第141話:沈黙の暗闇劇場(映画館)と、迷宮が祝福する『黄金のフライドチキン』
### 第141話:沈黙の暗闇劇場(映画館)と、迷宮が祝福する『黄金のフライドチキン』
『悠久の大迷宮』第69階層――『夢と狂気の遊戯園』。
列に並ぶという忍耐と、絶叫マシンの恐怖を完璧なマナーで乗り越え、数日間にわたる「夢の国お泊まりキャンプ(プラチナ食材乱獲ツアー)」を満喫したトウヤたち『悠久の踏破者』の面々。
アイテムボックスを数え切れないほどの極上肉でパンパンに膨らませた一行は、ついに60階層台の最後にして最大の関門、第70階層(大ボス部屋)の黒曜石の大扉の前に到着していた。
「いやー、ユーエンチは最高だったな! 時間はかかったが、収穫はこれまでの階層でもダントツだぜ!」
トウヤが、ホクホク顔でストレッチをする。
「ええ! アトラクションというチキュウの拷問も、慣れれば風を切るようで楽しかったですわ!」
エリスも、満足げに微笑んだ。
「さて、いよいよ大台の第70階層だ」
トウヤが気を引き締め、懐から『天啓の美食羅針盤』を取り出す。
魔力を流し込んだ瞬間。
カッ――――!!!!
盤面全体が、まるで超新星爆発を起こしたかのような、目が眩むほどに強烈で純粋な『プラチナ色』一色に染まり上がった。
「うおおおっ!? なんだこの光の強さは!?」
ジンが思わず腕で目を覆う。
「……針の動きはない。つまり広大な階層じゃなく、扉を開けたらすぐにボスが待ち構えている『単一の大部屋』ってことだ」
トウヤが、羅針盤の光に照らされながらニヤリと笑う。
「間違いねえ。60階層台のトリを飾るに相応しい、超極上の大ボスが待ってるぞ!!」
「だがトウヤ、60階層台の後半は『チキュウのルール』が適用されるギミック続きだった。今回もその可能性があるんじゃないか?」
ガレスの冷静な指摘に、トウヤも深く頷く。
「ああ。もし扉の先がチキュウの施設だったら、不用意に動かず、まずは俺の指示を待ってくれ。……行くぞ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
ギギギギギギ……ッ!!
トウヤが、重厚な大扉を力強く押し開けた。
――スゥッ……。
扉の先に広がっていたのは、広大な平原でも、燃え盛る火山でもなく。
足音が完全に吸収されるフカフカの赤い絨毯と、階段状にズラリと並んだ『赤いベルベット生地の座席』。そして、その正面にそびえ立つ、巨大な『純白の壁』であった。
部屋全体は薄暗く、静寂に包まれている。
第70階層――『沈黙の暗闇劇場(映画館)』。
「な、なんだここは……? 巨大な部屋ですが、前方に白い壁があるだけで、他には何も……」
エリスが小声で周囲を見渡す。
「ピィィッ……(兄貴、あの白い壁の向こうから、すっごく美味しい鳥さんの匂いがするよ……)」
クーも、雰囲気を察してヒソヒソ声で念話を送る。
トウヤは、その光景を見て確信した。
(エイガカン……!! テーマパークの次は映画館かよ!!)
「お前ら、絶対に音を立てるな」
トウヤが、極限まで声を潜めて仲間たちに指示を出す。
「ここはチキュウの『エイガカン』と呼ばれる、神聖な観賞施設だ! ここでのルール(マナー)はただ一つ……【上映中(戦闘中)は、絶対に私語を慎み、音や光を出さず、席に座り続けること】だ!!」
「なっ……!」
ジンが声を出しかけ、慌てて両手で口を塞ぐ。
「(じゃ、じゃあどうやって戦うんだよ!? 席に座ったまま、音も立てずにボスを倒せって言うのか!?)」
ジンの念話に、トウヤは頷いた。
「(そうだ! まもなくあの白い壁が開き、ボスが『上映』される! ボスは必ず、動きの中で【クライマックス(最大の隙)】を見せるはずだ。その一瞬だけを狙い、無音・無発光で急所を貫け! もしそれまでにポップコーンの咀嚼音以外の音を立てれば、マナー違反のペナルティで即死レーザーが飛んでくるぞ!)」
「「「(了解ッッ!!!!)」」」
一行は、武器を構えることなく、中央の最も見やすい特等席(VIPシート)に音もなく腰を下ろした。
ブゥゥゥゥン……。
部屋の照明が完全に落ち、暗闇に包まれる。
そして、正面の巨大なスクリーンが左右にスライドし、まばゆいスポットライトと共に、第70階層の大ボスが姿を現した。
『キシャァァァァァァッ!!』
それは、全身が黄金色の羽毛に覆われ、強烈な香ばしい匂いを放つ巨大な怪鳥であった。
第70階層大ボス――『クリスピー・ポップコーン・コカトリス(黄金の爆ぜる怪鳥)』。
「(来たぞ! あいつの肉は、熱を加えると自らポップコーンのように弾け、最高にクリスピーな衣を纏う究極の鶏肉だ!!)」
トウヤの神眼が解析を終える。
怪鳥が、ステージの上で暴れ回り、炎のブレスを吐き散らす(ド派手なアクション映画の上映)。
しかし、トウヤたちは席に深く腰掛けたまま、ピクリとも動かず、微かな呼吸音すら殺して【完全な沈黙】を保ち続けた。
「(……まだだ。まだクライマックスじゃない)」
やがて、怪鳥が最大の炎を吐き出そうと、大きく胸を反らせ、黄金の羽を限界まで広げた瞬間――(映画の最高潮)。
「(今だッ!!)」
「(【幻影歩法・神速の指定席抜き】!!)」
「(【渾身撃・無音のスタンディングオベーション】!!)」
ジンとエリスが、座席から「スッ」と蜃気楼のように立ち上がり、一切の風切り音すら立てずに怪鳥の懐へ潜り込んだ。
ジンの双短剣が喉の隙間を貫き、エリスの大剣が心臓の鼓動の合間を縫って無振動で断ち切る。
そして、ルミナとマリアの無発光・無音の絶対零度パッケージング。
カッ――――!!!!
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
上映終了(大ボス討伐)を知らせるかのように、大迷宮の空へ向かって、神々しい純白の光の柱が打ち上がった。
パパパパパーンッ!!
60階層台の完全踏破と、マナーを極めた瞬殺ボーナスを讃える、壮大なファンファーレが鳴り響く。
そして、光の跡地に現れた宝箱の中には……。
「……こ、これは……!!」
トウヤが、その巨大な銀色の機械を取り出し、歓喜に震えた。
【神話級・全自動圧力フライヤー】。
油の温度を常に最適に保ち、圧力をかけて中までふっくらと、外は極限までクリスピーに揚げ上げる、ジャンクフードの神器。
「ガッハッハ! おいおい、迷宮の奴、完全に俺たちの拠点に【レオ】が加入したことを見てた(祝福してる)な!! これでジャンクフードの最強兵器が揃ったぞォォォッ!!」
「「「うおおおおおおッッ!!!!」」」
最高の鶏肉と、最強の調理器具。
彼らは迷宮の余韻もそこそこに、一目散に拠点へと帰還していった。
***
【同日夜――星繋ぎの迎賓館】
大迷宮の底、地上の王城、地底魔国、ミズホの国を繋ぐ、次元を超えた大宴会場。
今夜は、第70階層クリアの祝賀会であり、そして【第四の転生者・レオ】のジャンクフード第2弾のお披露目パーティーであった。
「皆さま! お待たせいたしました!!」
エプロン姿のレオが、嬉々とした表情で巨大な銀のトレイを円卓に運んできた。
「神話級の圧力フライヤーと、トウヤさんが仕留めた『黄金の怪鳥』の肉、そして俺が前世の記憶を頼りに調合した【11種類の秘伝のスパイス】が奇跡の融合を果たした……『究極のフライドチキン(特大オニオンリング添え)』です!!」
パカッ!!
フタが開けられた瞬間、円卓の全員が「ハァッ……!」と息を呑んだ。
ゴツゴツとした黄金色の衣を纏った巨大なフライドチキンが、暴力的なまでのスパイスと油の香りを放ちながら、山のように積まれているのだ。
『うおおおおおっ!! フライドチキン!! レオ、お前は本当に神だ!!』
魔王ゼノン(田中太一)が、威厳も何もなくチキンに飛びついた。
『チキンにはやっぱり炭酸だろ!』と、カイトも無限ドリンクバーからコーラをなみなみと注いで席につく。
「さあ、遠慮はいらねえ! 手で持って、豪快にかぶりつけ!!」
トウヤの号令と共に、異世界の大物たちも一斉にチキンを手にした。
ザクッ……!! ジュワァァァァッ!!
「――――ッッ!!??」
ヴィルヘルム国王の目が、こぼれ落ちそうなくらいに見開かれた。
「な、なんという食感だ……!! 外側の衣が『ザクッ』と音を立てて砕けた瞬間、中から信じられないほど熱々で、旨味の爆弾のような肉汁が溢れ出してきたぞ!!」
「陛下! この衣にまぶされた未知の香辛料……! スパイシーでありながら深みがあり、噛めば噛むほど次の一口が欲しくなる、恐るべき魔術ですぞ!!」
ガルド宰相が、口の周りを油まみれにしながら絶叫する。
「う、美味い……! なんですのこれ、止まりませんわ! 指についたお肉の脂とスパイスまで、全部舐め取ってしまいたいぐらいですの!!」
エリスが、令嬢としての作法を完全に忘れ、両手でチキンを貪っている。
「ハハッ、オニオンリングも最高ですよ! カイトさんのマヨネーズをつけて食べてみてください!」
レオが誇らしげに勧める。
ミズホの国主が、サクサクのオニオンリングをマヨネーズにディップして口に運ぶ。
「おおお……! 玉ねぎの甘みと、マヨネーズの酸味が……! これこそが、チキュウの『ジャンク・フード』という至高の文化! 我がミズホの者たちにも、絶対にこの味を届けねばならん!!」
背後で控えていたミズホのシノビたち(配達部隊見習い)が、ヨダレを滝のように流しながら「出前……絶対に最速で出前する……」と決意を新たにしていた。
「いやー、しかしトウヤ殿」
ヴィルヘルム国王が、コーラで喉を潤しながら尋ねた。
「本日の第70階層は、どのようなチキュウの試練だったのですか?」
「ああ。今日は『エイガカン』っていう、暗闇の拷問部屋だったんだ」
トウヤが大真面目に答えると、異世界陣営の顔がスッと引きつった。
「暗闇の、拷問部屋……!」
「ああ。真っ暗な部屋の中で、逃げ出すことも許されず、ただひたすらに前方の壁に映し出される『映像』を見せられ続ける。……しかも、その間に一切の音を立ててはならない。悲鳴を上げることも、恐怖で動くことも許されない、究極の沈黙の拷問だ」
「「「ヒィィィィィィッッ!!!!」」」
異世界の首脳陣が、手にしたフライドチキンを震わせた。
「そ、そのような恐ろしい精神的拷問が、チキュウに存在するというのか……!」
「暗闇の中で、微かな呼吸音すら許されぬまま、恐怖に耐え続ける……。まさに『狂気』。チキュウの人間は、どれほど強靭な精神を持っているのだ……!」
「我々なら、五分で発狂して自害しているだろう……」
完全に「映画館=絶対沈黙の精神崩壊ルーム」だと勘違いし、恐怖に慄く異世界人たち。
その横で、トウヤとゼノンとカイト、そしてレオの転生者四人組は、「(まあ、マナー悪い奴いたら腹立つしな)」「(ポップコーンの音には気を使うよね)」と心の中でツッコミを入れつつ、笑いを堪えてチキンを貪っていた。
「まあ、試練は過酷だったが、このチキンの美味さに比べりゃ安いもんだ!」
トウヤが、コーラのグラスを高々と掲げる。
「レオの加入と、60階層台の完全制覇を祝して! 乾杯!!」
「「「乾杯ッッ!!!!」」」
神話級の圧力フライヤーと、第四の転生者の知識。
迷宮の過酷な試練すらも最高のスパイスに変え、ジャンクフードの背徳的な美味さで世界を一つに繋いだ夜。
『悠久の踏破者』たちの非常識な迷宮キャンプは、圧倒的なカロリーと笑顔を満載して、次なる未知の領域(第71階層)へと突き進んでいくのであった。




