第103話:初心と真髄、そして深淵のウー〇ー大歓迎会
### 第103話:初心と真髄、そして深淵のウー〇ー大歓迎会
『悠久の大迷宮』第51階層――『迷い草の広葉樹林と清流のせせらぎ』。
大迷宮の折り返し地点となる第50階層の大ボスを討伐したトウヤたち『悠久の踏破者』の六人と三匹は、現在この緑豊かな森の階層にて、真面目な『連携訓練とスキルの習熟』に励んでいた。
「ジン、右へ誘導しろ! エリス、踏み込みが半歩早い、敵の重心を見極めろ!」
「おうっ! 【幻影歩法】!」
「はいっ! 【竜殺しの重剣・流の型】!」
巨大な『ミスリル・ホーン・ベア』の突進を、ガレスが【太陽神の鏡盾】で完璧な角度で受け流す。体勢を崩した巨熊の死角から、漆黒の影狼クロが音もなく飛び出して気を引き、その隙にジンとエリスが最小限の動きで急所だけを的確に狙い打つ。
「ルミナ、マリア! 魔法の出力調整、完璧だ! そのまま一瞬で凍らせろ!」
「「【ホーリー・アブソリュート・バースト(手加減版)】!!」」
カッ――――!!
森の一部だけを正確に包み込む、洗練された純白の光。
ただ力任せに魔法をぶっ放すのではなく、周囲の環境への被害をゼロに抑え、かつ「肉の細胞を1ミリも傷つけずに」瞬間冷凍する、極めて繊細で高度な連携技であった。
「ピィィッ!(兄貴、お肉綺麗に凍ったよ!)」
上空から索敵と戦況確認を行っていたクーが、トウヤの頭上に降り立って報告する。
「よし、回収完了! リル、血抜きした後の地面の掃除を頼む!」
「プルルッ!」
透き通るような青色の浄化スライム・リルが、嬉しそうに地面を這い回り、戦いの痕跡(血や泥)をチリ一つ残さずピカピカに浄化していく。
「ふぅ……。どうだお前ら、だいぶ感覚が研ぎ澄まされてきただろ?」
トウヤが、満足げに頷いた。
「ええ! 力任せに粉砕するのではなく、お肉の繊維を労わりながら剣を振るう……この繊細な力の使い方が、ようやく板についてきましたわ!」
エリスが汗を拭いながら、清々しい笑顔を見せる。
彼らはここ数日、かつての「作業的なタイムアタック」をやめ、純粋な探索者としての技量と連携を磨き直していた。すべては、後半戦の未知なる極上食材を「絶対に劣化させないため」である。
――その時であった。
「ん? トウヤの兄貴、上からすっげえ数の気配が来るぜ。……でも、この気配の消し方、あいつらだな」
ジンが、上空の木々の隙間を見上げてニヤリと笑った。
サァァァァッ……!!
風の音すら立てずに、第51階層の森の木々に舞い降りたのは、漆黒の装束を纏った集団であった。
その数、実に三十名以上。
彼らの足元には、全員お揃いの宇宙のように黒く輝くブーツ――【次元歩行の靴】が装備されており、背中には巨大な魔法の保温ボックスが背負われている。
「……失礼する、トウヤ殿! 第十五回・定期デリバリー任務、お届けに上がった!」
帝国特級隠密部隊『影歩く者』隊長、サイラス。
そして彼の後ろに控えるのは、地獄の無振動マラソンと次元蜘蛛の無限狩り(密猟)を生き抜いて正式に配達員として認められた、各国の精鋭からなる「第二部隊」と「第三部隊」の新人たちであった。
「おおっ! サイラス! 待ってたぜ!」
トウヤが笑顔で手を振る。
「随分と人数が増えたな! 後ろの連中が、例の各国から研修に来たっていう新人配達員たちか?」
「ハッ! 彼らにはすでに、浅層での『絶対無振動訓練』と、裏ルートでの『次元歩行の靴ファーミング』を叩き込んであります! 今日が彼らにとって、初めての51階層(深層)への実地デリバリーとなります!」
サイラスが、誇らしげに胸を張る。
新人配達員たちは、憧れと畏怖の入り混じった目でトウヤたちを見つめていた。
(((こ、この人たちが、大迷宮の深層で神話級の魔物を狩りまくっているという、地上の命運を握る『若き英雄』たち……!!)))
彼らは極度の緊張で、直立不動のままガタガタと震えている。
トウヤは、そんなガチガチの新人たちを見て、パンッと手を叩いた。
「よし! ならば今日の連携訓練はここまでだ!」
トウヤが高らかに宣言する。
「今日はサイラスのところの第二、第三部隊の初めての51階層到達を祝して! 訓練を休みにして、【新人配達員(ウー〇ー)大歓迎会】を開くぞォォォッ!!」
「「「うおおおおおおッ!! 宴会だァァァッ!!」」」
ガレスやジンたちが、一瞬で武器をしまい、狂喜乱舞して大広間の設営準備に取り掛かる。
その様子を見て、サイラスはハッとして慌てて首を振った。
「ト、トウヤ殿! お、お待ちいただきたい!!」
「ん? どうしたサイラス」
「我々のようなしがない配達業者のために、英雄たるトウヤ殿たちの『神聖なる修練の時間』を潰すわけにはいきません! 先ほどの上空から拝見した、あの無駄のない神がかった連携……! 後半戦へ向けて、皆様がどれほど血を吐くような努力とストイックな修練を積んでおられるか、我々には痛いほど分かります!!」
サイラスが、恐縮しきった顔で深く頭を下げる。
新人たちも、「我々のために、世界の平和を背負う英雄の修練を止めるなど滅相もない!」と土下座せんばかりの勢いであった。
しかし。
その言葉を聞いたトウヤたち六人と三匹は、ポカンと顔を見合わせた。
「……血を吐くような努力?」
「世界の平和を背負う?」
プッ……。
アハハハハハハハハッ!!!!
突然、トウヤを筆頭に、『悠久の踏破者』のメンバー全員が腹を抱えて大爆笑し始めた。
エリスはお腹を押さえて笑い転げ、ガレスは涙を流して肩を震わせている。クロとクーも、つられるように「ワォーン!」「ピピィッ!」と楽しげに鳴いている。
「な、なにがおかしいのでしょうか……?」
サイラスと新人たちが、完全に呆気にとられて呆然とする。
「いや、わりぃわりぃ!」
トウヤが、笑い涙を拭いながらサイラスの肩をバンバンと叩いた。
「サイラス、あんたたち、俺たちのこと何か盛大に勘違いしてないか? 俺たちがなんで51階層で連携訓練なんてやってたか、本当の理由を教えてやるよ」
トウヤは、ニカッと笑って親指を突き立てた。
「あの熊の肉を『絶対に1ミリも傷つけずに、世界一美味い状態で食うため』だ!!」
「…………は?」
三十名の配達員たちの思考が、完全にフリーズした。
「ガッハッハ! そりゃそうだろう!」
ガレスが樽ジョッキを持ち出しながら大笑いする。
「俺たちは魔王を倒すためでも、世界を救うためでもない! ただこの迷宮にしかいない『究極の食材』を、自分たちの命を危険に晒すことなく、のんびりと、最高に美味しく食べるためにここにいるんだ!」
「ええ! 私たちが力を求めるのは、ただ純粋に『美味しいご飯を残さず食べるため』ですわ!」
エリスも胸を張って宣言する。
トウヤが、驚愕する配達員たちに向かって、自分たちの『スロー踏破の真髄(初心)』を語り始めた。
「いいか、お前ら。俺たちの『スロー踏破』ってのは、ただゆっくり進むって意味じゃない。急いで階層を降りて、疲労困憊でマズい携帯食料をかじるくらいなら、最高の拠点でふかふかのベッドに寝て、その階層の美味いものを心ゆくまで満喫してから次に行く。……つまり、【常に人生(迷宮)を楽しみ尽くすこと】が真髄なんだよ!」
「だから、修練を休んでお前らの歓迎会をするのは、俺たちにとって『サボり』じゃない。美味い酒と飯を、新しい仲間たちと笑って食うための『立派なスロー踏破のメインイベント』なんだよ!!」
「…………!!」
その言葉に、サイラスと新人配達員たちは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
彼らはこれまで、地上で「英雄たちは地獄の底で世界の命運をかけて戦っている」と教え込まれ、その悲壮な覚悟に応えるためだと信じて、血反吐を吐きながら次元歩行の靴をもぎ取ってきたのだ。
しかし、目の前にいる英雄たちは、そんな重苦しい使命感など一ミリも持っていなかった。
ただ純粋に、「美味い飯を食って、楽しく生きる」。
その底抜けの明るさと、圧倒的なまでの『食への執着』こそが、彼らを神話級のバケモノへと至らしめた真の理由だったのだ。
「……フッ、ハハハハッ!!」
サイラスが、堪えきれずに吹き出した。
「そうでした……! あなた方は、最初からそういう方々でしたね! 私はまた、地上の王たちの勝手な妄想に当てられて、あなた方の『真髄』を忘れるところでした!」
「そうだぜ! 難しく考えるな! 美味い飯の匂いの前じゃ、世界の平和も修練も全部二の次だ!」
ジンが、新設された巨大なバーベキューグリルの火を熾しながら叫ぶ。
「さあ、お前らも靴を脱いで座れ! 今日の歓迎会のメインディッシュは、さっき完璧な連携で仕留めた『ミスリル・ホーン・ベアの極上リブロース・ステーキ』! そして、お前らが地上から運んできてくれた『熟成ワインと幻のスパイス』を使った最強のフルコースだ!!」
「「「うおおおおおおおおっ!!!! いただきますッッ!!!!」」」
新人配達員たちの目から、プレッシャーという名の枷が完全に外れ、純度100%の「食欲」の炎が燃え上がった。
ジュワァァァァァァッ!!
特大の鉄板で焼かれる巨熊のリブロース。溢れ出す暴力的なまでの肉汁に、幻のスパイスが絡み合い、森の中に究極の香ばしさが広がる。
「う、うめぇぇぇっ!! 訓練で死にかけた体に、肉汁が染み渡るゥゥゥッ!!」
「隊長! このワイン、最高です! 俺、この配達部隊(ウー〇ー)に入れて本当に良かったです!!」
新人たちが、涙と肉汁で顔をグシャグシャにしながら、ガレスやジンと肩を組んで大宴会を繰り広げる。
「ふふっ。本当に、トウヤさんたちらしい歓迎会ですね」
マリアが、リルを膝に乗せながら優しく微笑む。
「ああ。こうして美味い飯を囲んでバカ笑いしてる時が、一番『俺たち』らしいよな」
トウヤは、笑い声の絶えない宴会を見渡しながら、自らの初心を改めて心に刻み込んだ。
世界がどうなろうと、周りが自分たちをどう勘違いしようと関係ない。
俺たちはただ、この最高の仲間たちと一緒に、一番美味い飯を食うために迷宮を踏破するのだ、と。
「よしお前ら! 今日は飲むぞー! 明日からはまた50階層台の極上食材を探して、バンバン美味いもん作るからな!」
「「「おおおおおーっ!!」」」
迷宮の深淵で、最強のキャンパーたちと最強の配達員たちによる、常識破りの大宴会が夜更けまで続く。
初心に帰り、連携と絆をさらに深めた『悠久の踏破者』たちの後半戦は、世界一美味しくて賑やかな笑い声と共に、絶好調のスタートを切るのであった。




