第145話:【閑話】無振動のサバイバル神輿と、食欲(デリバリー)が国を滅ぼす日
### 第145話:【閑話】無振動のサバイバル神輿と、食欲が国を滅ぼす日
「――右舷、魔力弾幕展開! 弾け!!」
「ハッ! 【流転の絶対ジャイロ・防壁陣】!!」
ギュルルルルルルルッ!!
『悠久の大迷宮』の中層から下層へと続く広大な縦穴を、数十人の暗殺者たちが「凄まじい速度でコマのように回転しながら」降下していた。
彼らの頭上には、完璧な水平を保ち、一ミリの振動すら許されない【特製・無振動VIP神輿】が鎮座している。
その神輿の上に正座させられている第五の転生者・ケンタ(前世:健太)は、己の目を疑うような光景に戦慄し、ただひたすらに神輿の縁にしがみついていた。
「(おかしい……絶対におかしいだろこの人たち!!)」
ケンタは前世、サバイバルゲームをこよなく愛するミリタリーオタクであった。軍隊の戦術や隠密行動についての知識は豊富に持っているつもりだった。
だが、今彼を担いでいるサイラス率いる『深淵の配達部隊』と、ファルコン率いる『超人スパイ部隊』の動きは、サバゲーはおろか、物理法則すら完全に無視していた。
「レオ殿の時よりも速度を上げるぞ! トウヤ殿の朝食(キャンプ飯)の仕込みに、ケンタ殿を間に合わせるのだ!!」
「「「ハッ!! 全ては極上飯のために!!」」」
彼らは、迷宮の壁から放たれる罠の矢や魔法弾を、空中で回転しながら弾き返し、毒の沼や氷の床を『次元歩行の靴』で完全にスルーしていく。
そして、その激しい機動の最中であっても、神輿の上のケンタには【そよ風ほどの衝撃】すら伝わってこないのだ。
「す、すげえ……。これ、特殊部隊とかそういう次元じゃねえ……! 完全に人間辞めてる動きだぞ! しかもこれ、戦争じゃなくて『出前を運ぶための技術』だって!?」
ケンタは、あまりのシュールさと凄まじさに、恐怖を通り越して感動すら覚えていた。
数十分後。
「到着いたしました、ケンタ殿! トウヤ殿の拠点【星の箱庭】でございます!」
「おっ! ケンタ、無事に着いたみたいだな!」
大迷宮の底、第71階層付近の安全地帯。
そこには、トウヤたちが作り上げた規格外に豪華で快適なキャンプ拠点があった。ふかふかのソファ、神話級の調理器具、そして朝から暴力的な香りを放つ『ベーコンエッグ(神話級豚肉使用)』を焼いているトウヤとレオの姿があった。
「トウヤさん! レオさん!」
ケンタが神輿から飛び降りる。「すげえ! なんだこの充実したキャンプ地は! サバゲーのベースキャンプとは比べ物にならないぞ!」
「ガッハッハ! よく来たな! これからお前も、俺たちのキャンプ仲間だ!」
トウヤが笑って、熱々のベーコンエッグとトーストをケンタに手渡す。
「お前、ミリタリーアイテムを創造するスキルがあるんだろ? 俺たちもキャンプ用具は一通り揃ってるが、痒い所に手が届く小物があったらどんどん出してくれ!」
「任せてください!」
ケンタが、ベーコンエッグを泣きながら頬張り(軍事国家の塩茹で肉とは天地の差だった)、目を輝かせる。
「俺のスキルで、極太のパラコードとか、最新式のLEDランタン、あとは最強のチタン製BBQグリルとか出せます! レオさんのジャンクフードと、俺のミリメシ知識を合わせれば、迷宮キャンプはもっと面白くなりますよ!」
チート能力を持たないジャンクの申し子・レオと、兵器作りを辞めたサバゲーマー・ケンタ。
二人の「現代地球の趣味特化型」の転生者がタッグを組んだことで、トウヤの拠点はますます非常識なパラダイス(飯テロ空間)へと進化していくのであった。
***
一方、その頃。
地上の世界では、反・絶対同盟を掲げて結成された『神聖軍事連盟(バルロア帝国、ゼノビア連国、ルミナス教国)』の首脳陣たちが、冷や汗を流しながら震え上がっていた。
「ば、馬鹿な……! 我々の切り札であった『第五のテンセイシャ(軍神の御使い)』が、密室から忽然と姿を消しただと!?」
バルロア帝国の皇帝が、玉座から立ち上がって絶叫する。
「は、はい……! 近衛兵は誰一人として侵入者に気づかず、ただ『美味い肉が食いたい』という書き置きだけが残されておりました……!」
報告する兵士も、顔面を蒼白にして震えている。
「ふざけるなァァァッ!! あの奇妙な兵器の量産体制が整う直前だったのだぞ!!」
皇帝が怒りで玉座の肘掛けを粉砕した、まさにその時。
『――お取り込み中のところ、失礼いたします。バルロア皇帝陛下』
突如として、謁見の間の空間が歪み、空中に巨大な『通信の映像』が投影された。
そこに映し出されたのは、アルカディア王国のヴィルヘルム国王と、ガルド宰相の冷徹な姿であった。
「なっ……! ア、アルカディアの国王だと!? なぜ我が国の極秘回線に……!」
『簡単なことです。貴国の中枢には、すでに我が同盟の【超人スパイ部隊】が潜入し、通信の魔力波長を同期させておりますゆえ』
ガルド宰相が、手帳をめくりながら淡々と告げる。その言葉に、皇帝と側近たちは背筋に氷を突き立てられたような悪寒を覚えた。
『さて、バルロア皇帝。並びに、同盟不参加のゼノビア、教国の代表たちよ』
ヴィルヘルム国王が、王としての圧倒的な威圧感を放ちながら画面越しに見下ろす。
『貴殿らが地下の密室でコソコソと【打倒・絶対同盟】の計画を練っていたことは、全て筒抜けである。……そして、貴殿らが頼みの綱としていた五人目の転生者殿は、我が国の【極上飯の出前メニュー】を聞いた瞬間に寝返り、すでにトウヤ殿の陣営にて熱々のベーコンを頬張っておられる』
「――――ッッ!!!!」
皇帝たちの顔から、完全に血の気が引いた。
究極兵器の知識すらも、トウヤの「飯」の前には無力であったという事実。
『我々は、無用な血を流すつもりはない。だが……もしこれ以上、我々絶対同盟に明確な敵対行動をとるのであれば。こちらも容赦はせぬ』
ヴィルヘルム国王の声が、絶対零度のように冷え込む。
『まず、第一段階。我が同盟国から貴国らへの、マヨネーズ、醤油、そして迷宮の極上食材を含む一切の交易を完全封鎖(経済封鎖)する。……貴国らの貴族や富裕層は、すでに我々の調味料なしでは満足できない舌になっているはずだがな』
「くっ……!」
ゼノビアの代表が、通信の向こうで呻き声を上げる。経済の要である彼らにとって、それは致命傷であった。
『そして、第二段階だ』
ガルド宰相が、眼鏡を光らせて引き継ぐ。
『我が同盟が誇る、3000人の【世界食糧保全機構(超人スパイ部隊)】を貴国らの全土に放つ。……彼らの任務は暗殺ではない。貴国らの民衆に対し、「絶対同盟に行けば、毎日美味い白パンとシチューが腹いっぱい食える」「給料も休みも完璧に保証される」という【真実の噂】を徹底的に流布することだ』
「な……なんだと……?」
バルロア皇帝が、信じられないという顔で後ずさる。
『民に罪はない。故に、美味い飯と平和を求めて国を捨てようとする難民たちは、我が国の【深淵の配達部隊】が責任を持って、一滴のスープもこぼさぬ神輿に乗せて、国境の向こうへとデリバリー(救出保護)しよう』
ヴィルヘルム国王が、最後通牒を突きつける。
『武力による侵略など不要。我々はただ、貴国らの【胃袋と経済】を掌握し、民を根こそぎ奪うだけだ。……兵士も、農民も、全てが美味い飯の匂いに釣られて消え去った後、誰もいなくなった国で、王と名乗り続けるがよい』
「――――ッッ!!!!」
それは、血を一滴も流さずに国を内側から完全に崩壊させる、悪魔のような「兵糧攻め(デリバリー戦略)」の宣言であった。
武力で勝とうとしていたバルロア皇帝も、神の教えを説く教国も。
「食欲」という人間の根源的な欲求を完全に支配し、3000人の空飛ぶ配達員という物理法則を無視した実行部隊を持つ絶対同盟の前には、もはやグーの音も出なかった。
『……返答は急がなくてよい。だが、民の胃袋は待ってはくれんぞ』
プツッ。
通信が一方的に切断され、謁見の間には絶望的な静寂だけが残された。
「……おのれ……おのれェェェェッ!!」
バルロア皇帝が膝から崩れ落ちる。
剣も魔法も、兵器すらも通用しない。ただ「飯が美味い」という圧倒的な事実と、それをノータイムで配達する狂気の部隊によって、軍事国家の野望は完全に打ち砕かれたのであった。
***
「……で、あいつら完全に心折れたみたいですよ」
翌日、迎賓館にて。
ファルコンからの報告を聞いたトウヤは、特製のアボカド・チーズバーガーを頬張りながら「へー」と暢気に頷いていた。
「まあ、飯がマズい国に民衆は定着しないからな。平和になって良かったじゃないか」
「全くです! これで世界中、どこへでも出前に行けますな!」
サイラスが、誇らしげに胸を張る。
世界を震撼させた反同盟の企みは、五人目の転生者の【サバゲーより飯】というシンプルな欲望と、絶対同盟の【食欲特化型・国家崩壊戦術】によって、あっけなく幕を閉じた。
もはや、この世界の真の支配者は、剣でも魔法でもない。
トウヤの作る極上飯と、その匂いを逃さない神話級のタッパーウェアなのである。
盤石の平和(と食欲)を手に入れた『悠久の踏破者』たちは、いよいよ大迷宮の最深部へと向けて、最高の笑顔で歩みを進めていくのであった。




