第110話:間欠泉の蒸気迷宮と、極上タラバ蟹の完璧な収穫(そして忍び寄る愚者たち)
### 第110話:間欠泉の蒸気迷宮と、極上タラバ蟹の完璧な収穫(そして忍び寄る愚者たち)
『悠久の大迷宮』第54階層――『位相の狂った幻影の湖と逆さ滝』。
天地が逆転する狂乱の空間で行われた、数日間にわたる【合同・三半規管破壊&適応合宿】。
トウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、このデタラメな環境を完全に克服し、あらゆる空間の歪みや幻影の裏をかく『予測の上を行く超高度連携』を確固たるものとしていた。
そして本日。
サイラスたち配達部隊(深淵のウー〇ー)がデリバリー任務再開のために一時地上へ帰還したのを見送った後、トウヤたちはいよいよ第55階層への扉の前に立っていた。
「……さて。第55階層だ」
トウヤが、黒曜石の大扉を見上げて気を引き締める。
「迷宮のセオリー通りなら、5階層ごとの節目には『中ボス』がいる。最初からボスの大部屋に出るか、あるいは45階層の黄金羊の時のように、隠しルートの奥に潜んでいるかの二択だ」
「いずれにせよ、50階層台の中ボスとなれば、今まで以上に一筋縄ではいかない凶悪な環境と強さを持っているはずですわね」
エリスが、ゴクリと喉を鳴らした。
「……ええ。お肉の味も、今まで以上に凶悪に美味しくなっているはずですの!」
「ガッハッハ! 違いない! 俺たちの新しい連携を試すには、最高のメインディッシュってわけだ!」
トウヤは笑って『天啓の美食羅針盤』を取り出し、盤面に魔力を流し込んだ。
……ピカァァァァァァァァァッッ!!!!
盤面の中央に、隠れボス級以上の超極上食材を示す、強烈な『プラチナ色』の光が一つだけ点灯した。
「よし! ボス部屋直行パターンだ! しかもプラチナの輝き……超特大の極上食材が確定してるぞ!!」
トウヤが歓喜の声を上げ、大扉を力強く押し開けた。
――シューーーーーッッ!!!!
扉を開けた瞬間、凄まじい音と共に、視界を真っ白に染め上げるほどの超高温の『蒸気』が吹き付けてきた。
「うおっ!? アッチィ!!」
「ピィィッ!(兄貴、前が全然見えないよ!)」
第55階層(中ボス部屋)――『灼熱の間欠泉峡谷と蒸気霧の神殿』。
そこは、地面の無数の亀裂から数秒おきにランダムで超高温の間欠泉(熱湯の柱)が吹き上がり、空間全体が視界ゼロの濃密なスチームサウナ状態になっている、極めて危険なトラップフィールドであった。
「シュゴォォォォォォッ!!」
そして、その蒸気の奥。
間欠泉の熱湯を全身に浴びながら、巨大な影が立ち上がった。
体長三十メートル。全身が煮えたぎるような真っ赤な甲殻に覆われ、巨大な二つのハサミから高圧の蒸気ブレスを吐き出す神話級の甲殻類。
第55階層中ボス――『アビス・スチーム・キングクラブ(深淵の間欠泉大王蟹)』であった。
トウヤの【神眼の指揮】が、蒸気越しにその成分を解析し、絶叫する。
「おいお前らァァァッ!! 超特大のタラバ蟹だァァァッ!!」
「「「タ、タラバ蟹ィィィッ!!?」」」
「あいつ、ただの蟹じゃねえ! 常に間欠泉の熱湯と蒸気を浴び続けているおかげで、分厚い殻の中で身が『究極のレア状態』にスチームされてやがる! しかも甲羅の中には、濃厚な旨味が何百倍にも凝縮された『神話級の蟹味噌』がタプタプに詰まってるぞォォォッ!!」
「「「神話級の、蟹味噌ォォォォッ!!!!」」」
「だが注意しろ! あいつの甲羅はオリハルコンより硬い上に、少しでも殻にヒビを入れちまうと、中の極上スチームエキス(旨味)が蒸気と一緒に全部外へ逃げちまう! 殻に一切の傷をつけず、関節の隙間だけを狙って一撃で仕留めるんだ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
視界ゼロの蒸気霧。ランダムに吹き上がる間欠泉。そして殻を傷つけてはならないという縛り。
普通の冒険者なら即座に撤退を選ぶ絶望的な状況だが、直前まで「デタラメな空間」で特訓を積んできた彼らにとって、これは【最高の腕試しの舞台】であった。
「(クー! 間欠泉の噴出タイミングと、蟹の魔力波紋を読め!)」
トウヤが念話で指示を飛ばす。
「(ピィッ! 三秒後、右から三本目の間欠泉が噴き出すよ! 蟹は蒸気に紛れて左に回り込んでる!)」
「(見えたぜ……! 蒸気の流れ、魔力の揺らぎ! 幻影空間に比べれば、ただ見えないだけの物理現象なんて可愛いもんだ!)」
ジンが目隠しをするように目を細め、聴覚と直感だけで間欠泉の熱湯をミリ単位で躱しながら、蟹の死角へと神速で回り込む。
「(クロ、影を縫え! ガレス、蒸気を吹き飛ばすな、光の屈折で蟹の目を欺け!)」
「(ワゥッ!)」
「(任せろ! 【太陽神の鏡盾・幻惑の光】!)」
クロが間欠泉の影を利用して蟹の動きを一瞬だけ封じ、ガレスが盾の光で蒸気に乱反射を起こして蟹の視覚を完全に狂わせる。
「(エリス! 今だ!!)」
「(関節の隙間、いただきましたわ!! 【渾身撃・極・無音の針抜き】!!)」
ドシュッ!!
エリスの重剣が、大剣とは思えないほどの精密さで、蟹の分厚い装甲の『わずか数ミリの関節の隙間』に滑り込み、中枢神経だけを完璧に切断した。
「シュ……ゴ……ッ」
大王蟹は殻に一切の傷をつけられることなく、熱湯の柱の中で白目を剥いて完全に沈黙した。
「(ルミナ! マリア!)」
「((【絶対浄化・瞬間氷結】!!))」
カッ――――!!!!
一切の無駄なく、そして極上エキスの蒸気を一滴も逃さずにパッケージングされた『巨大な茹でタラバ蟹(瞬間冷凍状態)』が完成した。
「……よぉぉぉしッ!! 討伐完了だ!!」
トウヤが歓喜の声を上げ、巨大な蟹をアイテムボックスに収納する。
「いやー、54階層での合宿の成果がモロに出たな! 視界ゼロでも、みんなの動きが手に取るように分かったぞ!」
「ええ! 予測のさらに上を行く連携……完全にものにしましたわね!」
エリスが、大剣をしまって誇らしげに胸を張る。
「おっ、トウヤの兄貴! 中ボスの宝箱だ!」
宝箱からは、熱湯や蒸気を完全に無効化し、さらに食材を蒸すための『神話級・魔導スチーマー(特大蒸し器)』などのレアアイテムが飛び出した。
「最高じゃねえか! これでさらに料理の幅が広がるぞ!」
トウヤが、即座に安全地帯である中ボス部屋の奥に【星の箱庭】を展開する。
「よし! 今日は合宿の打ち上げも兼ねて、中ボスのタラバ蟹で『極上・蟹づくしパーティー』だ!! 焼き蟹、蟹刺し、そして甲羅ごと炭火で焼いた『濃厚・蟹味噌の日本酒割り』だァァァッ!!」
「「「ヒャッハー!! 宴会だァァァッ!!!」」」
中ボスすらも完璧な連携で瞬殺し、極上のタラバ蟹の旨味と濃厚な蟹味噌に舌鼓を打つ美食家たち。彼らの絆と実力は、後半戦において完全に『無敵の領域』へと到達しつつあった。
***
【閑話:アルカディア王城・地下作戦室】
トウヤたちが極上の蟹味噌を堪能しているその頃。
地上のアルカディア王城では、極めてピリついた空気の中で緊急会議が開かれていた。
集まっているのは、ヴィルヘルム国王、ガルド宰相。そして、先日の合同合宿から帰還し、文字通り「次元の違う強さ」を手に入れていた配達部隊隊長・サイラスである。
さらに、彼らの前に片膝をついているのは、アルカディア王国直属の特級隠密部隊『夜梟』の部隊長であった。彼らはサイラスたちのような物流特化ではなく、純粋な他国への諜報活動を担う影の部隊である。
「――報告いたします。絶対中立を謳っていた『北方軍事連盟ガルミア』が、極秘裏に軍を動かしました」
夜梟の部隊長が、重苦しい声で告げた。
「なんだと!?」
ヴィルヘルム国王が立ち上がる。
「ガルミアの狙いは、我々『絶対同盟』が独占している大迷宮の恩恵……すなわち【デリバリー・ルートのハイジャック】、および迷宮の底にいる英雄殿たちの捕縛(奴隷化)です。奴らは我が同盟の目を盗み、精鋭である『極北の氷狼騎士団』五百名を、すでに大迷宮の浅層へと侵入させました!」
「…………は?」
その報告を聞いた瞬間、ヴィルヘルム国王とガルド宰相の顔から、怒りよりも先に『呆れ』と『深い同情』が浮かんだ。
「ガルミアの馬鹿どもめ……。よりにもよって、トウヤ殿たちの食事を邪魔しようというのか? ザガン帝国がどうやって滅んだか、本当に理解していなかったようだな」
ヴィルヘルムが、やれやれと額を押さえる。
「しかし陛下。問題はそこではありません」
ガルド宰相が、冷や汗を流しながら口を開いた。
「もし、ガルミアのゴミ共がトウヤ殿たちの元(55階層)まで到達し、万が一にも彼らの【食事の邪魔】をしてしまったら……。激怒した英雄殿たちが、今度こそこの地上を『純白の光の柱』で消し飛ばしかねませんぞ!!」
「――――ッ!! しまった! トウヤ殿たちに『飯を邪魔された不快感』を与えてしまうこと自体が、我々同盟にとって最大の危機ではないか!!」
ヴィルヘルム国王が、パニックを起こして頭を抱える。
その時である。
「……陛下。ガルド宰相」
背後に控えていたサイラスが、静かに一歩前に出た。
彼の瞳は、かつての冷静なスパイのものではない。狂気的なまでの「ウー〇ー配達員としての絶対的な矜持」、そして『自らの逆デリバリー(おこぼれ飯)を脅かそうとする者への底知れぬ殺意』に満ちていた。
「我々『深淵の配達部隊』は、トウヤ殿たちから直々に神の領域の連携を学んだ、世界最強の物流業者であります。……我々の配達ルート(職場)に泥靴で踏み入る害虫どもを、お客様(トウヤ殿たち)の元へ到達させるわけにはいきません」
サイラスが、宇宙のように黒く輝く『次元歩行の靴』を鳴らし、双短剣の柄に手をかけた。
「許可を。これより我々配達部隊三十名が迷宮へ赴き……ガルミアの騎士団五百名を、トウヤ殿たちの耳に騒音が届く前に、全て【処理(害虫駆除)】してまいります」
「……サ、サイラス。三十名で、五百名の精鋭騎士を相手にするというのか!?」
ヴィルヘルムが息を呑む。
「ご心配なく。……狂乱の空間で『次元海老』をノーダメージで解体する作業に比べれば、重力がまともに働く浅層で、動きの遅い人間の首を落とすなど……【止まっている的を斬るよりも容易いこと】です」
サイラスが、凍りつくような冷たい笑みを浮かべた。
ヴィルヘルムとガルドは、サイラスの背中から立ち上る「次元の違う強者の覇気」に戦慄し、そして深く頷いた。
「……頼むぞ、サイラス。英雄殿たちの食卓(と、我々の命)を守り抜いてくれ!」
「ハッ! 第一から第三小隊、これより『害虫駆除のデリバリー』へ向かいます!」
シュンッッ!!
サイラスの姿が、一切の風切り音も残さず、空間の裏側へと溶けるように消え去った。
トウヤたちが深層で美味い蟹味噌を堪能している頃。
浅層にて、ガルミアの騎士団五百名は、突如として空間の歪みから現れる「重力を無視した最強の配達員たち」によって、悲鳴を上げる間もなく蹂躙され、自らの愚かさを後悔する暇すら与えられずに壊滅の運命を辿ることになる。
大迷宮の底で繰り広げられる飯テロ合宿は、結果として、地上を裏から支配する『最強の防衛部隊』を完全な形で生み出してしまったのである。




