第170話:【閑話】疑心暗鬼の悪巧みと、自覚症状を打ち明ける最強の運び屋たち
### 第170話:【閑話】疑心暗鬼の悪巧みと、自覚症状を打ち明ける最強の運び屋たち
地上の西方、反絶対同盟の筆頭である『聖ヴァリス神聖国』の地下大聖堂。
数日前まで「大迷宮の浅層の水源を毒で腐らせる」という凶悪な作戦で勝利を確信し、祝杯すら上げていた彼らの円卓は今、底知れぬ疲労と疑心暗鬼のどん底に沈んでいた。
「……どういうことだ。なぜ、我が放った『暴食の猛毒』が、迷宮の水源に到達する前に全て浄化されている……?」
円卓の上座で、第六の転生者シオンが苛立ちに顔を歪め、爪を噛んでいた。
彼が数日かけて練り上げ、配下に実行させた「水源汚染計画」は、まるで最初からそこに完璧な対策が用意されていたかのように、ミズホの賢者カイトが構築した【幾重もの超高位浄化結界】によって完全に無力化されていたのである。
「シオン殿! 結界だけではありませんぞ! 我々が極秘裏に配置した『腐敗のキメラ軍団』の伏兵も、なぜかアルカディアの防衛部隊にピンポイントで位置を把握され、動く前に包囲されております!」
バルロア残党軍の将軍が、血走った目で叫ぶ。
「……おかしい。あまりにも手回しが早すぎる。アルカディアの奴ら、まるで我々の作戦会議を真横で聞いていたかのようではないか……!」
聖ヴァリスの教皇が、震える手で杖を握りしめ、円卓の面々をギロリと睨みつけた。
「将軍! 貴様の連れてきたバルロアの残党の中に、アルカディアに寝返った裏切り者がいるのではないか!? 飯の美味さに釣られて情報を売ったネズミが!!」
「な、なんだと教皇! それは貴様の足元も同じであろう! 聖ヴァリスの神官たちこそ、最近アルカディアの『出前』の匂いに鼻の下を伸ばしているではないか!!」
「ふざけるな! 我が国の神官がそのような……!」
「裏切り者は貴様らだ!!」
作戦の悉くが事前に防がれた結果、彼らは完全に疑心暗鬼に陥り、醜い責任の押し付け合い(プチざまぁ)を始めていた。
「――うるせええええッ!! 黙れ雑魚ども!!」
シオンが激昂してテーブルを蹴り飛ばし、ドス黒い瘴気を撒き散らした。
「裏切り者がいようがいまいが関係ねえ! 水がダメなら、直接『空気』と『大地』を腐らせてやる! アルカディアへの出前ルートを完全に塞ぐ、超広範囲の【腐敗の毒霧結界】を展開しろ! さらに、空と陸の両方から数万のキメラを突撃させ、出前の箱ごと配達員を物理的にすり潰してやる!! これならどう足掻いても防げねえだろ!!」
シオンのヤケクソ気味な新戦術に、教皇と将軍は「お、おお……! さすがシオン殿!」と再び無駄な希望を見出し、諸手を挙げて賛同した。
――だが。
その大聖堂の、遥か高い天井の梁の上。
完全に気配を絶ち、闇と同化しているミズホのシノビ(名もなき配達員A)とアルカディアの暗殺者(名もなき配達員B)は、眼下の惨めな光景を見下ろしながら、冷ややかな念話を交わしていた。
「(……毒霧結界、だと?)」
「(滑稽すぎて涙が出そうだな。我々は昨日、91階層の『生物を即死させる超高濃度瘴気』の中を、出前のプリンの形状を保つために【呼吸を完全に止めたまま三時間走り抜ける特訓】を終えたばかりだ。あの程度の毒霧、息を止めて駆け抜ければ終わる)」
「(うむ。それに数万のキメラによる物理的な包囲網だと? ……フッ。我々は【隕石が降り注ぎ、天地が逆転する空間】で玉乗りをしながら回避行動をとる術を身につけている。地を這うキメラの群れなど、ただの『少し柔らかい足場』に過ぎない)」
彼らはもはや、反絶対同盟の悪巧みを「脅威」ではなく、「次の出前特訓のちょっとした障害物」程度にしか認識していなかった。
「(とはいえ、ルートに霧を張られると視界が悪くなり、配達時間に数秒の遅れが生じる可能性がある。すぐに迎賓館の幹部たちへ報告し、この無駄な足掻きを事前に粉砕してもらおう)」
「(了解した。それにしても、あのような低俗な連中が、我らが『悠久の踏破者』の極上飯を腐らせようなどと……万死に値するな)」
天井裏の配達員たちは、メモ帳(耐水・耐毒仕様)にシオンの新計画を几帳面に書き留めると、音もなく大聖堂から姿を消した。
**【星繋ぎの迎賓館】**
大迷宮の底、絶対同盟の首脳陣が集う円卓会議室。
そこへ、第91階層への出前を終え、地上の部下からの報告を受け取ったサイラスとファルコンが帰還していた。
「――以上が、地上の諜報部隊から上がってきた、反絶対同盟の『新たな無駄骨(作戦)』の全貌です」
サイラスが、部下からの報告書を読み終え、深く一礼した。
「ガッハッハ! 空気と大地を腐らせるだと!? しかもキメラの数頼みの突撃とは、いよいよ脳味噌まで腐ってきたようだな!」
ヴィルヘルム国王が、腹を抱えて大笑いする。
「ええ。我々の『出前部隊』の機動力と毒耐性を全く理解していない愚策です。とはいえ、放置すれば領土に被害が出るのは事実。早急に最終防衛ラインを構築せねばなりません」
ガルド宰相が、手元の地図に目を落とす。
「その防衛ラインの件ですが……」
ファルコンが、少し気まずそうに、しかしどこか吹っ切れたような顔で一歩前に出た。
「陛下、ガルド宰相。実は……先ほど第91階層で、トウヤ殿から我々にある『指摘』を受けまして……」
「トウヤから? 何を言われたんだ?」
魔王ゼノン(田中太一)が、ピザを齧りながら身を乗り出す。
サイラスが、ゴクリと唾を飲み込み、震える声で告白した。
「我々……どうやら、自分たちが思っていた以上に、とんでもない強さ(バケモノ)に育ってしまっていたようです」
「ほう?」
「トウヤ殿の提案で、91階層の神域に生息する『プラチナ・デス・マンティス』という、空間を切り裂くほどの神話級の魔物と戦わされたのですが……。我々、『極上肉を傷つけずに解体して出前する』という意識で動いた結果……わずか2秒で、一切の抵抗を許さずにその魔物を無力化(解体)してしまいました」
会議室が、一瞬の静寂に包まれた。
「ぶッ……!! アハハハハハハッ!!」
沈黙を破ったのは、ゼノンとケンタの爆笑であった。
「だから言ったろ!? お前らもう、絶対に魔王軍より強いって!! 91階層の神話級モンスターを2秒で解体とか、勇者パーティーでも無理だぞそれ!!」
ゼノンが、テーブルを叩いて涙を流して笑い転げる。
「い、いや! 我々は決して戦闘の訓練をしたわけではなく! 全てはスープをこぼさないため、隕石を避けるため、食材の鮮度を保つための出前の技術でして……!」
サイラスが必死に弁解するが、ケンタが肩をポンと叩いた。
「サイラスさん。動機が『出前』だろうが何だろうが、結果的に神話級を瞬殺できるなら、それはもう立派な世界最強の戦力なんですよ。自覚してください」
「うむ! まことに頼もしい限りだ!」
ヴィルヘルム国王も、満足げに頷く。
「ゼノン殿が言っていた通りであったな。トウヤ殿の飯と、魔改造施設の特訓は、もはや一つの軍隊を神々の領域へと押し上げてしまったのだ!」
自らの「戦闘力」をようやく受け入れたサイラスとファルコンは、諦めたようにため息をつき、そして……暗殺者の総元締めとしての鋭い眼光を取り戻した。
「……我々がそれほどの力を持っているというのなら、作戦を変更します」
ファルコンが、地図上の『聖ヴァリス神聖国』との国境線を指差した。
「シオン率いる数万のキメラ軍団、および毒霧の防衛ラインに、アルカディアの正規軍を配置する必要はありません。正規軍には、後方での民の避難と宴の準備に専念していただきます」
「正規軍を下げて、どうするつもりですかな?」
カイトが興味深そうに尋ねる。
「我々『世界食糧保全機構(配達部隊)』の幹部陣……私とサイラス、そして各部隊の隊長クラス数十名だけで、最前線の最終防衛ラインを構築します」
ファルコンの言葉に、ガルド宰相が目を見開く。
「たった数十名で、数万の軍勢と猛毒の霧を止めるというのか!?」
「止めます」
サイラスが、背中の『特製ウー〇ーバッグ』を叩きながら、極めて真剣な表情で断言した。
「我々にとって、あのキメラ軍団は『敵』ではありません。出前のルート上に発生した『悪路』であり、『振動の原因』です。……我々はこれを、【超広範囲・物理障害物デリバリー演習】として処理します。毒霧を無効化するバリアを展開したまま、数万の群れの上を玉乗りとローラースケートの歩法で駆け抜け、一瞬にして全軍の関節を外して無力化してみせます」
数十人の出前持ち(暗殺者)が、数万の魔軍を「悪路の障害物」として踏み台にしながら無力化する。
もはや戦争の概念を根底から覆す、狂気の迎撃作戦であった。
「ガッハッハ! 最高ではないか! 出前のついでに敵軍を更地にするとは!」
ヴィルヘルム国王が、手を叩いて歓喜する。
「よし、許可する! 貴様ら配達部隊の幹部たちで、シオンのキメラ軍団を完膚なきまでに蹂躙してこい! そして、あの第六の転生者シオンの本体だけは、予定通り……」
「ええ」
ゼノンが、凶悪な笑みを浮かべて後を引き継いだ。
「キメラ軍団を全部すり潰して絶望してるシオンを綺麗に梱包して、100階層を踏破して地上に帰ってくる『悠久の踏破者』の前に、極上のデザートとして突き出してやろうぜ。トウヤの奴、飯を粗末にしようとしたシオンを、物理的にミンチにする気満々だったからな」
「ハッ! 全ては、完璧な出前と、極上飯の平和のために!!」
サイラスとファルコンが、バチィッ! と鼓膜が破れるほどの敬礼を交わした。
何も知らない反絶対同盟の悪意は、自らが「出前の障害物」として処理される運命にあることも知らずに、破滅への歩みを進めている。
そして、彼らの防衛(出前特訓)によって完全に安全が担保された大迷宮の最深部では、トウヤたち悠久の踏破者による、さらなる規格外のプラチナ・ラッシュが加速していくのであった。




