第18話:烈風の大渓谷と、新装備のオーバースペック、そして極上・岩塩釜焼き
第18話:烈風の大渓谷と、新装備のオーバースペック、そして極上・岩塩釜焼き
第5階層の中ボス部屋を抜け、さらに下へと続く長い階段を降りた先。
第6階層に足を踏み入れた瞬間、凄まじい突風が一行の全身を打ち付けた。
「うおっ!? なんだこの風は!」
ガレスが大盾を構えて身を屈め、風圧に耐える。
視界に広がっていたのは、切り立った赤茶色の岩壁がどこまでも続く、広大な『烈風の大渓谷』だった。
下を見下ろせば底は見えず、常にゴーゴーと唸りを上げる強風が吹き荒れている。ジャングルのような蒸し暑さはないが、代わりに体温を奪うような乾燥した冷たい空気が支配する過酷な環境だ。
「おいトウヤ、大丈夫か!? ここは風が強すぎ……って、お前、全然平気そうだな?」
ガレスが驚いたように振り返ると、トウヤは涼しい顔で強風の中に立っていた。
「ああ。ボス部屋の宝箱で手に入れた『迷宮踏破者の外套』が、風を完全に受け流してくれてるみたいだ。それに温度調節機能のおかげで、寒さも乾燥も全く感じない。まるで春の陽気の中にいる気分だよ」
チートじみた外套の性能に、ガレスは呆れ半分、感心半分の息を吐いた。
「ピィィィィィッ!!」
その時、突風を切り裂くような甲高い鳴き声と共に、岩壁の影から巨大な影が飛び出してきた。
鋭い嘴と、強風を物ともしない屈強な翼を持つ猛禽類の魔物『ウィンドイーグル』。さらに、彼らの足元にある岩場からは、岩のように硬い巨大な角を持つ山羊『グランドホーン』の群れが、土煙を上げて突進してくる。
「上空と地上からの同時攻撃か! だがな……!」
ガレスはニヤリと笑い、新たな相棒である『翠緑の金剛盾』を構えた。
「今の俺たちには、こんなものそよ風と同じだ! 来いッ!!」
ズドォォォォンッ!!!
グランドホーンの群れの先頭がガレスの盾に激突する。
これまでなら、ガレスも両足を踏ん張り、全身の筋肉を軋ませて耐えるところだった。しかし、魔法の軽さと絶対的な硬度を誇る金剛盾は、グランドホーンの突進を「片手で」完全に受け止めてしまったのだ。
「フッ、軽いな! お返しだ!!」
ガレスが盾を軽く前に押し出す(シールドバッシュ)だけで、軽自動車ほどの大きさがあるグランドホーンの巨体が、ピンボールのように岩壁へと弾き飛ばされていった。
一方、上空から急降下してきたウィンドイーグルには、クロが対応していた。
「ワゥッ!」
クロの首元で『宵闇のチョーカー』が淡く光る。その瞬間、クロの姿が四つにブレた。
進化した【影分身】と、チョーカーによる敏捷性の大幅な底上げ。クロは宙を蹴るように跳躍すると、四体の分身と共にイーグルを取り囲み、一瞬にしてその両翼を噛み砕いて地上へと叩き落とした。
「よし、俺も……っと」
地面でもがくグランドホーンとイーグルに対し、トウヤは『幻影の解体短剣』を抜いた。
【暗殺者の歩法】で音もなく接近し、軽く刃を振るう。
スゥッ……。
一切の抵抗を感じなかった。岩のように硬いはずのグランドホーンの首の装甲も、イーグルの強靭な筋肉も、まるで熱したナイフでバターを切るかのように、音もなく一刀両断されたのだ。
「……」
戦闘終了。かかった時間は、わずか十数秒。
三人は、無傷どころか、息一つ乱していなかった。
「……おいおい、トウヤ。お前のその短剣、切れ味が異常じゃないか? 俺の盾もそうだが、あのボス部屋で手に入れた武具、完全にこの階層のレベルを凌駕してるぞ」
ガレスが苦笑いしながら、弾き飛ばして絶命させたグランドホーンの巨体を見つめる。
トウヤもまた、短剣を鞘に納めながら、深々とため息をついた。
「ああ……強い。強すぎる。これじゃあ、俺たちが掲げている『スロー踏破』の前提が崩れてしまうかもしれない」
「なに? 強い分には、安全でいいんじゃないのか?」
「安全すぎるんだよ。俺の目的は『経験値をギリギリまで吸い尽くして、じっくりゆっくり進む』ことだったのに、こんなにサクサク敵が溶けたら、レベルもすぐにカンストして次の階層に行けちゃうだろ。もっとこう……手に汗握る死闘とか、苦労した末の飯の美味さとか、そういう『過程』がすっ飛ばされてる気がしてならない」
あまりにも贅沢すぎる「オーバースペックの悩み」を真顔で語るトウヤに、ガレスは腹を抱えて大笑いした。
「はははっ! 大迷宮の第6階層で『敵が弱すぎて悩む』なんて、後にも先にもお前くらいだぞトウヤ! なら、戦闘が一瞬で終わる分、ゆっくり『食材集め』に時間をかければいいじゃないか!」
「……それもそうだな。よし、気を取り直して、この階層の美味いものを探し尽くすぞ!」
トウヤは気を取り直し、一刀両断したグランドホーンとウィンドイーグルの肉を【異空庫】へと収納した。
さらに彼らは、風が吹き荒れる渓谷を探索し、岩壁のくぼみに結晶化してこびりついている『絶壁岩塩』や、過酷な環境で育ち強烈な香りを持つ『烈風ハーブ』などを次々と採取していった。
***
強風が当たらない岩陰に【拠点創造】で結界とテントを張り、いよいよ夜営の時間だ。
「今日は、採取した『絶壁岩塩』と『烈風ハーブ』をふんだんに使った、グランドホーンの豪快・岩塩釜焼きだ!」
トウヤは、グランドホーンの極上の赤身肉のブロック(ボウリングの球ほどの大きさがある)を取り出した。
ボウルに大量の絶壁岩塩と烈風ハーブ、そして卵白を混ぜ合わせ、粘り気のある『塩の泥』を作る。それで肉のブロックを隙間なく分厚く包み込み、ダッチオーブン(分厚い鉄鍋)に入れて魔力コンロの火にかけた。
「塩で包んで焼くのか? なんだか勿体ない気もするが……」
ガレスが不思議そうに見つめる中、テント内には次第に、ハーブの爽快な香りと、熱された塩の香ばしい匂いが充満していく。
「クゥゥゥン……」
クロはコンロの前に張り付き、涎を垂らしながら尻尾で床を叩いていた。
「よし、焼き上がったぞ」
トウヤがダッチオーブンから取り出したのは、カチカチに固まった巨大な「塩の塊」だった。
「ガレス、お前の拳か剣の柄で、この塩釜を叩き割ってくれ」
「おう、任せろ」
ガレスが剣の柄底で、コンッ! と塩釜にヒビを入れる。
パカッ……と塩のドームが割れた瞬間。
フワァァァァァァッ!!!
閉じ込められていた肉の熱気、グランドホーンの野性味溢れる濃厚な旨味の匂い、そして烈風ハーブの鮮烈な香りが、文字通り『爆発』した。
塩釜の中から姿を現したのは、完璧なロゼ色(薄いピンク色)に焼き上がった、極上のロースト肉だった。
「うおおおおッ!! なんだこの美しい肉は!」
トウヤが『幻影の解体短剣』を使って滑らかに肉をスライスしていく。溢れ出す肉汁がキラキラと輝き、断面からは湯気が立ち昇る。
塩釜で焼くことで、肉の水分が逃げずに究極のしっとり感を保ち、同時に岩塩のまろやかな塩気とハーブの香りが、肉の芯まで完全に染み込んでいるのだ。
「さあ、冷めないうちに食ってくれ」
ガレスが震える手でフォークを突き刺し、分厚いスライス肉を口に運ぶ。
「――――ッッ!!」
目を見開いたまま、ガレスの咀嚼が止まった。
「……溶ける。赤身肉なのに、口の中で解けるように柔らかい……! 岩塩の甘みが肉の旨味を極限まで引き出し、ハーブの香りが強烈なパンチとなって鼻を抜ける! トウヤ、これは美味い……美味すぎるッ!!」
ガレスが狂ったように二切れ、三切れと肉を胃袋に放り込む。
クロも自分の皿に盛られた肉を、ハフハフと熱がりながらも一瞬で飲み込み、「ワォン!(もっと!)」と皿を叩いて催促した。
トウヤも自分の肉を頬張る。
「……うん。ファントム・エッジで切ったから、肉の繊維が全く潰れてなくて、口当たりが最高だ。装備のインフレも、料理の美味さを上げるのに役立ってるじゃないか」
強すぎる装備のおかげで、過酷な迷宮探索が「ただの優雅な食材調達ピクニック」と化してしまった現状。
しかし、口の中に広がるこの絶対的な美味さの前では、そんな贅沢な悩みなど些細なことだった。
「まあ、早く次の階層に行けるなら、それだけ早く新しい食材に出会えるってことだしな。この調子で、焦らずじっくりと食い尽くしてやろうぜ」
「はははっ! 結局は飯に行き着くわけだ! 最高だぜトウヤ!」
烈風が吹き荒れる大渓谷の夜。
しかし『悠久の踏破者』のテントの中だけは、最強の武具と極上の岩塩釜焼き、そして絶えない笑い声に包まれた、世界で一番温かく快適な空間であり続けた。




