第119話:【閑話】魔王からの貢物と、星の箱庭への『オンライン会談』打診
### 第119話:【閑話】魔王からの貢物と、星の箱庭への『オンライン会談』打診
アルカディア王城、地下に隠された極秘の『黒曜石の間』。
普段は決して使われることのないこの部屋に、現在、大陸の歴史を根底から覆すほどの異常な緊張感が張り詰めていた。
円卓を囲むのは、アルカディア国王ヴィルヘルムと、帝国のガルド宰相。
そして彼らの対面に座っているのは、深いローブを目深に被った褐色の肌の美女――世界の裏側を統べる『地底魔国アガルタ』の宰相、ダークエルフのセレスティであった。
「……にわかには信じがたい話だ」
ヴィルヘルム国王が、冷や汗を流しながら口を開いた。
「地底の魔王軍が、我々人間(絶対同盟)に対して【完全なる平和同盟】と【不可侵条約】を求めてくるだと? 一体何の罠だ」
「罠などではありません、ヴィルヘルム王」
セレスティがローブを脱ぎ、両手をテーブルの上に広げてみせた。
「我が魔国の王ゼノン様は、無益な血が流れることを酷く嫌悪しておられます。我々は地底で豊かに暮らしており、地上の領土を奪う気など毛頭ない。……ですが、最近そちらの同盟が『頭に木箱を乗せて回転する数千人の暗殺部隊』を世界中に放ったと聞き、念のための関係構築に参った次第です」
ガルド宰相が、気まずそうに咳払いをした。
(まさか、調味料探しのウー〇ー配達員たちが魔王軍までビビらせていたとは……)
「信じられないというのであれば、これをご覧ください。我が魔王様からの、友好の証(手土産)です」
セレスティが指を鳴らすと、背後に控えていた魔族の護衛たちが、巨大な木箱を二つ、テーブルの上にドンッと置いた。
パカッ。
一つ目の箱には、水晶のように透き通った『ピンク色の美しい岩塩』が山のように積まれていた。
「これは『千年熟成・地底湖の岩塩』。魔国の深淵でしか採れない、究極のミネラルと甘みを持った塩です」
そして、二つ目の箱が開かれた瞬間。
「……むっ!?」
「な、なんだこの強烈な香りは……!?」
部屋中に、土と森の香りを何万倍にも濃縮したような、官能的で芳醇すぎる香りが爆発した。
ヴィルヘルムたちが箱の中を覗き込むと、そこには泥にまみれた『黒いゴツゴツとした不気味な菌糸の塊』が大量に敷き詰められていた。
「こ、これは……キノコ、なのか? 我々の世界(地上)では、このような黒くて臭いの強い菌類は毒と相場が決まっておるが……」
「これが魔王様が最も重宝しておられる『幻のトリュフ茸』です。……我が魔王様は仰られました。『これを、大迷宮の底におられる英雄殿へ届けてほしい』と」
「……トウヤ殿に、だと!?」
セレスティは、真剣な表情でヴィルヘルムの目を見据えた。
「同盟の絶対条件は一つ。我が魔王ゼノン様が、その英雄殿と【個人的に接触(お食事)】をする機会を設けること。……魔王様は、英雄殿の食卓に並々ならぬ興味を抱いておられます」
ヴィルヘルムとガルドは、顔を見合わせて戦慄した。
(魔王までもが、トウヤ殿の飯の匂いを嗅ぎつけて、おこぼれを貰いに来ただと……!? どんだけ美味そうな匂いをさせているのだ、あの英雄は!!)
***
【同時刻・第61階層 泥濘の腐海】
「よし! ストップ!!」
トウヤの声が、重力3倍の泥沼に響き渡った。
「ふぅ……! 完璧ですわ!」
「泥跳ねゼロ! 魔力核の抜き取りもノーミスだぜ!」
エリスとジンが、足元の泥の反発力を完全にコントロールし、腐食の触手とポイズン・マッド・スライムを「一切の傷と汚れなし」で仕留め、ルミナたちが氷結させる。リルが嬉しそうに飛び散った泥を浄化し、クロとクーも満足げに鳴いた。
「お疲れさん! うん、これならもし次に泥沼の中に『極上プリン』や『タラバ蟹』がいても、絶対に汚さずに収穫できるな!」
トウヤが、数日間にわたるストイックな『環境適応・捕獲シミュレーション』の合格を言い渡す。
「よし、今日の修練はここまでだ! 拠点に戻って、風呂に入って飯にするぞ!」
ハズレ階層での厳しい特訓を終え、一行は安全地帯に展開した【星の箱庭】へと帰還した。
大浴場で泥と汗を綺麗に洗い流し、リビングでくつろぎながら冷えたエールを飲んでいたトウヤの元に、通信アーティファクトの着信音が鳴り響いた。
「ん? 陛下からか。……もしもし?」
『――ト、トウヤ殿!! 一大事である!!』
通信機から、ヴィルヘルム国王のひっくり返った声が響いた。
『ま、魔王国からの使者が来たのだ! 平和同盟を結びたいと!!』
「魔王国? へー、この世界にも魔王なんていたんだな。で、平和同盟っていい事じゃん。なんでそんなに焦ってんだ?」
トウヤが、チーズをつまみながら呑気に返す。
『条件が異常なのだ! なんと魔王が、トウヤ殿と直接会って【一緒にお食事をしたい】と申しておるのだ!』
「……は? 俺と飯を?」
『しかも、手土産にとんでもない物を持ってきた。「千年熟成の岩塩」と……地上では誰も食べないような、黒くてゴツゴツした泥まみれの臭いキノコだ! 使者はそれを「トリュフ」と呼んでおったが……まさか、トウヤ殿を毒殺する気では!?』
その言葉を聞いた瞬間。
トウヤのつまみを持っていた手が、ピタッと止まった。
「……おい、陛下。今、なんて言った?」
『だ、だから、黒くてゴツゴツした毒キノコのような……』
「違う、その名前だ! 【トリュフ】って言ったか!?」
『い、いかにも。幻のトリュフ茸だと……』
トウヤの脳内に、電流のような閃きが走った。
(……トリュフだと!? この中世ファンタジーみたいな世界で、そんなピンポイントで地球の高級食材(三大珍味)の名前が出てくるわけがない! しかも、この世界の人間は誰も食べない代物だぞ!?)
トウヤは、手土産のラインナップ(最高級の塩とトリュフ)と、「一緒に飯を食いたい」という要求を頭の中で結びつけた。
(塩とトリュフ……これ、ステーキを食う時の【最高級のトッピング】じゃねえか!! 魔王の奴、俺が迷宮の底で極上肉を焼いてるのを知ってて、ステーキの調味料を持参して「混ぜてくれ」って言ってきてるのか!?)
そこから導き出される結論は、ただ一つ。
「(……間違いない。その魔王、俺と同じ【地球からの転生者】だ! しかも、元の世界の飯が恋しくてたまらない重度のグルメだ!!)」
トウヤは、思わずニヤリと笑みを深めた。
「陛下! そのキノコ、絶対に捨てないで最高の状態で保管しておいてくれ! それは毒じゃない、極上の肉を神の領域に引き上げる【最強のスパイス】だ!!」
『な、なんと!? やはりトウヤ殿の知る食材であったか!』
「ああ! ……だが、いきなり魔王を迷宮の底に招くのもアレだな。向こうの素性も確かめたい」
トウヤは少し考えて、一つの提案をした。
「陛下、魔王の使者にこう伝えてくれ。『飯の前に、まずは【通信アーティファクトを使った遠隔会談(オンライン飲み会)】をやろう』ってな。魔王が直接通信機に出てくるなら、俺が話をつけてやる」
『オ、オンライン……? よく分からんが、直接会わずに通信で会談をするということだな!? 承知した、魔王軍にはそのように伝えておく!!』
通信が切れ、トウヤは「面白くなってきやがった」と肩を揺らして笑った。
「どうしましたの、トウヤ様? 随分と嬉しそうですわね」
エリスが首を傾げる。
「ああ! お前ら、近いうちにすっげえ面白い客人と、最高の【トリュフ塩ステーキ】が食えるかもしれないぞ!」
***
【地底魔国アガルタ・魔王城】
アルカディア王国での会談を終え、地底魔国へと帰還した宰相セレスティは、円卓の間で魔王ゼノン(田中太一)と四天王たちに事の顛末を報告していた。
「――以上が、アルカディア王国および英雄殿からの返答です。手土産は大変喜ばれましたが……英雄殿は、『直接会う前に、まずは通信魔道具を通じた遠隔での会談(オンライン飲み会)をしたい』と申しております」
ダンッ!!!!
軍拡派の鬼将軍・ゴウラが、怒りでテーブルを粉砕した。
「舐めるなァァァッ!! 偉大なる魔王ゼノン様からの直々のお誘いに対し、直接出向くこともなく『通信で済ませよう』だと!? どこまで我ら魔族をコケにすれば気が済むのだ人間どもは!!」
「ええ。いくら何でも不遜すぎます。これは我々への明白な挑発……!」
他の幹部たちも、一斉に殺気を放ち始める。
「魔王様! 今すぐ私に軍を! あの迷宮ごと、生意気な英雄を叩き潰して……」
ゴウラが魔王ゼノンを振り返った、その瞬間。
「……素晴らしいッ!!!!」
漆黒の玉座から、魔王ゼノンが両手を高々と突き上げ、満面の笑み(魔族たちには残酷な歓喜の笑みに見えた)で立ち上がっていた。
「ま、魔王様……?」
(オンライン飲み会!! 間違いない、あいつ絶対に日本人だ!! しかも俺が持たせたトリュフの意味(ステーキに合う)を完璧に理解してやがる!!)
ゼノンの内なる田中太一が、感動のあまりサンバを踊り出しそうになっていた。
ゼノンは慌てて「魔王の威厳」を取り繕い、咳払いをした。
「ゴウラよ、貴様は何も分かっておらん。これは挑発ではない! 彼なりの【極めて高度な外交プロトコル(現代人の常識)】なのだ!!」
「こ、高度な外交、ですか……?」
「そうだ! 直接会う前に通信で腹を探り合う……これぞ智将の振る舞い! 私の期待した通りの男だ!!」
ゼノンは、マントをバサァッと翻し、ビシッとセレスティを指差した。
「セレスティ! 今すぐ我が国で最高の通信魔道具を用意しろ! そして英雄殿へ伝えよ!『喜んでオンライン会談(飲み会)に応じよう。酒とつまみは各自用意すること』とな!!」
「は、ははぁっ! (魔王様がここまでご機嫌になられるとは……! あの英雄、ただの人間ではないのだな!)」
セレスティたち幹部たちは、魔王の異様なまでのテンションの高さに圧倒され、英雄への警戒心と畏敬の念をさらに深めるのであった。
かくして。
迷宮の底にいる『飯テロキャンパー(転生者)』と、世界の裏側を統べる『平和主義の魔王(転生者)』による、世界情勢を完全に置き去りにした【史上初の異世界オンライン飲み会】の開催が、猛スピードで決定したのである。
お互いに「地球の飯」を共通言語として繋がろうとする二人の転生者。
彼らが通信越しにグラスを交わす時、この異世界の歴史は、また一つおかしな方向(グルメ方面)へと大きく舵を切ることになるのであった。




