第113話:燐光の遺跡庭園と、セオリー外のプラチナ反応(そして王たちの安堵)
### 第113話:燐光の遺跡庭園と、セオリー外のプラチナ反応(そして王たちの安堵)
『悠久の大迷宮』第56階層――『灰燼と慟哭の骸骨峡谷』。
食欲を一切そそらないアンデッドの群れを前に、日頃の「ストレスを与えずに狩る縛りプレイ」の鬱憤を晴らすかのように、一切の手加減なしの物理開拓スピードランを行った『悠久の踏破者』たち。
「ふぅーっ! いい汗をかきましたわ! 骨の山を大剣で粉砕するのは、素振りの良い運動になりますの!」
エリスが、チリ一つ残らず浄化された荒野を振り返りながら、清々しい笑顔で汗を拭う。
「ガッハッハ! 遠慮なく爆炎をぶっ放せるってのは気持ちいいな! さて、準備運動はバッチリだ!」
わずか十数分で第56階層を駆け抜けた六人と三匹は、そのままの勢いで第57階層へと続く黒曜石の大扉を押し開けた。
ギギギギギギ……ッ!!
扉の先に広がっていたのは、むさ苦しい荒野から一転、幻想的で美しい大自然と人工物が入り交じる世界であった。
第57階層――『燐光の巨樹遺跡と忘れられた古庭園』。
天を突くほどの巨大な樹木が何本も立ち並び、その根や枝に絡みつくようにして、苔生した美しい白亜の古代遺跡が広がっている。空間全体が、植物たちが放つ淡い青や緑の『燐光』によって神秘的に照らし出されていた。
「わぁ……! すごく綺麗な場所ですね。空気も澄んでいて、甘いお花の香りがします」
マリアが、目を輝かせて周囲を見渡す。
「プルルッ!」
浄化スライムのリルも、清浄な空気に喜んでマリアの足元で跳ね回った。
「よし、環境は問題なし! 猛毒もデタラメ重力もない、純粋な自然と遺跡の階層だな」
トウヤは頷き、階層に入ってから懐の『天啓の美食羅針盤』を取り出した。
「さて、57階層のお宝食材はいかほどか……」
魔力を流し込むと、羅針盤の盤面に【黄金色】の光がいくつも点灯した。
「おおっ! 黄金反応がいっぱいあるぜ! やっぱり50階層台の自然エリアは、極上食材の宝庫だな!」
ジンが嬉しそうに双短剣を鳴らす。
だが、トウヤの視線は、盤面に映し出された広大なマップの「さらに奥」、遺跡の地下深くに位置する未踏のエリアに釘付けになっていた。
「……おい、お前ら。ちょっと待て」
トウヤの声が、わずかに低くなる。
「どうしたんだ、トウヤの兄貴?」
「……これを見ろ。黄金の反応のさらに奥、マップの端の表示されない場所に……【プラチナ色】の光が点滅してる」
「「「えっ!?」」」
仲間たちが一斉に羅針盤を覗き込む。
確かに、黄金色の光の群れから遠く離れた深部に、神々しいプラチナの輝きが脈打っていた。
「……おかしいですね。今までプラチナ反応(神話級以上の超極上食材)があったのは、49階層のような『階層全体が特別』な場所か、50階層のような『大ボスの部屋』だけでした。ただの通過階層である57階層で、ポツンとプラチナ反応があるなんて……」
ルミナが、魔法学者としての知見から首を傾げる。
「ああ。完全に迷宮のセオリーから外れてる」
トウヤが羅針盤をしまい、【神斬りの業物】の柄に手を当てた。
「隠しボスか、あるいは突然変異のバケモノか……。何にせよ、超絶美味い『当たり階層』であると同時に、今までの常識が通用しないイレギュラーが潜んでるってことだ」
その言葉に、大人組の顔つきがスッと引き締まった。
「……なるほど。油断すれば、お肉を不味くしてしまうどころか、こちらが痛い目を見るかもしれないわけですわね」
「ワゥッ!」
クロも、前方に広がる遺跡の奥を睨んで低い唸り声を上げる。
「そういうことだ。だから、いきなり奥のプラチナに突撃するのはやめておく」
トウヤが指示を出す。
「まずは手前にいる黄金反応の食材から慎重に狩っていくぞ。54階層や55階層で培った『予測の上を行く連携』が、この遺跡の環境でも100%通用するか、念のための【連携確認】を行いながら進むんだ」
「「「了解ッッ!!!!」」」
イレギュラーな事態にも一切動じることなく、むしろ「未知の極上肉」への期待でモチベーションを爆上がりさせた美食家たちは、静かに遺跡の庭園へと足を踏み入れた。
「ピィィッ!(兄貴、遺跡の影にデッカい牛さんがいるよ! お肉がミッチリ詰まってる!)」
上空のクーが、遺跡の柱に擬態するように潜む魔物を発見する。
トウヤの【神眼の指揮】が即座に解析する。
「黄金反応の一つ、『エンシェント・ジェム・バッファロー(古代宝玉の猛牛)』だ! 遺跡の魔力を吸って育った赤身肉は、噛めば噛むほど極上の肉汁が溢れ出す『究極のシャトーブリアン』の塊だぞ!」
「「「究極のシャトーブリアンッッ!!」」」
「行くぞ! 遺跡の柱を壊すなよ、石の粉が肉に入ったら台無しだ! 完璧な連携で仕留めろ!」
「任せな! 【直感回避・影縫い】! クロ、合わせろ!」
「ワゥォォンッ!」
ジンとクロが左右から遺跡の死角を突き、猛牛の意識を完全に散らす。
「関節、いただきますわ! 【渾身撃・寸止め・脳天落とし】!」
エリスの重剣が、猛牛が反応するよりも早く急所を打ち抜き、気絶させる。
「「【絶対浄化・瞬間氷結】!!」」
ルミナとマリアの魔法が、遺跡の苔を一切凍らせず、猛牛の巨体だけを完璧にパッケージングした。
カッ――――!!!!
「よし! 連携100%、肉へのストレスゼロ! 完璧だ!!」
トウヤが、純白の光の後に残された完璧なシャトーブリアン・ブロックを確認し、ガッツポーズを決める。
セオリー外のプラチナ食材を最高の状態で仕留めるため。
彼らは遺跡の古庭園を慎重に、しかし圧倒的な練度で進みながら、極上肉の収穫と連携の最終調整を続けていくのであった。
***
【閑話:アルカディア王城・太陽の円卓の間】
トウヤたちが第57階層で極上シャトーブリアンを収穫していた頃。
地上のアルカディア王城では、『絶対同盟』の首脳陣による定例会議が開かれていた。
しかし、その空気はいつもの「デリバリーの美味しい報告会」とは違い、深い安堵と、ある種の脱力感に包まれていた。
「――以上が、北方軍事連盟ガルミアによる『デリバリー・ルート襲撃計画』の全容と、我が配達部隊による制圧、およびトウヤ殿への報告の顛末である」
帝国特級隠密部隊隊長にして、世界最強のウー〇ー配達員であるサイラスが、報告書を読み終えて一礼した。
円卓を囲むヴィルヘルム国王、ガルド宰相、オロスのゴールドマン議長たちは、皆一様に大きなため息を吐き、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「……そうか。トウヤ殿たちは、すでに第55階層……『間欠泉の蒸気迷宮』とかいう地獄のような環境におられたのだな」
ヴィルヘルムが、疲れたように天を仰ぐ。
「ええ。トウヤ殿は笑って仰いました。『地上の騎士が五百人来たところで、俺たちのところまで辿り着けるわけない。第20階層の猛毒沼か、第25階層の溶岩で全滅してる』……と」
サイラスが、トウヤの言葉を隠すことなくそのまま伝えた。
それを聞いたガルド宰相が、手で顔を覆って苦笑いした。
「……ハハッ。全くもって、英雄殿の仰る通りだ。我々は『トウヤ殿たちの食事を邪魔されてはならない!』と焦るあまり、大迷宮の深層という環境の恐ろしさを完全に度外視しておったわ」
「思い上がりも甚だしいですな」
ゴールドマン議長も、自嘲気味に笑う。
「地上の兵士どもが、50階層の『狂乱の重力空間』や『超高温の間欠泉』を踏破できるはずがない。……深層という神の領域に足を踏み入れられるのは、規格外のバケ……英雄であるトウヤ殿のパーティーと、そして……」
議長をはじめとする首脳陣の視線が、揃ってサイラスへと向けられた。
「その狂った環境を『荷物を揺らさずに往復する』という、さらに狂った修練を積んだ、貴殿ら【深淵の配達部隊】だけだ」
サイラスは、表情一つ変えずに恭しく頭を下げた。
「過分な評価、痛み入ります。我々はただ、熱々のスープと極上の調味料を、一滴もこぼさずにお届けしたいだけですので」
「それが一番恐ろしいのだ、サイラスよ」
ヴィルヘルム国王が、心底頼もしそうに、そして少しだけ震えながらサイラスを見つめた。
「……今回の件で、我々も完全に腑に落ちた。我々地上の国家が、直接トウヤ殿たちの護衛や手助けをする必要など、最初から全くなかったのだと」
「ええ。我々絶対同盟の役割はただ一つ」
ガルド宰相が力強く頷く。
「トウヤ殿たちの胃袋を満たす『最高級の調味料や食材』を世界中からかき集め、サイラスたち配達部隊に託すこと。そして……今回のようなガルミアの愚か者どもが迷宮を荒らさないように、サイラスたちに【浅層での露払い(害虫駆除)】を一任することだ!」
「ハッ! ご安心ください。お客様のデリバリー・ルートに湧く羽虫どもは、我々が空間の死角から全て処理いたします」
サイラスが、宇宙のように黒く輝く『次元歩行の靴』をわずかに鳴らし、絶対の自信をもって宣言した。
会議室に、深い納得と安堵の空気が広がった。
英雄たちは、自分たちの圧倒的な力と迷宮の環境によって、そもそも地上の脅威など意にも介していない。
そして、彼らと地上を繋ぐ「配達員」たちは、英雄の食卓を守るという狂気の使命感によって、地上のいかなる軍隊も一瞬で無力化する最強の武力へと進化を遂げている。
「万歳! これで我々の安全(と、極上肉のおこぼれ)は永遠に保証されたも同然だ!」
「さあ、ガルミアから巻き上げた賠償金で、オロス連盟からさらに最高級の香辛料を買い占めるぞ! 次のデリバリーに備えよ!」
地上の権力者たちは、もはや「世界の危機」など微塵も心配することなく、ただひたすらに「次は何を迷宮へ出前すれば、トウヤ殿たちは喜んで(美味しいお返しを)くれるだろうか」という、究極の食欲と貢物戦略に頭を悩ませることに全力を注ぐのであった。
一方その頃、大迷宮の第57階層にて。
「よし! シャトーブリアン大豊作だ! 今夜は分厚いステーキにして、サイラスたちが持ってきた幻の純米酢と大根おろしで、和風さっぱりステーキにするぞォォォッ!!」
「「「ヒャッハー!! いただきますッッ!!!!」」」
地上の狂騒など知る由もなく、最強の美食家たちのスローライフは、今日も最高に美味しく、平和に続いていくのであった。




