第134話:【閑話】迎賓館の緊急サミットと、神の教義『コウツウ・ルール』
### 第134話:【閑話】迎賓館の緊急サミットと、神の教義『コウツウ・ルール』
「――皆、急な呼び出しに応じてくれてすまない。事態は我々が想像していた以上に、特殊な方向へと転がり始めた」
大迷宮の底に存在する次元の交差点、『星繋ぎの迎賓館』。
巨大な円卓を囲むのは、アルカディア国王ヴィルヘルム、帝国のガルド宰相、地底魔国の魔王ゼノン(田中太一)、そして絶海の和国ミズホの国主と新たなる賢者カイト。さらには背後に控えるサイラスやファルコンら、各陣営の暗部トップたちであった。
普段の和やかな宴会とは打って変わり、トウヤの極めてシリアスな声色に、各国の首脳陣はゴクリと息を呑んだ。
「トウヤ殿……。もしや、大迷宮に何か取り返しのつかない異変が?」
ヴィルヘルム国王が、冷や汗を流しながら尋ねる。
「ああ。第66階層――『停止と進行の鋼鉄廃都』。ここは食材が一切出ないハズレ階層なんだが……その環境ギミックが、異世界の常識では絶対に突破できないものだったんだ」
トウヤが、卓上に魔法で第66階層の風景(アスファルトの道路、信号機、横断歩道)を投影する。
「な、なんですかこの四角い石の塔は……?」
「地面が不気味なほど平坦だ。それに、あの空に浮かぶ三色の光を放つ箱は一体……」
ファンタジー世界の住人である国王や四天王たちが、未知の光景に戦慄する。
「実はな、これ……俺たち【地球からの転生者】にとっては、見慣れた故郷の景色なんだよ」
トウヤがそう言うと、隣に座っていた魔王ゼノンとカイトが、「あっ!」と同時に身を乗り出した。
「マジか! これ、スクランブル交差点じゃん!!」
カイトが目を輝かせる。
「うおおおっ、懐かしい! アスファルトの匂いが映像から伝わってくるようだ……! ていうか大迷宮に近代都市があるのか!?」
ゼノンも、魔王の威厳を忘れてバンバンと机を叩いた。
「で、問題はここからだ」
トウヤが、極めて真剣な顔つきで円卓を見回した。
「この階層の致死トラップは、地球の【交通ルール】と【子供の遊び】の法則に完全に従っている。……だから、その法則を知らない者がこの階層に足を踏み入れれば、一瞬で全滅する」
「「「ぜ、全滅……ッ!?」」」
サイラスとファルコンが、顔面を蒼白にして一歩前に出た。彼らは今後、トウヤにデリバリーを行うためにこの階層を通過しなければならないからだ。
「ゼノン、カイト。お前らからも説明してやってくれ。この世界の奴らに『信号機』と『白線渡り』の概念を教えるのは、俺一人じゃ骨が折れる」
「任せろ兄弟」
魔王ゼノンが、コホンと咳払いをして立ち上がった。
「皆の者、心して聞け。あの空に浮かぶ光る箱……『シンゴウキ』が放つ【赤い光】。これは、地球という世界における『絶対静止の呪い』だ」
「ぜ、絶対静止の呪い……!!」
シノビの頭領が、震える手で筆を走らせてメモを取る。
ゼノンが重々しく頷く。
「いかにも。赤の光が灯っている間に、もし一ミリでも動こうものなら……天から超重力の裁きが下り、その者は肉塊となる! 逆に【青い光】が灯った時のみ、前進が許されるのだ!」
「な、なんという理不尽な光の魔法……! つまり『赤』は死、『青』は生を意味するのですね!」
ガルド宰相が、額の汗をハンカチで拭った。
「それだけじゃないよ!」
カイトが補足するように立ち上がる。
「地面にある【白い線(横断歩道)】。あれも罠なんだ。地球の子供たちはよく『白線以外を踏んだらワニに食われる』っていう過酷な縛りルールの遊びをするんだけど……迷宮はそれを忠実に再現してる。あの白線から一歩でも黒い地面に足を踏み外せば、マグマや猛毒が吹き出す仕組みになってるんだ!」
「「「ヒィィィィッ!!」」」
「白き線は『命の細道』……! 黒き大地は『死の海』……!」
四天王のゴウラが、あまりの恐ろしさに顔を引きつらせた。
「つまり!」
トウヤが立ち上がり、ドンッとテーブルを叩いた。
「この第66階層を突破するには、『赤光り(赤信号)で完全に動きを止め』つつ、『命の細道(白線)の上だけを歩いて』敵を倒さなきゃならない! これは、俺たち転生者の知識がなければ、絶対に初見殺しになる凶悪なギミックだ!」
会議室に、水を打ったような静寂が訪れた。
そして数秒後。
「……おおおおお……ッ!!」
ヴィルヘルム国王が、ワナワナと震えながら立ち上がり、トウヤたち転生者三人に深く、深く頭を下げた。
「感謝いたします、転生者の皆様……! もしこの情報がなければ、我が国のサイラスたちが、あるいは魔王国の暗部たちが、理由も分からず『赤き光』に焼き尽くされていたかもしれない……!」
「まさに神の叡智! 地球の『コウツウ・ルール』という絶対法則を知るお方たちがいてくださって、本当に命拾いしましたぞ!」
大真面目に「交通ルール」と「白線渡り」を恐れ、感涙にむせぶ異世界の大物たち。
そのあまりにもシュールな光景に、トウヤとゼノンとカイトは顔を見合わせて、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「ま、まあ、そういうことだ。だから、今後この階層を通る配達部隊のために、実地訓練を行う!」
トウヤが、サイラスとファルコンを指差した。
「明日、俺たちが直接、サイラスとファルコンたち各部隊の『幹部』を第66階層に連れて行き、この【コウツウ・ルール】と【白線渡り】の極意を叩き込む。……幹部たちがコツを掴んだら、あとはお前らがそれぞれの部下たちに教え込んでくれ」
「ハッ!! 承知いたしました!!」
サイラスが、ビシッと敬礼する。
「【赤は止まれ、青は進め】! そして【白線以外はワニの海】! この偉大なる地球の教義、我が部隊3000人の魂に、一言一句違わず刻み込んでみせます!!」
ファルコンも、涙を流しながら強烈な決意をみなぎらせていた。
「うん、ワニは出ないと思うけど……まあ、そんな感じだ。頼んだぞ」
トウヤが苦笑いしながら頷く。
そこで、魔王ゼノンが腕を組んで、ふと真面目な顔に戻った。
「しかし兄弟。60階層台の後半が『地球の概念』を具現化し始めているとなると……この先も似たような階層が出る可能性が高いな」
「ああ、俺もそう思ってた」
トウヤが同意する。
「交通ルールや白線渡りが出たってことは、次は【ダルマサンガ・コロンダ】や【カゴメ・カゴメ】、【カン・ケリ】なんていう、もっと複雑な『遊び(デスゲーム)』が階層ギミックになるかもしれない」
「カン・ケリ……ッ!?」
ミズホのシノビの頭領が、ビクッと肩を震わせた。
「け、賢者様……その『カン・ケリ』とは、いかなる恐ろしい呪術なのですか!?」
カイトが、わざとらしく低い声で答える。
「……恐ろしい儀式だよ。鬼と呼ばれる殺戮者に見つかる前に、隠密の限りを尽くして『カン』と呼ばれる金属の聖遺物を蹴り飛ばさなきゃならない。もし鬼にカンを踏まれながら名前を呼ばれたら、永遠の牢獄に囚われるんだ……」
「「「ヒィィィィィィィッッ!!!!」」」
異世界の首脳陣と最強の暗殺者たちが、完全に怯えて震え上がった。
「わ、分かりましたぞ、トウヤ殿……!」
ヴィルヘルム国王が、青ざめた顔でトウヤの手を握った。
「もし、もし今後もそのような未知の『チキュウの法則』が現れた時は……迷わず、すぐにこの迎賓館で【緊急対策会議】を開いてくだされ!! 我々には、転生者殿たちの叡智が不可欠なのです!!」
「おう、任せとけ。また変なギミックが出たら、美味しいお茶請けを用意して招集かけるからさ」
トウヤが笑って親指を立てる。
かくして。
【交通ルール】や【缶蹴り】といった地球の子供の遊びを、「世界を滅ぼす恐るべき死の呪い」として大真面目に議論し、対策を練るという、歴史上最もシュールな首脳会談は無事に幕を閉じた。
翌日から、第66階層の鋼鉄の廃都にて。
「赤だッ! 止まれ!!」
「ハッ!!」
交差点のど真ん中で、頭に空箱を乗せたサイラスたちが、青ざめた顔で「だるまさんがころんだ」の猛特訓を真剣に行うという、これまた腹筋の崩壊しそうな光景が繰り広げられることになるのだが……。
彼らは至って本気である。
なぜなら、この理不尽な地球ルールを乗り越えた先にのみ、「トウヤの作る極上飯」という至高の報酬が待っているのだから。
異世界の住人たちは、食欲という最強のモチベーションを胸に、地球の常識という新たなる壁に体当たりで挑んでいくのであった。




