第133話:鋼鉄の廃都と、『交通ルール』という名の超絶修練
### 第133話:鋼鉄の廃都と、『交通ルール』という名の超絶修練
大迷宮の底に突如として出現した『星繋ぎの迎賓館』。
次元を超えて集まった各国の重鎮たちとの伝説のオフ会(大宴会)を終え、トウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、迎賓館を後にして次なる未踏の領域へと歩を進めていた。
第65階層の中ボス『厄災の合成獣王』を瞬殺した彼らは、いよいよ大迷宮の後半戦も佳境となる『60階層台の後半(第66階層)』へと続く、重厚な黒曜石の扉の前に立っていた。
「いやー、昨日の宴会は最高だったな! カイトのマヨネーズも手に入ったし、これからの飯がさらに楽しみになったぜ!」
トウヤが、腹をさすりながら満足げに笑う。
「ええ! 皆様も本当に嬉しそうでしたわ! さて、トウヤ様。いよいよ60階層台の後半戦ですの。次はどんな極上食材が待っているのかしら!」
エリスが期待に胸を膨らませて大剣の柄を握り直す。
「よし、確認してみようぜ」
トウヤは気を引き締め、懐から『天啓の美食羅針盤』を取り出して魔力を流し込んだ。
この大迷宮において、階層が深くなればなるほど、環境ギミックの理不尽さは指数関数的に跳ね上がっていく。油断は禁物である。
……チカッ、チカッ。
盤面には、ただ静かに次の階段を示す『青い矢印』だけが灯っていた。黄金色の光も、プラチナの輝きも、一切ない。
「…………はい、ストップ。ハズレ階層(食材ゼロ)だ」
トウヤがすんっとした真顔で羅針盤をしまった。
普通なら「えーっ」と落胆するところだが。
彼らはもはや、普通の冒険者ではない。純度100%の『極上飯を求める求道者(美食変態)』である。
「おっ! 久々の完全ハズレ階層か!」
ジンが、逆にウズウズとした表情で双短剣を抜き放った。
「ってことは、次はどんな【理不尽な環境ギミック】が俺たちの練習台になってくれるんだ? 泥沼か? トランポリンか? それともまた重力がバグるのか?」
「ガッハッハ! 違いねえ! 食材がないハズレ階層ってことは、心置きなく全力で暴れ回りながら、新しい歩法や連携を試す『最高の修練場』ってことだからな!」
ガレスも盾をバシンと叩き鳴らす。
「ルミナ、マリア。どんな環境でも瞬間氷結と浄化ができるように、魔力制御の準備を怠らないようにね」
「はいっ! お肉のための予行演習ですね!」
「よし! お前ら、モチベーションの切り替えが完璧すぎるぜ!」
トウヤは頼もしい仲間たちを見てニヤリと笑い、大扉に手をかけた。
「さあ、60階層台後半の初陣だ! どんなデタラメな環境だろうと、俺たちの極上飯のための『踏み台』にしてやろうぜ!!」
ギギギギギギ……ッ!!
扉を押し開け、一行は意気揚々と新たな階層へと足を踏み入れた。
――しかし。
扉の先に広がっていた光景を見て、ジンやエリスたちは「?」と首を傾げ、トウヤは一人だけ「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げて硬直することになった。
第66階層――『停止と進行の鋼鉄廃都』。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの灰色の平坦な地面と、空を突くような四角い鋼鉄とガラスの塔(高層ビル群)の廃墟であった。
地面には規則正しく『白い線』が引かれており、交差点のような場所には、『赤・青・黄の三色の光を放つ箱(信号機)』が宙に浮いている。
「なんですか、ここは……? 石の木……いえ、四角い塔が立ち並んでいますわ」
「地面も、泥でも氷でもない。妙に硬くて平らな……不思議な道だな」
ジンたちが周囲を見渡して警戒する中。
「……マ、マジかよ」
トウヤは、目の前の光景に完全に言葉を失っていた。
(これ……地球の、俺のいた世界の『近代都市』の廃墟じゃねえか!! しかも、アスファルトの道路に、横断歩道、おまけに信号機まであるぞ!?)
トウヤの郷愁を誘うような現代日本の光景。だが、ここはファンタジー世界の大迷宮の底である。
「ピィィッ!(兄貴、お肉の匂い全っ然しないよ! 鉄の匂いばっかり!)」
クーの報告通り、街を徘徊しているのは『スクラップ・ゴーレム(廃車の塊)』や『コンクリート・ガーゴイル』といった、無機物系のモンスターばかりであった。
「トウヤ、どうした? 何かこの階層のギミックに心当たりがあるのか?」
ガレスの問いに、トウヤはハッと我に返った。
「あ、ああ! ……お前ら、よく聞け。ここは今までとは完全に趣向を変えてきた階層だ。俺の故郷(地球)にあった街並みにそっくりなんだよ」
「えっ!? トウヤ様の故郷、ですか!?」
「そうだ。そして……この階層のギミックも、何となく予想がつく。俺の故郷の『交通ルール』っていう絶対の掟だ」
トウヤが、前方の交差点に浮かぶ『信号機』を指差した。
「いいか! あの箱の光が【赤】になったら、絶対に動いちゃダメだ! ピタッと止まれ! もし1ミリでも動いたら……おそらく、階層の防衛システムから超重力か即死級のレーザーが飛んでくるぞ!」
「あ、赤は止まれ、ですね!」
「逆に【青】になったら進んでよし! そして……」
トウヤは、アスファルトに引かれた横断歩道の『白線』を指差す。
「あの【白線】の上以外は歩くな! 黒い地面を踏んだら、マグマのように足が沈み込むか、猛毒を喰らうトラップになってるはずだ!」
「な、なんだその理不尽な縛りルールは!?」
ジンが目を剥く。「つまり、『赤光りで完全静止』しつつ、『細い白線の上だけで戦闘しろ』ってことか!?」
「そういうことだ!」
トウヤは、子供の頃に誰もがやったであろう「白線踏みゲーム」と「だるまさんがころんだ」が、大迷宮の致死トラップとして再現されていることに気づき、ニヤリと笑った。
「だが、次の極上食材を傷つけずに狩るための『修練』としては、これ以上ない環境だろ?」
トウヤが剣を抜く。
「赤の瞬間に、慣性を完全に殺して『ピタリと静止』する体幹コントロール! そして、足場の狭い白線の上だけで敵を捌く『究極のステップワーク』! この二つを極めれば、俺たちの連携はさらに無敵になるぞ!!」
「「「なるほどォォォッ!!」」」
美食家たちの瞳に、狂気的なモチベーションの炎が燃え上がった。
「ガィィィィィンッ!!」
その時、交差点の奥から、複数のスクラップ・ゴーレムが不気味な駆動音を響かせて襲いかかってきた。
「来たぞ! 修練開始だ!!」
トウヤの号令と共に、一行が駆け出す。
ピピッ、ピピッ……【赤】!!
交差点の信号機が、突如として赤に変わった。
「(止まれッ!!)」
ビタァァァァァァッ!!
トウヤたちは、疾走の慣性を『絶対ジャイロ歩法』の要領で完全に殺し、空中にいようと、片足立ちだろうと、ピタリと彫像のように静止した。
その直後、ズドォォォォォォンッ!! と、動いたスクラップ・ゴーレムの頭上から、ペナルティの超重力プレスが降り注ぎ、ゴーレムをペシャンコに押し潰した。
「(す、すげえ……! マジで動いたら即死じゃねえか!)」
ジンが、片足立ちでピクピクとバランスを取りながら冷や汗を流す。
ピポッ! 【青】!!
「(今ですわ!!)」
エリスが、青信号になった瞬間に爆発的な加速で飛び出し、アスファルトの黒い部分を避け、幅わずか数十センチの『白線』の上だけを正確に踏み込みながら、敵の懐へと潜り込む。
「(白線の上なら、敵の攻撃軌道も読みやすい! 【渾身撃・流転・白刃一閃】!)」
エリスの重剣が、白線という極細のレールの上を滑るような完璧な軌道で振り抜かれ、スクラップ・ゴーレムを一刀両断する。
「(俺の番だ! 【幻影歩法・白線渡り】!)」
ジンも、双短剣を構えたまま、白線から白線へとアクロバティックに飛び移りながら、コンクリート・ガーゴイルの関節の隙間を的確に破壊していく。
彼らはもはや、足場の狭さなど微塵も苦にしていなかった。泥沼やトランポリンを経験した彼らにとって、硬くて平らな白線の上は「極上の安定した足場」でしかなかったのだ。
「ワゥォォン!(赤だ!)」
クロの合図で、再び信号が赤になる。
全員がピタリと動きを止める。静と動の極端な切り替え。
それはまさに、極上食材の「痛覚の隙間」を縫うための、完璧なオンとオフの修練であった。
「(ルミナ、マリア! 敵が完全に止まってる今がチャンスだ!)」
「(はい! 白線の上から一歩も出ずに狙い撃ちます! 【ホーリー・アイス・スナイプ】!)」
青信号の瞬間に放たれた魔法が、残ったゴーレムたちを的確に粉砕していく。
「……フッ、完璧じゃないか」
トウヤは、白線の上でだるまさんがころんだを極めながら敵を殲滅していく仲間たちの頼もしい姿を見て、思わず笑みをこぼした。
(地球の交通ルールが、まさか異世界で最強の体幹トレーニングになるとはな……)
「よし! この階層のギミックへの適応は完了だ!」
トウヤが、青信号の交差点の真ん中で高らかに宣言する。
「これなら、次の階層でどんな理不尽な獲物が出ようと、絶対に傷一つつけずに仕留められるぞ! このまま白線だけを踏んで、一気に階層を駆け抜けるぞォォォッ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
鋼鉄の廃都に響き渡る、最強の美食家たちの歓声。
食材ゼロのハズレ階層ですら、彼らの食欲と技術を研ぎ澄ますための「最高のアスレチック」へと昇華させてしまう『悠久の踏破者』たち。
彼らは、トウヤの懐かしい故郷の景色に似た階層を、交通ルールを完璧に守りながら(そして敵を蹂躙しながら)、新たなる極上食材が待つ深淵へと向かって猛スピードで駆け抜けていくのであった。




