第115話:絶対ジャイロのシュールな舞と、極上エンガワの超音速一本釣り
###第115話:絶対ジャイロのシュールな舞と、極上エンガワの超音速一本釣り
『悠久の大迷宮』第58階層――『無摩擦の鏡面氷湖と超音速の烈風峡谷』。
摩擦係数ゼロの氷の床と、ランダムに吹き荒れるマッハの暴風。このデタラメな環境に足を踏み入れた『悠久の踏破者』たちと、出前にやってきたサイラス率いる『深淵の配達部隊』三十名は、為す術もなくツルツルと氷上を滑り散らかしていた。
「うおおおっ!? 止まらねえ! 風に流されるぅぅぅッ!」
ジンが必死に双短剣を氷に突き立ててブレーキをかけようとするが、火花が散るだけで一向に減速しない。
「ピィィィッ!(兄貴、風が強すぎて羽が折れちゃうよぉ!)」
上空では、クーが強風に煽られて木の葉のようにグルグルと吹き飛ばされている。
摩擦がないため、一度風に押されると永遠に滑り続けてしまう。これでは、超音速で滑空する『超音速滑走エイ(ソニック・マンタ)』の神話級エンガワも、氷の壁に張り付く『噴射帆立』の極厚ステーキも、指をくわえて見ていることしかできない。
「くそっ! 次元歩行の靴で虚空を蹴っても、風の圧力が強すぎて姿勢がブレちまう! なんかいい方法はないのか!?」
トウヤが、氷の柱にしがみつきながら叫んだ。
その時である。
柱の陰で、配達員としてのプライド(と絶対におこぼれ飯を食うという執念)を燃やし、ブツブツと呟きながら氷と風の物理法則を計算していたサイラスが、カッ! と目を見開いた。
「……閃きました」
「サイラス! 何かコツを掴んだのか!?」
「ハッ!」
サイラスは、柱からスッと手を離し、自らの頭の上に『魔法の保温ボックス(空箱)』を乗せた。
「トウヤ殿! 歩こうとするから滑り、面で受けようとするから風に吹き飛ばされるのです! 摩擦がないのなら……自らを【独楽】とし、遠心力による『ジャイロ効果』で体軸を完全に固定し、風を流線型で受け流せばよいのです!!」
言うが早いか、サイラスはその場で両腕を胸の前でクロスさせ、次元歩行の靴の魔力を一点に集中させて、氷上で猛烈な『高速スピン』を開始した。
ギュルルルルルルルルッッ!!!!
まるでフィギュアスケーターの究極系のような、目にも留まらぬ超高速スピン。
するとどうだろう。超音速の烈風が吹き荒れても、サイラスの体は一切ブレることなく、ジャイロ効果によって氷の上にピタリと垂直に立ち、そのままスーッと摩擦ゼロの氷上を滑るように直進していったではないか。
しかも、その顔は無表情である。頭には保温ボックスが乗っている。
あまりにもシュールすぎる光景であった。
「「「お、おおおおおっ……!?」」」
トウヤたちが目を丸くする中、サイラスの部下である二十九名の新人配達員たちも、「隊長に続けェェェッ!!」と叫びながら一斉に高速スピンを開始。
三十人の屈強な暗殺者たちが、頭に箱を乗せ、無表情でコマのように回転しながら氷上を美しく滑走していくという、迷宮の歴史上最も狂った光景が展開された。
「……す、すげえ! 確かにこれなら風の影響を受けずに真っ直ぐ進める! でもよ、あんなに回ったら目が回って倒れるんじゃ……」
トウヤがツッコミを入れた瞬間、ジンがハッとしてポンッと手を打った。
「いや、トウヤの兄貴! 俺たち、第54階層の『狂乱の重力空間』で地獄の合宿をこなしたおかげで、三半規管が完全にバグってる(適応してる)じゃねえか! 今更どれだけ回ろうが、絶対に目は回らねえぞ!!」
「「「――――あ!!」」」
伏線、見事回収。
狂乱空間での合宿は、この「絶対ジャイロ歩法」をノーリスクで実現するための完璧な布石となっていたのだ。
「よし! ならば俺たちも回るぞ! ジャイロ効果で姿勢を安定させて、マッハで飛んでるエイとホタテを叩き斬るんだ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
その瞬間から、第58階層は【狂気の超音速回転・大収穫祭】へと変貌した。
ギュルルルルルルッ!!
「遠心力を乗せたオーバードライブですわぁぁッ!!」
エリスが、自らを巨大な竜巻と化して高速スピンしながら氷上を滑走し、壁に張り付く『噴射帆立』の殻の隙間へ、回転の勢いそのままに重剣の峰打ちを叩き込む。
「ドゴォォォンッ!」とホタテが気絶して剥がれ落ちたところを、スピンしたままのマリアが【絶対浄化・瞬間氷結】で空中でパッケージングする。
「ヒャッハー! 独楽の刃で三枚おろしだァァァッ!!」
ジンも双短剣を構えたまま超高速回転し、マッハで飛来する『超音速滑走エイ』の軌道上へスーッと滑り込む。エイが風に乗ってすれ違った瞬間、ジンの回転する刃がエイの神経だけを寸分の狂いもなく「シュパパパパッ!」とスライスし、極上のエンガワを一切傷つけずに解体してみせた。
「ワゥォォンッ!」
クロも尻尾を軸にして回転し、「プルルッ!」とリルもゼリー体をコマのように回している。
「ガッハッハ! これなら風も摩擦も全く関係ねえな!」
サイラスたち配達部隊とトウヤたちキャンパーは、完全に重力と摩擦という物理法則から解き放たれ、シュール極まりない高速スピンの舞を踊りながら、マッハで逃げ回る極上食材たちを根こそぎアイテムボックスへと放り込んでいった。
***
数時間後。
峡谷の風の死角となる岩陰に【星の箱庭】を展開した一行は、大豊作の祝勝会(宴会)を開いていた。
「さあ食え!! サイラスたちが届けてくれた幻の生わさびとポン酢を使った最強の海鮮ディナーだ!」
トウヤがドンッと大皿を置く。
「『ソニック・マンタの神話級・炙りエンガワ極上握り寿司』! そして『ジェット・スキャロップの奇跡の極厚・バター醤油ステーキ』だァァァッ!!」
「いただきますッッ!!!!」
サイラスが、バーナーで軽く炙られて脂がジュワッと滴るエンガワの握り寿司を口に放り込む。
「――――ッッ!! ぅうめぇぇぇぇぇっ!! なんですかこの脂の甘みは!? 口に入れた瞬間に雪のように溶けるのに、極限の運動で鍛えられた身の弾力がコリコリと歯を押し返してきます!! 生わさびのツンとした爽やかな香りが、脂のしつこさを完全に消し去って……!!」
帝国最強の暗殺者が、美味さのあまりボロボロと男泣きする。
エリスは、自分の顔ほどもある巨大なホタテのステーキにナイフを入れた。
「んんんんん〜〜〜ッ!! バターとお醤油の焦げた香りがたまりませんわ! 噛めば噛むほど、ホタテの繊維から信じられないくらい濃厚な貝の旨味エキスが溢れ出してきますの!! この貝柱だけで、どんぶりご飯が十杯はいけますわぁぁッ!!」
「ガッハッハ! 目を回しながら高速スピンした甲斐があったぜ! お前ら、よくあのジャイロ歩法なんて思いついたな!」
ガレスが、琥珀ポン酢をかけたホタテを肴に、無限発酵蔵の日本酒を樽ごと煽る。
「フッ……配達員たる者、どんな環境であろうと荷物を安定させるのは基本中の基本ですから」
サイラスが、顔を赤らめながらドヤ顔で答える。三十名の部下たちも、「隊長、一生ついていきます!」とホタテを齧りながら忠誠を誓い直していた。
腹限界まで極上の寿司と海鮮BBQを堪能し、摩擦ゼロの合宿はこれ以上ない形での大成功を収めた。
「よし! エンガワもホタテも山ほどストックできたし、58階層は完全クリアだ!」
トウヤが立ち上がり、満足げに腹を叩く。
「サイラス、お前らも腹いっぱいになったか? 一応、次の59階層の扉の前まで行って、環境の確認だけして今日は終わりにしようぜ」
***
一行は58階層の最奥、第59階層へと続く黒曜石の大扉の前へと移動した。
トウヤが『天啓の美食羅針盤』を取り出し、魔力を流し込む。
ピカァァァァッ!!
羅針盤の盤面には、異常な点滅や乱高下はなく、広大なマップの各所に安定した『黄金色』の光が力強く灯っていた。
「おっ、どうやら次の59階層は、変なギミックのない『普通の極上当たり階層』みたいだな。よしよし、これなら安心だ」
トウヤがホッと息をつく。
「では、トウヤ殿。我々も十二分に修練(と極上飯)を堪能させていただきましたので、次のデリバリー品の調達のため、一度地上へ戻らせていただきます」
サイラスが、ビシッと敬礼する。
「おう! 気をつけて帰れよ! 次は……そうだな、何か『極上の出汁』が取れるような乾物とか、和風のスパイスがあったら嬉しいな!」
「了解いたしました! 必ずや、世界最高の乾物を引っ提げて戻ってまいります!」
三十名の配達員たちは、次元歩行の靴を起動し、摩擦ゼロの氷上を再び「高速スピン」しながら、シュールかつ圧倒的な速度で地上へと帰還していった。
***
【閑話:アルカディア王城・太陽の円卓の間】
数日後。絶対同盟の首脳陣による定例会議が開かれている円卓の間に、サイラスたち『深淵の配達部隊』が帰還の報告に訪れた。
「――お、お届けに上がりました。トウヤ殿からの逆デリバリー、『神話級エンガワの炙り寿司』と『極厚ホタテのバター醤油ステーキ』であります」
サイラスの声と共に、会議室の重厚な大扉が開かれた。
しかし、その【入室の仕方】が異常であった。
ギュルルルルルルッッ!!!!
サイラスたち三十名は、摩擦が普通に存在する王城の絨毯の上であるにも関わらず、魔力で足元の摩擦係数を強制的にゼロに書き換え、頭に保温ボックスを乗せたまま『無表情の高速スピン状態』で会議室へと滑り込んできたのである。
そして、ヴィルヘルム国王の目の前でピタッ!と一斉に回転を止め、微動だにせず直立不動の姿勢をとった。
「「「ヒィィィッ!!?」」」
ヴィルヘルム国王、ガルド宰相、ゴールドマン議長が、あまりのシュールさと不気味さに悲鳴を上げて椅子から飛び退いた。
「さ、サイラス!? 今度は一体、どんな狂った修練をしてきたのだ!?」
ヴィルヘルムが、震えながら指差す。
「ハッ! 第58階層の『摩擦ゼロ・超音速の暴風空間』を克服するため、自転によるジャイロ効果で体軸を固定し、風の抵抗を完全に無効化する【絶対ジャイロ歩法】を習得してまいりました!!」
サイラスが、誇らしげに胸を張る。
「もはや我々配達部隊は、地上のいかなる悪路だろうと、暴風雨だろうと、摩擦を無視して【神速のコマ】となって敵陣を駆け抜けることが可能です! 弓矢や魔法など、回転する我々の体にはかすりもしません!!」
「「「――――ッッ!!!!」」」
首脳陣の間に、戦慄と、それを上回る爆発的な歓喜の波が押し寄せた。
「ば、バケモノだ!! またしても我が同盟の抑止力が、デタラメな次元へと進化を遂げておるぞォォォッ!!」
ガルド宰相が、涙を流して天を仰ぐ。
「空間を跳躍し、重力を無視し、今度は摩擦と暴風すらも無効化する暗殺部隊だと!? ガルミアの次は、どこの大国が攻めてこようが一瞬で国ごと殲滅できるではないか!!」
「万歳! トウヤ殿たちの地獄の合宿万歳!! さあ、冷めないうちにエンガワとホタテをいただくぞ!!」
地上の王たちは、極上の海鮮の暴力的な美味さに舌鼓を打ちながら、自国の軍事力(配達員)が完全に「世界の理(物理法則)」から逸脱してしまったことに、狂喜乱舞の祝杯を上げるのであった。
一方、大迷宮の底では。
「さーて! 次の59階層は久々に普通の当たり階層だ! ガンガン極上肉を狩りまくるぞォォォッ!」
「「「ヒャッハー!! 飯だ飯だァァァッ!!」」」
地上の軍事バランスの崩壊など知る由もない美食家たちが、今日も能天気に、そして最強の食欲を胸に、大迷宮の深淵へと楽しげに歩を進めていくのであった。




