第126話:陸海空の広大なる三界領域と、和の街へ潜入する超人スパイ
### 第126話:陸海空の広大なる三界領域と、和の街へ潜入する超人スパイ
『悠久の大迷宮』第63階層――『大反発の菌糸層とトランポリン樹海』。
地面の全てが体重の数十倍の反発力を持つという理不尽なバウンド空間での修練は、サイラス率いる『深淵の配達部隊』の参加によって、さらに異次元の領域へと昇華されていた。
「よし! サイラス、お前らも完全にバウンドの衝撃を『ゼロ』に殺せるようになったな!」
トウヤが、トランポリンのような地面に一切の音も立てずにフワリと着地した配達員たちを見て、満足げに頷く。
「ハッ! トウヤ殿の熱血指導のおかげで、もはや我々は十メートルの高さから卵を落としても割らないほどの『絶対衝撃吸収歩法』を会得いたしました!」
サイラスがビシッと敬礼する。背中の保温ボックスの中には、魔王ゼノンからの要望である『スイーツの材料(最高級の生クリームやバニラビーンズ)』が完璧な状態で収められている。
「よしよし。じゃあ、スイーツの材料を拠点のゴレ太郎(全自動調理ゴーレム)に届けて、魔王のところへ特大プリンとショートケーキを出前してやってくれ。俺たちは次の階層へ進むからな!」
「了解いたしました! 必ずや、魔王殿の胃袋に極上の甘味をお届けしてまいります!」
サイラスたちが、地面の反発力を利用した凄まじい大ジャンプで空間を跳躍し、迷宮の天井へと消えていく。
「さてと。厄介なバウンド階層もこれにて卒業だ! いよいよ次に行くぞ!」
トウヤは仲間たちを振り返り、第64階層へと続く黒曜石の大扉の前で『天啓の美食羅針盤』を取り出した。
「羅針盤さん、次も美味しいお肉をよろしくお願いしますわ!」
エリスが祈りを込める中、トウヤが魔力を流し込む。
……ピカァァァァァァァッ!!
羅針盤の盤面から、かつてないほど巨大な『立体マップ(ホログラム)』が空中に投影された。
「うおっ!? なんだこの広さは!?」
ジンが思わず一歩後ずさる。
空中に浮かび上がったマップは、今までの階層の比ではないほど広大であった。
見渡す限りの広大な『大地』。その先にはどこまでも続く青い『大海原』。そして、空には無数の『浮遊島』が点在している。陸・海・空の三つの広大な世界が、一つの階層の中に丸ごと収まっているようなデタラメなスケール感である。
「す、すごいです……。一つの階層の中に、三つの世界が広がっています……!」
マリアがホログラムを見上げて息を呑む。
「……トウヤ。プラチナ反応の数もおかしいぞ」
ガレスが、太い指でマップの三箇所を指し示した。
「ああ、見えてるぜ」
トウヤの顔つきが、極上の獲物を前にした狩人のそれへと変わる。
「大地の最奥の霊峰に一つ。大海原の海溝の底に一つ。そして、遥か上空の巨大な浮遊島に一つ。……【隠れボス(神話級の超極上食材)が、三体も点在している】!」
「「「プラチナ食材が、三つゥゥゥッ!!?」」」
「だが、この広さだ」
トウヤはホログラムを睨みつけ、仲間たちに告げる。
「今までの階層は、デタラメな物理法則や環境ギミックを『どう突破するか』が鍵だった。だが、この第64階層のギミックは極めてシンプル。……とにかく【途方もなく広く、獲物に辿り着くまでに時間がかかる】ことだ」
トウヤが羅針盤をしまう。
「陸・海・空。それぞれの環境に合わせた狩りの技術と、何よりこの広大な世界を練り歩く【忍耐力】が試される階層だ。三つのプラチナ食材を全部回収するなら……おそらく、数週間はテントと野営を繰り返す長期のキャンプになるぞ」
その言葉に、普通の冒険者なら心が折れるところだろう。
だが、彼らは『悠久の踏破者』である。
「数週間のキャンプ……! 素晴らしいですわ! つまり数週間、陸海空の極上食材を使った豪華な野営飯が食べ放題ということですのね!」
エリスが、ヨダレを拭いながら重剣を構える。
「ヒャッハー! 泥や氷の理不尽ギミックに比べりゃ、ただ広いだけの世界なんてピクニックみてえなもんだぜ!」
ジンも双短剣を打ち鳴らす。
「ワゥォォォンッ!」「ピィィッ!」「プルルッ!」
三匹のテイムモンスターたちも、「早く行こうぜ!」とばかりに扉を前足で叩いた。
「ガッハッハ! 全員モチベーションは完璧だな!」
トウヤが、【神斬りの業物】の柄を力強く握りしめる。
「よし! ならば三界の極上食材を根こそぎ喰い尽くす、超長期サバイバルキャンプの開幕だ!! 行くぞォォォッ!!」
ギギギギギギ……ッ!!
重厚な大扉が開かれた先。吹き抜ける潮風と、緑の匂い。
彼らは、三体のプラチナ食材が眠る広大な『三界の楽園』へと、意気揚々と足を踏み入れていくのであった。
***
【閑話:海洋通商連盟オロス領の東の果て・絶海の孤島群】
大迷宮の底で、トウヤたちが長期キャンプに突入した頃。
地上の世界では、歴史上最も巨大な極秘プロジェクト――『転生者探索指令』が、猛烈なスピードで進行していた。
夜の闇に紛れ、絶海の孤島の険しい崖の上に、数個の影が音もなく降り立った。
アルカディア王国直属の特級隠密部隊『夜梟』の元部隊長であり、現在は世界3000人の暗部を束ねる『世界食糧保全・警備機構(超人スパイ部隊)』のトップに立つ男――ファルコンとその精鋭部隊である。
「……ここが、歴史の記録から隔離された『独自の文化』を持つ街か」
ファルコンは、崖の上から見下ろす盆地の景色に息を呑んだ。
眼下に広がるのは、大陸のどこにも存在しない、奇妙なほど美しい街並みであった。
石造りの城壁やレンガ造りの家ではなく、木と紙で作られたような平屋が連なり、瓦屋根が月光を反射している。街の各所からは白い湯煙が立ち上り、人々が『キモノ』と呼ばれるゆったりとした布を纏って歩いているのが視認できた。
「(隊長。……匂います。あの匂いです)」
部下の一人が、風に乗って漂ってくる『香り』に鼻をヒクつかせる。
「ああ。間違いない」
ファルコンも、その匂いを深く吸い込んだ。
大豆が発酵し、塩と混ざり合い、長く熟成されたことで生まれる、あの深く官能的な香り。
「(トウヤ殿が魔王殿とのすき焼きで使っていた、『ショウユ』と呼ばれる黒き万能調味料……。その香りが、この街全体から立ち上っている!)」
ファルコンは、サイラスの地獄の修練(絶対ジャイロ歩法など)を乗り越え、ご褒美としてトウヤの『すき焼きの残り汁』を舐めたことがある。あの宇宙の真理のような美味さの根幹を成す調味料が、この街で大量に造られているのだ。
「(隊長、いかがいたしますか? すぐに潜入し、醸造所からショウユを『回収(強奪)』しますか?)」
部下が、暗殺者特有の冷たい目で尋ねる。
「馬鹿者!!」
ファルコンは小声で、しかし強烈な怒気を込めて部下を叱りつけた。
「我々の目的はただの調味料強奪ではない! トウヤ殿から命じられた【同郷の者(転生者)との接触】、そして【平和的な調味料の確保】だ! トウヤ殿が、武力で奪った血生臭いショウユを喜んで料理に使うと思うか!!」
部下はハッとして、深く頭を下げた。
ファルコンは街の様子をさらに詳細に観察する。
「(それに、あの街……ただの孤島にしては防衛の陣形が洗練されすぎている。街の周囲に張られた結界、見回りをしている『サムライ』と呼ばれる兵士たちの歩法……。下手な大国の騎士団より遥かに強いぞ)」
どうやら、三百年前の『東の賢者(転生者)』が残した技術や武術は、この街で独自の進化を遂げ、強固に受け継がれているらしい。
「(……強行突破は愚策。それに、この街に今現在『転生者』が生きているのか、それとも賢者の末裔が文化を守っているだけなのか、まだ確証がない)」
ファルコンは、静かに決断を下した。
「(作戦を変更する。これより我々は、街の一般人に偽装して潜入し、内部から徹底的な【情報収集】を行う! 転生者の有無、街の統治者の情報、そして何より……ショウユの製法と、美味い食材の在処を洗い出すのだ!)」
「「「了解!!」」」
ファルコンたちは、サイラスから教え込まれた『魔力波紋すら消し去る無振動歩法』を使い、崖を滑るようにして静かに和の街へと潜入していった。
彼らの目的は、あくまで「トウヤに極上の出前を届けること」、そして「トウヤの望む転生者を見つけ出すこと」である。
そのためならば、最強の暗殺者たちは喜んで観光客や行商人に扮し、風呂に浸かり、美味い和食の屋台を巡るという『究極の平和的スパイ活動』を完遂してみせるのだ。
「(……待っていてください、トウヤ殿。この街の極上ショウユと、転生者の情報……我々が必ずや、完璧な状態で(こぼさずに)お届けいたします!)」
大迷宮の底でトウヤたちが三界の長期キャンプを楽しむ一方で。
地上では、ついに「もう一つの地球の痕跡(和の街)」との接触が、最強のスパイたちによって静かに、そして食欲にまみれた形で幕を開けようとしていたのである。




