第136話:鋼鉄の蛇と超圧縮空間(満員電車)、そして最高級『和牛CEO』の討伐
### 第136話:鋼鉄の蛇と超圧縮空間(満員電車)、そして最高級『和牛CEO』の討伐
『悠久の大迷宮』第67階層――『豊穣の無限商業施設』。
主婦ゴーレムたちとの血で血を洗う半額シール争奪戦を無傷で制し、大量の極上食材をホクホク顔で持ち帰ったトウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹。
翌朝。
ゴレ太郎が作った『特売キャベツと半額和牛の極上メンチカツサンド』で腹を満たした彼らは、次なる未知の領域、第68階層の黒曜石の大扉の前に立っていた。
「さーて! 60階層台もいよいよ終盤戦だ。今日もガッツリ極上肉を頼むぜ羅針盤さん!」
トウヤが気合を入れて、『天啓の美食羅針盤』に魔力を流し込む。
……ピカァァァッ!!
盤面の中央に、目が潰れるほど強烈な『プラチナ色(隠れボス)』の光が点灯した。
「おおっ! 隠れボス階層だ!」
ジンが喜んだのも束の間。
「……ん? ちょっと待て」
トウヤが、羅針盤の盤面を訝しげに見つめる。
盤面にはプラチナの光が一つあるだけで、それ以外の『黄金色の光(通常の極上食材)』が一切点灯していなかった。さらに、階層のギミックを示す『青い矢印』は、まるで狭い箱の中に押し込められたかのように、ブルブルと小刻みに震え続けている。
「……黄金反応ゼロ。プラチナ反応が一つだけ。それにこの矢印の不自然な振動」
ガレスが腕を組む。「トウヤ、こいつはセオリーから完全に逸脱してるぞ。普通、プラチナ食材がいる当たり階層なら、周囲にも黄金食材がウジャウジャいるはずだ」
「ああ。間違いない。ここは【食材ゼロの極悪修練ギミック】と【隠れボスの討伐】が完全にセットになった特殊階層だ」
トウヤが、ゴクリと唾を呑み込んで羅針盤をしまった。
「つまり、ボスに辿り着くまでの道中は、一切の食い物がない地獄のデス・トラップってことだ。お前ら、心してかかれよ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
エリスが大剣を構え、ジンが双短剣を抜き放つ中。
バンッ!! とトウヤが大扉を押し開けた。
――プルルルルルルルッ!!(※発車ベルの音)
「「「えっ?」」」
扉の先に広がっていたのは、迷宮の洞窟でも大自然でもなく。
白いタイル張りの『駅のホーム』と、そこに停車している長大な『鋼鉄の箱(電車)』であった。
「プシューッ」という音と共に、目の前の鋼鉄の箱の扉が左右に開く。
その箱の中には――無表情で、同じような灰色の服を着た『サラリーマン・ゴーレム』たちが、文字通り【隙間が1ミリもないほどギチギチに】詰め込まれていたのである。
第68階層――『超圧縮の鋼鉄蛇(通勤ラッシュの満員電車)』。
「な、なんですかこの異常な光景は!? 灰色のゴーレムたちが、身動き一つとれずに箱の中に押し込められていますわ!?」
エリスが、その異様な光景に戦慄する。
しかし、トウヤはまたしても頭を抱えていた。
(満員電車だ……!! マジかよ、スーパーの次は朝の通勤ラッシュかよ!!)
「ピィィッ!(兄貴、この箱のずっと奥から、すっごくイイお肉の匂いがするよ!)」
上空から透視したクーが叫ぶ。
「……見えたぞ! プラチナ反応の正体!」
トウヤの神眼が、鋼鉄の蛇の最後尾――『グリーン車』に鎮座する巨大な魔物を捉えた。
「最後尾の特別な車両に、『ファーストクラス・和牛CEO・ミノタウロス』がいる!!」
トウヤが絶叫する。
「あいつ、自分は一切の労働(運動)をせず、ふかふかの特等席に座り続けているおかげで、筋肉が極限まで退化して『全身が究極の霜降り肉(A5ランク)』になってるバケモノだ!! 肉の柔らかさと脂の甘みは、間違いなくこれまでの牛系モンスターの頂点だぞ!!」
「「「究極の、和牛CEOゥゥゥッ!!!」」」
「だが!!」
トウヤが、目の前のギチギチの満員電車を指差した。
「あいつの元へ行くには、この『鋼鉄の箱』の中を突き進まなきゃならない! しかもここはチキュウの【ツウキン】という神聖な儀式の場だ! 周りのゴーレムたちに攻撃を加えたり、怪我をさせたりすれば、即座に『チカン(冤罪)』や『シャカイテキ・マッサツ』という名の超絶ペナルティ(即死魔法)が降ってくるぞ!!」
「な、なんだと!? つまり、一切の攻撃を封じられた状態で、この超圧縮空間を突破しろと言うのか!?」
ジンが青ざめる。
「閉まります、ご注意ください――プシューッ!!」
トウヤたちが慌てて車内に飛び込んだ瞬間、無情にも扉が閉まり、鋼鉄の蛇が猛烈なG(加速度)を伴って発進した。
「ぐおぉぉぉっ!?」
凄まじい慣性と、前後左右から押し寄せるゴーレムたちの暴力的な圧力。
それは、重力異常や暴風すらも上回る、純粋な【質量の暴力】であった。
「耐えろ!! そして進め!!」
トウヤが、ゴーレムたちの隙間に挟まれながら叫ぶ。
「トランポリン階層でやった『絶対衝撃吸収』で圧力を逃がせ!! 泥沼でやった『無振動歩法』と、氷上の『摩擦ゼロ』を組み合わせて、ゴーレムの隙間を水のようにすり抜けるんだ!!」
「(無茶苦茶ですわーッ!!)」
エリスが、周囲のサラリーマン・ゴーレムを傷つけないように大剣をアイテムボックスにしまい、自らの体を極限まで柔らかくして、ミリ単位の隙間を『流転の歩法』でスライドしていく。
「(これが……チキュウの日常だっていうのか!? 狂ってるぜ!!)」
ジンも、双短剣をしまって『絶対ジャイロ歩法』の応用で体をコマのように回転させ、ゴーレムたちの間を摩擦ゼロで錐揉み回転しながら進む。
マリアとルミナは、互いに背中を合わせ、ゴーレムの圧力を氷の魔力障壁で滑らせながら必死に耐え抜いている。
クロは影の中に潜伏し、リルが空調の悪い車内の空気を必死に浄化し続けていた。
「(くっ……! まだか! まだグリーン車に着かないのか!)」
数十分にも及ぶ、攻撃不可能な超圧縮空間での悪戦苦闘。
彼らの体力と精神力は、かつてないほどに削り取られていた。
そして――。
「(着いたぞ!! 次の車両だ!!)」
トウヤが、最後尾の車両の扉(自動ドア)をこじ開けた。
その瞬間。
先ほどの地獄の圧縮空間が嘘のように、広々とした快適な空間(グリーン車)が広がり、ふかふかの座席の中央に、葉巻を咥えた巨大な霜降り牛の魔人が鎮座していた。
「ブモォォォ……(よくぞここまで来たな、社畜ども)」
和牛CEOミノタウロスが、傲慢な笑みを浮かべて立ち上がろうとした、その時。
「(殺せェェェェェェェェッッ!!!!)」
満員電車のストレスで完全に目が血走った美食家たちの怒り(殺意)が、臨界点を突破して爆発した。
「(私を誰だと思って押し潰しましたの!! 【渾身撃・オーバードライブ・八つ当たり一閃】!!)」
「(俺の足を踏んだ奴の痛みを知れェ!! 【幻影歩法・神速のリストラ抜き】!!)」
ドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
和牛CEOミノタウロスは、葉巻を口から落とす間すら与えられず。
エリスの極太の斬撃とジンの神速の刺突によって、一切の苦痛も(運動による肉質低下のストレスも)感じることなく、0.01秒で即死した。
間髪入れず、ルミナとマリアの『怒りの絶対零度パッケージング』が発動する。
カッ――――!!!!
グリーン車の天井を吹き飛ばし、神々しい純白の光の柱が大迷宮の空へと打ち上がった。
「……ハァ、ハァ……! 討伐、完了……!!」
トウヤが、汗だくになりながら膝をつく。
プラチナ食材『究極の和牛CEOの霜降り肉』は、完璧な鮮度のままアイテムボックスへと吸い込まれた。
パパパパパーンッ!!
過酷すぎるギミックと瞬殺の偉業を讃え、迷宮からのファンファーレが鳴り響く。
そして、光の跡地に出現した宝箱から出てきたのは……。
「……なんだこれ? 【神話級・無限ドリンクバー(全自動飲料提供機)】?」
トウヤが、その巨大な機械のアーティファクトを見て目をパチクリとさせた。
「すげえ!! ボタンを押すだけで、世界中のあらゆる極上果汁や炭酸水、お茶が無限に出てくる機械だ! こいつは絶対、『星繋ぎの迎賓館』に設置するしかないぜ!!」
過酷な通勤ラッシュを乗り越えた彼らに、最高の喉の渇きを癒やす究極の設備がプレゼントされた瞬間であった。
***
【同日夜――星繋ぎの迎賓館】
大迷宮の底、地上の王城、地底魔国、ミズホの国を繋ぐ、次元を超えた大宴会場。
本日は、トウヤたちが命がけで持ち帰った『和牛CEOの究極霜降り肉』を使った【極厚・大蒜醤油ステーキ】と、新設備『無限ドリンクバー』のお披露目パーティーであった。
「うむ! この和牛とやら、噛む必要すらない! 舌の上で極上の脂が甘く溶け出し、大蒜と醤油の香りが脳を直接殴りつけてくるようだ!」
ヴィルヘルム国王が、ステーキを口にして歓喜の涙を流す。
「そして、この『メロン・ソーダ』なる緑色の炭酸水! 甘く弾ける刺激が、ステーキの脂を完璧に洗い流してくれますぞ!」
ガルド宰相が、ドリンクバーのグラスを掲げて叫ぶ。
「いやー、今日の階層はマジでキツかったぜ……」
トウヤが、コーラを一気飲みしながら深いため息を吐いた。
「実はな。今日の第68階層は、俺たちのチキュウの【マンイン・デンシャ(通勤ラッシュ)】っていう、恐るべき環境だったんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
魔王ゼノン(田中太一)とカイトの顔から、スッと血の気が引いた。
「……兄弟。まさか……あの、朝の埼○線や田○都市線みたいな……?」
ゼノンが、フォークを震わせる。
「えっ、大迷宮に満員電車が出たの!? うわぁぁぁ、俺絶対に行きたくない!! 思い出しただけで息が苦しくなってきた!!」
カイトが頭を抱えてトラウマを呼び起こす。
その二人の異常な怯えようを見て、異世界の大物たち(国王や国主、四天王たち)はゴクリと息を呑んだ。
「魔王殿や賢者様が、これほどまでに恐怖する『マンイン・デンシャ』……。一体、いかなる拷問器具なのですか!?」
ヴィルヘルム国王が身を乗り出す。
トウヤは、大真面目な顔で頷いた。
「鋼鉄の蛇(箱)の中に、身動き一つとれないほどの人間をギチギチに詰め込み、そのまま猛烈なスピードで移動するんだ。……しかもチキュウの『サラリーマン』と呼ばれる戦士たちは、その地獄の圧縮空間の拷問を、【毎日、朝と夕方の二回】も耐え抜いている」
「「「な、なんだとォォォッ!!?」」」
ガルド宰相が、持っていたメロンソーダを落としそうになる。
「ま、毎日二回も、身動きの取れない鋼鉄の箱で圧死の恐怖と戦っているというのか……!?」
「信じられん……! 我が魔王軍の狂戦士ですら、そのような拷問を毎日受ければ三日で精神が崩壊するぞ!!」
ゴウラが、顔面を蒼白にして震え上がった。
「ええ。チキュウの『シャチク(社畜)』という戦士たちは、本当に恐るべき精神力を持っています」
エリスが、今日自分が味わった恐怖を思い出しながら、真剣な顔で補足する。
「あの中で一切の武器を持たず、互いを傷つけることなく耐え忍ぶ……。チキュウとは、どれほど過酷で、どれほど強靭な戦士たちが住まう修羅の世界なのでしょうか……」
「「「チキュウ……恐るべしッッ!!!!」」」
異世界の首脳陣たちは、完全に『満員電車=地球の戦士たちが行う狂気の拷問儀式』だと勘違いし、地球人への畏怖の念をさらに、さらに深めるのであった。
「あはは、まあ、俺も二度と乗りたくないけどな!」
トウヤが笑い飛ばし、新しく焼けた和牛ステーキを皆の皿に取り分ける。
大迷宮の理不尽なギミックすらも、地球の社畜の苦労(?)に比べればスパイスの一つに過ぎない。
無限ドリンクバーで喉を潤し、至高のステーキで胃袋を満たす彼らの大宴会は、強烈な勘違いと圧倒的な美味さの中で、夜更けまで賑やかに続くのであった。




