第19話:銀髪のエルフと、烈風を裂く魔法、そして至福の厚焼きパンケーキ
第19話:銀髪のエルフと、烈風を裂く魔法、そして至福の厚焼きパンケーキ
オーバースペックな新装備を手に入れた『悠久の踏破者』の三人は、翌日からも第6階層『烈風の大渓谷』での探索と食材収穫を優雅に続けていた。
吹き荒れる強風も、トウヤの『迷宮踏破者の外套』とガレスの『翠緑の金剛盾』の前には無意味であり、上空から襲い来るウィンドイーグルもクロの神速の前に次々と墜落していく。
「よし、絶壁岩塩のストックもかなり増えてきたな。そろそろ別の岩壁を……ん?」
崖沿いを歩いていたトウヤが、不意に足を止めた。
風の音に混じって、前方からドォォォン! という重低音と、微かな光の瞬きが届いたのだ。
「……戦闘の音か? しかも、かなり大規模な魔法の気配がするぞ」
ガレスが目を細めて風上を睨む。クロも鼻をヒクヒクとさせ、警戒の姿勢をとった。
「行ってみよう。普通の冒険者がこの階層にいるとは考えにくいが、もしそうなら助けが必要かもしれない」
三人は足早に渓谷の奥へと進んだ。
やがて開けた岩場に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……エルフ、か?」
ガレスが驚きの声を漏らす。
岩壁を背にして立っていたのは、身の丈ほどもある巨大な杖を構えた、小柄な少女だった。
月明かりを集めたような美しい銀髪に、透き通るような碧眼。そして尖った長い耳。間違いなく、森の奥深くに住むとされる希少な種族、エルフである。
しかし、その美しい容姿とは裏腹に、彼女の息は絶え絶えで、法衣はあちこちが破れて泥と血に汚れていた。
彼女の周囲には、この階層の主とも言える巨大な鳥の魔物『ストーム・コンドル』が三羽、旋回しながら彼女を追い詰めていた。
「風の精霊よ、我が呼びかけに応え、敵を穿つ刃となれ……! 【ウィンド・カッター】!!」
少女が杖を振るうと、目に見えない風の刃が数発放たれ、一羽のコンドルの翼を掠めた。しかし、威力が足りない。彼女の魔力は、すでに底を突きかけていたのだ。
「ピィィィィッ!!」
怒り狂ったコンドルたちが、一斉に少女へ向かって急降下する。
「……くっ、ここまでですか……。お父様の追手から逃れて、こんな所で鳥の餌になるなんて……」
少女が絶望に碧眼を閉じ、杖を抱きしめた、その瞬間だった。
「ガレス! クロ!」
「任せろォォッ!! 【挑発】!!」
地鳴りのようなガレスの咆哮が、渓谷の強風を切り裂いた。
魔力を帯びた挑発の声に、三羽のコンドルがビクンと反応し、一斉に標的をガレスへと変える。
「来い、クソ鳥ども! 【鉄壁】!!」
ガレスが構えた『翠緑の金剛盾』に、三羽の巨大な爪が激突する。しかし、金剛盾は傷一つ付かず、逆にコンドルたちの爪を弾き返した。
「ワォォォォンッ!!」
弾かれて体勢を崩したコンドルの背後に、クロが【影渡り】で出現する。銀のチョーカーが輝き、四体の【影分身】が乱舞。一瞬にして二羽のコンドルの首が噛み砕かれた。
「シッ!」
残る一羽が逃げようと空へ飛び上がった瞬間、トウヤの【精密連射】による矢が、風の抵抗を完全に計算した軌道を描き、コンドルの脳天を正確に射抜いた。
「……え?」
銀髪のエルフの少女は、呆然と目を開けた。
自分をあそこまで追い詰めた強大な魔物の群れが、突如乱入してきた男たちと黒い狼によって、ものの数秒で、しかも無傷で殲滅されてしまったのだ。
「大丈夫か、君? 怪我はないか?」
トウヤが弓を下ろし、柔らかな笑顔で手を差し伸べる。
しかし少女はビクッと体を震わせ、杖を構え直した。
「こ、来ないでください! あなたたちも、お父様……長老の差し金ですか! 私を里へ連れ戻そうとしても無駄です!」
「長老? いや、俺たちはただの探索者だよ。戦闘音が聞こえたから見に来ただけだ」
トウヤが両手を上げて敵意がないことを示すが、少女の警戒は解けない。
しかし、極限状態での連戦と魔力枯渇は、彼女の小さな体に限界をもたらしていた。
「あ……」
杖を構えたまま、少女の体がふらりと傾く。
「おい、危ない!」
トウヤが慌てて駆け寄り、地面に倒れ込む寸前で彼女の体を抱きとめた。彼女は完全に気を失っていた。
「……どうやら、かなり無理をしてここまで潜ってきたみたいだな。装備もボロボロだ」
ガレスが心配そうに覗き込む。
「ああ。今日はもう探索は切り上げよう。彼女も限界みたいだし、早めに拠点を作って休ませてやらないと」
トウヤは少女を抱き上げたまま、【拠点創造】を発動させた。
***
風の当たらない岩窟の中に、いつもの快適なマジックテントが設営された。
温かいランタンの光に照らされたフカフカのベッドの上で、少女はゆっくりと目を覚ました。
「……ここは……?」
「気がついたか。驚かせて悪かったな。ここは俺たちのテントの中だ」
少女が弾かれたように起き上がると、そこには小型の魔力コンロの前に立つトウヤと、盾を手入れしているガレス、そして床で丸まっているクロの姿があった。
外の凶悪な烈風の音は全く聞こえず、テント内は春のように暖かく、そして……信じられないほど甘く、幸せな匂いが充満していた。
「な、なんですか、この香りは……?」
少女の碧眼が、コンロの上のスキレット(フライパン)に釘付けになる。
「ん? ああ、ちょうどおやつの時間だったからな。君もかなり疲れてるみたいだし、魔力回復には『甘いもの』が一番だろ?……よかったら、一緒にどうだ?」
トウヤが皿に盛り付けて振り返る。
そこに乗っていたのは、分厚くフワフワに焼き上げられた『特製・厚焼きパンケーキ』だった。
異空庫にストックしていた迷宮牛のミルクと新鮮な卵をたっぷりと使い、メレンゲを混ぜ込んで焼き上げた生地は、まるで雲のように高く膨らんでいる。その上からは、雪のような粉砂糖と、黄金色に輝く最高級のハチミツがたっぷりと掛けられ、横にはジャングル階層で採れた甘酸っぱいベリーのソースと、濃厚なホイップクリームが添えられていた。
「こ、これは……?」
「現代風の厚焼きパンケーキ、ベリーソースとハチミツがけだ。熱いうちに食ってくれ」
トウヤが少女の膝の上に皿とフォークを置く。
エルフの里で、木の実や質素な野菜ばかりを食べて育ち、里を出奔してからは不味い携帯食料しか口にしていなかった彼女にとって、それはまさに「未知の兵器」だった。
「い、いただきます……」
少女は震える手でフォークを持ち、フワフワのパンケーキにナイフを入れた。
スッと抵抗なく切れる感触。たっぷりとハチミツとクリームを絡ませて、小さな口へと運ぶ。
「――――ッ!!?」
口に入れた瞬間、少女の尖った長い耳が、ピーン! と垂直に跳ね上がった。
「な、なんですかこれ……! 噛んでいないのに、口の中で溶けました!? それに、この暴力的なまでの甘さと、ミルクの濃厚なコク! あとから追いかけてくるベリーの爽やかな酸味が、クリームの甘さを引き立てて……こんな、こんな美味しい食べ物、エルフの長い歴史書にも載っていません!!」
少女は涙をポロポロと流しながら、夢中でパンケーキを口に運び始めた。
「美味しい……! 美味しいです……っ! 魔力が、全身に満ちていくのが分かります……!」
あっという間に特大のパンケーキを平らげた少女は、皿に残ったハチミツまでスプーンで綺麗に掬い取り、ほうっと至福の溜息をついた。
「……はぁ。生き返りました……」
「それは良かった。俺はトウヤ。こっちのデカいのがガレスで、黒い狼がクロだ。君は?」
すっかり警戒心を解かれた(胃袋を完全に掌握された)少女は、少し頬を赤くして居住まいを正した。
「私、ルミナと申します。エルフの里の長老の娘です。……里の閉鎖的な掟と、親が決めた結婚が嫌で、家出をしてきました。追手から逃れるために、誰も来ないような迷宮の深層を目指していたんです」
「なるほど、家出少女か。一人で第6階層まで来るなんて、大した魔法の腕前だな」
トウヤが感心して頷くと、ルミナはモジモジと指を絡ませながら、上目遣いでトウヤを見つめた。
「あの、トウヤさん。……一つ、お願いがあるのですが」
「ん? どうした?」
ルミナはゴクリと喉を鳴らし、真剣な表情で言った。
「私を、あなたたちのパーティーに入れてくれませんか!? 私、精霊魔法なら誰にも負けない自信があります! 後衛からの火力支援は完璧にこなします! だから……その……」
「だから?」
「毎日、三食+おやつに、今みたいな甘くて美味しい『すいーつ』を食べさせてください!! お願いします、一生ついていきます!!」
ルミナが勢いよく頭を下げる。
そのあまりにも現金な(しかし切実な)理由に、ガレスは腹を抱えて大笑いし、クロも「仲間が増えた!」と嬉しそうに吠えた。
「ははっ、いいぜ。ちょうど後衛の魔法火力が欲しかったところだ。それに、美味しいスイーツのレシピなら、俺の頭の中に山ほどあるからな」
「ほ、本当ですか!? やったぁ!!」
ルミナが飛び上がって喜ぶ。
こうして、追手から逃れるために孤独な戦いを続けていたエルフの魔法使いルミナは、極上のパンケーキの甘い誘惑にあっさりと陥落し、『悠久の踏破者』の四人目のメンバーとして加わることになったのだった。




