第169話:【閑話】天井裏のツッコミと、自覚なき最強の運び屋たちの証明
### 第169話:【閑話】天井裏のツッコミと、自覚なき最強の運び屋たちの証明
地上の西方に位置する反絶対同盟の筆頭、聖ヴァリス神聖国の地下大聖堂。
そこでは、第六の転生者シオンと、聖ヴァリスの教皇、バルロア残党軍の将軍たちによる、アルカディア打倒のための「凶悪な作戦会議」が深夜まで続いていた。
「ククク……聞いて驚けよ、おっさん達」
シオンが、足をテーブルに乗せたまま、自らのチートスキル【暴食の毒魔王】から生み出したドス黒い瘴気を掌の上で弄んでいる。
「俺の編み出した作戦はこうだ。まず、大迷宮の浅層……第一階層から第五階層までの水源と生態系に、この致死の猛毒を徹底的にばら撒く。迷宮の入り口を『腐敗の沼』に変えてやるんだ」
「おおっ! 迷宮の入り口が毒に沈めば、奴らの生命線である『食材の搬出』は不可能になる!!」
将軍が興奮気味に身を乗り出す。
「そうだ。奴らが誇る『出前部隊』とやらも、呼吸しただけで肺が溶け、皮膚が爛れるこの毒霧の中を通過できるわけがねえ。もし強行突破しようとしたら、俺の毒で強化したキメラ軍団が闇討ちにして、出前の箱ごと中身をドロドロに腐らせてやる。……飯も食えず、出前も全滅。アルカディアは一週間でパニックに陥り、自滅するぜ」
シオンの自信満々な悪巧みに、教皇たちも「素晴らしい! これで我々の勝利は揺るぎない!」と狂喜乱舞した。
――しかし。
彼らは全く気づいていなかった。
その大聖堂の高い天井の梁の上、濃密な暗闇の中に……完全に気配と振動を絶った数人の影が潜んでいることに。
「(……ファルコン殿)」
ミズホのシノビが、呆れ果てたような声で念話を飛ばす。
「(奴ら、あの程度の『毒霧』で我々世界食糧保全機構(配達部隊)の足を止められると、本気で信じているのでしょうか?)」
「(……滑稽だな)」
アルカディアの最強の暗部であるファルコンも、眼下のシオンを見下ろしながら深いため息をついた。
「(我々は昨日、トウヤ殿へのコーラの配達のために、大迷宮の91階層……あの【生物の概念を消滅させる超高濃度の致死性瘴気】の中を、鼻歌交じりに通過してきたばかりだ。シオンとやらの毒など、我々の自動展開される『完全無効化バリア』の前には、春のそよ風にも劣る)」
「(それに、『出前の箱ごと腐らせる』だと?)」
別の暗殺者が、静かな怒りを込めて念話に加わる。
「(我々がどれほどの執念で料理の温度と鮮度を保っていると思っているのだ。水晶の特殊容器を真空の魔力結界で幾重にも覆い、次元の歪みすら相殺する『絶対無菌・無振動デリバリー技術』を甘く見すぎている!)」
「(放っておけ。あのような低次元な悪巧み、聞いているだけでスープが冷める)」
ファルコンは、呆れ半分、怒り半分で部下たちに合図を送る。
「(とはいえ、万が一にも迷宮の水源が汚染されてはトウヤ殿たちの不快に繋がる。すぐに迎賓館へ戻り、カイト殿に『浅層の水源への完全浄化結界の設置』を依頼する。奴らの出足など、出前のついでに全てへし折ってやる!)」
かくして。
反絶対同盟が数日かけて練り上げた凶悪な作戦は、天井裏の「出前への執念」によって完全に筒抜けとなり、彼らが行動を起こす前に、絶対同盟側の対策(水源の浄化結界と、キメラ軍団を足止めする防衛網)が全て完了してしまうという、あまりにもシュールな結末を迎えたのであった。
***
一方、その頃。
大迷宮の第91階層。文字通りの「神域」であるプラチナ食材だらけの森のど真ん中。
「ふぅ……食った食った! 神話級・プラチナBBQ、最高だったな!」
トウヤが、大きく膨らんだ腹をさすりながら、焚き火の前で満足げに息を吐く。
周囲には、彼らが半日かけて狩り尽くした『神話級・イノシシ』や『神話級・リンゴ熊』の骨が、文字通り山のように積み上がっている。
「それでトウヤ様、羅針盤の様子はどうですの? まだプラチナの光で目が眩みますか?」
エリスが、食後のハーブティーを啜りながら尋ねる。
「おお、ちょっと待てよ」
トウヤが懐から『天啓の美食羅針盤』を取り出し、魔力を流し込む。
「……おっ! 光の乱反射がかなり収まってるぞ! 俺たちがこの周辺のプラチナ食材を乱獲して間引いたおかげで、ようやく針がボスの方向を指し示し始めた!」
「ガッハッハ! 食欲で道を切り開くとは、まさに我ら『悠久の踏破者』に相応しい攻略法よな!」
ガレスが豪快に笑い、ジンも「明日もこの調子で狩りながら進めば、大ボスに辿り着けるぜ!」と拳を鳴らした。
その時。
シュッ……!
焚き火の傍の空間がわずかに揺らぎ、音もなく数人の影が降り立った。
「(お待たせいたしました、トウヤ殿)」
「おおっ、サイラス! ファルコン!」
トウヤが手を上げる。
現れたのは、背中に巨大な保温バッグを背負った配達部隊の面々であった。
「追加の無限コーラと、カイト特製の神話級マヨネーズ樽、確かにお持ちいたしました。……それと、地上の首脳陣より、伝言がございます」
サイラスは、コーラとマヨネーズをうやうやしくテーブルに置くと、姿勢を正し、天井裏で聞いてきた「第六の転生者シオンの毒による兵糧攻め(飯テロ)計画」の全貌をトウヤたちに語って聞かせた。
「……なんだとォォォッ!?」
話を聞き終えた瞬間、トウヤの顔から笑みが消え、凄まじい怒気のオーラが爆発した。
「食材を……水と飯を、毒で腐らせるだと!? 許せねえ!! 飯を粗末にする奴は、俺が絶対にミンチにしてやる!!」
「トウヤ様の言う通りですわ!! 命の恵みへの冒涜! そのシオンとかいう男、私がいま地上に戻って両断してきますの!!」
エリスも激怒して大剣を抜き放つ。
「まあ待て、お前ら。怒る気持ちは分かるが……」
サイラスが、冷や汗を流しながら二人を宥める。
「ヴィルヘルム陛下やゼノン殿たちも、その男の処遇については『トウヤ殿たちのお楽しみに取っておこう』と仰っていました。現在、我々絶対同盟の防衛網とカイト殿の結界により、奴らの悪巧みは完全に封殺されています。……ですので、トウヤ殿たちはどうか心置きなく、第100階層までの完全踏破に集中してください」
「完全制覇した後の……極上のデザート(サンドバッグ)として残しておくってことだな? 分かった、そういうことなら我慢してやる!」
トウヤは、ギリッと歯を食いしばって剣を収めた。
「だが、サイラス。俺は薄々感じてるぜ」
トウヤが、ふと真顔になってサイラスを見つめた。
「ゼノンやケンタあたりも、同じように勘付いてるはずだ。『今の配達部隊なら、シオンとかいう悪の転生者くらい、お前らだけで余裕でボコボコに倒せるんじゃないか』ってな」
「なっ……! め、滅相もございません!!」
トウヤの言葉に、サイラスとファルコンは顔を真っ青にして全力で首を横に振った。
「我々など、ただの『出前持ち』に過ぎません! 確かに足腰は少し鍛えられましたが、トウヤ殿たちのような一騎当千の英雄や、Sランク冒険者の皆様の戦闘力には到底及びません! 悪の転生者などと戦えば、瞬殺されてしまいます!」
サイラスたちは、本気でそう思っていた。
彼らは自分たちが『次元を越え、50倍の重力を相殺し、致死の毒を無効化するバケモノ』になっている自覚が1ミリもなかったのである。彼らにとって、それは全て「料理を運ぶための技術」であり、「戦闘力」だとは認識していなかった。
「……そうか? 俺の見立てじゃ、お前らはもうとんでもないバケモノに育ってると思うけどな」
トウヤは、ニヤリと笑って焚き火の火を弄った。
「よし、サイラス、ファルコン。お前ら、明日の朝までここに残れ」
「え? 出前は完了しましたが……」
「いいから残れ。明日、俺たちと一緒に少しだけ狩りをしてみようぜ。お前らの『今の実力』を、俺が直接見てやるよ」
***
翌朝。
第91階層のプラチナの森を歩くトウヤたちの前に、強烈な魔力を放つ巨大な魔物が立ち塞がった。
両手に鋭い白金の鎌を持ち、全身をダイヤモンド級の硬度の装甲で覆った巨大なカマキリ。
『神話級・プラチナ・デス・マンティス』。
その両腕の鎌は、空間そのものを切り裂く絶対的な斬撃を放つという、91階層でも屈指の強敵(極上のカニ肉のような味がする)である。
『ギシャァァァァァッ!!』
「よし、サイラス、ファルコン! お前らと部下数人で、あれを倒してみろ」
トウヤが、腕を組んでアゴでしゃくる。
「む、無理ですトウヤ殿!! あんな空間を切るような魔物、我々の短剣では刃が立ちません!」
サイラスがパニックになる。
「いいか? あいつの装甲の中には、最高に美味い極上肉が詰まってる。……あれを『絶対に傷つけずに、完璧な鮮度を保ったまま、迎賓館まで出前する』つもりでやってみろ」
トウヤが、悪魔のように囁いた。
「――――ッッ!!」
その瞬間。
サイラス、ファルコン、そして配達部隊の暗殺者たちの瞳のハイライトが消え、絶対的な『出前至上主義』のスイッチが入った。
「(総員……目標を【極上の出前品】と認識せよ! 中身を傷つけることは万死に値する!!)」
「(ハッ!! 忍法・絶対ジャイロ・暗殺拳!!)」
シュバァァァッ!!
サイラスたちの姿が、一瞬にしてプラチナ・デス・マンティスの視界から(そしてトウヤたちの動体視力からも)完全に消失した。
『ギ……?』
デス・マンティスが困惑したように空間を切り裂く鎌を振り回す。
だが、サイラスたちは【89階層の超次元スポ〇チャで飛来する隕石を避けたステップ】で、空間の断裂をミリ単位ですり抜けていた。
「(中身を揺らすな!! 装甲の繋ぎ目のみに、無振動の衝撃を流し込め!!)」
サイラスの手刀と、ファルコンの短剣、そしてシノビたちのクナイが、寸分の狂いもなくマンティスの関節の隙間(急所)へと同時に叩き込まれる。
それは、もはや「攻撃」ではなく。
料理の形を一切崩さずに運ぶために極限まで洗練された【究極の無振動解体術】であった。
スプンッ……!!
プラチナ・デス・マンティスは、一切の抵抗もできず、痛みすら感じることなく、全ての関節を外されて崩れ落ちた。
戦闘開始から、わずか2秒の出来事であった。
「「「…………え?」」」
サイラスとファルコンが、自分の手と、足元に転がる巨大なカマキリ(極上肉)を見比べて、呆然と立ち尽くす。
「わ、我々……こんなに強かったのか……?」
ファルコンが、震える声で呟く。
「ただ、中身をこぼさないように関節を外しただけなのに……神域の魔物が、一瞬で……」
トウヤは、ポカンと口を開けているジンやエリスを横目に、腹を抱えて大爆笑した。
「ガッハッハ!! ほら見ろ! ゼノンたちに言われるまでもなく、お前ら、もう魔王軍とか余裕で壊滅させられるレベルのバケモノになってるんだよ!!」
「そ、そんな……! 我々はただのウー〇ーイーツなのに……!!」
サイラスが、アイデンティティの崩壊に頭を抱える。
「誇っていいぞ、お前らは世界最強の運び屋だ! よし、そのカマキリの肉は最高に美味いから、今日の昼飯は極上カニ(カマキリ)タマだ!!」
自らの異常な強さをようやく(少しだけ)自覚した配達部隊。
そして、彼らの盤石すぎるサポートを受け、極上食材の乱獲を続ける悠久の踏破者たち。
反絶対同盟の悪意など微塵も寄せ付けない彼らの歩みは、迷宮の最深部において、さらなる圧倒的なカロリーと笑い声を生み出し続けていくのであった。




