第105話:プラチナの共鳴迷宮と、美食家たちの極限縛りプレイ(サイレント・ハント)
### 第105話:プラチナの共鳴迷宮と、美食家たちの極限縛りプレイ(サイレント・ハント)
『悠久の大迷宮』第52階層での【秋の超絶・大収穫祭】を終え、アイテムボックスを極上のイベリコ猪肉や松茸、秋鮭でパンパンに満たしたトウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹。
秋の味覚の余韻に浸りながらも、彼らの底なしの食欲は決して留まることを知らない。
「いやー、52階層は最高だったが、次も期待したいところだな!」
トウヤが、第53階層へと続く黒曜石の大扉の前で、恒例となった『天啓の美食羅針盤』を取り出した。
「羅針盤さん、どうか次も美味しいお肉をお願いしますわ……!」
エリスが祈るように両手を組む中、トウヤが盤面に魔力を流し込む。
ピカァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!!
「――――ッ!?」
「お、おいトウヤの兄貴! この輝き……!」
ジンが目をひん剥いて叫んだ。
羅針盤の盤面から放たれたのは、いつもの黄金色ではない。
第49階層(天空のオールスター・ビュッフェ)の時にしか見たことのない、隠れボス級以上の超極上食材を示す『プラチナ色』の神々しい光であった。
しかも、その光は一点ではなく、盤面に描かれた複雑なマップの奥深くに、巨大な光の塊として脈打っている。
「プラチナだ!! 間違いねえ、超特大のプラチナ食材の反応だぞォォォッ!!」
トウヤが、興奮でブルブルと震えながら羅針盤を掲げた。
「大ボスの双頭竜にも匹敵する、いや、それ以上の『神話級の極上肉』がこの扉の先に待ってるってことだ!!」
「「「神話級の、極上肉ゥゥゥッ!!!」」」
「ヒャッハー! 早速ぶち殺して食うぜ!!」
「マグマの闘気、準備万端ですわ!!」
前回の秋合宿ですっかり英気を養っていた大人組(ジン、エリス、ガレス)が、完全に狂戦士の目をしてそれぞれの得物を抜いた。
「よし! 行くぞお前ら! プラチナ肉のお出ましだァァァッ!!」
バンッ!!
トウヤが、勢いよく第53階層の扉を押し開けた。
――しかし。
扉の先に広がっていたのは、彼らが想像していたような広大な平原や森ではなかった。
第53階層――『硝子細工の共鳴迷宮と水晶の神獣』。
そこは、天井も床も、そして行く手を阻む複雑な壁の全てが、透き通るような美しい『水晶』と『硝子』で構築された、巨大で精密な大迷路であった。
「……なんだここ。すっげえ綺麗だけど、完全に迷路じゃねえか」
ジンが、薄暗く輝く水晶の通路を見渡して首を傾げる。
「ピィィッ……(兄貴、壁がキラキラしてて、奥の匂いがよく分からないよ……)」
クーも、水晶の乱反射に戸惑っている。
「フン、迷路だろうが何だろうが関係ないだろう。羅針盤でプラチナ反応の方向は分かっているんだ、いつも通りエリスの剣と俺の爆炎で、壁ごと一直線にぶち抜けばいい!」
ガレスが【太陽神の鏡盾】を構え、力技でのショートカット(物理開拓)を提案する。
「ええ! 迷路をウロウロするなんて時間の無駄ですわ! 【渾身撃・オーバードライブ】で一気に……!」
エリスが大剣を振り被った、その瞬間。
「ストォォォォォォップ!!!!」
トウヤが、血相を変えてエリスの大剣にすがりつき、全力で引き止めた。
「絶対にダメだ!! ここで壁を壊したり、強い振動を出す魔法を撃つのは絶対にやめろ!!」
「えっ? な、なぜですのトウヤ様? 今までハズレ階層の迷路は全部壁を壊して進んできましたわよ?」
エリスが不思議そうに小首を傾げる。
トウヤは滝のような冷や汗を流しながら、【神眼の指揮】で解析したこの階層の『絶望的なギミック』を読み上げた。
「いいか、よく聞け! この迷宮の壁は『共鳴水晶』でできてる! もし壁を壊したり、爆炎や大剣で強い振動(衝撃波)を与えちまうと、その振動が迷宮全体に共鳴して、奥にいるプラチナ食材にまでダイレクトに伝わっちまうんだ!」
「振動が伝わると、どうなるんだ?」
ガレスが尋ねる。
「……奥にいるプラチナ反応の正体は、『クリスタル・エンペラー・ヴェニソン(水晶帝鹿)』だ。普段は信じられないくらい柔らかくて、噛めば極上の肉汁と上品な甘みが溢れ出す【究極の鹿肉ステーキ】の塊なんだが……」
トウヤがゴクリと息を呑む。
「こいつ、外部からの強い振動や殺気を感じ取ると、自己防衛のために肉の細胞を一瞬で【完全硬直(クリスタル化)】させやがる! 一度硬直した肉は、二度と元には戻らない! つまり……壁を壊した瞬間に、究極の鹿肉が『パサパサでガチガチの、ただの塩辛いゴム塊』に成り下がるんだよォォォッ!!」
「「「――――ッッ!!!!」」」
その事実を聞いた瞬間、六人と三匹の顔からスッと血の気が引いた。
究極の極上ステーキが、自分たちの雑な行動のせいで「パサパサのゴム」になる。
それは彼ら美食家にとって、死以上の絶望であり、万死に値する大罪であった。
「あ、危なかったですわ……! 私、危うく自らの手で究極の鹿肉をゴムに変えるところでしたの……!!」
エリスが、ガクガクと震えながら『竜殺しの重剣』をそっと、本当にそっとアイテムボックスにしまった。
「爆炎も絶対禁止だな。……危うく肉を台無しにする戦犯になるところだったぜ」
ガレスも、そーっと盾の魔力をオフにする。
普通の冒険者であれば、「肉が硬くなろうが知ったことか! 命が惜しいから壁を壊してさっさと進む!」と割り切るだろう。
だが、彼ら(キャンパー)の行動原理は常に「食材の鮮度と味が最優先」である。
「……分かったな、お前ら」
トウヤが、極めて真剣な表情で仲間たちを見回した。
「この第53階層は、力任せの突破や魔法のぶっぱが一切許されない【超絶・激難易度の縛りプレイ階層】だ! 壁には指一本触れるな! 足音も立てるな! もちろん、道中に出現する魔物も、振動を一切出さずに『完全な静寂』の中で仕留めろ!! 全ては、奥で待つ究極の鹿肉ステーキを、最高の状態でいただくためだ!!」
「「「了解ッッ!!!!」」」
かくして。
究極の飯のために、世界最強の探索者たちによる『異常なまでの極限縛りプレイ(サイレント・ハント)』が幕を開けた。
「ジン! お前の出番だ! 罠と行き止まりを完璧に見極め、最短かつ【正規ルート】で迷路を案内しろ!」
「任せな! サイラスたちに負けねえ『完全無振動歩法』を見せてやるぜ!」
ジンが先頭に立ち、足音一つ立てずに水晶の迷路を進んでいく。
その後ろを、エリスやガレスといった重量級の戦士たちが、抜き足差し足で、まるで薄氷の上を歩くかのようにプルプルと震えながらついていく。
『ワゥ……』
クロも肉球のクッションを極限まで使い、クーは羽音すら立てずに滑空し、リルはゼリー状の体をペタンペタンと静かに這わせている。
カチャッ……。
迷路の角を曲がった瞬間、前方に水晶の甲殻を持つ『クリスタル・アント(水晶巨大蟻)』の群れが出現した。
普通ならガレスが爆風で吹き飛ばす場面だが、今はダメだ。
「(……私が行きますわ)」
エリスが、声も出さずにハンドサインを送る。
彼女は重剣ではなく、予備の短剣を逆手に構えた。マグマの闘気を完全に体内に封じ込め、自身の筋力のみで地を蹴る。
シュッ……!!
風切り音すら立てない神速の踏み込み。エリスは水晶蟻の群れの間をすり抜けながら、甲殻の隙間(関節)に短剣を滑り込ませ、音もなく神経を断ち切った。
「(ジン様! 落ちる前に!)」
「(おう!)」
ジンが倒れゆく巨大蟻の巨体を空中でキャッチし、水晶の床に「ガシャン!」と激突するのを防ぐ。そのままそっと床に寝かせ、マリアが【無音の絶対結界】で包み込んで密閉・冷凍する。
「(……お、恐ろしく見事な連携だ……!)」
トウヤは、冷や汗を流しながらその光景を見ていた。
51階層での『繊細な連携訓練』が、まさかこんな狂った縛りプレイの状況で100%の成果を発揮するとは。
「(兄貴、右の通路はダミーだ! 左の細い道が正解ルートだぜ!)」
「(よし、慎重に進め! 壁にマントが擦れる音すら出すなよ!)」
彼らの集中力は限界を突破していた。
壁にぶつかれば肉がマズくなる。魔物を派手に倒せば肉がマズくなる。
その「絶対に美味い肉を食う」という凄まじい執念が、彼らの索敵能力、体幹バランス、そして暗殺術(解体術)を神の領域にまで引き上げていた。
(※ちなみに、彼らがこれほど真剣に迷宮のギミック(迷路)を正規ルートで真面目に攻略したのは、これが初めてである)
***
そして、数時間の極度な緊張と静寂の行軍の末。
「(……見えた!)」
ジンが、水晶の壁の向こうを指差した。
迷路の最奥、美しいステンドグラスのような大広間。
その中央に、プラチナ色の光を放つ巨大な神獣――『クリスタル・エンペラー・ヴェニソン(水晶帝鹿)』が、悠然と佇んでいた。
透き通るような白銀の毛並みに、王冠のように枝分かれした美しい水晶の角。
だが、トウヤの神眼には、その皮の下にたっぷりと蓄えられた『熱を加えると一瞬でとけ出す究極の赤身と脂』がハッキリと見えていた。
「(……あいつだ。まだ俺たちの気配に気づいてない。肉は完全にリラックスした最高級の状態だ)」
トウヤが念話で全員に指示を飛ばす。
「(ルミナ、マリア。魔法の準備だ。絶対に音を出すな。俺の空間斬りと同時に、無音で氷結させろ)」
「(了解ですわ……!)」「(はいっ……!)」
「(ジン、エリス、ガレス。あいつに少しでもストレス(殺気)を与えれば肉が硬くなる。……だから、【完全に無の境地】で、慈愛に満ちた心で首を落とせ)」
「(……無の境地……!!)」
「(鹿肉への、深い愛……!!)」
美味い肉のためならば、精神修養すら一瞬で完了させるバケモノたち。
ジンとエリスは、殺気どころか「ありがとう、美味しくいただきます」という純粋な感謝の念(食欲)だけを抱き、完全に自然と一体化して飛び出した。
「(――いただきますっ!!)」
シュパンッッ!!!!
無音の閃光。
ジンの双短剣とエリスの短剣が、帝鹿の首の神経を左右から同時に、かつ痛みを感じるよりも早く切断した。
ビクッ、と帝鹿が反応する間もなく。
トウヤの【空間斬り】が首の骨を無音で切断し、同時にルミナとマリアの【完全無音・絶対浄化氷結】が、帝鹿の巨体を純白の光で包み込んだ。
カッ――――!!!!
(※音はないが、強烈な光の柱だけはしっかりと地上の王城へ向けて打ち上がり、ヴィルヘルム国王を「また撃ちおったか!」と安堵させた)
ズシン……とも音を立てず、ふわりと水晶の床に着地したのは、完全なリラックス状態を保ったまま瞬間冷凍された『究極の神鹿ブロック肉』であった。
「……よぉぉぉぉぉぉぉしッッ!!!!」
トウヤが、ついに声を出してガッツポーズを決めた。
「お疲れ様! 肉質チェック……プラチナ中のプラチナだ! 細胞の硬直ゼロ! 最高の状態で仕留めたぞォォォッ!!」
「「「うおおおおおおおおっ!!!! 食えるぞォォォッ!!!」」」
極限の縛りプレイから解放された六人と三匹が、大広間で抱き合って歓喜の涙を流す。
水晶の迷宮全体に彼らの歓声が響き渡り、壁がビリビリと震えたが、もはや食材は回収した後なので何の問題もなかった。
「ハァ……ハァ……! 死ぬほど神経を使いましたわ……!」
エリスが、その場にへたり込む。
「マジで疲れたぜ……。でも、これで最高のステーキが食えるなら安いもんだ!」
「よし! この大広間は安全地帯だ、ここに拠点を張るぞ! 今日は極限まで神経を使ったお前らのために、俺が最高のフルコースを作ってやる!」
「「「ヒャッハー!! 待ってましたァァァッ!!」」」
***
数十分後、【星の箱庭】のダイニングルーム。
「さあ食え!! 『クリスタル・エンペラー・ヴェニソンの究極赤身ステーキ 〜無限発酵蔵の赤ワインと特製ベリーソース仕立て〜』だ!!」
ドォォォォンッ!! と、分厚く切り分けられた、まるでルビーのように美しい赤身肉のステーキが並べられた。
「いただきますッッ!!!!」
ジンが、ナイフを入れた瞬間に目を見開いた。
「な、なんだこれ!? 刃が豆腐みたいにスッと入るぞ!?」
エリスが、震える手でステーキを口に運ぶ。
「――――ッッ!! んんんんん〜〜〜ッ!!」
エリスは、あまりの美味さに白目を剥いて天を仰いだ。
「噛んだ瞬間に、上品でクセの全くないお肉の旨味と、極上の甘い肉汁が滝のように溢れてきますわ! そしてこの、少し酸味のあるベリーソースと赤ワインの香りが、鹿肉の風味を神話の領域まで引き上げて……!!」
「ガッハッハ! 肉が柔らかすぎる! 縛りプレイで一切のストレスを与えずに仕留めたからこそ、この究極の柔らかさが保たれてるんだな!!」
ガレスも、赤ワインを樽ごと煽りながらステーキを貪り食う。
ルミナやマリアも、その上品で繊細な味わいにうっとりと頬を緩めていた。
「いやー、苦労した甲斐があったな! 迷宮のギミックも、俺たちの食欲の前じゃただのスパイス(調理工程)に過ぎねえってことだ!」
トウヤが、最高級のステーキを噛み締めながら高らかに笑う。
食材の鮮度を守るためならば、どんな激難易度の縛りプレイ(サイレント迷路攻略)だろうと完璧にこなしてみせる美食家たち。
彼らの狂気的とも言える食への執念は、大迷宮の悪辣なギミックすらも完璧に粉砕(調理)し、後半戦の旅をさらに美味しく、そして非常識なものへと染め上げていくのであった。




