8:夢の跡
あれから数日後、狸人の代議士による抜け駆けが絡んだ不正を片付けたぼくは今、
「あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥」
現在進行形で駅前にある女郎屋の梁にへばり付いているのだった。
先の件では事の次第を報告された旧海鶴藩執政から例の狸人が席を置く国政政党へと正式に抗議が行われ、警察の捜査も有って無いようなものとなったことで、隊長を始めとしたぼく達新調組六九番隊+春描は晴れて事実上の無罪放免となったのだった。で、
「いいっ!♥ いいです平右衛門様ぁ!!♥♥♥」
(はぁ……)
当然、事が済んだということは、それに伴う費用の返済も始まるという訳で。春描との約束を果たすため、朝からずっと指定された女郎の仕事風景を観察しているのだった。
朱色に染められた布団の上では金銀鼈甲に彩られた例の女郎が、まだあどけなさの残る顔を歪めて熱っぽく喘ぎ声を奏でている。
「そうかそうか! ではこれはどうだ!?」
「ああぁぁぁん!♥ そこっ!♥♥ そこぉ!!♥♥♥」
年若い女郎のリップサービスに気を良くしたのか、総白髪の男の人は一段と激しく腰を打ち付ける。室内にはパンッパンッという肉同士がぶつかりあう音が響き、むわりとした熱気がこっちまで立ち昇ってきている。そして、
「あああああああああああああああっ!!!!!♥♥♥」
(やっと終わった)
長い線香が燃え尽きるのと同時に、腰をくねらせていた女郎が弓形になってはピンッと両脚を伸ばして一際大きな嬌声を上げる。そして漂ってくる栗の花の臭いに背を向けて、絡み合いながら余韻の吐息を漏らす二人の上を、音を立てない様に気を付けながら通り過ぎるのだった。
◆
「いやー、ありがとう影殉くん! お陰で最高に堪能できたよ♪」
快楽堂に戻ると、満面の笑みを浮かべた春描がぼくを出迎えた。
但し、裸に純白のエプロン姿のだが。
「なら良かった」
まあ、いつも通りと言えばいつも通りの事なので、特に言及はせずに肩を竦める。少なくとも、春描が満足してくれたのなら追加の交渉も発生しない訳だしね。と、
「あ、そうだ影殉くん」
「ん?」
そのまま帰ろうとしたところで、不意に春描が思い出した様にパンッと手を打った。
「今、誇狼丸ちゃんも来てるぜ?」
「あー……サンキュ」
ニコッとはにかんでみせる春描に頭を掻きながら礼を言い、店の裏手へと向かう。途中並べられたキャンバスには先の女郎の艶姿がこれでもかというほどに描き込まれていて、あいつの筆の早さと速さを再認識させられる。
「誇狼さん」
「ふんっ! お、影殉ではないか♪」
そして縁側の障子を開けると、そこには相撲の稽古に励む誇狼さんの姿があった。
「精が出るね」
「うむ! 己が納得する戦働きのためには日頃の修練が大事じゃからな!!」
バンッと深紅のまわしを叩きながら、薄い胸を張る誇狼さん。その衣装はセーラー服と同じく春描に用意させた物で、代金は快楽堂の庭先で着用するというものだった。当然、それには裏の意図が含まれている訳で本当に良いのかと確認はしてみたけれど、
―こんな爺の裸一つで済むのならば安い安い!!―
と言ってカラカラと笑い飛ばしてしまった。普段から男らしさに拘っている割りに先日の件で色々と吹っ切れてしまったのか、結構躊躇なくエッチな格好や行為を金銭に換えてしまっている気がしないでもない。まあ、元々野郎な時点で自分の貞操にあまり頓着が無いのは分からなくもないけど、それで最初に調達するのがまわしというのはどうなのか……。
「そうじゃ影殉よ」
「ん?」
「折角じゃし、わしの稽古に付き合ってくれんか?」
「えー……」
つらつらとそんなことを考えていると、誇狼さんに何度目かのお願いをされた。
「そう嫌そうな顔をするでない。稽古中であればこいつを思うが儘に揉みしだいても良いのじゃぞ?」
にんまりと笑いながら掌サイズの小ぶりな胸を突き出してくる誇狼さん。その先こそいつものハート形ニプレスで覆い隠されてはいるけれど、柔らかさは正直地肌と殆ど変わらない。
(ほんと、色々と吹っ切れすぎだよなあ……)
まあ、それが本性を知るぼくにとってプラスになるかって言われると、また別問題ではあるんだけど……。
「頼む!」
「分かった分かった」
「流石! 我が副隊長じゃ!!」
「はいはい……」
調子良く叫ばれる誇狼さんの喝采を流しながら、羽織とブーツを脱いで腹掛けと袴になる。
「では、始めるぞ!」
「ん」
庭には少し歪な線が引かれ、その片割れを前に誇狼さんは蹲踞と柏手を行う。そして、
「発気揚々……のこった!!」
「っ」
合図と共に地面を殴り、誇狼さんへと突っ込む。
「ふんぬっ!!!」
もしかしたら躱してくるかなとも思ったけど、むしろ真っ向から組み付いてきた。
「っつー……」
「ぬぬぬっ!!」
この体勢だと体重が物を言うから、結構ぼくの方に分があるはずなんだけど、しっかりと腰を落とした誇狼さんは地面に根を張ったかの様にビクともしない。
「くっ」
「むむっ!?」
ピコッピコッと揺れる三角耳ごと頭を受け止めながら、時に揺さぶり引いては隙を探すけど、ぼくの腰元をガッシリと掴んだ誇狼さんは素早い対処で機先を制してくる。
そのまま、互いに力を加えあったり緩めあったりという傍からは分かり難い攻防を続けていると、不意に庭の扉がギギッと開いた。
「おう、いるか?」
「な、なあ!?」
「うわっ!?」
そして聞こえてきた隊長の声に、腕の中の誇狼さんが突如仰天した様な声を上げた。それにより均衡を保っていた力が一気に崩れ、余ったぼくの力が浴びせる様に誇狼さんを押し倒してしまう。
「っつぅ……大丈夫、誇狼さん?」
「う、うむ、問題ないのじゃ」
「何やってんだてめぇら?」
縺れる様にして倒れたぼく達を見下しながら、隊長が訝しむ様な声を漏らしたのが分かった。
「それはわしのセリフじゃ!!!」
「あー……」
対する誇狼さんの怒声に振り向くと、ぼくも全てを理解させられる。
「なんだ、カリカリしやがって。生理か?」
「まだ来とらんわ! いや、そもそもこの身体で来るのかも分からんが!!」
「ちなみに俺は来たぞ。つか、今日二度m「聞きとうないわそんな情報!!!」おいおい、ガキ仕込める機会だっつーのに興味ねぇってか? 本当に男なのかよ」
「それで男かどうかが計れるのは春画屋くらいじゃろうが!!!!」
フーッ!フーッ!!と肩を怒らせる誇狼さんに、変なものを見る様な目を向ける隊長。けどなあ、
「流石にこれは誇狼さんが正しいと思いますよ」
「あん?」
「なんで全裸なんですか……いや、大体理由は察せますけど」
そう、庭に入ってきた隊長は正真正銘の一糸纏わぬ真っ裸なのだった。
「お、流石は俺の副隊長。なら、次のセリフも想像つくだろ?」
「まあ……」
「のう、影殉よ」
無言で突き出される右手に頭を抱えると、不意に隣の誇狼さんが抑揚の口調と共にちょんちょんとぼくの腕を突いてきたのだった。見れば、その目は完全に据わっていて、不死系の妖魔獣の様に瘴気を漂わせている。
「頼む、次はぜってぇ勝てるんだ。だからあと数千、いや、数万……」
「……」
そんな誇狼さんの表情に気付いていないのか、ペラペラと借金のお代わりを要求してくる隊長。その間に立ち上がった誇狼さんは無言で隊長の背後を顎でしゃくってきた。
「あ、そうだ。ついでに赤座賭場の金も「こんの不心得者がああああああああああああ!!!!」ごぼおぉぉぉぉっ!?!?!?」
そして、ぼくが後ろに回り込むと、怒号と共にその鳩尾へと炸裂するぶちかまし。
「よっ」
「がふっ!?!?!?!?」
吹き飛んできた勢いをそのままにバックを取って隊長を背後に叩き付けると、その衝撃に呼応したかの様に余震が起こった。そして、短い断末魔を上げて隊長がピクリともしなくなると、その開けっ広げられた股座に気付いたのか、いつの間にか外に出てきた春描が鼻息荒くスケッチを始めた音が海鶴の街並みに響いては消えたのだった。




