第14話:因縁の密林豹と、圧倒的蹂躙、そして背徳の特大チーズカツレツ
第14話:因縁の密林豹と、圧倒的蹂躙、そして背徳の特大チーズカツレツ
第4階層の密林へ舞い戻った『悠久の踏破者』の3人は、その後も快進撃を続けていた。
道中、幾度かコカトリスの群れや巨大な毒蛇『ポイズン・パイソン』などに遭遇したが、三位一体の陣形が完成した今の彼らにとっては、立ち止まる理由にすらならなかった。
ガレスが盤石の守りで敵の攻撃を完全に受け止め、クロが神速の機動力で陣形をかき乱し、トウヤが【共鳴連撃】による必殺の矢と短剣で確実に仕留める。
流れるような、そして一切の無駄がない蹂躙劇。
「よし、コカトリスの肉をまた追加できたな。……ん?」
血抜きを済ませた肉を異空庫へ収納していたトウヤが、ふと視線を上げた。
鬱蒼と生い茂る巨大なシダ植物の奥。保護色となる緑色の体毛を持った四足獣が、音もなくこちらを窺っていたのだ。
豹のようなしなやかな体躯に、三日月のように細められた黄色い瞳。第4階層の凶悪な捕食者――『ジャングルパンサー』である。
「……パンサーか」
ガレスが、低く唸るように呟いた。
それは数日前、罠にはめられ、水も食料も尽きて死を待つしかなかったガレスを、極上の餌として食い殺そうとした因縁の魔物だった。
あの時のガレスは、剣を握る力すら残されておらず、ただ目を閉じて死を受け入れることしかできなかった。パンサーの黄色い瞳は、彼にとって絶望の象徴そのものだったのだ。
「ガレス、いけるか?」
トウヤの静かな問いかけに、ガレスはニヤリと、凶悪なまでの笑みを浮かべた。
「愚問だな。……今の俺には、頼もしい仲間と、美味い飯で満たされた万全の体がある。あんな図体だけの猫に、二度も後れを取るはずがなかろう!」
ガレスが前に出ると同時、ジャングルパンサーが動いた。
木々の幹を蹴り、音もなく、しかし矢のような速度でガレスの喉元へと飛びかかってくる。普通の冒険者であれば、反応することすら困難な奇襲だ。
だが、ガレスは微動だにしなかった。
「遅いッ!!」
ガィィィィンッ!!!
ガレスが軽く大盾を傾けただけで、パンサーの鋭い爪と牙は完全に弾かれた。あの日の絶望が嘘のように、全く重さを感じない。
空中で体勢を崩したパンサーが、驚愕に見開かれた黄色い瞳でガレスを見る。
「クロ殿! トウヤ!」
「ワォンッ!」
ガレスの叫びに応え、パンサーの背後に落ちた木の葉の影から、漆黒の狼が【影渡り】で跳躍した。
クロの強烈な【噛み砕く牙】がパンサーの後ろ脚を捉え、ガリッと嫌な音を立てて骨を砕く。
「ギャウッ!?」
悲鳴を上げて地面に転がったパンサーの視界に、最後に映ったもの。
それは、【暗殺者の歩法】で一切の足音を立てずに接近し、すでに短剣を振り下ろしているトウヤの冷徹な瞳だった。
スパンッ。
【無音連殺】の洗練された一撃が、パンサーの頸動脈を正確に切断する。
かつて騎士の命を奪いかけた密林の捕食者は、三人の連携の前に、わずか数秒で、何一つ抵抗することすらできずにその命を散らしたのだった。
「……ははっ、あっはっはっはっ!」
パンサーが光の粒となって消え、後に上質な毛皮と肉が残されたのを見て、ガレスは腹の底から大笑いした。
「なんだ、あんなに弱かったのか! あの時は死神のように見えた奴が、まるでただの野良猫じゃないか!」
「ガレスが弱ってただけだろ。それに、俺たちの連携がそれ以上に強くなってるって証拠だ」
トウヤが肩をすくめながらパンサーの肉を回収する。クロも「あんなの敵じゃないね」とばかりに、誇らしげに鼻を鳴らした。
過去のトラウマを完全に払拭した彼らは、その後も日の光が届かない密林を縦横無尽に駆け回った。
新たな環境での戦闘は、再び彼らの経験値を潤し、スキルの熟練度を確実に押し上げていく。同時に、トウヤは密林特有のキノコ類や、新たな香草を次々と採取し、夜の「お楽しみ」への準備を万全に整えていった。
***
「さてと。それじゃあ、因縁の決着と、更なるレベルアップを祝って……今日は背徳感たっぷりのご馳走にするぞ」
岩陰に【拠点創造】の結界を張り、快適なマジックテントの中でトウヤは調理器具を並べた。
「今日のメインは、さっき仕留めた『ジャングルパンサーの特大チーズカツレツ 〜スパイシートマトソース〜』だ」
パンサーの肉は、脂身が少なく筋肉質で、そのまま焼くと少し硬くなりやすい。そこでトウヤは現代の調理知識を活かす。
分厚く切り出した赤身肉を、肉叩き(無ければ大振りの木の槌)で徹底的に叩いて繊維をほぐし、薄く大きく広げていく。
そこにナイフで横から切り込みを入れ、ポケット状になった隙間へ、異空庫にストックしてあった濃厚な『迷宮牛のチーズ』を、これでもかというほど分厚く詰め込んだ。
「うおお……肉の中にチーズを隠すのか。考えただけでも生唾が出るぞ……」
「クゥン……」
ガレスとクロが、コンロの前に張り付いて食い入るように見つめている。
トウヤはチーズを詰めた肉に塩胡椒で下味をつけ、小麦粉、卵、そして香草を混ぜ込んだ粗めのパン粉をたっぷりとまぶす。
熱した深めのスキレットに、多めの油とバターを溶かし、巨大なカツレツを静かに投下した。
ジュワァァァァァァァッ!!!
テントの天井を突き抜けるかのような、豪快な揚げ焼きの音が響き渡る。
バターの芳醇な香りと、パン粉が焼ける香ばしい匂いが一気に立ち昇る。トウヤは焦げないように火加減を調節しながら、両面をきつね色になるまでカリッと焼き上げた。
「よし、カツレツは完成。次はソースだ」
肉を取り出した後の、旨味が残ったスキレットに、すりおろしたニンニクと、密林で採取した『ジャングルペッパー』、細かく刻んだキノコを投入して炒める。そこに異空庫のトマト缶を流し込み、酸味が飛ぶまでグツグツと煮詰めれば、ピリッと辛味の効いた濃厚トマトソースの出来上がりだ。
「よし、食うぞ!」
皿からはみ出さんばかりの特大カツレツに、真っ赤なトマトソースがたっぷりと掛けられている。
ガレスは震える手でナイフを入れ、カツレツを中央から真っ二つに切った。
「――――おおぉっ!!」
サクッ! という極上の音と共に肉が分断されると、中から熱でトロトロに溶けたチーズが、滝のように溢れ出し、肉の断面を白く染め上げた。
ガレスはたまらず、チーズが絡んだ肉をフォークで突き刺し、大きく口へと運ぶ。
「ッッ!! はふっ、ほふっ……んんんん美味ぁぁぁぁぁッ!!」
噛み砕いた瞬間、香ばしい衣のサクサク感の直後、パンサー肉の野性味溢れる力強い旨味と、濃厚なチーズのコクが濁流となって口内を蹂躙した。
肉は叩いたことで驚くほど柔らかく、チーズのまろやかさが赤身の淡白さを完璧に補っている。そして何より、上から掛けられたトマトソースだ。ジャングルペッパーのピリッとした刺激とトマトの酸味が、チーズと揚げ油の重たさをスパッと切り裂き、いくらでも食べられそうな悪魔的なバランスを生み出している。
「美味い……! 肉とチーズの暴力的な美味さを、このピリ辛ソースが完璧にまとめている! 過去の因縁の魔物が、こんな極上の美味に変わるなんて、冒険者冥利に尽きるぜ!!」
「ハッ、ハッ、ハッ、ムシャムシャ!!(最高!!)」
クロも熱さに身をよじらせながら、口の周りをチーズとトマトソースでベタベタにして、無我夢中で特大カツレツを飲み込んでいる。
「ははっ、二人ともいい食べっぷりだ。俺もいただこう」
トウヤも熱々のチーズカツレツを頬張り、付け合わせのガーリックライスと共に胃の腑へと流し込む。
確かな成長の実感と、過去を乗り越えた達成感。そして何より、過酷な迷宮の奥底で味わう、規格外の美味。
「あー、最高だ。これだから迷宮のスローキャンプは辞められない」
大迷宮第4階層。
かつてガレスを絶望の淵に追いやったジャングルは、今や彼らにとって、至福の笑顔と極上の香りに包まれた、最高のレストランへと変貌を遂げていた。




