表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
8/9

7:決戦

「よう」


「あ、隊長」


「わしも居るぞ」


「誇狼さんも」


 屋敷の塀から外に飛び降りると、二人が丁度夜道を歩いてきたところだった。


「どうでした?」


「ああ、ばっちりだ。後は残らず膾にしてやるだけだな」


「それなら良かったです」


頭に貼り付いた蜘蛛の巣を払いながら頷くと、隊長はカツンと腰に差した刀の柄頭を叩いた。


「じゃあ?」


「突っ込むぜ。正面は俺が抑えるから、おめぇはコロを連れて上から仕掛けな」


「分かりました」


隊長の指示にもう一度頷いて隣の誇狼さんを見ると、誇狼さんの方もぼくを見上げながら「頼むぞ」と愉しそうに口端を持ち上げる。


「ちなみになんですが、詰所に押し掛けてきた女の人は……」


「おめぇも予想している通り、あの議員にへばり付いていた化粧のケバい女だ」


「やっぱりそうなんですね。前に見た時とは大分顔付が変わってたから、ちょっとどうかなって思ってたんですけど」


「全部化粧だそうだ。ハルに確かめさせたから間違いねぇ」


「なら大丈夫ですね」


頭の上から足の先まで全身精液で出来た様な生殖鬼だけど、その分あいつの女の人に対する目利きには信頼が置ける。


「聞きてぇことは終わりかい?」


「はい。誇狼さんは?」


「わしも問題ないぞ」


「よし」


ぼく達が首を縦に振ると、隊長も頷いて愛刀の鯉口を切る。それを合図にぼくも頭巾と羽織を脱ぎ、誇狼さんは拳を握ってコキッコキッと指を鳴らしたのだった。


「行くぜ」


「はい」


「うむ」


隊長の号令を合図に、ぼく達は再び塀を乗り越えて屋敷の中へと侵入し、更に天井と廊下の二手に別れると奥へ奥へと進軍する。


「やはり良いな……」


黴臭い暗闇の中で後ろの誇狼さんがスン……スン……と鼻を鳴らした音がアスファルトに落ちた雨粒の様に零れ落ちては掻き消えたのだった。





     ◆





 ヴェールの様に射し込む光を目印に先の部屋の上へと辿り着くと、ぼく達は並んで天井板の隙間から足元の中を伺う。見た感じ、下の部屋の人達は既に大分お酒が回っているらしく、一人残らず顔が赤らんでいて動きもかなり緩慢になっている様に思えた。


「……」


これから襲撃する相手とは理解しつつも、武士道不覚悟と思ったのか舌打ちをする様な仕草を見せた誇狼さん。そんな誇狼さんに軽く肩を竦めて宥めていると、不意に部屋の柱時計がポーンと音を上げる。どうやら、時刻が四半刻を回ったらしく、それを合図にのろのろと立ち上がった部長が部屋に掛けてあった外套を羽織った。


「明日もありますので、私はこれで」


「うむ。先の件、急ぐのだぞ」


「心得ております」


狸人の念押しに頷いて、一礼した部長が部屋の扉に手を伸ばす。




「おらあっ!!!!!!」


「ぐはっ!?!?!?」




そしてその瞬間、待ってましたとばかりに伸びてきた白い脚が木目調のドアごと部長の顔面を蹴り飛ばしたのだった。


「な、なあっ!?!?」


「きゃああっ!?!?」


ガチャガチャガチャンッ!とテーブルに並べられた酒器類を巻き込んで墜落する部長に、飛び退いた代議士とその妾らしい女の人が悲鳴を上げる。


「いくよっ」


「応!!!」


同時にぼくと誇狼さんも足元の天井板を蹴り抜いて、未だ混乱の最中にある下階の人達に挟撃を仕掛けるのだった。


「「ぐぶっ!?!?」」


「き、貴様ら!?」


「っ!!!」


 いきなり現れた隊長に気を取られた博徒二人の後頭部を踏み潰すと、赤い絨毯に顔面を打ち付けた二人はウーンと伸びてそのまま動かなくなる。


「あ、ああ……!?」


「っ!!!!!!」


まるで潰れたカエルの様になった仲間?の姿に色を失う狸人の代議士。一方、愛人の方はそれなりに荒事の心得があるのか、即座に胸元から懐剣を引き抜くと敵意も顕わにぼく達を睨み付けてきたのだった。


「よう」


「き、貴様……っ!!」


目まぐるしく変わる中の人達の反応を他所に、ツカツカと事も無げに進み出た隊長は芋虫の様に身動ぎをして顔を上げた隊長を不敵に睥睨する。


「な、なんだお前達は!?!?!?」


そこでようやく搾り出された代議士の悲鳴に、隊長はフンッと鼻を鳴らした。


「新調組六九番隊隊長、千堂桜衛門!!」


発せられた言葉は朗にして明だった。


「同じく、新調組六九番隊副隊長、影殉」


「新調組六九番隊隊士、正心誇狼丸じゃ!!!」


続いてぼく達が名乗ると、「しんっ!?」と目を剥いた狸人がバッと部長の方を振り向いた。


「岩見! これはどういうことだ!?」


「……」


ソファを支えによろよろと立ち上がる部長を問い詰める狸人の代議士。そのヒステリックな口調に部長はチラッと顔を上げるも、すぐに視線を伏せて呼吸を整えると、入り口で仁王立ちをしている隊長を睨み付けるのだった。その鼻頭は酒毒とは別の意味で赤くなっていて、右の鼻孔からはツーと鮮血が滴り落ちている。


「千堂、貴様自分が何をしでかしたのか分かっているのか?」


「ハンッ!!」


そして続けられた、隊長個人に対する怨念が籠った陰湿な口調を、隊長は鼻で笑い飛ばした。


「海鶴の奥羽妖界(ダンジョン)に湧いたダニを踏み潰してやった……それ以外の何に見えるんだ?」


「貴様!!」


これ見よがしに向けられた雪駄の平に、部長が赤黒い顔をサッと朱に染める。


「蝦夷の猿が!!!」


「その猿の飯に集った虫よりゃ何倍もマシだぜ」


続くあからさまな罵倒も軽く受け流す隊長。


「そ、そもそも貴様、この賭場に対する借り分を理解しているのか!?」


けど、続けられたセリフはぼく達の方が聞き逃せなかった。


「隊長……」


「おぬし……」


「~♪」


ぼくと誇狼さんが目を向けると、隊長は明後日の方を向いて口笛を吹きだした。おい。


「ふ、ふんっ! やっと分を弁えt「ま、全員ぶった斬りゃ踏み倒せんだ。一々目くじら立てんなよ」なあっ!?!?!?!?」


「やっぱりこうなった……」


そんな隊長の反応に気を大きくしたのか嵩に懸かって責め立てようとした瞬間、隊長は一切躊躇う気配も悪びれる様子も無く、最悪の結論と共に腰の物を抜いたのだった。ぼくにとってはいつもの事なんだけど、当然初めて隊長と相対した代議士の人達は唖然とした様子で絶句する。中には多少冷静なのか隊長の言葉の真偽を探る様な目付きになる人もいたけど、その双眸に宿る殺気が隊長の本気を何よりも雄弁に物語っていた。


「いくぜ!!!」


「はい」


「応!!!」


そして発せられた号令に、ぼくと誇狼さんも前に跳び出す。


「旦那! 俺の後ろへ!!」


真っ先に我に返ったのは、この屋敷に出入りしていた博徒の人達だった。

 普段から荒事を生業としている人達らしく、隊長の言葉に嘘が無いと見るや匕首に長ドスを抜いて遮二無二に押し返そうとしてくる。




悪即斬(アイムジャスティス)!!!!」




 そんな鉄砲玉となった内の一人を絶境と共に斬り捨てる隊長。


「ひぃっ!?」


「「「「「!?!?!?」」」」」


袈裟懸けに両断されて、大量の鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちた仲間の死体に、狸人の代議士やその愛人だけでなく周りの博徒の人達までもが顔を強張らせたのだった。


「よっ」


「がっ!?!?」


隊長によって執行された殺一警百の隙に、ぼくも手近な所にいた博徒の後頭部を膝で蹴り抜く。助走と跳躍分の勢いが乗ったお陰か、直撃した膝頭を支点にボキィ!と派手な音を立てて彼の脛骨が()の字に折れ曲がった。


「どっせい!!!」


「ぎゃああああああああっ!?!?」


同時に隣では固まった博徒の襟元を掴んだ誇狼さんが豪快な首投げで相手を窓へと叩き付ける。ガシャンッとガラスを巻き込んだ博徒はズタズタになりながら夜の庭園に消えたのだった。


「おら! 次はどいつだ!?」


「ぎゃあっ!?」


 一気に乱戦の様相を呈した室内で、ぼく達三人は兎に角手近な相手から順に始末をしていく。多勢に無勢ではあるけれど、間合いに制限がある屋内ではむしろぼく達の方が有利だ。


「しっ」


「ぐぶっ!?!?」


案の定、同士討ちを怖がって浅くなった踏み込みをバックステップで躱し、後ろの壁を蹴っては上体の泳いだ敵を肘で穿ち返す。元々、新規奥羽妖界(ダンジョン)の調査ではよくあるシチュエーション、三次元の立ち回りにも心得があるぼく達新調組にとっては絶好の環境ですらあった。


「ぬんっ!!!!」


「ぐっ、がふ!?!?!?」


ぼくが前線を攪乱すると、隙を見ては踏み込んで組み付いた敵を床へ壁へと叩き付けていく誇狼さん。初めての分担作業も上手く嵌り、敵の雑兵の数は見る間に削れていった。と、


「なんだ、逃げるつもりか岩見」


「千堂……っ!!!」


天秤が徐々にぼく達の方に傾く中、血刀を捧げた隊長が無造作に部長へと声を掛けた。対する部長は腰が引けていて、それを誤魔化すかの様に憎々し気な視線を隊長へと向けたのだった。


「貴様! 自分が何をしでかしたのか理解しているのか!?」


「おいおい、そいつぁおめぇさんじゃなくて俺のセリフだぜ?」


「ぎゃっ!?!?」


ヒステリックな怒声に肩を竦めながら、背後に忍び寄っていた博徒を振り向き様に斬り捨ててニヤリと嗤う隊長。返り血に染まったその顔は元の長い黒髪も相まって、御伽噺に出てくる丑の刻参りみたいだった。


「気付いてんだろ? てめぇらの会話、残らず見させて(・・・・)もらったぜ」


「っ!!」


そして突き付けられた隊長の言葉に、部長は愕然とした様に目を剥く。


「どこの藩出身の何様かは知らねぇが、落下傘代議士への贈賄と自分の選挙に向けた裏金作りのための組織的な抜け駆け犯罪……この時点で流刑は確定だが、更に隠蔽のために殺しと付け火までしやがったんだ。十中八九打ち首だろうよ」


「元より、海鶴じゃ十両盗んだ時点で死罪だがな」と付け足し、隊長はシニカルに口元を歪めるのだった。


「一応下役としてのせめてもの情けだ。この場で腹ぁ斬るっつぅなら、介錯くれぇは

してやるぜ?」


眉を上げながら隊長がどうだ?と問い掛ける様に剣先を向ける。と、


「!」


その瞬間、たまたま揉み合いになった博徒の手から一振りの長ドスが転がって、部長の足先にぶつかった。それを見た部長はバッと長ドスを掴み上げると、微かに震えながらも隊長に切っ先を向け返したのだった。


「お、なんだ、やる気か?」


そんな部長の姿に、隊長がギラッと歯を剥く。まるで猛禽類の様な隊長の笑みに部長は後退りをしたが、なぜか妙に余裕を感じさせる表情でヒッ……ヒッ……と引き攣った様に喉を鳴らしたのだった。


「な、なんだ怖いのか千堂……?」


「あ゛?」


「いや怖いだろうな!! こいつを振り回すくらいしか能の無い、廃刀令の“は”の字も理解出来ん蛮人が、文官の私によって刀の錆とされるなど想像したくもあるまい!!!」


「……上等だ」


続く露骨な挑発にスッ……と表情を消して、剣筋を立てながら左脚を前へと送る。切っ先が僅かに律動する都度に、周囲の空気が一段、また一段と冷え込んでいく様に感じられた。と、


「「……!!」」


カッと両目を見開いた二人が同時に地面を蹴った。




悪即斬(アイムジャスティス)!!!」


お前の物は俺の物ジャック・ザ・イアソン!!!」




重なる二つの怒号と影。その曖昧で不自然な言葉は誰の耳にも絶境と察せられた。

 二つの刃が交叉し、そして弾かれた様に離別する。


「……は、はは。ははははっ!!!」


残心が終わり、睨み合う二人。先に口を開いたのは部長の方だった。どこか嘲る様な乾いた笑いが不協和音となって、乱闘の続く室内に寒々しく響き渡る。


「……」


それをじっと聞いていた部長はビュッと愛刀に血振りをくれて、次の敵へと向かう。同時に部長の膝がガクリと折れて、どうと血に染まった絨毯の上に崩れ落ちたのだった。


「ざまぁねぇな」


「ぎゃっ!?」


最早、死を待つだけとなった部長に背を向けて、隊長は一人の博徒を斬り捨てた。


「な、ぜ……?」


そんな隊長の背中に、か細い声が向けられた。


「俺はな、生まれてこの方賭けにゃ負けたことがねぇんだ」


隊長は部長の方を見ることもなく、シニカルに口元を歪める。


「なぜなら、どこのどいつが相手だろうが、勝つまで張り続けられるからな!!!」


「っ!?」


そして会心の笑みと共に突っ込んできた博徒数人を纏めて貫く姿に、何かを察した様に部長が目を見開いた。


「き、さ……ぜっ…な……」


途中で糸が切れた様に力尽きた部長の言葉は最後まで紡がれることもなかったけど、多分“答え”には行き着いているだろう。


「御名答」


隊長もそれを察したらしく、ニッと白い歯を覗かせながら近くの敵に跳びかかるのだった。


「チッ!」


 そして、そんな隊長達の姿に、誇狼さんと交戦していた女の人が舌打ちをしながら大きく跳び退った。やっぱり普通の愛人ではなかったらしく、その構えには一定の心得が感じられた。


「なんじゃ、退いてばかりでは鉄砲にもならんぞ?」


ただ、それでも誇狼さんの相手は厳しいのか、視線に宿る戦意こそ衰えてはいないものの、明らかに息が上がっていて匕首にも震えが見えた。


「ふっ!!!」


そんな女の人を威圧する様に、腰を落として大きく柏手を打った誇狼さんは豪快に持ち上げた右脚をダンッ!と勢い良く血糊に染まった絨毯へと振り下ろした。その威力は申し分なく、邸宅が小さな余震に見舞われたかの様に周りの家具が幽かに揺れた。


「!?!?!?」


「くくっ……」


鉞を思わせる強烈な四股に目を見張る女の人。彼女の反応に、満足そうに喉を鳴らしながら拳を落として仕切りの型を取る誇狼さん。


「発気揚々……のこった!!!」


そして絨毯を殴り付けながら、地を駆ける虎狼の様に超低空を(はし)り、鎌首をもたげる大蛇の様に女の人へと喰らい付こうとする誇狼さん。


「ふふっ……!」


けれど、その瞬間女の人の顔に宿ったのは自らの勝利を確信した嘲笑の色だった。




絡新婦(スパイダーフッカー)!!!」




響く絶境。そして、ゾワリと波打つ女の人の影。キチキチという耳障りなバックミュージックを背に、悍ましい胎動を重ねる彼女の姿。そして、一瞬のうちに誇狼さんの前に立っていたのは八つの眼球が宿った人面を持つ、巨大な女蜘蛛の姿だった。


「ぬっ!?」


「シイィィィィィッ!!!」


突貫姿勢の誇狼さんが目を見開くのと同時に、蜘蛛の尻先から白濁した粘液が噴き出す。


「くっ!?」


それの意味するところを察して、軽い身体を生かし何とか身を躱す誇狼さん。けれど、


「シャァ!!」


「なっ!?」


蜘蛛女が奇声を上げた瞬間、奔流となっていたはずの白糸がグンッとその軌道を歪めたのだった。


「チッ!!」


蛇の様にうねり追走してきた蜘蛛糸に、誇狼さんは腕を取られる。そして、一瞬動きが止まったところに、大量の粘糸のおまけが浴びせ掛けられたのだった。


「ぐっ、くっ……!?」


まるで蚕が吐いた繭の様に白い糸でぐるぐる巻きにされながら宙に釣り上げられる誇狼さん。何重にも締め上げてくるその圧力に、囚われた誇狼さんは苦悶の表情を浮かべた。


「あはははっ! 良い様ねぇ!!!」


そんな誇狼さんの姿を見下しながら、巨大な蜘蛛女が勝ち誇った様に叫んだ。


「力士か何か知らないが! 身の程知らずの小娘が!!」


そして続く、嫐様な罵声。いや、多分誇狼さんの方が実際には大分年上なんだけど……、


「こ、れが……脱獄、の……ぐっ!?」


「はっ! それがどうしたのさ!!」


歯を食い縛ってなお問い詰める誇狼さんを更に締め上げながら蜘蛛女は嘲った。


「あたしゃね、女郎蜘蛛のお真ってんだ! あんたみたいな正義感気取った小娘とは気合が違うんだよ!!!」


「そう……か」


「余裕ぶりやがって!! ガキだから見逃されるなんて思ってんなら大間違いだ!! これで、終わりだよ!!!」


バックリと割れる女の人の顔に、姿を現す巨大な口腔。眼球の下から突き出たような鋭い牙からは毒液の様な酸が落ちて赤い絨毯をジュゥゥと溶かし穴を開ける。そしれ、それが突き刺さらんとしたその瞬間、




魂よ肉体を凌駕せよ(ビッグバン・コロウ)!!!」




誇狼さんの胎底から剛力の様な絶境が上がり、巻き付いた白糸がブチブチブチッと引き千切られたのだった。


「なっ!?!?!?」


(へぇ……)


その光景に四対の目を見開く女郎蜘蛛。同時に降り立った姿にはぼくもちょっと驚かされた。

 羽化を迎えた蚕の様に脱ぎ捨てた蜘蛛糸の中には紺色のセーラー服の断片が混ざっていた。


「フウゥゥゥ……」


そして、脱皮した誇狼さんの肉体はとても拘束前とは似ても似つかない姿へと変貌を遂げていた。



丸太の様に太い首根


頭蓋が三つ並んでいるのかと錯覚させられる巨大な肩肉


続く力瘤は更に一回りも大きく、前腕ですら男性の太腿程はある


ハート形のニプレスが貼られた大胸筋は真球の様に発達していて


それを支える腹直筋はぼくの拳ほどもあった


大腿筋に至っては大人の胴回りを優に超え


浮き出た血管が絶えずビクッビクッと力強く脈打っている



 どちらかと言えば可憐な美貌とは真反対の彫刻以上に膨大な筋肉を揺らして、ゆっくりと女郎蜘蛛に近付く誇狼さん。その巨体が一歩を踏み締める都度にノシッ……ノシッ……と床板が軋み、薄っすらとかいた汗が絶えず艶を放っては岩塊の様な肉体から湯気となってはもうと立ち昇っている。


「さて、第2ラウンドじゃ」


「っ!!!」


ビンッと耳を立てながら不敵に笑う誇狼さんに、女の人は僅かに後退る。共に部屋が狭く感じられるほどの巨体ではあるものの、その肉感が放つプレッシャーに気圧されたかの様だった。


「っ! 舐めんじゃないよ!!!」


けれど、そんな気配を振り払う様に叫ぶと、女郎蜘蛛が再び大口を開けて誇狼さんに襲い掛かる。


「ぬんっ!!!!!」


そんな窮してからの一撃を、誇狼さんは気合一発カチ上げたのだった。


「ガギッ!?」


「隙ありっ!!!!」


ダンッと天井の方にまで吹き飛ばされた顎に四対の目を見開く女の人。そして、その伸びきった胴に、誇狼さんはガシッと組み付くのだった。


「ぬ、むむむっ!」


「こ、の……っ!」


「く、ふんっ!!」


「がぁっ!?!?」


一瞬の鍔迫り合いの末に、ミチィ!と音を立てて膨張する誇狼さんの筋肉。その圧倒的なパワー差に、蜘蛛女の身体が大きく仰け反る。


「どっ、せい!!!!!!」


「ご、げえええええええええええええ!?!?!?」


そして緩んだ力に、誇狼さんが一息で攻め立てる。巨木の様だった両腕はそれ一つが岩塊の様になり、分厚い背筋は脈動する火山山脈みたいですらあった。

 上体の攻勢を支える臀部は深紅の褌を飲み込み、既に蜘蛛の脚は宙を泳いでいる。


「ぐげっ……」


そしてとうとう断末魔の声を漏らして力を失った女郎蜘蛛を絨毯に投げ捨てると、するすると萎みながら蹲踞をした誇狼さんは素早く手刀を切ったのだった。


「お疲れ様、誇狼さん」


「うむ!」


 部屋の中が粗方片付いたのを確かめながら、捕まえていた博徒の頸を折りつつ誇狼さんに声を掛けると、振り返った誇狼さんは機嫌良さそうに頷く。


「後は総掛かりか?」


「だね」


首を傾げる誇狼さんに頷くと、懐紙で刀を拭いていた隊長が「よう」と近付いてきた。


「あと何匹残ってる?」


「この部屋以外だと、例の代議士が」


「そうか」


「いや、良いのか? 首魁を取り逃がしてしまったということじゃろ?」


「その辺は全部隊長の判断次第。で、どうします?」


「追うことは出来んだな?」


「はい」


「よし」


頷いた隊長は一瞬すら考えることなく解を出す。


「始末を頼む、ジュン」


「分かりました。何か注意点はありますか?」


「一応、お前は手を下すな」


「了解です」


いつもと同じ隊長の念押しに頷いて、割れた窓を跳び越える。月光を背負いながら玉砂利を蹴ると、一番上の一粒が錦鯉の棲む中池に落ちて小さな波紋を咲かせたのだった。





     ◆





 夜風に紛れて走ること少し、例の狸人代議士は程なくして見付った。


「ぶふぅ……ぶふぅ……」


脂で肥大した巨体を揺らしながらよたよたと歩くその前後左右を、臨戦態勢の博徒が固めている。


(ふむ……)


そんな五人の隊列を遠目に眺めながら、少し思案をする。事故か同士討ちを誘うのは決まってるんだけど……


「っ!!」


(お……)


隊長の指示を思い返しながら目で五人を追跡していると、不意に吹いた一陣の夜風に通りを挟む家々の垣根がカサリと揺れた。一見するとなんてことのない微風が奏でたしめやかな音色に、けれど、対する博徒の人達は明らかに過剰な反応を見せた。

 バッと音が出る程に勢いよく振り向いて匕首の切っ先を向ける姿に、狸人の議員や仲間の博徒も違和感を抱いた様子はない。これはつまり、他の三人も彼の警戒を妥当なものと判断しているということだろう。となると……


(よし)


方針を決めて、追跡の脚を速める。見る間に大きくなる五つの影には気付かれない様に、重々気配を殺しては家々の隙間を継目に一歩、また一歩。そして、


(まずは一人)


 五人の目が前を向いた瞬間を見計らって、最後尾を歩いていた博徒を家の影に連れ込む。


「っ!?!?」


声を上げられない様にその口元を抑えると、カッと目を見開いて暴れようとしてくる。その首を思いっ切り捻り回して意識を刈り取ると、気付かれる前に隣の家の庭へと潜り込んだ。


「っ! おい、センジのやつはどうした?」


「? いねぇ!?」


「あの野郎、逃げやがったか!?」


一拍遅れて聞こえてくる狼狽した三人の声。突然仲間の一人が消えたことに対して、明らかに動揺の色が見て取れた。


「どういうことなのだ! どうなっているのだ!?」


「「「……」」」


 素早く目配せをしあう三人の中心で、怯えた様に悲鳴を上げる狸人の代議士。そのヒステリックな姿に、三人は閉口して顔を見合わせた。


「兎に角、互いに目を離さねぇようにしようぜ」


「おうっ!?」


それでもリーダーらしき男の人が出した指示に頷き掛けたタイミングで、今度は垣根の下から手を伸ばして一番近くに居た一人を庭の中へと引きずり込む。


「お、おいっ!!」


「ジュウゾウ!!」


「ぐっ!?」


慌てて追い駆けてくる二人の博徒がしゃがむよりも先に、その一人の喉を踏み台にして逆に生垣を跳び越える。


(ふっ)


「かっ!?」


そして、着地様に片割れの頸椎へと肘を落として意識を断ち切る。


「野郎!!!!!」


すると、ここにきてようやくぼくの姿を捉えた博徒は千載一遇の機会とばかりに匕首を腰元で支えて遮二無二に突っ込んでくる。




そして、それがぼくにとっての“機会”でもあった。




空っぽ()!」


 博徒が踏み込んできた瞬間、胎の底に力を込めて声を張り上げる。真暗の夜道にぼくの絶境が響いて、身体の輪郭が虚ろになった。突進してきた刃はぼくの身体を潜り抜け、勢い余った博徒までもがぼくの中を突き抜ける。そして、


「なっ!?!?」


一拍遅れのズブリという刺突音と、


「あ、が……」


ぶよぶよの胸板を貫かれた狸人の姿だけがそこに残ったのだった。


「な、んで……?」


間抜けな一言を残してどさりと崩れ落ちる狸人の代議士。その肥満体から広がる血溜まりに、博徒の男の人は自分が何をしでかしてしまったのかを理解して「あ、ああっ!?!?」と悲鳴混じりに後退った。


「……」


「っ!?!?」


 鮮血滴る匕首を片手にガタガタと震えだす博徒の肩を叩くと、まだ混乱の渦中にあった彼はビクッとそこを跳ね上げる。


「現行犯」


その彼に要件を伝え、顎下に滑り込ませた腕を回して背後から力を込めれば、「ぐげっ……」という奇声を最後に代議士殺人の犯人はぐったりと動かなくなったのだった。







前話はリアクションどうもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ