第120話:転生者同士の『オンライン飲み会』と、地上の王たちの阿鼻叫喚
### 第120話:転生者同士の『オンライン飲み会』と、地上の王たちの阿鼻叫喚
『悠久の大迷宮』第61階層の安全地帯に展開された【星の箱庭】。
リビングの中央に置かれた特大の通信アーティファクトの前に、トウヤたち『悠久の踏破者』が勢揃いしていた。テーブルの上には、無限発酵蔵から取り出した冷えたエールと、ゴレ太郎が完璧な温度で焼き上げた「極厚ステーキ」、そして魔王から贈られた「幻のトリュフ」が用意されている。
本日は、歴史上初となる【大迷宮の英雄】と【地底魔国の魔王】、そして中継ぎとして繋がっている【アルカディア国王たち(絶対同盟)】による、三者間オンライン会談の日である。
『……繋がったか』
通信魔道具の空中に浮かび上がった立体映像。
そこに映し出されたのは、漆黒の玉座に深く腰掛け、恐ろしいほどの覇気と魔力を放つ魔王ゼノンの姿であった。背後には、鬼将軍ゴウラや宰相セレスティといった四天王がズラリと控え、画面越しでも息が詰まるほどの威圧感である。
『我こそが地底魔国アガルタを統べる魔王ゼノン。……貴殿が、迷宮の底にいるという英雄殿だな?』
重低音の響く声。
ヴィルヘルム国王やガルド宰相が、別の画面枠で冷や汗をダラダラと流して息を呑む中。
画面越しの魔王をじーっと見つめていたトウヤは、手元のジョッキを軽く掲げ、ふっと笑って言った。
「あんたが送ってくれたトリュフと岩塩、最高だったぜ。……これ、ステーキを【醤油】で食う時の、最強のトッピングだよな?」
「醤油」。
この異世界には絶対に存在しないはずの、その単語。
その瞬間。
魔王ゼノンの纏っていた『絶対的な恐怖の覇気』が、プツンッ、と音を立てて消え去った。
『……っ!! しょ、醤油……だと!?』
魔王が、玉座からガタッと身を乗り出す。その赤い瞳は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。
「ああ。俺のスキルで熟成させた特級の醤油だ。……あんた、もしかして【白米】や【カレー】なんかも恋しいクチか?」
『……ッッッ!!!!』
魔王ゼノン――前世・田中太一は、通信機に向かって両手をつき、嗚咽を漏らした。
『食いたい……っ!! 米が食いたい! ラーメンが食いたい! カレーライスが食いたいんだよぉぉぉッ!! こっちの世界の飯、硬いパンと味の薄い芋ばっかりで、俺の胃袋はずっと限界だったんだよぉぉぉッ!!』
「やっぱりか! 苦労したな、同郷(日本)の兄弟! ほら、乾杯しようぜ!」
『うおおおおん! 乾杯ぃぃぃっ! 発泡酒じゃなくて本物のビールが飲みたいよぉぉぉッ!』
「「「……………………はい?」」」
通信機を囲む、三つの陣営(トウヤの仲間たち、魔王の四天王、地上の王たち)。
その全員が、完全に思考を停止させていた。
「ま、魔王様!? いかがなされたのですか!? 『カ・レー』とは一体何の禁呪ですか!?」
画面の向こうで、鬼将軍ゴウラが大パニックを起こしている。
「トウヤ様……今、魔王と何語で話しておられるのですの?」
エリスが目をパチクリとさせる。
「いや、俺にも全く分からん。だが……あの血も涙もないはずの魔王が、トウヤの兄貴の前で赤子のように泣きじゃくっている……!?」
ジンが戦慄の表情を浮かべた。
「あの英雄……やはりタダ者ではない。古の魔言語を使って、魔王の精神を直接支配しているのに違いない……!」
地上の王城では、ガルド宰相がガクガクと震えていた。
周囲の壮大な勘違いをよそに、二人の転生者は「日本語(地球の現代知識)」で完全に意気投合し、熱い愚痴大会を繰り広げていた。
『聞いてくれよ兄弟! 俺、平和主義なのに、部下の戦闘狂(脳筋)どもが毎日「人間界に攻め込みましょう!」ってうるさいんだよ! 俺は血を見るのも嫌だし、ただ地底で農業してスローライフしたいだけなのに、無理して「今はその時ではない(キリッ)」って魔王ロールし続けるのがどれだけ胃が痛いか!』
「分かるぜその苦労! 中間管理職の悲哀ってやつだな! ま、あんたはトップだけどよ。……でも偉いぜ。そのおかげでこの世界は平和だったんだからな」
トウヤが、画面越しに「お疲れ様」とエールを掲げる。
『お前のところはいいよな……。気心の知れた仲間と、美味い飯作ってキャンプしてるんだろ? 俺なんて、毎日部下のゴウラが持ってくる【魔獣の血の滴る生肉】を、「うむ、美味いぞ(吐き気)」って言いながら食わなきゃいけないんだぞ……!』
「うわ、それはキツいな」
トウヤは、本気でゼノン(田中)に同情した。
地球の舌を持ったまま、魔界のゲテモノ料理を我慢し続けるなど、想像を絶する拷問である。
「よし、決めた! ゼノン、お前、俺のところ(迷宮の底)に直接飯を食いに来いよ!」
トウヤが、ドンッと胸を叩いた。
「ちょうど60階層のボーナスで最高の調理設備が手に入ったんだ! お前が来たら、炊きたての銀シャリと、宇宙一美味い霜降り肉ですき焼きを作ってやる! もちろん、お望みならカツカレーだって作ってやるぜ!!」
『銀シャリ……すき焼き……カツカレー……ッッ!!』
魔王ゼノンの口から、滝のようなヨダレが溢れ出した。
『い、行く!! 絶対に行く!! 王座なんか放り出して今すぐ行くぞォォォッ!!』
「魔王様!? 何を仰っているのですか! 敵(人間)の罠かもしれませんぞ!!」
四天王のセレスティが必死に止めるが、ゼノンの耳には「カツカレー」しか入っていない。
『でもよ、兄弟。俺、大迷宮の60階層なんて恐ろしい場所、どうやって潜ればいいんだ? 俺、魔力は高いけど、そういうデタラメなダンジョンギミックは自力じゃ突破できないぞ?』
「あ、それなら心配ねえよ」
トウヤは、通信の画面を切り替え、待機していたアルカディア王城のサイラスを呼び出した。
「サイラス! 今の話聞いてたか? 今度のデリバリーのついでに、世界の裏側(地底)まで行って、この魔王を俺のところまで【出前】してやってくれないか?」
画面に映ったサイラスが、ビシッと完璧な敬礼を決めた。
『ハッ! お任せくださいトウヤ殿! 我が深淵の配達部隊は、すでに空間跳躍と摩擦ゼロ歩法を極めております! いかなる極限環境だろうと、魔王殿を【一滴もこぼさず】に深層までお届けしてみせます!!』
「……人間恐るべし」
魔王の背後で、四天王たちがサイラスの放つ「異常な配達員の覇気」にゴクリと息を呑んだ。
「よし、これで魔王の送迎はバッチリだな」
トウヤは満足げに頷き、ふと、同じく通信に繋がっているヴィルヘルム国王たちに視線を向けた。
「そうだ、陛下たちもどうだ? せっかく魔王が来るんだ、歴史的な和平会談も兼ねて、地上の王族たちも深層に飯を食いに来ないか?」
「「「………………え?」」」
ヴィルヘルム国王とガルド宰相が、完全にフリーズした。
「いや、サイラスたちに魔王をエスコートしてもらうんだから、ついでに陛下たちも一緒に来ればいいと思ってさ! みんなで極上すき焼き食おうぜ!」
トウヤは軽いノリで言った。
確かに、彼らには『熱無効』や『重力緩和』などの神話級アーティファクトが余るほどあるため、それらを貸し出せば、地上の人間でも安全に深層へ来ることができるのだ。
しかし。
地上の王たちの脳裏にフラッシュバックしたのは、これまでのサイラスからの「報告」であった。
――『第54階層は天地が逆転し、超重力とテレポートが飛び交う狂乱空間です』
――『第55階層は超高温の間欠泉が吹き荒れる視界ゼロのスチームサウナです』
――『第58階層は摩擦ゼロの氷上で、頭に箱を乗せてマッハでスピンしないと進めません』
「ヒィィィィィィィィィィィッッ!!!!」
ヴィルヘルム国王とガルド宰相が、通信機の前で泡を吹いて抱き合った。
『む、無理だ!! 英雄殿!! 我らのような脆弱な老体が、そのような狂った物理法則の階層に行けば、肉を食う前に心臓が破裂してしまうぅぅぅッ!!』
『あ、頭に箱を乗せて高速スピンなど……王の尊厳が! 尊厳が消え去ってしまいますぞォォォッ!!』
「あ、いや、魔道具貸すから別に回らなくても……」
『ひぃぃぃっ! ご厚意だけ! ご厚意だけ痛み入ります!! 魔王との和平会談は、英雄殿に全て! 全権を委任いたしますのでぇぇぇっ!!』
地上の王たちは、涙と鼻水を流しながら、全力で深層への招待を辞退した。
彼らにとって、大迷宮の深層とは「美味い飯が湧いてくる天国」であると同時に、「サイラスのような異常者しか立ち入れない地獄」として、完全にトラウマになっていたのである。
「……そっか。まあ、無理はさせられないからな。残念だけど、今回は魔王と俺たちだけで大宴会(オフ会)をやるか!」
『うおおおおっ! 待ってろよ兄弟! 今から胃袋を空っぽにしておくからな!!』
魔王ゼノンが、玉座から立ち上がってガッツポーズを決める。
かくして。
三陣営が完全にすれ違った(しかし結果的に平和へと向かう)謎のオンライン飲み会は幕を閉じた。
数日後、世界最強のデリバリー業者にエスコートされ、重度の日本食ロスを抱えた魔王が、大迷宮の底へと「すき焼き」を求めてやってくる。
常識が完全に崩壊した異世界飯テロ同盟は、いよいよ種族や世界の壁すらも超えて、至高の食卓へと集い始めるのであった。




