第121話:魔王のエスコートと、宇宙一美味いすき焼きが結ぶ『平和同盟』
### 第121話:魔王のエスコートと、宇宙一美味いすき焼きが結ぶ『平和同盟』
アルカディア王国から遥か遠く、世界の裏側に位置する『地底魔国アガルタ』。
その魔王城の謁見の間に、突如として空間を跳躍し、音もなく現れた三十名の漆黒の集団があった。
サイラス率いる、世界最強の物流業者『深淵の配達部隊』である。
「お迎えに上がりました、魔王ゼノン殿。……トウヤ殿からの出前、確かに承りました」
サイラスが、全く気配を感じさせない完璧な動作で片膝をつき、深く頭を下げる。
「うむ。ご苦労だったな」
漆黒の玉座に座る魔王ゼノン(前世:田中太一)は、威厳たっぷりに頷いた。しかしその内心は、(うおおおおっ! 宅配便のスピード早すぎだろ! これですき焼きが食えるぞォォォッ!)と、今にもスキップしそうなほど歓喜で乱舞していた。
「お待ちください、魔王様!」
そのゼノンの前に立ち塞がったのは、鬼将軍ゴウラをはじめとする四天王たちであった。
「いくら何でも、魔王様お一人で敵地(迷宮の深層)へ向かわれるなど危険すぎます! あの迷宮は、神話級の魔物が跋扈する狂気の領域! どうか、我ら四天王も護衛として同行させてくだされ!!」
「えっ? いや、でも俺、トウヤさんに『一人で行く』って言っちゃったし……」
ゼノンが(飯の席に大人数で押し掛けるのはマナー違反では、と)冷や汗を流して戸惑っていると、サイラスがスッと立ち上がった。
「その点につきましては、ご安心を。トウヤ殿から、『たぶん心配性の部下たちが何人か着いてくるだろうから、これを使ってくれ』と、多めにこちらを預かっております」
サイラスが保温ボックスから取り出したのは、数個の神話級アーティファクトの首飾りであった。
「これは、熱、重力、摩擦といった【極限環境の負荷を99%カットする魔道具】です。これを着けていただければ、トウヤ殿の神聖なるデリバリー・ルート(地獄の深層)も、ただの『少し景色の悪い散歩道』となります。四天王の皆様も、ぜひご同行ください」
「なんと! 我々の同行を最初から見越していたというのか……!」
「あの英雄、底が知れんな……」
四天王たちはトウヤの深謀遠慮(ただの気配り)に戦慄しつつ、魔道具を身につけ、魔王と共にサイラスたちのエスコートで迷宮の深層へと空間跳躍を果たした。
***
しかし、彼らは甘かった。
魔道具によって『環境によるダメージ』は完全に無効化されたものの、彼らの【精神へのダメージ(恐怖)】は防ぎようがなかったのである。
「ギチチチチッ!!」
第54階層。空間の裏側からテレポートして襲いかかってきた神話級の『次元オマール海老』。
ゴウラが「おのれ、私が相手を……!」と斧を構えようとした、その瞬間。
シュンッ!!
サイラスたちが重力を無視して逆さまに跳躍し、海老がテレポートで出現する0.1秒前の空間に刃を置き、一瞬で神経を断ち切った。
「……は?」
「次、来ます!」
第58階層。超音速の暴風が吹き荒れる摩擦ゼロの氷上にて。
マッハで飛来する『超音速滑走エイ』に対し、サイラスたちは頭に箱を乗せたまま無表情で【絶対ジャイロ歩法(超高速スピン)】を行い、独楽の刃でエイを空中で三枚おろしにした。
「な、なんだあいつらの動きは!? 物理法則を無視しているぞ!?」
「あのような神話級のバケモノどもを、一切の魔法も使わず、ただの体術(配達のついで)で瞬殺するだと……!?」
四天王たちは、冷や汗を滝のように流して震え上がった。
(……あの三十名の暗殺者……もし我々が戦ったとして、勝てるのか!? いや、そもそも動きが視えん! いつ首を落とされてもおかしくない!)
(あれがただの『配達員』だというのか!? ならば、その奥で彼らを従えている『英雄』とは、一体どれほどの……!!)
魔道具のおかげで肉体は無傷であったが、四天王の心(魔族としてのプライド)は、完全にへし折られていた。
***
そして、第61階層の安全地帯。
「おっ! 久しぶりだなサイラス! おお、魔王様もよく来てくれたな!」
【星の箱庭】のリビングにて、トウヤが満面の笑みで一行を出迎えた。
大画面の通信アーティファクトには、地上のアルカディア王城からヴィルヘルム国王やガルド宰相たちが(ガタガタと震えながら)オンラインで繋がっている。
「……貴殿が、英雄殿か」
魔王ゼノンは、四天王の手前、ギリギリのところで威厳を保ちながらトウヤの前に立った。
だが、その鼻腔には、すでにゴレ太郎が煮込んでいる【醤油と砂糖と牛肉の暴力的な匂い(すき焼き)】が飛び込んでおり、ゼノンの膝は感動でガクガクと震えていた。
「おう! 遠いところわざわざ悪かったな! ま、堅苦しい挨拶は抜きにして、とりあえずそこに座れよ。長旅で腹減っただろ? すぐ白飯(銀シャリ)盛ってやるからさ!」
トウヤが、まるで近所のツレを労うような軽いノリで、魔王の肩をバンバンと叩いた。
その瞬間。
「「「――――ッッ!!!!」」」
四天王と、通信越しの地上の王たちが、心臓を鷲掴みにされたように息を呑んだ。
(((あ、あの絶対的な恐怖の象徴である魔王に対して、あんなタメ口で、しかも肩を叩いただと!?)))
しかし、さらに彼らを驚愕させたのは、魔王ゼノンの反応であった。
「は、はいっ! ありがとうございます! あ、あの、ご飯は……大盛りでお願いしてもよろしいでしょうか……!?」
ゼノンが、完全に【下っ端の営業マン】のようなへりくだった態度で、ペコペコとお辞儀をして席に着いたのである。
「「「な、ななななんだとォォォッ!!?」」」
四天王のセレスティが白目を剥き、ゴウラが泡を吹いて倒れかけた。
通信越しのヴィルヘルム国王に至っては、「ひぃぃっ! 魔王が、あの魔王が完全に服従している! やはりトウヤ殿の覇気は魔王すらも凌駕するバケモノ……!!」と拝み始めてしまった。
彼らは知らない。ゼノンのこの態度は「圧倒的強者への服従」ではなく、「美味い和食を作ってくれる神(料理人)への絶対的なリスペクト」であることを。
「ガッハッハ! 魔王様も気さくなもんだな! さあ、遠慮せずに食ってくれ!」
ガレスやジンたちも、すっかり勘違いの空気をスルーして宴会の準備を進める。
「お待たせ! 第60階層のボーナス食材、『ギャラクシー・ミート・タウロスの極上厚切りすき焼き』と、魔王から貰ったトリュフを使った『特製・トリュフ塩の霜降りステーキ』だ! もちろん、炊き立ての白飯もな!」
ドンッ!! と、テーブルの真ん中に、宇宙の星雲のように輝く霜降り肉が煮えるすき焼き鍋が置かれた。
「い、いただきます……ッ!!」
ゼノンが、震える手で箸(トウヤが用意した)を持ち、すき焼きの肉を溶き卵に潜らせて、白飯にワンバウンドさせてから口に放り込む。
「――――ッッ!!!!」
ブワァァァァァッ!!
魔王ゼノンの目から、大粒の涙が滝のように溢れ出した。
「う……うめぇ……っ! 甘じょっぱい醤油の味が、極上の霜降り肉の脂と絡まって……うおぉぉぉん! これだよ、俺が食いたかったのはこれなんだよぉぉぉッ!! 米が! 米が美味すぎるぅぅぅッ!!」
魔王は、四天王や地上の王たちが見ている前で、顔をグシャグシャにして泣き叫びながら、白飯を狂ったように掻き込み始めた。
「魔王様!? い、いかがなされたのですか! その黒い汁は毒では……!?」
ゴウラが慌ててすき焼きの肉を一切れ口に運ぶ。
「――――ッ!? な、なんだこの美味さは!? 噛んだ瞬間に肉が溶けて、宇宙のような旨味が大爆発したぞ!? 魔法か!? これは強力な洗脳魔法の一種か!?」
「なんという芳醇な香り……! 魔王様が持参されたトリュフと岩塩が、この肉の味を神の領域にまで引き上げています!」
セレスティも、ステーキを口にして瞳孔を開いていた。
魔界の薄味で硬い飯しか食べてこなかった四天王たちにとって、トウヤの作る現代の調味料と神話級食材を掛け合わせた料理は、まさに【脳を直接破壊するほどのオーバードーズ(飯テロ)】であった。
彼らもまた、魔族のプライドを完全に投げ捨て、ヨダレと涙を撒き散らしながらトウヤの料理に群がった。
「おうおう、いっぱいあるから焦らず食えよ! 締めには特製のカレーうどんも作ってやるからな!」
トウヤが、泣きながら飯を食う魔族たちを見て満足げに笑う。
その光景を通信機越しに見ていたヴィルヘルム国王とガルド宰相は、震える声で呟いた。
「……見たか、ガルド宰相。トウヤ殿は、あの凶悪な魔王と四天王たちを……たった一食の『飯』で完全に手懐けてしまったぞ……!」
「ええ。剣を交えることすらなく、胃袋を掌握することで魔王国を降伏させた……。まさに、平和を愛する最強の覇王……!!」
***
食後。
満腹と感動で完全に腑抜け(幸せそうな顔)になった魔王ゼノンは、熱いお茶をすすりながら、通信機の向こうのヴィルヘルム国王に向かって深々と頭を下げた。
「……ヴィルヘルム王よ。我が地底魔国は、アルカディア王国および絶対同盟と、永久の【平和同盟】を結ぶことをここに誓おう」
「お、おおっ! まことか、魔王よ!!」
「ああ。こんなにも美味い飯を作る英雄殿が暮らす世界を、侵略して荒らすなどあり得ない。……我々は今後、魔国の特産品(主に美味しい食材)を全面的に同盟国へ輸出(提供)し、共にこの英雄殿の食卓を豊かにすることを約束する!」
(やったぜ! これで毎日、地上の商人経由で醤油や米が地底に届くぞ!!)
ゼノンの内なる田中太一が、ガッツポーズを決めていた。
「素晴らしい! 願ってもないことだ! 我ら絶対同盟も、魔国の繁栄と、トウヤ殿への貢物の拡充をここに誓約しよう!!」
かくして。
世界の命運を分けるはずだった「人間と魔族の歴史的会談」は、トウヤのすき焼きの鍋を囲むという超絶アットホームな形で行われ、そして「美味い飯を食うため」という最も平和で強固な理由によって、完全なる不可侵の【絶対平和同盟】として結実したのである。
「いやー、平和になってよかったなゼノン!」
トウヤが笑いかけると、ゼノンは涙ぐみながらトウヤの手を固く握りしめた。
「ありがとう兄弟! お前は俺の神だ! また絶対、絶対にご飯食べに来るからな!!」
世界中の国々、そして魔王軍までもが、トウヤの飯テロ(おこぼれ)のために一つにまとまっていく。
最強のキャンパーの異常なスローライフは、大迷宮の深層に留まらず、ついに世界そのものを「一つの巨大な食卓」へと変え始めていたのであった。




