第111話:【閑話】極北の愚者たちの末路と、世界を震撼させる『絶対同盟』の宣戦布告
### 第111話:【閑話】極北の愚者たちの末路と、世界を震撼させる『絶対同盟』の宣戦布告
『悠久の大迷宮』の浅層、第10階層――『緑鬼の住まう苔むした洞窟』。
迷宮の入り口から比較的近く、駆け出しの冒険者たちがゴブリンを相手に日銭を稼ぐこの階層に、現在、異様な殺気を纏った集団が集結しつつあった。
彼らは、絶対中立を謳う『北方軍事連盟ガルミア』が誇る精鋭部隊――『極北の氷狼騎士団』の五百名である。
彼らはアルカディア王国の監視の目を欺くため、数十名ずつの小規模なクランや、柄の悪い傭兵団などに変装して迷宮へ侵入し、この第10階層の奥まった大空洞で合流を果たしたのだ。
「……よし。どうやらアルカディアの監視網は完全に抜けたようだな」
変装用の薄汚れたマントを脱ぎ捨て、煌びやかなミスリルの鎧を露わにした騎士団長・ヴォルフが、残忍な笑みを浮かべた。
「ハッ! アルカディアの兵など節穴です! 我々がこれだけの大規模な部隊で侵入しているというのに、誰も気づいておりません!」
副官が、自慢げに胸を張る。
彼らは、自分たちの「完璧な潜入作戦」が大成功したと信じ切っていた。
……アルカディアの特級隠密部隊『夜梟』によって、入国した瞬間から足取りを完全に把握され、「わざと」迷宮の中まで泳がされていたことなど、露ほども知らずに。
「我々氷狼騎士団が五百名も揃えば、大迷宮の深層とて恐るるに足らず! アルカディアが独占している『デリバリー・ルート』を制圧し、迷宮の奥で宝を掘っているという『英雄』とやらを捕縛し、我がガルミアの奴隷として永遠に宝と食材を貢がせてやるのだ!!」
「「「ウオォォォォォォッ!! ガルミアに栄光あれ!!」」」
大空洞に、五百名の野心に満ちた雄叫びが響き渡った。
――その、まさに直後である。
「……デリバリー・ルートを制圧する、だと?」
空間そのものから滲み出るような、冷たく、そして底知れぬ怒りを孕んだ声が響いた。
「なっ!? 誰だ!!」
ヴォルフが剣を抜き、声を張り上げる。
大空洞の天井。
重力に逆らい、逆さまの状態で鍾乳石に音もなく『立って』いたのは、漆黒の装束に身を包んだ三十名の男たち――サイラス率いる『深淵の配達部隊』であった。
「き、貴様ら! なぜ上に……いや、いつからそこにいた!?」
ヴォルフが驚愕に目を見開く。
サイラスは、宇宙のように黒く輝く『次元歩行の靴』を静かに鳴らし、虚空を見えない階段を降りるようにして、ゆっくりと地上へ降り立った。
「……貴様らの言う『英雄殿』とは、トウヤ殿たちのことだな?」
サイラスの双短剣が、チャキッと冷たい音を立てた。
その瞬間、三十名の配達員たちから放たれたのは、単なる殺気ではない。
それは【お客様の極上の食事(と、自分たちのおこぼれ飯)を邪魔しようとする害虫への、純度100%の怒りと嫌悪】であった。
「トウヤ殿たちは今、第55階層で『極上のタラバ蟹』を最高に美味しく調理しておられる最中だ。……その神聖なる食卓の場に、貴様らのような泥靴のゴミ共を向かわせるわけにはいかんのだよ」
「ほざけ! たかが三十名の暗殺者風情が、我々五百名の精鋭騎士を止められるとでも……」
「第一から第三小隊……害虫駆除、開始!!」
サイラスの号令が下った瞬間。
シュンッッ!!!!
三十名の影が、完全にこの次元から「消滅」した。
「え……?」
ヴォルフが瞬きをした、その0.1秒の間。
彼らの視界から配達員たちが消えたかと思うと、次の瞬間、最前列にいたガルミアの騎士五十名が、声も出さずに白目を剥いてバタバタと倒れ伏した。
「な、何が起きた!?」
「上だ! 空中に足場を作って跳躍している!!」
第54階層の『狂乱の重力空間』と『次元の裏側へ逃げる魔物』を相手に地獄の合宿を乗り越えたサイラスたちにとって、重力がまともに働き、真っ直ぐにしか動けない人間の騎士など、「完全に止まっている的」と同義であった。
「遅い。次元海老のテレポートに比べれば、欠伸が出るぞ」
空中の死角から現れたリオンが、騎士の兜の隙間を的確に突いて気絶させる。
「荷物を揺らさない歩法に比べれば、人を斬るなど造作もない!」
別の小隊員が、無振動歩法で五人の騎士の間をすり抜けながら、関節だけを正確に外していく。
「ヒィィィッ! バ、バケモノだ!!」
「空間を跳躍しているぞ! 魔法を撃て!!」
パニックに陥った騎士たちが無差別に魔法や矢を放つが、サイラスたちは『次元歩行の靴』で空中を逆さまに走り抜け、魔法の軌道そのものを物理的に斬り裂きながら、一切の無駄なく騎士たちの意識を刈り取っていった。
わずか『三分』。
五百名いた『極北の氷狼騎士団』は、誰一人として剣を振るうことすらできず、全員が関節を外され、あるいは急所を突かれて気絶し、大空洞の床に転がっていた。
「……ハァ、ハァ……ば、バカな……」
最後に残された騎士団長・ヴォルフは、腰を抜かして震え上がっていた。
「我がガルミアの、最強の五百名が……たった三分で……」
「ご苦労だったな。……トウヤ殿たちの耳に届く前に処理できて何よりだ」
サイラスが、ヴォルフの首筋に冷たい刃を押し当てる。
「貴様ら幹部は、地上の首脳陣の元へ『お持ち帰り(テイクアウト)』だ。せいぜい、己の国の愚かさを呪うがいい」
***
【数日後・アルカディア王城・太陽の円卓の間】
「……というわけで、バルバロス総統。貴国の『極北の氷狼騎士団』幹部三十名は、現在我が国の地下牢で丁重に保護(拘束)させてもらっている」
円卓の間に設置された大型の通信魔道具の向こう側で、北方軍事連盟ガルミアのバルバロス総統が、滝のような冷や汗を流しながら画面に映し出されていた。
『そ、それは何かの誤解だヴィルヘルム王! 我が国の騎士団は、純粋に迷宮の低層を探索する訓練を行っていただけであり……!』
「見苦しいぞ、バルバロス!」
帝国のガルド宰相が、バンッとテーブルを叩いて一喝した。
「貴様らが冒険者に扮してコソコソと侵入したことも、トウヤ殿たちのデリバリー・ルートを奪おうと企んでいたことも、全て我が国の諜報部隊と、捕虜となったヴォルフ騎士団長の自白によって明らかになっている!」
『ヒィィィッ! そ、総統閣下ぁぁぁ!』
通信機の前へ引きずり出されたヴォルフが、顔面を涙と鼻水でグシャグシャにしながら泣き叫んだ。
『あいつら……あの配達員たちは人間じゃありません! 空間を飛び越え、重力を無視して殺戮を行う悪魔です! 絶対に勝てません! 我々は、我々は手も足も出なかったのですぅぅぅ!』
かつての勇猛な騎士団長の見る影もない惨状に、バルバロス総統の顔面が絶望で青ざめた。
「……さて。トウヤ殿たちの『安らかなお食事』を脅かそうとした罪は、万死に値する」
ヴィルヘルム国王が、氷のように冷たい声で宣告した。
「我がアルカディア、そして神聖魔導帝国エルドリア、海洋通商連盟オロスをはじめとする『絶対同盟』の名において、貴国ガルミアに対し、以下の制裁を科す!」
ヴィルヘルムが突きつけたのは、騎士団員五百名の身代金を含む【国家予算の十年分に相当する法外な賠償金】、そして【同盟国全域からの経済封鎖および貿易停止措置】であった。
『なっ……!? そ、そんな法外な要求、国が滅んでしまう!!』
「ならば滅べばよい」
ガルド宰相が、無慈悲に切り捨てる。
「貴様らがトウヤ殿の元へ辿り着き、万が一にも彼らの『飯の邪魔』をして逆鱗に触れていれば、我々の国ごと、この大陸が純白の極大魔法で消し飛んでいたかもしれないのだぞ!! 貴様らは、世界を滅ぼしかけたのだ!!」
「そうだ! この程度の賠償で国が残るだけ、ありがたいと思え!」
同盟国の代表たちも、一斉にガルミアを糾弾する。
彼らにとって、トウヤたちの機嫌(と胃袋)を損ねることは、魔王の復活よりも恐ろしい『世界の終わり』と同義なのである。
圧倒的な武力差(サイラスたちの存在)と、世界中からの経済的包囲網を前に、バルバロス総統は完全に心が折れ、震える手で無条件降伏(賠償金の支払い)の条約にサインするしかなかった。
***
そして翌日。
『絶対同盟』は、大陸全土の国家に向けて、一つの【共同声明(宣戦布告)】を大々的に布告した。
『――世界各国の諸君。大迷宮の底に坐す英雄殿たちは、現在も我々の平和のために、過酷な深層での戦い(という名の極上キャンプ)を続けておられる』
『彼らの神聖なる食卓を、いかなる理由であれ妨害する者、またはそのデリバリー・ルートを脅かす勢力が現れた場合……我ら絶対同盟は、これを【世界への反逆】とみなし、今回ガルミアに下した以上の徹底的な武力制裁と経済制裁をもって、その国家を地図上から完全に抹消することをここに誓う!』
この声明は、大陸中の全ての国家を震撼させた。
絶対中立を謳っていた大国ガルミアが、わずか数日で国家破産寸前まで追い込まれ、最強の騎士団がたった三十名の「配達員」に三分で全滅させられたという事実は、もはや「誇大広告」などと笑えるものではなかったからだ。
「……アルカディアの言う『英雄』とは、一体どれほどのバケモノなのだ……」
「配達員でさえ空間を跳躍するのだぞ!? その奥にいる連中を怒らせれば、本当に世界が終わるに違いない……!」
「すぐに、すぐにアルカディアへ献上するための新たな極上調味料を探せ! 英雄の胃袋をご機嫌に保つことこそが、我が国の唯一の防衛策だ!!」
ザガン帝国に続き、ガルミアの愚かな野心(ハイジャック計画)が完膚なきまでに粉砕されたことで。
世界の覇権は、完全に「武力」から「食(デリバリーを通じた貢物)」へとシフトした。
迷宮の底で、トウヤたちが美味いタラバ蟹の蟹味噌をすすって「幸せだなー」と笑っている間に、地上では彼らの食卓を守るための【絶対に不可侵の聖域化】が、恐ろしいほどの規模と狂気をもって完成しつつあったのである。




