第135話:無限のスーパーマーケットと、血で血を洗う『半額シール』争奪戦
### 第135話:無限のスーパーマーケットと、血で血を洗う『半額シール』争奪戦
『悠久の大迷宮』第66階層――『停止と進行の鋼鉄廃都』。
「だるまさんがころんだ」と「白線渡り」という、地球の理不尽な交通ルールと子供の遊びを具現化したこの凶悪な階層での修練は、数日を経て無事に完了していた。
「ピッ、ピッ……【赤】だッ!!」
「ハッ!!」
交差点のど真ん中で、頭に水の入った木箱を乗せたサイラスやファルコンたち『超人スパイ部隊(幹部)』が、片足立ちのままピタリと彫像のように静止する。
その完璧な体幹コントロールにより、超重力プレスのペナルティは一切発動しない。
「よし! 合格だ!」
トウヤが、青信号になった交差点を渡りながら拍手を送った。
「お前ら、完全に『コウツウ・ルール』をマスターしたな! これでこの階層も、お前らにとってはただの安全な散歩道だ!」
「ありがとうございます、トウヤ殿!」
サイラスがビシッと敬礼する。
「これより我々は各陣営に戻り、部下たち3000名とミズホのシノビたちに、この偉大なるチキュウの掟を叩き込んできます! これでいつ極上飯の出前注文が入っても、迅速にお届けにあがれます!」
「おう、頼んだぞ!」
トウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、頼もしい配達員たちを見送った後、次なる第67階層への黒曜石の大扉の前に立っていた。
「さて。66階層は食材ゼロの完全修練階層だったが……次はどうだ?」
トウヤが『天啓の美食羅針盤』を取り出す。
魔力を流し込むと、盤面には広範囲にわたって無数の『黄金色』の光が灯り、奥の方には特大の『プラチナ色』の反応が点灯した。
しかも、羅針盤の針は乱高下することも、高速回転することもなく、至って安定した動きを見せている。
「おっ! 異常ギミックなしの通常階層だ! しかも食材反応がギッシリ詰まってるぞ!」
トウヤが歓喜の声を上げる。
「60階層台の後半にしては珍しく、純粋に【美味い飯が獲り放題のボーナス階層】みたいだな!」
「ヒャッハー! 交通ルールのフラストレーションを晴らすには最高だぜ!」
「お肉! お肉の気配がしますわ!」
「よし! 行くぞお前ら!」
トウヤが勢いよく大扉を押し開けた。
――ウィィィン。
「「「えっ?」」」
扉が左右にスライドして開いた瞬間。
一行の頬を撫でたのは、迷宮特有のジメッとした空気ではなく、人工的に完璧に温度管理された『冷房の冷気』であった。
さらに、どこからともなく『ポポーポポポポ♪』という、妙に軽快で耳に残るBGMが流れてくる。
第67階層――『豊穣の無限商業施設』。
そこは、見渡す限り果てしなく続く「陳列棚」の森であった。
白いタイル張りの床、天井で煌々と輝く蛍光灯。そして、森のように立ち並ぶ棚には、見慣れない文字が書かれたカラフルな箱や袋が無数に並んでいる。
「な、なんだここは!? 66階層の廃墟とも違う、異様なほど明るくて整然とした空間だぞ……!」
ジンが双短剣を構えて周囲を警戒する。
だが、トウヤはまたしても目を丸くして硬直していた。
(スーパーだ。マジで俺の故郷の、大型スーパーマーケットそのものじゃねえか!! なんで迷宮の底にこんなもんがあるんだよ!)
「ピィィッ!(兄貴、あっちの棚に美味しそうなお肉の塊がいるよ!)」
クーが指差した先、精肉コーナー(のような冷気を放つ棚)の前に、四角い発泡スチロールのトレーに乗ったまま這いずり回る巨大なスライムがいた。
「あれは……『パック詰めミート・スライム』だ!」
トウヤの【神眼の指揮】が解析を完了する。
「常に冷蔵温度で保存されているおかげで、鮮度が究極の状態に保たれている! 倒せばそのまま、極上の牛カルビ肉になるぞ!」
「野菜のコーナーには、『ラップ巻きキャベツ・トレント』がいますわ!」
「よし、食材の質は最高だ! だが、お前らよく聞け!」
トウヤは、スーパーの構造を素早く見渡し、地球の知識をフル回転させて仲間たちに指示を出した。
「ここはチキュウの『スーパーマーケット』という、食料を調達するための施設だ! 環境の危険はないが、特有のルールがある!」
トウヤが、陳列棚の近くに放置されていた『銀色のカゴ付きの台車』を指差す。
「まずはあの『カート』を押して歩け! 狩った食材は全てあのカゴの中に入れるんだ! そうしないと、鮮度が落ちる呪いがかかる(気がする)!」
「なるほど! 食材専用の魔導運搬車ですね!」
ガレスが、嬉しそうにカートを押し始める。
「そして、あそこを見ろ!」
トウヤが、精肉コーナーの奥でひときわ強烈なプラチナの輝きを放つ、巨大な『黒毛和牛ミノタウロス』を指差した。
そのミノタウロスの額には、赤と黄色の派手な【半額】というシールがペタッと貼られていた。
「あ、あの魔物、額に変な護符が貼ってありますよ!?」
マリアが杖を構える。
「あれは【半額シール】だ!!」
トウヤが血走った目で叫んだ。
「あのシールが貼られている魔物は、迷宮のシステムによって『熟成のピーク(消費期限ギリギリの最高に美味い瞬間)』に達している証拠だ! 普通の魔物の百倍美味い、超極上のプラチナ食材だぞ!!」
「「「半額シールゥゥゥッ!!!」」」
「だが気をつけろ! 半額シールが貼られた瞬間、周囲から『主婦ゴーレム』の大群が猛スピードで肉を奪いに来る! 奴らに肉を取られる前に、一切の傷をつけずに仕留めてカートに放り込め!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
「ダダダダダダッ!!」
トウヤの言葉通り、半額シールを目掛け、通路の奥から買い物カゴを持った無数のゴーレムたちが恐ろしい形相で殺到してきた。
「(半額肉は渡さねえ! 【幻影歩法・特売ダッシュ】!)」
ジンが、カートを押したまま凄まじいドリフト走行でコーナーを曲がり、主婦ゴーレムたちの間をすり抜ける。
「(横入りはマナー違反ですわ! 【絶対ジャイロ歩法・カートブロック】!)」
エリスが、重剣の腹で主婦ゴーレムたちの突進を優しく受け流しつつ、ミノタウロスの首の隙間を『無振動』で断ち切る。
「(マリア、パック詰めだ!)」
「(はい! 【ホーリー・瞬間氷結ラップ】!)」
見事な連携により、半額シールの貼られた極上の霜降り和牛ブロックが、トウヤのカートへと収められた。
「よし! 大漁だ!」
トウヤは、カート一杯になった極上食材を見てホクホク顔で頷いた。
「最後に、出口にあるあの『セルフレジ』のゲートを通るぞ。アイテムを光の線に通して『ピッ』と鳴らさないと、外に持ち出せない結界が張られてるからな!」
地球の買い物のルールを完璧に守りつつ、彼らは無傷で大量の極上食材を収穫し、安全地帯へと帰還していった。
***
【同日夕方――星繋ぎの迎賓館】
その日の夕方。
大迷宮の底、地上の王城、地底魔国、ミズホの国を繋ぐ迎賓館にて、四者サミット(という名の大宴会)が再び開催されていた。
今日のメインディッシュは、トウヤが第67階層で狩ってきた『半額和牛の極上レア・ステーキ』と、『パック詰めスライムの新鮮カルパッチョ』である。
「うむ! この和牛とやら、舌の上で溶けるような凄まじい旨味だ! さすがはトウヤ殿!」
ヴィルヘルム国王が、ステーキを頬張りながら感嘆の声を上げる。
「いやー、今日の階層は修練が必要な危険な場所じゃなかったんだけどさ。一応、特殊な環境だったから報告しとこうと思って」
トウヤが、エールを飲みながら切り出した。
「実は、第67階層は『スーパーマーケット』っていう、俺たちの故郷(地球)の買い物の施設だったんだよ」
その言葉に、またしても魔王ゼノンとカイトがガタッと立ち上がった。
「スーパーだと!? マジかよ兄弟! 惣菜コーナーはあったか!? コロッケは!? メンチカツは!?」
「特売日とかタイムセールもありました!? 日本のスーパー、めっちゃ懐かしい!!」
二人の転生者が狂喜乱舞する中、異世界の住人たちは首を傾げた。
「すーぱーまーけっと……? それは、どのような場所なのですか、トウヤ殿」
ガルド宰相が、真面目な顔で手帳を取り出す。
「まあ、食材の宝庫だな。だが、独自の【お買い物ルール】がある」
トウヤは、カイトとゼノンに目配せをして、大真面目に説明を始めた。
「まず、最も重要なアーティファクトが【半額シール】だ」
「半額シール……ッ!」
シノビの頭領が息を呑む。
「このシールが魔物に貼られた瞬間、その肉の旨味は神の領域へと跳ね上がる。……だが同時に、それを狙って【主婦ゴーレム】という恐ろしい狂戦士の大群が、怒涛の勢いで襲いかかってくるんだ」
ゼノンが、神妙な顔で頷く。
「そうだ……。チキュウの『タイムセール』における主婦の戦闘力は、魔王軍の突撃部隊すら凌駕する。半額の肉を巡って、日々血で血を洗う苛烈な争奪戦が繰り広げられているのだ……」
カイトも便乗する。
「俺も、半額弁当を取ろうとして、オバチャンにカートで轢かれたことあります。あれは命がけの戦場です」
「「「ヒィィィィィィッッ!!!!」」」
ヴィルヘルム国王、ガルド宰相、ミズホの国主たちが、顔面を蒼白にして震え上がった。
「そ、そのような恐ろしい戦場が、チキュウの日常だというのか……!」
「主婦ゴーレム……! 半額シールという聖遺物を巡る、終わりなき聖戦……! トウヤ殿たちは、そのような過酷な世界を生き抜いてきた歴戦の勇士であったか!!」
異世界の大物たちは、完全に「スーパーの特売日」を「世界の終末戦争」レベルの恐ろしいイベントだと勘違いし、感涙にむせんでいた。
「あ、いや、修練するほど危険じゃないんだけどね。ただ、出口の『セルフレジ』で必ず【ピッ】っていう儀式をやらないと、アイテムが外に出せない結界があるから、それだけ気をつけてくれ」
トウヤが苦笑いしながら付け加える。
「セルフレジの【ピッ】という儀式ですね! 承知いたしました!」
背後に控えていたサイラスとファルコンが、涙を流しながら叫んだ。
「我々配達部隊も、出前の際にはカートという戦車を駆り、主婦ゴーレムの包囲網を突破し、必ずや【ピッ】の儀式を成功させてみせます!! 全ては極上飯のために!!」
「うん、頑張ってくれ……」
かくして。
危険度はゼロの「お買い物階層」であったにも関わらず、転生者たちの地球あるあるトークによって、異世界人たちの間では【スーパーマーケット=恐るべき半額争奪デスゲーム】という誤った認識が、またしても大真面目に定着してしまったのである。
「まあ、皆で美味い肉が食えてるなら、いっか!」
トウヤが、笑いながらステーキの二皿目に取り掛かる。
平和でシュールな迎賓館のサミット。
地球の知識が異世界を大いに混乱(と感動)させながらも、彼らの絆と食卓は、今日も極上の美味さで満たされていくのであった。




