第123話:水晶塩の平原と、極上熟成ティラノの光の柱(と地上の優雅な昼下がり)
### 第123話:水晶塩の平原と、極上熟成ティラノの光の柱(と地上の優雅な昼下がり)
『悠久の大迷宮』第61階層――『重力泥濘の腐海』でのストイックな縛り修練を完璧にこなし、精神的にも技術的にもさらなる高みへと至った『悠久の踏破者』たち。
彼らは泥を完璧に洗い流し、晴れやかな顔つきで次なる第62階層の扉の前に立っていた。
「いやー、ハズレ階層での地味な修練も大事だけど、やっぱり極上の美味い飯が待ってる『当たり階層』の方がテンション上がるよな!」
トウヤが、ウズウズとした様子で懐から『天啓の美食羅針盤』を取り出した。
「羅針盤さん! 今日こそは極上のお肉を! できればガッツリとした赤身をお願いしますわ!」
エリスが大剣を背負ったまま両手で祈る。
トウヤが魔力を流し込むと、羅針盤の盤面がパァァァッと明るく輝いた。
マップの広範囲に、極上食材を示す『黄金色』の光が多数点灯する。さらに、その光の群れから少し離れたエリアに、チカチカと脈打つように輝く強烈な『プラチナ色』の反応が一つ。
「おおっ! 黄金がいっぱいに、プラチナ反応が一つ! こりゃあ久々に分かりやすい【大当たり階層+隠れボス】のパターンだぞ!!」
トウヤが歓喜の声を上げる。
「ヒャッハー! 泥沼の鬱憤を晴らすには最高の獲物じゃねえか!」
「ガッハッハ! 60階層台の隠れボスともなれば、味も規格外だろうな!」
「よし! 環境がどうであれ、俺たちの連携なら絶対に肉を痛めずに狩れる! 行くぞ!!」
バンッ!!
トウヤが勢いよく、黒曜石の大扉を押し開けた。
――フワァァァ……。
扉の先から吹き込んできたのは、毒ガスでも灼熱の蒸気でもない。
まるで高級レストランの厨房のような、食欲を極限までそそる『熟成された肉とハーブの芳醇な香り』であった。
第62階層――『水晶塩の結晶平原と芳醇なる香草の森』。
見渡す限り、地面はうっすらとピンク色に輝く美しい「水晶塩」で覆われており、点在する森からはバジルやローズマリーに似た香草の匂いが漂っている。
気候はカラッと晴れ渡り、重力も摩擦も至って正常。これまでのデタラメな環境が嘘のように、ピクニックにでも来たかのような心地よい空間であった。
「ピィィッ!(兄貴! あっちの塩の平原に、美味しそうなサイさんがいるよ!)」
上空に飛び立ったクーが、嬉しそうに報告する。
トウヤの【神眼の指揮】が、平原を歩く巨大なサイを解析する。
「あれは『クリスタル・ソルト・ライノ(岩塩角の巨大犀)』だ! 普段からこの平原の極上ミネラル塩を舐めて育ってるから、肉そのものに完璧な塩味が染み込んでる! 焼くだけで塩胡椒のいらない究極のサイコロステーキになるぞ!!」
「さらに! 森にいるあのデカい鳥! 『ハーブ・ロースト・コンドル』だ! 香草ばかり食べてるせいで、肉の臭みが完全に消え去り、体内から極上のハーブエキスが溢れ出す神話級の鶏肉だ!!」
「「「いただきますッッ!!!!」」」
最高の環境と極上の食材。美食家たちのテンションが最高潮に達した。
「待て! 環境がいいからって油断するなよ! 61階層の泥沼でやった【完全捕獲シミュレーション】の感覚を忘れるな! 摩擦がゼロだろうが重力が3倍だろうが対応できる、あの『無の境地』で狩るんだ!」
「(分かっていますわ!)」
エリスが、重力を味方につけた滑らかな足運びで水晶塩の平原を駆け抜け、サイの突進を『大剣の腹』で優しく受け流す。
「(ジン様、今ですの!)」
「(おうよ! 泥沼歩法に比べりゃ、平地のステップなんて羽が生えたように軽いぜ!)」
ジンが、サイの死角へ音もなく滑り込み、関節の隙間を寸分の狂いもなく双短剣で撫で斬る。一切の痛みも振動も与えない、神速の解体術。
「ワゥッ!」
クロが逃げようとするコンドルの影を縫い止め、リルが「プルルッ」と宙を舞って微かな砂埃を浄化する。
そして、ルミナとマリアの無音の氷結魔法が、対象を完璧にパッケージングしていく。
「よし! 完璧な連携だ! 肉へのストレス、ゼロ!!」
トウヤがガッツポーズを決めた。
理不尽な環境で鍛え上げられた彼らの連携は、正常な環境においてはもはや「時間すら止まっているかのような美しさ」を誇っていた。
***
そのまま順調に極上食材を収穫し続け、アイテムボックスが潤ってきた頃。
ズズズズズズ……ッ!!
突如として、平原の塩の結晶がビリビリと震え始めた。
「……来たか!」
トウヤが羅針盤を確認する。あの脈打っていた『プラチナ反応』が、地響きと共にこちらへ猛スピードで接近してきていた。
「ピィィッ!!(兄貴! すっごくおっきな恐竜だよ!!)」
塩の丘を越えて姿を現したのは、体長四十メートルに達する超巨大な獣脚類の恐竜であった。
だが、その姿は異様だった。全身が分厚い「ピンク色の水晶塩の鎧」に覆われており、そこから恐ろしいほどの覇気と……暴力的なまでの【熟成肉の匂い】を放っていたのである。
第62階層の隠れボス――『ドライエイジド・ソルト・ティラノサウルス(極上熟成の塩鎧竜)』。
「お、おいお前ら! 羅針盤のプラチナ反応の正体はあいつだ!!」
トウヤの神眼が、その恐竜の真の価値を見抜き、戦慄と歓喜の叫びを上げた。
「あいつ、この平原の極上塩を全身に纏ったまま、何百年も仮死状態で眠り続けていたんだ! その結果、塩の鎧の中で肉の水分が完璧に抜け落ち、旨味が通常の数万倍にまで凝縮された【究極のドライエイジング・ビーフ(熟成肉)】に進化してやがる!!」
「「「きゅ、究極の熟成肉ゥゥゥッ!!!」」」
「だが気をつけろ!! あいつが暴れて表面の塩の鎧が割れると、そこから熟成された旨味と香りが全部空中に逃げちまう! だから、あいつに【一切の振動を与えず、塩の鎧を1ミリも傷つけずに】仕留めなきゃならない!!」
「ええええっ!? あのサイズで振動を与えずにですか!?」
ジンが目を剥く。普通のパーティーなら絶望する条件だ。
超巨大なティラノサウルスが暴れ回る中で、その鎧にヒビを入れずに倒すなど、不可能に近い。
しかし。
「……フッ。トウヤ様、私たちを誰だと思っていますの?」
エリスが、不敵な笑みを浮かべて大剣を構えた。
「俺たちは、摩擦ゼロの氷上で超音速スピンをこなし、重力3倍の泥沼でプリンを崩さずに運ぶ訓練をしてきたバケモノ(美食家)だぜ?」
ガレスも、盾を背負い直して不敵に笑う。
「行くぞ!! 塩を割るな! 究極の熟成肉を、そのままの鮮度で食卓へお持ち帰りするんだ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
「ギャァァァァァァァッ!!」
熟成ティラノサウルスが、天地を揺るがす咆哮と共に突進してくる。
「(クー、クロ! 視界と影を奪え!)」
「(ピィッ!)(ワゥォォン!)」
クーが上空からティラノの目に魔力光を放って視界を奪い、クロが巨大な影を地面に縫い付けて動きを鈍らせる。
「(衝撃は私が逃がしますわ! 【絶対ジャイロ歩法・流転の盾】!)」
エリスが大剣の腹を使い、ティラノの突進のベクトルを高速スピンの遠心力で『横』へと完全に受け流す。巨体が宙に浮く。
「(今だ! 塩の隙間、いただきました!)」
ジンが、ティラノの足元の影から飛び出し、塩の鎧が覆っていない『首の極小の隙間(逆鱗)』へ向けて、双短剣の刃を滑り込ませた。
「(【幻影歩法・究極無音抜き】!!)」
スパンッ!!
ティラノの延髄が、一切の抵抗もなく切断される。
「(ルミナ! マリア! 落下して塩が割れる前にパッケージだ!)」
トウヤの叫びと同時。
「((【ホーリー・アブソリュート・バースト(完全密閉・瞬間氷結仕様)】!!))」
聖属性と絶対零度の極大魔法が、空中に浮かぶ四十メートルの巨体を、純白の光の柱と共に完全に包み込んだ。
カッ――――!!!!
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
大迷宮の天井すらも突き抜け、天高く撃ち放たれた神々しい光の柱。
その後には、塩の鎧にヒビ一つ入っていない、完璧な状態の『極上熟成ティラノ肉(冷凍パッケージ)』が、ふわりと地面に着地した。
「……よぉぉぉしッ!! 討伐完了!! プラチナ熟成肉、ゲットだぜェェェッ!!」
トウヤの歓声と共に、第62階層に勝利のファンファーレが鳴り響いた。
***
【同時刻――地上・アルカディア王城のテラス】
「ほぅ。今日は一段と見事な光の柱ですな、陛下」
優雅な昼下がり。
王城の最高層にある見晴らしの良いテラスにて、ヴィルヘルム国王とガルド宰相は、最高級の茶葉で淹れた紅茶を嗜みながら、遠く大迷宮の空に打ち上がった『純白の極大魔法の柱』を眺めていた。
「うむ。あれだけ太く、そして淀みのない光……。おそらく、トウヤ殿たちが60階層台の隠れボスか何かを『極上の鮮度』で仕留めた証拠であろうな」
ヴィルヘルム国王が、ティーカップを傾けながら微笑む。
かつて、この光の柱が初めて打ち上がった時。
彼らは「古代の防衛兵器が起動した!」「魔王が復活したのか!?」と大パニックに陥り、国家存亡の危機だと軍を動かしたものであった。
だが、今となっては。
「いやはや、平和なものですな。あの光の柱が上がるということは、今日の英雄殿たちの食卓には、途方もなく美味い肉が並ぶということ」
ガルド宰相が、茶菓子のクッキーをかじりながら目を細める。
「ええ。しかも今や、我々にはサイラス率いる『世界食糧保全機構(ウー〇ー)』という最強の抑止力がおり、世界の裏側の魔王すらも、トウヤ殿のすき焼きの虜となって同盟を結んでいる。……もはや、この世界に我々を脅かす者など存在しません」
「全くだ。我々が為すべきは、ただひたすらに美味い茶を飲み、次にトウヤ殿にどんな調味料を貢ぐかを考えることだけ。……ああ、なんと幸福なスローライフ(王の責務)であろうか」
天を貫く極大魔法の光の柱。
それは、かつては恐怖の象徴であったが、今やこの世界の首脳陣にとっては、「ああ、今日も英雄殿の胃袋は平和だな」と確認するための【世界一巨大な安心のサイン(狼煙)】へと変わっていたのである。
「さて、ガルド宰相。今夜の晩餐は、先日魔国から輸入した『幻のトリュフ茸』を使ったステーキにするか?」
「おお、それは良いですな! トウヤ殿も絶賛したというあの香り、私もすっかり病みつきになってしまいましてな! ハッハッハ!」
大迷宮の底で、規格外のバケモノ(熟成ティラノ)が一瞬でステーキ肉へと加工されているその裏で。
地上の王たちは、もはや世界の危機など微塵も心配することなく、ただ極上の紅茶の香りを楽しみながら、優雅な談笑を続けるのであった。




