第178話:天空の甘露狩りと、神界で微笑む『迷宮の創造主』
### 第178話:天空の甘露狩りと、神界で微笑む『迷宮の創造主』
『悠久の大迷宮』第94階層――『神域・天空の甘露と香辛料の浮遊島』。
無数の島々が宙に浮き、宝石のように輝く神話級の果実と、大地から立ち昇る芳醇な香辛料の香りに満ちたこの天空の神域で、悠久の踏破者たちは【優雅な単独乱獲】を展開していた。
もちろん、彼らは「スロー踏破」の原点に立ち返っているため、無暗やたらな乱獲はしない。あくまで【自分が最高に美味いと思った個体だけを厳選して狩る】という、極めて紳士的かつ美食家らしい振る舞いを心がけていた。
――だが。狩られる側の魔物たちからすれば、それは『理不尽極まりない絶望』でしかなかった。
『グオォォォ……!?(な、なんだこいつ!? 俺の自慢のシナモン・ブレスが通じない!?)』
空を舞う巨大な『神話級・シナモン・ワイバーン』が、空中で首を傾げていた。
その目の前には、ジンが双短剣を構え、空中の足場を軽やかに蹴りながら【品定め】をするように滞空している。
「(うーん……この個体はスパイスの香りは強いが、肉付きが少し甘いな。俺が求めてるのは、もっと脂とスパイスが完璧なバランスで融合してるやつなんだよな)」
ジンは、ワイバーンが放つ致死のスパイス竜巻を幻影歩法であくびをしながら躱し、ジロジロと獲物の肉質を値踏みしている。
『ギギャァァァッ!!(な、舐めるな人間!! 俺は神域の空を統べる……アベブッ!?)』
「(よし、お前は不合格だ。命拾いしたな!)」
ジンは、ワイバーンの脳天にみね打ち(双短剣の柄での打撃)を叩き込んで気絶させると、そのまま放置して別の獲物を探しに空の彼方へすっ飛んでいった。
残されたワイバーンは、白目を剥きながら空中の島へと墜落していく。
一方、別の浮遊島では。
「(この『アストラル・メロン・ベア』……果汁の甘みと赤身のバランスが絶妙ですわ!)」
エリスが、自身の数倍はある巨大な熊の魔物(※体から完熟メロンの香りがする)を前に、うっとりとした表情を浮かべていた。
「(お肉を傷つけず、果汁を一滴もこぼさずに仕留めさせていただきますわね! 【渾身撃・無振動の果汁抜き】!!)」
ズバァァァッ!!
熊の魔物は、一切の痛みを感じることなく、自分が切られたことすら認識できないまま光の粒子となり、エリスのアイテムボックスへと極上フルーツ肉として収納された。
ガレスは『プラチナ・シュガー・マンティス』の群れ相手に、大盾でカマキリの斬撃を受け流しながら「どの個体の蜜が一番濃厚か」を吟味し、ルミナとマリアは『神話級・ペッパー・ホーン・ラビット』を魔法で美しくパッケージングしていく。
彼らは至って真面目に、食材への敬意を持って収穫を行っていた。
しかしその結果、94階層の魔物たちは「自分たちの全力の攻撃を遊びのように躱され、勝手に品定めされた挙句、合格した者は瞬殺され、不合格の者は気絶させられる」という、魔物の尊厳を根底から粉砕される地獄(天国?)を味わっていたのである。
***
そんな優雅な厳選狩りを続けること数日。
各々が持ち帰った極上のフルーツとスパイス肉で毎晩最高のディナーを楽しみながら、彼らのアイテムボックスはいよいよ【容量限界(満載)の一歩手前】まで迫っていた。
「ふぅ……。そろそろ、インベントリの空きがキツくなってきたな」
トウヤが、巨大な『神話級・マンゴー・クラーケン(※空を飛ぶ)』を無振動で解体しながら呟く。
その時だった。
懐に入れていた『天啓の美食羅針盤』が、ピコンッと軽快な魔力音を鳴らした。
「おおっ!」
トウヤが羅針盤を取り出すと、盤面を埋め尽くしていたプラチナの光が綺麗に収まり、中央の青い矢印が【最上空の巨大な浮遊島】をハッキリと指し示していた。
彼らが数日かけて(厳選しつつも)生態系を間引いた結果、ついにボスの位置が特定されたのだ。
「――みんな! 矢印が出たぞ! 集合だ!!」
トウヤが超広範囲のテレパシーを飛ばすと、ほどなくして、甘い香りとスパイスの匂いを漂わせた仲間たちが全員集合した。
「ヒャッハー! ついに94階層のボスのお出ましだな!」
「ええ! アイテムボックスの残り容量から計算すると、道中の極上食材を連携で軽く狩りながら進み、最後にボスを収納すれば【完全なる満載】になりますわ!」
エリスが、キッチリと計算された狩猟計画(?)を提示する。
「ガッハッハ! ならば迷うことはない! 全員で連携して扉前まで進み、ボスを瞬殺して綺麗にボックスを埋め切り、気持ちよく迎賓館へ荷下ろしに帰るぞ!」
ガレスの豪快な笑い声に、全員が力強く頷いた。
トウヤたちは陣形を組み、空中の見えない足場(魔力足場)を蹴って、最上空の巨大な浮遊島へと向かって一気に駆け上がった。
道中で襲い来る神話級の魔物たちを、彼らは息の合った無振動連携で次々と光の粒子に変え、計算通りにアイテムボックスの隙間を埋めていく。
そして、最上空の島の中央。
純白の大扉の前に、それは君臨していた。
『キュルルルルルルルォォォォォォォッッ!!!!』
空気を震わせる甲高い咆哮。
その姿は、全身が七色に輝く宝石(フルーツの結晶)で覆われた、超巨大な神竜であった。周囲には、あらゆるスパイスの香りが混ざり合った、嗅ぐだけで昇天しそうなほどの神聖なオーラが漂っている。
第94階層大ボス――『アストラル・アンブロシア・ドラゴン(神話級・天空甘露の神食竜)』。
「(出たぞ!! 94階層の大ボスだ!! あいつの肉……フルーツの究極の甘みと、スパイスの極上の刺激を同時に内包してるぞ!! 最上級のローストビーフにしたら、世界がひっくり返る美味さだ!!)」
トウヤの神眼が、神竜の肉質を完璧に見抜く。
「(究極のローストビーフ……!! 肉汁一滴すら逃しませんわ!!)」
「(行くぜ!!)」
彼らの連携に、もはや神竜の反撃が挟まる余地は1ミリもなかった。
神竜が『七色の甘露ブレス』を吐き出そうと口を開けた瞬間、ルミナとマリアの【絶対零度・完全真空パッケージング】が顎の関節を内側から凍結させ、ブレスごと口を封印する。
「(ワシが装甲を剥ぐ! 【流転の盾・甲殻割り】!)」
ガレスが、竜の胸元の宝石装甲をシールドバッシュでピンポイントに砕く。
「(隙間、もらったぜ! 【幻影歩法・神速の筋繊維断ち】!)」
ジンが双短剣で滑り込み、竜の両翼と四肢の自由を完全に奪う。
そして。
「(肉の旨味は、俺たちがいただく!! 【渾身撃・無振動の神食解体】!!)」
トウヤとエリスの超極大の斬撃が、神竜の急所を、一切の苦痛と振動を与えることなく完璧に貫き通した。
ズバァァァァァァァァッッ!!!!!
天空の神竜は、自らの力を1パーセントも発揮することなく光の粒子となり、超特大の『神話級・アンブロシア・ドラゴン肉』となって、彼らのアイテムボックスに【テトリスのように完璧に】スッポリと収まった。
【アイテムボックス容量:100%】
「よしっ! 計画通り、完璧な満載だ!!」
トウヤがガッツポーズを取る。
カッ――――!!!!
【第94階層クリア。マナー遵守・完全無振動連携ボーナス獲得】
ファンファーレと共に現れた宝箱の中身は、『神話級・超絶遠心分離ミキサー&ジューサー(どんな硬い食材も極上のソースとジュースに変える魔導具)』であった。
「ガッハッハ! 最高のボーナスだ! この階層で手に入れたフルーツとスパイスを、これで究極のステーキソースにするぞ!」
「さあトウヤ様! 95階層の扉を開けて、羅針盤を確認したらすぐに迎賓館へ戻りましょう!」
トウヤたちは純白の大扉を押し開き、第95階層へと足を踏み入れた。
そこは、燃え盛る巨大な太陽が至近距離で輝く、灼熱の荒野であった。
羅針盤を取り出して確認すると、案の定、盤面はプラチナの閃光で完全にフラッシュアウトしている。
「ハハッ、やっぱりな! 95階層も食材の乱獲(間引き)からスタートだ。……だが、それは明日からだ! 今日は迎賓館に帰って、神食竜の究極ローストビーフで大宴会だ!!」
「「「オォォォォォォォッッ!!!!」」」
満面の笑みと限界まで膨れ上がったアイテムボックスを抱え、悠久の踏破者たちは転移結晶を掲げ、迎賓館へと意気揚々と帰還していくのだった。
***
【閑話:神界の『迷宮の創造主』と、お気に入りの美食家たち】
地上の遥か上空。次元の壁を隔てた先にある『神界』。
雲海に浮かぶ荘厳な神殿の奥深くで、一柱の神が巨大な【水晶球】を見つめながら、楽しそうに笑い声を上げていた。
「アッハッハッハ! いやー、最高だよあの子たち! まさか、私の創った【94階層の天空神竜】を、『ローストビーフにしたら美味そうだから』って理由で瞬殺するなんてね!」
水晶球の前で腹を抱えて笑っているのは、この世界のシステムを管理し、『悠久の大迷宮』を創造した張本人――【迷宮神(あるいは創造神)】であった。
外見は中性的な美しい若者だが、その瞳には悠久の時を生きる神の輝きが宿っている。
神は、水晶球に映るトウヤたちの姿(迎賓館でローストビーフを頬張る姿)を、まるで推しのアイドルの配信を見るような熱狂的な眼差しで見つめていた。
「いやぁ、本当にいい拾い物をしたよ。トウヤ君をこの世界に呼んだのは、私にとって最高のファインプレーだったね」
神は、神殿の寝椅子にゴロンと寝転がりながら独り言を呟く。
「……ほんの数年前まで、地上の人間たちは愚かだった。私が与えた恩恵(迷宮の素材)を巡って、国同士で血みどろの戦争ばかりしてさ。聖ヴァリスだの、バルロア帝国だの……権力と領土のために、命を無駄に使い捨てていた。見ていて本当に退屈で、不愉快だったよ」
神は、争いばかりする人間にすっかり辟易していた。
そこで神は、気まぐれに【異世界からの転生者】を喚び出し、状況を引っ掻き回そうとした(魔王ゼノンやケンタなどがその名残である)。
しかし、それすらも結局は武力による覇権争いに繋がりかねず、神の退屈を紛らわせるには至らなかった。
そんな時。
神は、チキュウという別の世界から、一人の『料理好きのサラリーマン』を喚び出した。それが、トウヤである。
「彼に【拠点創造】なんていう、戦闘には全く向かない裏方スキルを与えた時は、どう生き延びるか見物だったんだけど……まさか、『極上の飯』っていう手段で、世界中の強者を手懐けちゃうなんてね!」
神は、水晶球の映像を指先でスワイプし、地上の様子を映し出した。
そこには、絶対同盟の国々が平和に交易を行い、非加盟国が『出前ルート』の前に完全降伏し、かつての戦争が嘘のように消え去った世界があった。
「武力でも、恐怖でもない。【食欲】と【美味い飯】で、世界を平和にしちゃったんだ。……最高だよ。痛快すぎて、神の私でも嫉妬しちゃうくらいだ」
神は、トウヤたちの大冒険に完全に魅了されていた。
だからこそ。
「だから私も、彼らの冒険をもっと盛り上げるために、裏でコッソリ『お手伝い(アップデート)』をしてたってわけさ」
神は、ニヒヒッと悪戯っ子のように笑った。
「80階層台の『チキュウのアミューズメント施設』の魔改造ギミック! あれ、私がトウヤ君の記憶から引っ張り出して、迷宮のシステムに組み込んであげたんだよ! 彼らが楽しんでくれて(トウヤ君は白目剥いてたけど)、私まで嬉しくなっちゃった!」
さらに神は、空中に巨大なキーボード(のような魔力盤)を展開し、カタカタと打ち込み始める。
「ボスを倒した後の『宝箱』の中身も、本来は強力な武器とか防具が出るはずなんだけど……トウヤ君たち、そんなのより『調理器具』とか『キャンプ用品』の方が絶対に喜ぶでしょ? だから、宝箱のドロップテーブルを、彼ら専用に全部書き換えちゃったんだよねー!」
彼らがこれまで手に入れてきた『神話級ロースター』や『神話級ジューサー』など、ご都合主義なほどに完璧なタイミングで手に入る超絶キャンプギア。
それは全て、この迷宮神による「推しへのファンサ(特別ボーナス)」だったのである。
「さあて、いよいよ次は95階層。迷宮も残りわずかだ」
神は、キーボードを叩く手を止め、ワクワクとした表情で水晶球を見つめた。
「トウヤ君。君たちが第100階層に辿り着いた時……私が用意した『最高のサプライズ』を楽しんでおくれよ。君たちのスロー踏破、最後まで特等席で見せてもらうからね!」
神すらも虜にし、世界のシステムを【食欲】で書き換えてしまった悠久の踏破者たち。
彼らは自らが「神の推し」になっていることなど露知らず、今夜も迎賓館で極上のローストビーフを頬張りながら、次なる95階層への英気を養っていくのであった。




