第195話:【閑話】冒険者ギルドの物流革命と、見向きもされなくなった浅層ボスの悲哀
### 第195話:【閑話】冒険者ギルドの物流革命と、見向きもされなくなった浅層ボスの悲哀
大迷宮の完全踏破と、絶対同盟による世界規模の『出前ネットワーク(物流網)』の確立。
それは、世界から争いをなくし、各国の食卓をかつてないほど豊かにしたが、同時に【従来のファンタジー世界の常識】を根底から破壊し尽くす結果をもたらしていた。
神に見放された勢力が地下牢や鎖国の中で震える一方で、今回は大迷宮攻略の影に隠れ、いつの間にか出番を失っていた者たちの「その後」の日常を覗いてみよう。
### 【閑話その1:冒険者ギルド本部の激変と、ギルドマスターの頭痛】
アルカディア王国の王都にそびえ立つ、冒険者ギルド総本部。
かつては血気盛んな荒くれ者たちが集い、魔物討伐や迷宮探索の依頼を奪い合っていたその場所は今、まるで【巨大な物流センターのコールセンター】と化していた。
「(おい! エルフの里から『トウヤ様特製・薬膳スープ300人前』の追加発注だ! 配達部隊の手が空いてねえ! 誰かCランク以上で、スープを一滴もこぼさずに『無振動歩法』ができる奴はいねえか!?)」
「(こっちの依頼書、至急ギルマスに回してくれ! 『迎賓館リゾートでのアトラクション球拾い(時給:神話級ドラゴンの端肉200グラム)』だ! 応募者が殺到してギルドの受付がパンクしそうだ!)」
「(ウー〇ーバッグの修繕依頼、生産ギルドに回しとけ! 断熱魔法の付与が甘いってクレームが来てるぞ!)」
電話代わりの魔力通信機が鳴り響き、受付嬢たちがインカムをつけて怒涛の勢いで書類を裁いている。
その光景を、ギルドマスターである歴戦の猛者(筋骨隆々のドワーフ)は、自身の執務室から死んだような目で眺めていた。
「……どうしてこうなった」
ギルドマスターは、山積みになった依頼書にドサリと突っ伏した。
少し前まで、ギルドの主な仕事は「深層で消息を絶ったパーティーの捜索」や「スタンピード(魔物暴走)の防衛要請」といった、血生臭くも冒険者らしいものばかりだった。
しかし現在、ギルドの依頼掲示板から【討伐クエスト】はほぼ消滅した。
代わりに貼り出されているのは、以下のようなものばかりである。
* **【緊急クエスト:Sランク】**
* **内容:** 帝国ルート第4中継地点の渋滞解消および、交通整理。
* **報酬:** トウヤ殿の気まぐれチャーハン(大盛り)
* **【常設クエスト:Bランク】**
* **内容:** 迎賓館キッチンカーでの食材の仕込み(※玉ねぎの皮むき。神話級のタマネギにつき、涙腺耐性スキル必須)
* **報酬:** まかない付き
「……冒険者どもが、誰も命を懸けて魔物を狩ろうとせん。安全な場所で配達や仕込みの手伝いをするだけで、かつてのSランク報酬以上の『極上の飯』が食えてしまうからじゃ……」
ギルドマスターは嘆息した。
だが、彼もまた昨晩、報酬のおこぼれである『神竜のローストビーフ』を食べて嬉し泣きしたばかりである。もう昔のパサパサの干し肉と硬い黒パンを齧りながら野営する日々には、彼を含めて誰一人戻れなくなっていた。
「まあ、死人がゼロになったのはギルマスとして喜ばしいことじゃがな……。おい受付! ワシも午後は『仕込みクエスト』に参加するぞ! 今日のまかないはカツカレーらしいからな!」
「ギルマス、職権乱用はやめてください!! 交通整理が先です!!」
こうして、冒険者ギルドは名実ともに「絶対同盟・総合物流・人材派遣センター」へとその姿を変えたのであった。
### 【閑話その2:見向きもされなくなった浅層ボスの悲哀と筋トレ】
舞台は変わり、各国の領土に出現した『神の迷宮』の浅層エリア。
例えば第10階層のボス部屋。そこはかつて、新米冒険者たちが初めて死の恐怖を味わう【登竜門】であった。
『ブゴォォォォォォッ!!』
迷宮の第10階層ボス――『ブラッド・ミノタウロス(鮮血の牛頭魔人)』。
見上げるような巨体と、鋼のような筋肉。彼は己のボス部屋で、侵入してくる人間どもを恐怖のどん底に叩き落とすべく、巨大な戦斧を構えて待ち構えていた。
ドドドドドッ!!
足音が聞こえる。来た。人間だ。
『ブゴォォォ……(さあ、絶望を味わわせてやる……)』
ミノタウロスが咆哮を上げようと大きく息を吸い込んだ、その瞬間。
「(前方のボス、邪魔だ! 無振動で駆け抜けろ!)」
「(イエッサー!! スープの温度、ヨシ!!)」
シュババババババッ!!
帝国の軍服の上にウー〇ーバッグを背負った配達部隊(サイラスの教え子たち)が、ミノタウロスを完全に【障害物(ただの壁)】として扱い、壁走りや天井走りを駆使して、コンマ一秒すら立ち止まることなく一瞬でボス部屋を通り過ぎていった。
『…………ブゴ?(…………え?)』
戦斧を振り上げたポーズのまま、ミノタウロスは硬直した。
誰も彼を攻撃しない。それどころか、視線すら合わせない。
実は先日、一度だけ配達部隊の通りすがりに倒されたことがあった。その際、彼らはミノタウロスの肉を切り出し、トウヤの元へ持ち帰ったのだが……。
その時のトウヤの評価が、浅層ボスたちにとっての致命傷となった。
**『あー、第10階層のミノタウロスね。筋肉ばかりで脂が乗ってないし、肉質が硬すぎて煮込みにも向かないな。これなら90階層の神話級モンスター狩った方が早いから、今度から浅層のボスはスルーしていいよ』**
この【トウヤのグルメ査定・低評価】がギルド中に共有された結果、浅層のボスモンスターたちは「倒す価値すらない、不味くて硬い肉の塊」という不名誉なレッテルを貼られてしまったのである。
『ブゴォォォォォッ……!!(俺は……不味くないッ……!!)』
ミノタウロスの目から、屈辱の涙がこぼれ落ちた。
かつては恐怖の象徴だった自分が、今や「肉が硬いからスルー推奨」と言われているのだ。魔物としてのプライドがズタズタである。
『ブゴッ! ブゴッ! ブゴッ!』
その日から、第10階層のボス部屋から異音が響くようになった。
ミノタウロスが、なんと戦斧を置き、自らの肉質を柔らかくするための【ストレッチとスクワット】を始めたのである。さらに、迷宮内に生える「栄養価の高い魔力草」だけを厳選して食べる(草食化する)という徹底した肉質管理(サシを入れる努力)まで開始した。
全ては、「美味い」と言わせて、あの配達員たちに振り向いてもらうために。
神の迷宮の魔物たちもまた、トウヤの飯テロの影響で、独自の哀しき進化を遂げようとしていた。
### 【閑話その3:異世界最強のレーション(携帯食)開発部】
最後に、『星繋ぎの迎賓館』の地下に新設された【現代知識・開発ラボ】。
そこでは、ミリタリーオタクの転生者・ケンタと、和の国の賢者・カイトが、白衣を着てフラスコや魔導コンロとにらめっこをしていた。
「(ケンタ殿。第95階層で採れた『神話級・滋養強壮キノコ』のエキス抽出、完了しました。これに私の作った『特濃マヨネーズ』と『魔力回復醤油』をブレンドすれば……)」
「(よし! そこに俺の現代レーション(戦闘糧食)の知識をぶち込む! どんな環境でも腐らず、片手で食べられて、一口で1万キロカロリーと魔力を全回復できる【究極の出前部隊専用・カロリーバー】の完成だ!!)」
彼らは、トウヤの作ってくれた極上の飯への恩返しとして、世界中を飛び回る配達部隊が「移動中にも最高のパフォーマンスを発揮できる(そして美味しい)携帯食」の開発を行っていた。
「おっ、やってるな二人とも」
そこへ、トウヤが夜食の『厚切りカツサンド』を差し入れにやってきた。
「トウヤ殿! ちょうど試作品の『絶対同盟コンバット・レーション改』が完成したところです! ぜひ味見を!」
カイトが、銀紙に包まれたスティック状の物体を差し出す。
トウヤはそれを受け取り、一口齧ってみた。
「……んおっ!? なんだこれ、すげえ濃厚だ! マヨネーズのコクと醤油の香ばしさがガツンと来て、中に練り込まれた神竜のミンチ肉が口の中でホロホロ崩れる……。ジャンクだけどめちゃくちゃ美味いぞこれ!!」
「やったぜ!! トウヤさんに美味いって言ってもらえた!!」
ケンタがガッツポーズをして跳び上がる。
「おう、こりゃサイラスたち配達員も大喜びするぜ。歩きながら食える極上の飯なんて最高じゃねえか。……お前ら、戦闘チートはないかもしれないが、間違いなくこの世界の食卓を支える英雄だよ」
トウヤが、カツサンドを二人に手渡しながらニカッと笑う。
「……っすね。チートで無双するより、美味いもん作って喜んでもらう方が、何百倍も楽しいっす」
ケンタとカイトは、トウヤのカツサンドを頬張りながら、充実感に満ちた笑顔を浮かべた。
最前線で迷宮を踏破する者。
それを支えるために物流を回す者。
見向きもされなくなって肉質改善に励む魔物。
そして、裏方で新たな美味を追求する転生者たち。
誰もが「美味しいご飯」を中心に回り始めたこの異世界は、かつての暗く血生臭いファンタジーの面影を完全に消し去り、今日も極上のスパイスの香りと共に、平和で賑やかな日常を刻み続けているのであった。




