと切り替わっていた。
「ルミナ。確かに今の俺たちは、この階層では無敵に近い」
「は、はい……」
「でもな、俺たちが目指しているのは『誰も成し遂げたことのない大迷宮の完全踏破』だ。過去の英雄や高ランク冒険者たちが、なぜ最下層に辿り着けずに死んでいったのか分かるか?」
トウヤの真剣な眼差しに、ルミナはゴクリと息を呑んだ。
「それは、強さを過信した『慢心』だ。下の階層に行けば、環境も魔物も一変する。未知のギミック、未知の毒、未知の即死攻撃があるかもしれない。今の連携が通用しなくなる可能性だってある」
「未知の……」
「だから俺は、自身のステータスが『この階層の魔物を倒しても、これ以上経験値が一切入らない』と証明してくれるまで、絶対に下の階層へは降りない。徹底的に、アホみたいに安全マージンを取る。これが、俺の掲げる『スロー踏破』の絶対ルールだ」
トウヤはルミナの目を見つめ、静かに言い切った。
「絶対に死なない。君たちにも、絶対に怪我一つさせない。……そのために、俺たちはこの階層の魔物が絶滅する勢いで、徹底的に『連携訓練』を続けるんだ。分かってくれるか?」
その冷徹なまでの生存への執念と、仲間を絶対に守り抜くという強固な意志。
ルミナは、この青年がただ甘いお菓子を作ってくれる優しいだけの男ではないことを悟った。リーダーとして、誰よりも深く迷宮の恐ろしさを計算し尽くしているのだ。
「……はい! 私、トウヤさんの考え、すごく立派だと思います! 私も絶対に死にたくないですから、いくらでも特訓に付き合います!」
ルミナが感動して力強く頷いた。ガレスも「だろ?」とばかりに腕を組んで頷いている。
しかし、トウヤの真剣な表情は一瞬で崩れ、いつもの柔らかな笑顔に戻った。
「分かってくれて嬉しいよ。……それに急いで下の階層に行ったら、この階層でしか採れない美味い『食材』を心残りなく食い尽くせないからな! これが一番の理由だ!」
「……え?」
感動の空気が、ピシッと凍りついた。
「いやあ、この絶壁岩塩のしょっぱさは最高だし、グランドホーンの肉の旨味は格別だ。これを一生分ストックせずに下の階層に行くなんて、愚の骨頂だからな! よーし、特訓(という名の収穫)の意義も共有できたことだし、今日は超特大の『迷宮BBQ』にするぞ!!」
「うおおおおッ!! BBQ!!」
「ワォォォォンッ!!」
歓喜の雄叫びを上げるトウヤ、ガレス、クロの三人の背中を見つめながら、ルミナは半眼になった。
「……ガレスさん。今、すごくいい話だったのに、最後の一言で全部台無しになった気がするんですけど」
「はははっ! 気にするなルミナ! これが俺たち『悠久の踏破者』だ! とにかく、飯の時間は最高だぞ!」
***
岩窟の中に設営されたマジックテント。
『簡易風呂機能』で汗と汚れをスッキリと洗い流した四人は、テントの中央に設置された大型の魔力コンロ(焼き網仕様)の前に陣取っていた。
「今日はルミナの初めての『肉料理』記念日でもあるからな。遠慮せずに食ってくれ!」
トウヤが焼き網の上に乗せたのは、鉄串に刺された巨大な『ミックス・シシカバブ』だった。
グランドホーンの濃厚な赤身肉、ウィンドイーグルの弾力ある鶏肉、さらに第3階層のケイブポテトや密林の肉厚キノコが、交互にぎっしりと串に刺さっている。長さは優に五十センチを超える特大サイズだ。
ジュワァァァァァァッ……!!
肉の脂が魔力コンロの熱源に落ち、暴力的なまでの白煙と香ばしい匂いがテント内に爆発する。
トウヤはハケを使い、醤油、ニンニク、ハチミツ、そしてジャングルペッパーを煮詰めた『特製・甘辛ガーリックダレ』を、焼ける肉に何度も何度も塗り重ねていく。
タレが焦げる匂い。肉汁が弾ける音。
生まれてからエルフの里で葉っぱと木の実しか食べてこなかったルミナの脳髄が、未知の香りにガンガンと揺さぶられる。
「こ、これが……お肉の焼ける匂い……。甘いパンケーキの時とは違う、本能が直接急かされるような……っ」
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
隣ではクロが、すでに床に涎の水たまりを作っていた。
「よし、焼き上がったぞ! 豪快に串ごと齧り付いてくれ!」
皿に乗せられた、黒光りする特大の肉串。
ルミナは両手で重い鉄串を持ち上げ、恐る恐る、しかし抗いがたい引力に導かれるように、グランドホーンの肉に小さな歯を立てた。
「――――あむっ。……っっ!!??」
噛みちぎった瞬間、ルミナの翠色の瞳が限界まで見開かれた。
表面の甘辛いガーリックダレの強烈なパンチ。その直後、分厚い赤身肉から信じられないほどの量の「熱い肉汁」が、濁流となって口の中を満たした。
エルフの淡白な味覚を暴力的に書き換える、濃密な脂と圧倒的な旨味。さらにジャングルペッパーの刺激が、肉の甘みをどこまでも引き上げていく。
「んんんんん……ッ!? な、なんですかこれ! 美味しい! 美味しすぎます!! 噛めば噛むほど、口の中に幸せが溢れて……っ!」
ルミナは言葉もそこそこに、今度は隣のウィンドイーグルの肉に食らいつく。鶏肉の弾力と、間に挟まったホクホクのポテトが、また違う食感と旨味のハーモニーを奏でた。
「美味しい! お肉って、塩としょっぱいタレって、こんなに美味しいんですね!! 私、今まで人生の半分以上損してました!!」
ルミナが顔中をタレまみれにしながら、エルフの気品などかなぐり捨てて一心不乱に肉を貪り食う。
「はははっ! 食え食え! まだまだストックは腐るほどあるからな!」
「ワォン!! ムシャムシャ!」
ガレスとクロも、凄まじい勢いで肉串を平らげている。
トウヤも熱々の肉を頬張りながら、冷たい炭酸水を喉に流し込んだ。
「ぷはぁーっ、最高だ! やっぱり、連携強化(という名の収穫)は辞められないな!」
「はいっ!! トウヤさん、私、明日からもいっぱい魔法撃ちます! だからこのお肉、毎日食べさせてください!!」
「おう、任せとけ!」
エルフの少女の胃袋と常識を完全に掌握し、『悠久の踏破者』の絆(と食欲)はさらに強固なものとなった。
理不尽なまでの強さと、底なしの食欲を併せ持つ彼らのスローな迷宮攻略は、賑やかな笑い声と共に、この烈風の階層をも確実に平らげていくのだった。




