第181話:【閑話】神界の観覧席と、世界を救った『出前至上主義』への喝采
『悠久の大迷宮』を内包する世界から遥か次元の彼方。
雲海に浮かぶ白亜の神殿の最奥にて、この世界のシステムを管理し、迷宮を創り出した張本人たる【迷宮神】は、ふわふわの雲で作られたカウチソファに寝転がりながら、空中に展開した巨大な魔力スクリーン(水晶球の映像)を食い入るように見つめていた。
「アッハッハッハッハ!! やだもう最高! ちょっと見てよこれ、腹筋が捩れそう!」
中性的な美しい容姿を持つ神は、神界の果実で作られたポップコーン(のようなお菓子)を口に放り込みながら、大爆笑してカウチの上を転げ回っていた。
神の視線の先――巨大スクリーンに映し出されていたのは、大迷宮の第21階層『超強風と雷の荒野』における、絶対同盟の精鋭たちによる狂気の訓練風景であった。
『(いいか貴様ら! その落雷を避けるなと言っている! 落雷のエネルギーを魔力バリアで吸収し、背中の保温バッグの熱源へと変換しろ! スープを1度でも冷ました者は、この階層に置いていくぞ!!)』
スクリーンの中では、漆黒の装束に身を包んだサイラスとファルコンが、容赦のない怒号を飛ばしている。
そして、それに呼応するアルカディア王国・近衛騎士団の若きエリートたち。
『(ウオォォォォッ!! 雷よ来い! 俺の背中のスッポンスープを、適温の65度に保つための燃料となれェェェッ!!)』
『(隊長! 風速40メートルの向かい風です!)』
『(構わん! 姿勢を極限まで前傾させ、風の抵抗をゼロにしろ! ケーキの形を崩すな! 俺たちは神の運び屋だ!!)』
かつては国を守るために重装甲を身に纏い、名誉のために剣を振るっていた誇り高き騎士たち。彼らは今や、その重い鎧を全て脱ぎ捨て、泥と汗にまみれながら【絶対に出前を完遂するマシーン】へと変貌を遂げていた。
迫り来る雷獣の群れに対しても、彼らはもはや「討伐すべき敵」としてではなく、「関節を綺麗に外して鮮度を保ったままパッケージングすべき極上の食材」としてしか認識していない。
「ひぃーっ、お腹痛い! なにこれ、本当に軍隊の訓練!? ただの超・過酷なウー〇ーイーツの新人研修じゃない!!」
神は、涙を流して笑いながら、スクリーンの映像をスワイプして別のアングル(第11階層の毒沼エリア)へと切り替えた。
そこでは、地底魔国の精鋭戦士たちが、泥沼の表面張力と魔力を同調させ、一滴の泥も跳ね上げずに水面を滑走する【絶対ジャイロ・泥濘歩法】を習得しようと血反吐を吐いていた。
「あー……すごい。本当に凄いよ、人間って」
ひとしきり笑い転げた後、神はふっと表情を和らげ、どこか慈愛に満ちた、そして深い感慨を帯びた瞳で地上の様子を見つめた。
「……数年前まで、君たちはあんなに愚かだったのにね」
神の脳裏に浮かぶのは、かつての地上の風景。
肥沃な土地や、迷宮から産出されるわずかな魔力石、そして陳腐な権力を巡って、国境線で血みどろの殺し合いを続けていた人間たち。
聖ヴァリス神聖国、バルロア帝国、アルカディア王国……彼らは互いに憎しみ合い、疑心暗鬼に陥り、神が与えたはずの美しい世界を戦火と死臭で汚していた。
神は、そんな人間たちの終わりのない争いにすっかり絶望し、退屈しきっていた。
だからこそ、気まぐれに異世界から「転生者」という劇薬を投入し、盤面を引っ掻き回そうとしたのだ。
だが、結果はどうだ。
神がチキュウから喚び出した一人の平凡なサラリーマン――【トウヤ】というイレギュラーは、武力でも魔法でも、恐怖政治でもなく、【極上の美味い飯】という、誰も想像しなかった手段で世界を完全に一つにまとめてしまったのだ。
「見てよ、これ……」
神は、スクリーンに映る騎士たちを指差した。
「人を殺し、国を滅ぼすために磨き上げられてきた【剣技】が、肉の旨味を一滴も逃がさないための【無振動の解体術】に進化している。敵を焼き尽くすための【炎魔法】が、料理を最適な温度に保つための【温度管理と保温技術】に昇華されている。……そして、他国を侵略し、領土を奪うための【軍隊の行軍】が、完璧な状態で料理を運ぶための【超広範囲デリバリー特訓】へと、完全にシフトしてしまった!!」
神は、歓喜に打ち震えながら立ち上がり、神殿の天井に向かって両手を広げた。
「戦争の概念が、完全に上書きされて消滅したんだよ!!」
そう。絶対同盟の騎士たちや戦士たちの頭の中には、もはや「敵国を滅ぼそう」「他者を支配しよう」といった野心や闘争本能は1ミリも残っていなかった。
彼らの魂を突き動かしているのは、ただ一つ。
『トウヤ君の作った、あの脳髄が蕩けるような極上飯が食べたい』
『お客様(仲間)に、冷めないうちに完璧な料理を届けたい』
『まだ見ぬ、もっと美味い神域の食材を収穫したい』
という、純粋で、平和的で、そして底抜けに貪欲な【絶対的食欲】のみ。
ただひたすらに「美味しいものを食べる」という根源的な幸福感が、いがみ合っていた種族と国家の壁を軽々と打ち砕き、かつての強者たちを、飯のために限界突破し続ける【狂気的な美食ファミリー】へと変えてしまったのだ。
第六の転生者シオンのような、他者を不幸にするだけの悪意など、彼らの「食への執念(出前の邪魔)」の前には、ほんの数秒で物理的に解体されるだけの塵芥に過ぎなかった。
「いやー……。私ってば、本当に天才じゃない!?」
神は、ビシィッ! と自分自身を指差して、誰も見ていない神殿で最高にドヤ顔を決めた。
「魔王を倒す勇者でもなく、国を統べる賢者でもない。戦闘能力なんてゼロに等しい『拠点創造』なんていう裏方スキルだけを与えて、料理好きのトウヤ君をあの過酷な大迷宮に放り込んだ、この私の目利き!! 神采配すぎるでしょ!! 誰もこんなハッピーエンドの形、予想できないっての!!」
自画自賛が止まらない神は、嬉しそうにカウチの上でピョンピョンと跳ね回る。
彼自身、トウヤがここまで世界を根本から作り変えてしまうとは、当初は予想もしていなかった。トウヤの「飯に対する異常な執着」と「現代の調理知識」、そして彼に惹かれて集まった「食い意地の張った最強の仲間たち」が引き起こした、奇跡の化学反応である。
だからこそ、神もまた、彼らの冒険に応え、全力でファンサービス(アップデート)を行ってきたのだ。
80階層台のチキュウの魔改造アミューズメント施設。ボス討伐後の神話級・自動調理器具の数々。そして極めつけは、先日の【魔導昇降機】の設置である。
「うふふ……トウヤ君たちが95階層を突破して、私の用意したエレベーターをフル活用して軍隊のレベル上げ(配達員の育成)を始めてくれたの、本当に嬉しいなぁ」
神は、再び空中に巨大な魔力キーボードを展開し、楽しげにタイピングを始めた。
「さあて、地上と下層の安全が完全に確保された今。トウヤ君たち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、いよいよ前人未踏の最深部……第100階層に向けて一直線に進んでくるはずだ」
カタカタカタッ……! ターンッ!!
神の指先から放たれた光のコードが、次元を超えて大迷宮の深淵へと流れ込んでいく。
「彼らが大迷宮の底に辿り着いた時。世界の概念すら変えてくれた最高の美食家たちに相応しい、【究極の神話級食材】と【最高のエンディング(大宴会)】の舞台を用意しておいてあげなくちゃね!」
争いを忘れ、ただ美味い飯を運ぶためだけに進化していく人間たち。
それを空から見守り、至上の喜びと共に迷宮の最終調整を行う創造神。
世界は今、かつてないほどに平和で、カロリーに満ち溢れていた。
神ですら食欲をそそられるほどの芳醇な香りを漂わせながら、トウヤたちのスロー踏破は、いよいよ真のフィナーレへと向かって加速していくのであった。




