第138話:【閑話】中立国の平凡な青年と、ジャンクフードを求める魂のデリバリー
### 第138話:【閑話】中立国の平凡な青年と、ジャンクフードを求める魂のデリバリー
大陸の北西部、険しい山脈に囲まれた場所にある【永世中立国・ヴァルデン】。
他国との争いに一切関与せず、堅牢な自然の要塞によって数百年間にわたり絶対的な平和を維持してきたこの国は、現在大陸を席巻している『絶対同盟(超巨大・美食同盟)』の狂騒からも一歩引いた位置にあった。
そのヴァルデンの街角にある小さな宿屋で、一人の青年がモップ掛けをしていた。
名前はレオ。年齢は二十歳そこそこ。栗色の髪に、これといって特徴のない平凡な村人Aのような顔立ち。魔力も平民の平均レベルである。
だが、彼には決して他人に言えない秘密があった。
(あー……マジでハンバーガー食いてぇ。あとコーラ。ポテトフライもセットで)
レオの魂には、異世界――地球(日本)で生きていた『鈴木 涼』としての前世の記憶が宿っていたのだ。
レオ(涼)は、転生特典である強力なチート能力や魔法の才能を【一切持っていなかった】。
神様的な存在に出会うこともなく、気づいたらこの世界の子供として生まれていたパターンである。そのため、彼は「変に目立って異端審問とかにかけられたら即死する」と考え、ひたすら一般人として、永世中立国という安全な場所で息を潜めて生きてきたのである。
平和なスローライフ。それはそれで悪くない。
だが、彼には一つだけ、どうしても我慢できないことがあった。
(この国の飯、平和すぎるんだよ!! 毎日毎日、硬い黒パンと、味の薄い野菜スープと、塩気の強いチーズの無限ループ! たまに肉が出ても、ただ焼いて岩塩振っただけ! なんでケチャップとかソースとか、そういうジャンクな調味料がないんだよォォォッ!)
前世でファストフード店のアルバイトをこよなく愛し、週四で深夜のラーメンやピザを貪っていた重度のジャンクフード依存症だったレオにとって、このファンタジー世界の中世レベルの食文化は、まさに『味覚の牢獄』であった。
そんなある日の午後。
宿屋の酒場に、珍しく南方のアルカディア王国から来た行商人たちが立ち寄り、エールを飲みながら大声で噂話に花を咲かせていた。
「いやぁ、最近のアルカディア王国を中心とする『絶対同盟』の勢いは凄まじいな! なんでも、世界の裏側の魔王国や、東の絶海の孤島(ミズホの国)まで同盟に加わったらしいぜ!」
「ああ! その同盟の目的がまたイカれてる。なんでも、大迷宮の底にいる『英雄』に美味い飯を献上するためだけに、国家予算を注ぎ込んで【マヨ・ネーズ】とか【ショウユ】って未知の調味料を探し回ってるっていうじゃないか!」
ピタッ。
レオの手の中で、モップの動きが完全に停止した。
「マ……マヨネーズだと!?」
レオは思わず、商人のテーブルに身を乗り出していた。
「お、おい兄ちゃん、どうしたんだいきなり」
「おっちゃん! 今、マヨネーズって言ったか!? それに醤油!? その『絶対同盟』って国に行けば、それが本当にあるのか!?」
「あ、ああ。噂じゃ、ミズホの国ってところで『カイト』っていう新たなる賢者が作ったらしくてな。アルカディア王国の布告じゃ、その英雄や賢者と同じ【異世界の知識】を持つ者を探してるらしい。名乗り出れば、国賓として超絶厚遇されるって話だぞ」
「――――ッッ!!!!」
レオの脳内に、雷のような衝撃が走った。
(間違いない!! 俺以外の【日本人(転生者)】がいて、しかも調味料を作り出してる!! マヨネーズがあるなら、照り焼きバーガーも作れる! 醤油があるなら、ニンニク醤油のステーキも食えるじゃねえか!!)
レオはモップを放り投げ、宿の主人に向かって叫んだ。
「親方!! 俺、今日で仕事辞めます!! ちょっとアルカディア王国までジャンクフード探しに行ってきます!!」
「はあ!? お前、急に何を狂ったことを……!」
かくして、永世中立国でひっそりと生きていた四人目の転生者は。
「地球のジャンクな飯が食いたい」という魂の渇望(飯テロへの誘惑)に抗いきれず、全財産を握りしめて南のアルカディア王国へと単身旅立ったのであった。
***
【数週間後――アルカディア王国・王都の酒場にて】
「はぁ、はぁ……やっと着いた、王都……!」
ボロボロの旅装束に身を包んだレオは、王都の路地裏にある大衆酒場に転がり込み、カウンターで安物のエールをあおっていた。
一般人の体力で山脈を越えるのは死ぬほど辛かったが、全ては「転生者仲間に会ってジャンクフードを食わせてもらうため」である。
レオが息をつきながら、串焼きの肉をかじっていると。
隣のテーブル席に、深くフードを被った目立たない四人組の男たちが座っているのに気がついた。
彼らは一切の気配も足音も立てず、まるで空間に溶け込んでいるかのように静かに酒を飲んでいる。
(……なんかヤバそうな人たちだな。関わらないでおこう)
レオが目を逸らそうとした、その時。男たちのヒソヒソ声が、レオの耳に飛び込んできた。
「(……しかし、昨日のトウヤ殿からのデリバリーは凄まじかったな)」
「(ああ。まさかあの『マンイン・デンシャ』という恐るべき拷問空間を乗り越えた末に、あのような極上の『ワギュウCEOの霜降り肉』を持ち帰られるとは……)」
「(ミズホのカイト様が開発したという【ソース】とマヨネーズをたっぷり塗った『極厚カツ・サンド』……。あのジャンクで暴力的な味、思い出すだけでヨダレが止まらん)」
ガタァッ!!!!
レオが、椅子を蹴り倒して立ち上がった。
「カッ……カツサンドだとォォォッ!!?」
「「「!?」」」
フードの男たち――非番の日に王都で情報収集を兼ねて飲んでいたファルコン率いる『世界食糧保全機構(超人スパイ部隊)』の幹部たちが、一斉に殺気を放ってレオを睨みつけた。
素人が、彼らの『念話に近い小声』を聞き取り、あまつさえ反応するなどあり得ないからだ。
「貴様……! 今、我々の会話を……ッ!」
ファルコンが、テーブルの下で暗器に手をかける。
だが、レオは暗殺者の殺気など全く意に介さず、血走った目でファルコンの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで身を乗り出した。
「あんたたち!! 今、トウヤとかカイトって言ったよな!? その人たち、日本人(転生者)だろ!? カツサンドがあるってことは、食パンもあるのか!? ソースもあるのか!?」
「なっ……!?」
ファルコンの瞳孔が、極限まで見開かれた。
「ニホンジン……! テンセイシャ……! ま、まさか貴様……!!」
レオは、カウンターの床にスライディング土下座を決めた。
「俺も日本人なんだよ!! 前世はファストフード店の店員だ!! 頼む、俺をそのトウヤって人のところへ連れて行ってくれ!! もう味の薄いスープは嫌なんだ! ハンバーガーとフライドポテトとコーラを……命に代えてもジャンクフードを食わせてくれェェェッ!!」
酒場に響き渡る、哀れな転生者の魂の叫び。
その言葉を聞いた瞬間、ファルコンたち超人スパイの殺気は、春の雪のようにフッと消え去り……代わりに、歓喜と畏敬の念が爆発した。
「「「お、おおおおおおッッ!!!!」」」
ファルコンが、土下座するレオを慌てて抱き起こし、自分たちも床に膝をついて深々と頭を下げた。
「無礼をお許しください、四人目の賢者(転生者)様!! まさかこのような大衆酒場で、同郷の御使い様を発見できるとは!!」
「えっ? 賢者様? いや、俺ただの一般人で、チート能力とか何もないヒョロガリなんだけど……」
レオが戸惑うが、ファルコンたちの耳には入っていない。
「能力など関係ありません! 貴方様のその頭脳に眠る【ファスト・フード】や【ハン・バーガー】という未知の料理の知識! それこそが、世界を揺るがす神の叡智なのです!!」
ファルコンが、涙を流しながらレオの手を固く握りしめた。
「トウヤ殿も、カイト様も、ゼノン魔王殿も、新たな同郷の友を心待ちにしておられました! 我々『深淵の配達部隊』の誇りにかけて、貴方様を極上飯の待つ【迎賓館】へとデリバリー(お迎え)させていただきます!!」
「マ、マジで!? やったぁぁぁっ!! ついに美味い飯が食える!!」
レオがバンザイをして歓喜の涙を流す。
「総員、直ちにヴィルヘルム陛下へ『第四の転生者保護』の緊急通信を送れ! そして、トウヤ殿に【ファスト・フードの専門家】が到着したとお伝えするのだ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
かくして。
永世中立国でジャンクフードの禁断症状に苦しんでいた平凡な青年レオは、アルカディア王国の裏社会を牛耳る最強の暗殺者たちによって「神のごとく」丁重に梱包(護衛)され、トウヤたちの待つ次元の交差点『星繋ぎの迎賓館』へと超特急で送り届けられることになったのである。
大迷宮の底で繰り広げられる極上キャンプに、ついに四人目の『現代日本の知識(ジャンクフードの申し子)』が合流する。
トウヤの織りなす非常識な飯テロのレパートリーは、新たなる転生者の加入によって、さらなるカロリーと背徳感の極みへと突入していくのであった。




