第129話:【閑話】開かずの間の開国と、三界の大地を揺るがす四者オンライン会談
### 第129話:【閑話】開かずの間の開国と、三界の大地を揺るがす四者オンライン会談
海洋通商連盟オロスの遥か東に位置する絶海の隠れ郷――『和国ミズホ』。
その中心にそびえる天守閣の最上階では、早朝から前代未聞の大騒ぎが起きていた。
「――お、御館様! 大変なんだよ! 昨日、俺の部屋に忍び……じゃなくて、大陸からのスパイが来たんだってば!」
「な、なんと!? 賢者様、それは真でございますか!?」
ミズホの国主は、寝巻き姿のまま興奮して身振り手振りで語る『新たなる賢者』カイトの言葉に、顔面を蒼白にして立ち上がった。
厳重な結界と数十人のシノビによる防衛網が敷かれたこの天守閣の最深部に、音もなく侵入を許したというのだ。
「で、でも安心して! 暗殺とか強盗じゃなくて、『大迷宮にいる同郷の仲間(転生者)と交流しませんか?』って誘いに来ただけだから!」
「同郷の仲間……!? 大陸に、賢者様と同じ異世界からの御使いが、しかも大迷宮の底におられると!?」
「そう! だから俺、絶対にその人と話したい! マヨネーズのレシピも教えるから、迷宮の極上肉食わせてほしい!!」
カイトが目を輝かせて熱弁を振るっている、まさにその時。
「申し上げます!!」
シノビの頭領が、血相を変えて広間に飛び込んできた。
「御館様! 正門に、大陸の『絶対同盟』および『地底魔国』の正式な特使を名乗る者たちが現れました! 昨夜街に潜り込んだ商人たちです……堂々と、正面から友好の使者として参られました!!」
「……ッ!! 来たか!」
国主がゴクリと唾を呑み込む。
数十分後。
天守閣の大広間にて、ミズホの国主とカイト、そしてシノビたちがずらりと並ぶ中、ファルコン率いる『世界食糧保全機構』の特使たちが通された。
「お初にお目にかかります、ミズホの国主殿。我々はアルカディア王国をはじめとする絶対同盟、ならびに地底魔国アガルタの全権を任された特使であります」
ファルコンが、流れるような美しい所作で一礼する。
「本日は、貴国との【平和的な友好関係の構築および貿易同盟】、そして……大迷宮の底におられる英雄殿との、通信魔道具を通じた会談を申し入れに参りました」
国主は、冷や汗を流しながら特使たちを見つめた。
彼らの放つ覇気は、間違いなく「その気になればこの国を半日で地図から消し飛ばせる」ほどの異常な武力を内包している。
「……大陸の覇者たる同盟国、そして魔王軍までもが、我が国との同盟を望むと? この小さな島国に、それほどの価値があるとお思いか?」
国主が慎重に探りを入れる。
「はい」ファルコンが真顔で即答した。「貴国が醸造している『ショウユ』、そして賢者様が作られた『マヨ・ネーズ』は、世界の軍事バランスすら覆す【戦略的超極上調味料】です。トウヤ殿の食卓を豊かにするため、我々は是が非でも貴国と友好的な関係を結びたいのです」
「は?」
あまりにも予想外の「食欲全開の要求」に、国主が思考停止する。
その横で、カイトが身を乗り出して叫んだ。
「やるやる!! 同盟結ぼうよ御館様! 俺、そのトウヤさんって人と通信で話したい! 今すぐ話したい!!」
「け、賢者様!? いくら何でも即決は……我々独自の文化が外界に漏れる恐れが……!」
「文化の保護より、俺の地球の飯への渇望の方が大事! お願い! もう引きこもってマヨネーズだけ舐める生活は嫌だぁぁぁっ!!」
普段は部屋でゴロゴロしているだけのカイトが、かつてないほどの熱量で懇願する姿を見て。
国主は「……賢者様がここまで仰られるのであれば」と、毒気を抜かれたように深くため息を吐き、そして頷いた。
「……分かりました。特使殿、まずはその『トウヤ殿』とやらとの通信会談、お受けいたしましょう」
ファルコンの顔に、任務完了(これですき焼きが食える)の喜悦の笑みが浮かんだ。
かくして、ミズホの国は、武力ではなく「マヨネーズと醤油」を懸け橋として、世界の巨大同盟へと電撃的に組み込まれることとなったのである。
***
【大迷宮 第64階層――陸海空の三界領域】
地上の和国で歴史的な外交交渉がまとまっていた頃。
トウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、途方もなく広大な第64階層の大地を、数日間にわたって駆け抜けていた。
「ふぅーっ! まるで一つの大陸を丸ごと旅しているみたいですわね!」
エリスが、地平線の彼方まで続く大平原を見渡して汗を拭う。
「ああ。環境の理不尽さはないが、この広さはスタミナを削ってくるぜ。だが、その分収穫もデカい!」
ジンが、先ほど仕留めた『ゴールデン・ハニィ・ベア(黄金蜂蜜熊)』の肉塊を嬉しそうに解体する。
広大な三界領域(陸・海・空)に点在する、三つのプラチナ反応(隠れボス)。
その一つ目を目指し、彼らはついに大地の最奥にそびえ立つ『霊峰』の頂へと到達していた。
「ピィィッ!(兄貴! 頂上の広場に、すっごく神々しい牛さんがいるよ!)」
上空のクーの合図と共に、トウヤの【神眼の指揮】が光る。
霊峰の頂、雲海を見下ろす岩場に鎮座していたのは、体長三十メートルを超える、全身から黄金のオーラを放つ巨大な野牛であった。
第一の隠れボス――『ヘヴンリー・ピーク・バイソン(天衣無縫の神嶺野牛)』。
「お前ら! 一匹目のプラチナ反応だぞ!!」
トウヤが叫ぶ。
「あいつ、霊峰の澄み切った魔力と高山植物だけを食べて育った究極の野牛だ! その肉は『大自然の旨味が極限まで凝縮された神話級の赤身肉』! 噛めば噛むほど、口の中に霊峰の清々しい香りと極上の肉汁が溢れ出すぞ!!」
「「「神話級の赤身肉ゥゥゥッ!!!」」」
数日間のサバイバルキャンプでスタミナを消費していた美食家たちの目に、獰猛な食欲の炎が点火された。
「行くぞ! あの黄金のオーラは物理攻撃を弾くが、呼吸の隙間がある! 一切の苦痛を与えず、瞬きする間に仕留めろ!!」
「(了解ですわ!!)」
エリスとジンが、大地を蹴って左右に散る。
「ブモォォォォォッ!!」
神嶺野牛が黄金のオーラを爆発させ、突進の構えに入った瞬間。
「ワゥォォンッ!!」
クロの放った『影の縛鎖』が、野牛の四肢の影を完全に地面に縫い付け、その動きをコンマ一秒だけ硬直させる。
「(オーラの切れ目、見切りましたわ! 【渾身撃・オーバードライブ・無音抜き】!)」
「(いただきます! 【幻影歩法・神速の慈悲】!)」
エリスの大剣がオーラの薄い首元の装甲を優しく、しかし絶対的な威力でこじ開け。
そのわずかな隙間から、ジンの双短剣が「スパンッ!」と野牛の急所(延髄)を一切の苦痛なく切断した。
「(ルミナ、マリア! パッケージだ!)」
「((【ホーリー・アブソリュート・バースト(完全密閉・瞬間氷結)】!!))」
カッ――――!!!!
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
霊峰の頂から、大迷宮の空(天井)すらも突き抜ける、純白の極大魔法の光の柱が立ち昇った。
戦闘開始からわずか数秒。
第一の隠れボスは、己が死んだことすら気づかないまま、完璧な鮮度の『神話級・赤身肉の冷凍ブロック』へとパッケージングされた。
「よし! 一体目討伐完了!!」
トウヤがガッツポーズを決め、光の跡地に出現した神話級の宝箱を開ける。
「おっ! 【神話級・マジックスパイスグラインダー】だ! どんな硬い香辛料も一瞬で極上の粉末にしてくれる神具だぞ! キャンプの調理の幅がさらに広がるぜ!」
「最高ですわ! トウヤ様、早速ここでキャンプにして、お肉をいただきましょう!」
トウヤたちは霊峰の頂に【星の箱庭】を展開し、極上赤身肉のステーキを焼く準備に取り掛かった。
***
ジュワァァァァッ! と、マジックスパイスグラインダーで挽き立ての岩塩と黒胡椒を振った赤身肉が、暴力的な香りを放ち始めたその時。
ピロロロロロロッ!
リビングに設置していた大型の通信アーティファクトが、けたたましく鳴り響いた。
「ん? 陛下たちからか? ちょうど肉が焼けるところなのに……」
トウヤが通信機のボタンを押すと、空中に【四つの画面】が分割されて投影された。
『おおっ! 繋がった! トウヤ殿、ご無事か!』
右上の画面には、アルカディア王国のヴィルヘルム国王とガルド宰相。
『おーい兄弟! なんだか急な招集だけど、また美味い飯でも出来たのか!?』
左上の画面には、地底魔国の魔王ゼノンと四天王たち。
そして、下の画面には……ミズホの街の国主と、興奮で顔を真っ赤にした青年・カイトの姿があった。
「えっと……なんだこれ? 四者通話?」
トウヤが目を丸くする。
下の画面のカイトが、身を乗り出して大声で叫んだ。
『あ、あんたがトウヤさん!? 俺、カイト!! 地球(日本)からの転生者だよ!! スパイの人たちから聞いた! 醤油とカレー作ってるってマジ!?』
その言葉に、トウヤの瞳孔がカッ! と開いた。
「マジか!! お前が転生者か!! ファルコンの奴ら、もう見つけやがったのか!!」
左上の画面で、魔王ゼノンも立ち上がって叫ぶ。
『うおおおおっ!! 三人目!? 三人目の日本人か!? カイト君、俺は田中太一! 今は魔王やってる! 君、マヨネーズ持ってるって本当か!?』
『ま、魔王まで日本人なの!? あ、はい、マヨネーズもコロッケのレシピもあります!!』
トウヤ、魔王ゼノン、そして新たなる賢者カイト。
三人の転生者が、通信機越しに奇跡の対面を果たした瞬間であった。
「最高じゃねえかカイト! 俺、今ちょうど64階層の隠れボス『神話級の赤身肉』を焼いてるところなんだよ! これにカイトのマヨネーズと醤油を合わせたら、絶対ヤバいことになるぞ!!」
『神話級の赤身肉!? 食いたい! 俺それ死ぬほど食いたい!!』
『俺も食いたいぞ兄弟!! 今すぐサイラスに【マヨネーズと赤身肉の物々交換出前】を頼もうぜ!!』
日本語で繰り広げられる、完全に「食欲」だけに支配された異世界サミット。
その光景を画面越しに見つめていたヴィルヘルム国王、ガルド宰相、そしてミズホの国主は、顔を見合わせて滝のような冷や汗を流していた。
『(……ミズホの国主殿。お分かりいただけただろうか。これが、この世界の真の支配者たちの姿だ)』
『(……は、はい。彼らの「食」への執念の前に、我々の小賢しい国境や歴史など、何の意味もないのだと痛感いたしました……)』
地上の王と忍びの頭領が完全に畏怖する中。
三人の転生者たちは「マヨネーズ牛串」や「赤身肉のガーリック醤油ステーキ」の話題で完全に意気投合していた。
「よし! じゃあカイト! 次の出前の時に、サイラスにお前のマヨネーズと醤油を託してくれ! お返しに、この神話級の極上肉を山ほど送ってやるからな!」
『ありがとうトウヤさん!! 一生ついていく!!』
大迷宮の底、世界の裏側の地底、そして絶海の孤島。
三つの隔絶された世界が、通信機という窓を通じて「日本の食文化」で完全に一つに繋がった。
第64階層の広大なサバイバルキャンプは、新たなる調味料の参戦により、さらに暴力的な飯テロの次元へと突入していくのであった。




