第13話:帰還せし密林と、共鳴する三位一体、そして灼熱の香草グリル
第13話:帰還せし密林と、共鳴する三位一体、そして灼熱の香草グリル
「……よし。見事に何も上がらなくなったな」
第3階層の地下湖エリア。先ほどまで相手にしていた『ケイブロッククラブ』の群れを全滅させた後、空中に展開したステータスボードを眺めながら、トウヤは満足げに頷いた。
ここ数日、ガレスを交えた連携訓練を徹底的に繰り返した結果、トウヤの経験値バーも、各スキルの熟練度も、ピタリと成長を止めていた。それは即ち、この第3階層において彼らが「これ以上学ぶべき脅威が一切存在しない」という、システムからの完全クリアの証明であった。
「本当に、見事なまでに頭打ちになるものだな。俺の【大盾術】も、これ以上は硬い魔物の攻撃を受けないと上がらない気がする」
ガレスも自身の大盾を軽く叩きながら、呆れたような、しかしどこか清々しい表情で笑った。
「ワフッ!」
クロも「もうこの階層は飽きた!」とばかりに、尻尾をパタパタと振ってトウヤを見上げている。
「そういうことだ。お待たせしたな、二人とも。これでようやく、心置きなく下の階層へ進める。……行くぞ、第4階層『地底の密林』へ」
トウヤの宣言に、一人の重戦士と一匹の影狼が、力強い眼差しで頷いた。
***
第3階層の最奥から続く長い石階段を下りきると、むせ返るような熱気と、濃密な植物の匂いが一行を包み込んだ。
視界を遮る巨大なシダ植物と、複雑に絡み合う大木の根。第4階層のジャングルだ。
ガレスにとっては、かつて飢えと絶望の中で死にかけたトラウマの場所でもある。彼がゴクリと息を呑んだその時、頭上の鬱蒼とした葉の隙間から、バサバサッと巨大な影が三つ、舞い降りてきた。
ダチョウほどの巨体に、鮮やかな羽毛を持つ鳥型の魔物。以前トウヤたちも苦戦を強いられた『コカトリス』の群れだ。
鋭いクチバシと石化の毒を持つ厄介な魔物たちが、新たな獲物を見つけて「ギョェェェッ!」と鼓膜を劈くような鳴き声を上げた。
「ガレス!」
「応ッ!!」
トウヤの短い合図だけで、ガレスは躊躇なく前線へと飛び出した。
「俺はここだ、図体のデカい鳥ども!! 【挑発】!!」
ガレスが大盾を地面に叩きつけ、腹の底から咆哮を上げる。魔力を帯びたその声は、コカトリスたちの意識を強制的にガレス一人へと向けさせた。
怒り狂った三羽のコカトリスが、一斉にガレスに向かって殺傷力抜群の飛び蹴りを放つ。
「来いッ! 【鉄壁】!!」
ガィィィィィンッ!!!
重い金属音がジャングルに響き渡る。三羽同時の強烈な一撃を、ガレスは大盾と己の脚力だけで、一歩も後ろに下がることなく完全に受け止めてみせた。第3階層で巨岩蟹の丸太のようなハサミを何度も受け止めてきた彼にとって、コカトリスの蹴りなど、もはやそよ風に等しかった。
コカトリスたちが自らの攻撃を弾かれ、体勢を崩した一瞬の隙。
「いけっ、クロ!」
「グルァッ!」
ガレスの背後の影から、漆黒の狼が【影渡り】で弾丸のように射出された。
クロは空中で体を捻り、一番右のコカトリスの顔面に強烈な後ろ蹴りをお見舞いすると、そのまま着地と同時に中央のコカトリスの足を【噛み砕く牙】でへし折る。
ガレスが完全にヘイトを固定しているため、クロは敵の反撃を一切気にすることなく、その圧倒的な敏捷【S】のスピードで戦場を縦横無尽に蹂躙できるのだ。
「これで、終わりだ」
そして、クロの遊撃によって完全に死に体となったコカトリスたちへ向け、トウヤが弓を引き絞る。
乱戦の最中。味方であるガレスやクロに当たるかもしれないという恐怖は微塵もない。なぜなら、次にクロがどう動き、ガレスがどう盾を傾けるか、トウヤには手に取るように分かっていたからだ。
『スキル【連携指揮】を獲得しました』
『派生スキル【共鳴連撃】を獲得しました』
脳内に響くシステム音声と共に、トウヤの視界に味方と敵の「最適な動きの軌跡」が光の線となって浮かび上がった。
三位一体の陣形が極まったことで生まれた、新たな上位スキル。
「シッ!」
トウヤが放った三本の矢は、クロが横に跳んだコンマ一秒の隙間をすり抜け、ガレスが盾をわずかに下げて作った射線を通って、三羽のコカトリスの首の動脈を同時に貫いた。
ズズンッ……!
巨体が地響きを立てて倒れ伏し、光の粒となって消える。後に残されたのは、極上のコカトリスの肉と、美しい尾羽だけだった。
「……ははっ、嘘だろ? あのコカトリスの群れを、ものの数十秒で無傷で制圧しただと?」
ガレスが大盾を下ろし、信じられないといった顔で自分の両手を見つめた。
「第3階層での反復練習が、これほどまでに実戦で生きるとは。トウヤ、お前の『スロー踏破』の真価を、嫌というほど思い知ったぜ」
「ワォーン!」
クロも誇らしげに胸を張り、トウヤの足元にすり寄ってくる。
「ああ。これなら、この第4階層も安全かつ快適に踏破できそうだな」
トウヤは確かな手応えを感じながら、クロの頭を撫でた。
その後も彼らは、密林を意気揚々と進んだ。
群れで襲い来る魔物も、巨大な肉食獣も、ガレスの絶対防壁とクロの神速の遊撃、そしてトウヤの【共鳴連撃】の前には、単なる「動く食材」に過ぎなかった。
さらにトウヤは、戦闘の合間に『現代調理術』の知識と【採取】スキルを活かし、密林に自生する香辛料(ジャングルペッパーや、レモングラスに似た香草)や、甘酸っぱい果汁を含んだ『迷宮パイン』などの新食材を次々と異空庫に収穫していった。
「よし、今日はこれくらいにして、お楽しみの飯にするか!」
***
安全な岩場に【拠点創造】の結界を張り、マジックテントを設営したトウヤは、手に入れたばかりの新鮮な食材を並べた。
「今日のメインは、コカトリスの分厚い胸肉を使った『灼熱の香草ジャークチキン 〜迷宮パインソース添え〜』だ」
トウヤはコカトリスの胸肉にフォークで無数の穴を開け、そこにすり鉢で丁寧に潰したジャングルペッパー、香草、ニンニク、岩塩草、そして少量の油を混ぜ合わせた特製の『スパイシーペースト』をたっぷりと擦り込んだ。
それを熱した厚手の鉄板に乗せると、ジュワァァァァッ!! という暴力的な焼き音と共に、スパイスの刺激的な香りがテント内に爆発した。
「クゥゥゥン……!」
「うおおぉ……その匂いだけで、胃袋が悲鳴を上げそうだぞ!」
クロとガレスが、涎を垂らしながら鉄板の前に釘付けになっている。
トウヤは肉の表面が香ばしく焦げたところで裏返し、蓋をして弱火で中までじっくりと火を通す。その間に、別鍋で細かく刻んだ迷宮パインをバターと醤油でサッと煮詰め、甘酸っぱくもコクのあるフルーツソースを完成させた。
「よし、出来上がりだ。たっぷりとソースを絡めて食ってくれ」
皿に盛られたのは、スパイスで黒々と焼き上がった分厚いチキン。そこに、黄金色のパインソースがとろりと掛けられている。
ガレスはナイフとフォークを手に取り、肉を大きく切り分けて口へと放り込んだ。
「――――ッ!! ガハッ、熱っ、美味っ……!!」
噛み締めた瞬間、ガレスの目が見開かれた。
表面に塗り込まれたジャングルペッパーの鮮烈な辛味と香草の風味が、ガツンと脳天を突き抜ける。しかしその直後、コカトリスの弾力ある肉から驚くほどジューシーな肉汁が溢れ出し、辛味を旨味へと昇華させる。
さらに、そこに絡みつくパインソースのフルーティーな甘酸っぱさが、スパイスの刺激を優しく包み込み、肉の脂っこさを完全にリセットしてしまうのだ。
「美味い……! なんだこの味は! 辛いのに甘い、甘いのに辛い! 肉を噛む手が、フォークが止まらんっ!!」
「ハッ、ハッ、ムシャムシャ……!!」
ガレスが狂ったようにチキンを口に運び、クロも負けじと大きな肉塊にかぶりついている。スパイスの熱で体を火照らせながら、二人は貪るように極上の肉を平らげていった。
トウヤも自作のジャークチキンを味わいながら、冷やしておいた迷宮の湧き水をグイッと飲み干す。
「はぁ〜、美味い。やっぱり、新しい階層は新しい食材が手に入るから最高だな」
恐怖の対象でしかないはずの第4階層のジャングル。
しかし『悠久の踏破者』の3人にとって、そこは最高の連携を試す遊び場であり、極上の食材が眠る巨大な食料庫に過ぎなかった。
美味しい香りと活気ある笑い声で満たされた彼らのテントは、過酷な迷宮の夜を、またしても快適な楽園へと塗り替えていくのだった。




