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最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
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6:9

 濃霧の様に厚く垂れ込めた紫煙の中をジリリリリッというけたたましいベルの音が突き抜けた。


「こちら六九。少し聞きてぇことがある……おう、おう…ああ、そうだ」


「これもハズレ……と」


受話器を顔と肩で挟みながら煙管を片手に荒っぽくメモを取る隊長の隣で、ぼくは全頁を検め終えた冒険者の台帳を山になった他のファイルの一番上に積み上げる。

 今朝の出火から半日以上、ぼく達は市役所で缶詰状態だったが、未だに先の三人の冒険者と抜け駆け犯の記録は見付けられないでいた。


「ゲホッゲホッ、ほれ次を持ってきたぞ」


と、そこに奥羽妖界(ダンジョン)管理部の資料室から戻って来た誇狼さんが読み終えた台帳の山の隣にドサッと次のファイルを置いた。


「ん、ありがと。誇狼さん」


「ケホッ、うむ。して、進捗はどうじゃ?」


「残念ながら」


軽く咳き込みながら尋ねてきた誇狼さんに首を横へ振り返すと、誇狼さんは「そうか」と頷いてピコリと耳を跳ねさせる。


「やはり、そう簡単には行かぬな。元より砂漠から一粒の砂金を拾い上げるが如き難業な上に、ああも小物ではそもそもまともな記録が存在しているかも疑わしいじゃろうし……」


「それね。本当はこういう時にこそ役に立ってほしいんだけど」


「あれが方々に電話を掛けまくっておる時点で、望み薄ということじゃろ?」


「うん」


「真面目な話も良いけれど、そろそろ一息入れないかい? あんまり根詰め過ぎると、効率も悪くなっちゃうぜ?」


と、険しい表情で黒塗りの受話器を置いた隊長を顎でしゃくる誇狼さんに頷くと、不意に横から伸びてきた白い手がカチャリと白磁のカップを机の上に置いた。


「それもそうだな。ありがと、春描」


「どういたしまして♪ さ、誇狼丸ちゃんもどうぞ♥」


「う、うむ。感謝する……時に春画屋よ」


「ん? 何だい?」


「その恰好は一体……」


差し出されたカップを受け取りながらお礼を言った誇狼さんが、恐る恐るといった風に春描に尋ねる。


「ああこれかい? 見ての通り、誇狼丸ちゃんと御揃いのセーラー服さ♥」


「……」


「ちなみにパンティはオリジナルだぜ?」と片目を瞑りながらスカートをたくし上げてスリットの入った下着を見せてくる春描。その“御揃い”という単語に、誇狼さんは心底嫌そうな顔をした。


「あ、それとも影殉くんはプリーツスカートよりブルマの方が好みだったかい?」


「んー、どうだろ。どっちも嫌いじゃないけど強い拘りがある訳でもないから、その時の気分次第だと思うけど」


「ふむふむ♪」


「それよりも今のぼくとしては、こうして用意してくれるお茶が一番嬉しいっていうのが本音だけどね」


「それならボクもお茶を挽いた甲斐があるってものだね♪」


「“挽いた”じゃなくて“汲んだ”だろ」


分かってて言ってるであろうボケに突っ込むと、春描はけらけらと楽しそうに笑った。本当に相変わらずではあるけど、態々一手間掛けてぬるめにしてくれた一杯は飲みやすく、渋みと甘みを鮮やかに口内へと広げ、強張った心をホッと解きほぐしてくれる。


「というかおぬし、連日連夜新調組に顔を出しておるが稼業の方は良いのか?」


「おや、心配してくれるのかい? 嬉しいね♥ そうだ、良かったら今夜一晩「断じてそんな気は無いからな」


カップを乗せてきたお盆で口元を隠しながらわざとらしくくねくねし始める春描に、ジトッとした目を向けてバッサリと切り捨てる誇狼さん。


「ま、その辺は無問題さ。古今東西、性産業程需要の底堅い職業は存在しないからね♪」


「ちなみに、こんなでも海鶴では上から数えた方が早い高額の税者だからな。こいつ」


「なんと」


驚嘆した様にバサッと耳を跳ねさせた誇狼さんに、「そういうこと♥」と笑いながらパチッと眼鏡越しにウインクをする春描。と、その瞬間、詰所の中にぐうぅぅぅ……という音が響く。


「とはいえ、流石に腹ぁ減ったな……」


そう呟いたのは、音源となった隊長だった。


「ですね」


隊長の言葉にぼく達も頷く。


「そろそろいい時間だ。ちょいと飯にしようぜ」


「ええ」


そう言って立ち上がった隊長に付いて、ぼく達も半日以上ぶりに役所から這い出るのだった。





     ◆





―姫島打ちました! これは大きい!! これは大きい!!!―


―でよぉ、駅前の女郎屋で新しく水揚げされた娘がえれぇ別嬪で―


奥羽妖界(ダンジョン)の国有化と再分配こそが理想の共同体への道であり!―


―娘を、娘を知りませんか?―


―んだごらあああああああああああ!!!!!―


「「「「ズゾゾゾゾッ……」」」」


 暖簾の内外を混沌と喧騒に挟まれた店の片隅で、四人分のラーメンを啜る音が水面に浮かんだ波紋の様に沸き上がっては掻き消えた。周りは仕事を終えた冒険者と労働者が犇めき合い、そこかしこで汗と煙草とアルコールの臭いが徒花を咲かせている。


「ングッ、ングッ、ングッ……げぷっ」


先に食べ終えたぼくが冷水で口を潤していると、隣に座った誇狼さんが空っぽになったどんぶりをダンッと卓袱台の上に置いた。


「ふぅ……満足じゃ♪」


「なら良かった……あれ?」


と、ポンとお腹を叩いて濃い塩気と脂気の混ざった溜息を漏らす誇狼さんの奥で、ふと見覚えのある後ろ姿が過った気がした。


「む?」


「あん?」


「んー?」


ぼくが首を傾げると、釣られた様に誇狼さん達もそっちの方を振り向く。果たしてその後ろ姿の主は、どこか疲れた表情で爪楊枝を咥えている遠山警部だった。


「! なんだ、お前達か……」


「どうも」


向こうもぼく達に気が付いて、一瞬驚いた様に腫れぼったい瞼を見開く。


「どうしたんだこんなところで雁首揃えて」


「見ての通りの晩飯だ。朝の焼死体についてちょいと気になることがあって、今の今まで調べてたんだ」


「気になること?」


「おう」


煙管に火を点けて一服する隊長に、遠山警部は訝る様に眉を顰める。


「例の心中した父親の方なんだがな、あれの刺し貫かれた先に刺青があったことは知ってるか?」


「いや……本当なのか?」


「うちのジュンが見てる」


「……」


眉を寄せたままこっちを向いた遠山警部に頷くと、遠山警部は考え込む様にうーむと唸った。


「その刺青なんだが、頭を食い合って十字になった四匹の蛇があしらわれててな、少し前に俺達が無礼討ちにした冒険者どもも同じ奴を彫ってたんだよ」


「冒険者と抜け駆け犯が……」


「ああ」


鼻から煙を吹き出して、隊長が首肯する。


「で、こいつぁ臭ぇってんで奴らの足取りを追ってみてたって訳だ。もっとも、小物過ぎてどうにも足跡が判然としねぇから困ってんだがな」


「そうか……」


「それより、お前さんの方はどうしてそう浮かねぇ顔をしてやがんだ?」


「それは………………」


「ケツに物詰まったみてぇな反応だな。便秘か?」


「千堂、お前なあ……」


「言えよ。こっちは手の内を晒しただろ?」


「勝手にしゃべっただけ「大体、お前は俺達に借りがあるだろ。コロの取り調べの件、全部ジュンにぶん投げたそうじゃねぇか」ああくそ、分かった分かった。但し、他言無用だぞ」


矢継ぎ早に捲し立てる隊長に白旗を上げた遠山警部がチラリと周囲を伺って屈む様に声を潜めてくる。


「実は今朝の件だが、こちらでも一つ分かったことがあった」


「分かったことですか?」


「ああ。千堂が言った刺し傷だがな、あれは刺した後に焼けたものではない。焼けてから刺されたものだった」


「焼けてから刺されたじゃと?」


「そうだ」


「刺せるものなんですか? あの状態で……」


父親と絡み合った女性の丸焦げ死体を思い出したのか素の口調で尋ねる春描に、遠山警部は無言で首を横に振る。つまり、あの火事は何らかの事件性があると。


「ま、今となっちゃ、どうでも良い話なんだがな」


けれど、すぐに最初の疲れた顔になって溜息を漏らす。


「何せ、この情報を掴んだ直後に捜査の打ち切りが決まったからな」


「打ち切りですか?」


「どういうことじゃ?」


あれ(・・)だ」


眉を顰めた隊長に遠山警部が顎でしゃくって見せたのは、暖簾の外で演説を行うでっぷりとした焦げ茶色の毛玉だった。

 丸い耳と大きな隈、それに風船みたいな体形は典型的な狸人のものだった。


「あの土佐からやって来た人権派だとかいう代議士の先生がな、真っ昼間から出火現場に乗り込んできてボロボロ涙を流しながら心中した親子に土下座してったんだ。全て海鶴の役所の責任だ、申し訳ないとな」


「なんか、どっかで聞いたスタンスですね。それ」


「そうだな」


赤黒い酒焼けした顔を思い浮かべると、隊長がククッと喉を鳴らしながら頷いた。


「だが、警察署はそれを呑んだということだな?」


「たとえ戊辰で一度も土を踏ませなかったとはいえ、今の海鶴は新政府の支配下にある。公選職の先生が白と言えば黒も白だ。そもそも、娘ごと火を被った父親が死にぞこなって、苦し紛れに娘の手に握らせた匕首で自害に及んだ……なんてことが無いとまでは言い切れないからな」


明らかに納得していない顔で並べ立てると、また疲れた様に溜息を漏らして遠山警部が皺になった背広の背中を向けてくる。


「……ああ、そうだ千堂」


けれど、数歩進んだところで、ふと何かを思い出したかの様に立ち止まった。


「一つ言っておくが、博打はほどほどにしとけ」


「なんだてめぇ、お前は俺のおふく「お前が通ってる鉄火場の胴元な、あれはその狸人の先生だぞ」……」


そう言って再び歩き出すと、今度こそ立ち止まることなく暖簾の外へと消えていく遠山警部。つまり、隊長とぼくの給料の何割かはあの議員の懐に入っていたと……まあ、それはそれとしてだ、


「おい、おめぇら、すぐ帰ぇるぜ」


「はい」


隊長の言葉に頷いて、ぼくもすぐに靴へと足を入れる。


「オヤジ! ここ置いとくぜ!」


「へい、まいど!」


「ちょ、待て、ど、どういうことじゃ!?」


チャリンッと100円玉二枚をカウンターに投げ入れて走り出す隊長を追い駆けながら、誇狼さんが困惑した様に両耳を揺らす。


「今回の件、読めたかもしれねぇってことよ!」


それに対する隊長の答えは明快だった。


「なんと!?」


突然の隊長の言葉に虚を突かれた様に目を見開く誇狼さん。そんな誇狼さんに人差し指を立てながら、隊長は「いいか」と話を切り出す。


「あの落下傘議員が例の賭場を仕切ってるとしたらだ、あの野郎と女含めて全員が裏で繋がってる可能性があるってことだ!」


「そして、そんな都合のいい話が偶然であるはずがないよね」


ぼくが後ろを引き継ぐと、隊長が「そういうこった!」と頷く。


「ジュンとコロは俺に付いて来い!」


「はい」


「っ、承知じゃ!」


「それとハル!」


「はいはい?♥」


「お前は詰所で待機だ……もし俺の勘がアタリなら一枚(・・)頼むかもしれねぇ」


「畏まりました♪」


市役所に戻ると、ぼく達は早速隊長の指示に沿って二手に分かれる。そして、ひらひらと手を振った春描を見送って廊下奥の“資料室”というプレートが貼られたドアを蹴り開けると、大量の塵がもうと舞い上がったのだった。


「ケホッ、相変わらず埃っぽいのぅ」


その光景に、今日一日ここに出入りしていた誇狼さんが涙目になって顔を扇ぐ。


「ジュン、お前は新聞を頼む。確か、次の選挙候補の経歴なんかが載った記事があったはずだ」


「分かりました」


「コロ、お前は俺と一緒にこいつを漁る方だ」


「承知じゃ」


その間、矢継ぎ早に出された指示に、ぼく達は頷いて早速資料をひっくり返していく。


「ありました」


「よしっ!」


ぼくの方は程なくして目的の記事に行き当たり、隊長達の方へと合流する。すると間も無く、今度は誇狼さんの方が「あったぞ!」と叫んだのだった。


「おめぇら、そいつらをここに並べてくれ」


「はい」


「うむ」


言われた通りに二つの資料を隣り合わせで床の上へと並べると、隊長が白い指で新聞紙と台帳の該当箇所をなぞっていく。


「こいつら、同時期に白河の関を越えてやがる」


「なんと……」


「そして、もう一人……」


「部長ですね」


「ああ……」


頷いた隊長はシニカルな笑みを浮かべながら口元に手を伸ばし、そして煙管が詰所の机に置きっぱなしな事を思い出して唇を尖らせた。


「同じ軌跡を辿ってこの海鶴にやって来た奴らが異口同音に捜査を打ち切りへと働きかけてやがる」


「そして、その被害者も仲間の可能性があると」


「そも、基本根無し草の冒険者の身でありながら、あの様な大きな娘御が居るのが不自然じゃしな。共に白河の関を越えてきたとでもいうのか?」


「まあ、無いよね」


「となると、あの女の身分もきな臭ぇものになるわな」


「ぼくもそう思います」


「わしもじゃ」


閉じた資料を片手に部屋を出た隊長を追って、ぼく達も新調組の詰所へと向かう。


「あ、お帰りなさい♪」


「おう」


そして、いつものドアを押し開けると、画材を広げ終えたバスローブ姿の春描がぼく達を出迎えたのだった。


「?」


「で、どうするんですか?」


その光景と春描の格好にキョトンとする誇狼さん。そんな誇狼さんを置いて、春描は隊長に首を傾げる。


「頼む」


それに対する隊長の答えは端的で明確だった。


「ふふっ♥」


「???」


隊長の一言に、ニイッと口の端を釣り上げる春描。その好色な笑みに、誇狼さんは益々困惑を深めたみたいだった。


「それじゃあ御支払いなんだけど、駅前に出来た女郎屋の新しい女の子でどうかな?」


「ジュン」


「分かりました」


ぼくが頷くと、春描も満足そうに「契約成立♪」と頷き返してくる。


「それでは千堂桜衛門様のご依頼、春画快楽堂店主・愛染春描がお引き受けさせていただきます♥」


そう言って、シュルリとバスローブから帯を解く春描。滑らかな肩をクリーム色のタオル地が滑り落ち、そのほっそりとした足元へと降り積もる。


「ふふっ♥」


そして、薄くメッシュ地の黒いパンツだけを纏った白い裸体を見せ付ける様に、頭の後ろに両手をやって、隊長程ではないけど十分に肉感的な乳房をたぷっと揺らしてくるのだった。


「さ、影殉くんも♥」


「はいはい」


「待て、おぬしら一体何をする気じゃ!?」


薄布から滲んだ愛液をとろりと股下に滴らせる春描に頷きながら袴を脱ぐと、隣の誇狼さんが慌てた様に悲鳴を上げた。そういえば、何も知らない人が見たら意味不明か。


「絶境」


「絶境じゃと?」


「うん」


準備(・・)をしながら事情を説明すると、誇狼さんは怪訝な顔をする。


「訳が分からんぞ。一体どういうことじゃ?」


「なに、言葉のままさ♪」


戸惑った様に尻尾を揺らす誇狼さんに、ほぼ全裸の春描がウインクをする。


「ボクの絶境は愛する者の視界をリアルタイムで投影できる作品を作成するというものでね」


「愛!? いや、まあ、少々珍奇ではあるが物見としては有用じゃな」


「ただ、その愛を性交でもって証明しないといけないという縛りがあるのさ♥」


「なんじゃと!?」


春描が述べた詳細な内容に唖然とする誇狼さん。その間にぼくの方も準備が済んだため、いつも通り向けてきたお尻を振る春描の細腰を掴んで性器同士を重ね合わせる。


「じゃ、始めるぞ」


「いつでもOKだぜ。あっ♥ ああっ♥ ピ、神秘の探究者(ピーピング・トム)!!!♥♥♥」


「くっ……」


春描の絶境に合わせて腰を突き挿入れると、たちまちふわりと柔らかくトロリと粘っこく、そしてカァッと熱い春描の女陰肉がぼくの陰茎を圧し包んでくる。


「なあっ!?!?」


それと同時に、隣で見ていた誇狼さんが驚嘆の声を上げた。


(まあ、初めて見たら驚くよね)


 絶境を号砲に轟と荒れ狂う春描の左手。まるで古事に謳われた八岐大蛇の様に猛り、うねり、のたうち回るそれは、けれど暴風の様な速度とは裏腹に、描かれる筆跡は精緻かつ繊細に純白のキャンバスを穢していく。素人ですら圧倒されるその技量は武人である誇狼さんなら猶更瞠目に値するだろう。

 箍の外れた性欲と、それに比例するイカレた才能を余すことなく披露する春描。その手付きは抽挿に揺さぶられながらも毛ほどもブレることなく、喘ぎ身悶えながらも正確に煽情的な線を生み出す光景はそれそのものが一種の芸術にすら思えてくる。


「……」


 最初の混乱から、いつの間にか春描の筆使いに魅せられていた誇狼さんがコクリと唾を呑んだのが分かった。


「ふふっ♥」


「!?」


そんな誇狼さんの反応に春描が愉し気な微笑を浮かべると、誇狼さんはカァッと頬を染めた。


「ボク達のエッチに興味津々といったところかな?」


「ちょ、そんなんではない! そんなんではないぞ!?」


わざと(・・・)そう言った春描に、誇狼さんはブンブンと頭を振って否定する。


「というか、おぬしら衆道関係にあったのじゃな!」


「まさか♪」


「流石に怒るよ?」


「待て、どうしてそんな反応になるのじゃ!?」


そして話題を逸らす様に続けられた言葉に、ぼくと春描は顔を見合わせて同時にそれを否定し返す。そんなぼく達の反応が予想外だったのか、誇狼さんは目を白黒させながらピコピコと耳を揺らした。


「ぼくが春描とこうしているのは純粋に実務的な理由からだよ。春描の絶境はあくまで視界の接続だけだから、潜入は自力でやらないといけないし」


「幸い、ボクの絶境が求める“愛”の形には特に制限が無いからね♥ 親愛や友愛といった、ボクが影殉くんに心底抱いている感情でもOKなのさ♪」


「なんで自分を捕まえた抜け駆け犯上がりの新調組隊士をそこまで買ってくれてるのかは不思議なんだけどな」


「おいおい、それを言うのは野暮ってもんだぜ?」


いつもの様に疑問を口にしてみれば、春描もまたいつも通りクツクツと実に楽しそうな笑みを浮かべる。


「何と言うか、変な所でガバいのう……というか、それなら身体能力や演技に優れた女子を雇えば良いのではないか? こんな、態々影殉と身体を重ねずとも……」


「おや、妬いてるのかい?♥」


「違うわ!!!」


「はっはっは♪」


本気で憤慨する誇狼さんに、無邪気に笑う春描。


「ま、率直に言っちゃえば、割と難しいかな?」


「その心は?」


「そもそも、ボクは性欲が人百倍強いだけで、特に愛してる訳じゃないから」


「普通に最低じゃな!?」


「女の冒険者の人が妖魔獣(モンスター)に輪姦される姿を見たさに抜け駆けした奴だよ? 今更今更」


「そういえばそうじゃった!?」


「「はっはっは」」


改めて春描の異常な生態を知らしめられた誇狼さんはショックを受けた様にあんぐりと口を開いたのだった。


「というか、本当に淡々としておるのぉ……」


「やってることは兎も角、実態は友達同士の仕事でしかないからね」


「これであんあん喘ぐ方があれだろう? ま、もし赤ちゃんが出来ちゃったら、そこは男らしく二人で育てようって約束はしてるけどね♥」


「んな男らしさなぞ聞いたことが無いわ。そも、この絵面じゃし……」


ぼくと春描の説明を聞き終えた誇狼さんは、頭痛を堪える様に額を抑えた。まあ、相当に特異な関係なのは認めるけどね。


「っ、影殉くんっ」


「っと」


そうこうしているうちに()(交合)も終わりが近付いてきていた。


射精()してくれっ♥」


「ん……」


少し紅潮した春描の臀部に体を押し付けて精を吐き出すと、同時に春描が最後の一筆をキャンバスへと振り下ろす。そして、快楽の波がゆっくりと引くと、火照った身体をふるりと震わせながら、春描は「ほぅ……」と満足気に溜息を漏らしたのだった。


「よし、繋がったな」


そんなぼく達を見ながら、煙管を咥えた隊長が頷く。春描が完成させた絵画、その中ではぼくの目の前にある白い裸体がピクッ……ピクッ……と幽かに痙攣を繰り返している。


「頼んだぜ、ジュン」


「はい……」


隊長の言葉に心がゾワリと沸き立ったのを感じながら、ぼくは陰部を引き抜いて袴を履き直すのだった。





     ◆





黒布を纏いて輪郭を溶かし、


夜風を吸い込み心の臓を鎮め、


歯を噛み合わせて息を殺し、


爪の先まで意識を尖らせ大地へと根を降ろす。




「良き目をしておるな」


 ただ一片の影法師となる術法にて市役所の裏口から滑り出ると、後ろを付いてきていた誇狼さんが妙に愉快そうに囁いた。


「……」


「? どうした?」


「いや、そんなこと初めて言われたからさ……」


ガラス玉みたいとか、死んだ魚みたいなんかはよく言われたけど。


「であれば、そやつらの見る目が無いのう」


そんなぼくの言葉を、誇狼さんは呵呵と笑い飛ばす。暖かな誇狼さんの笑い声は夜闇に紛れ、仄かにアスファルトを照らす街灯の光に晒されては掻き消えてしまう。


「むしろ、今のおぬしの顔つきは戦場に向かう武士そのものの顔じゃ……のう影殉よ」


「?」


「一体何が、おぬしの顔をそうさせるのじゃ?」


「……」


核心を突いてくる様な言葉。けど、


「分かってるんじゃないの?」


あの湯屋で話したことを考えれば……


「なに、おぬしの口から聞きたいのじゃよ」


「目新しい理由は特に無いよ」


妙に嬉しそうに両目を輝かせる誇狼さんに肩を竦めながら、ぼくは夜道を歩き出す。そう、ぼくの答えはどう転んでも変わらない。


「まあ、隊長に頼まれたから……ね」


「そうか。正しく“忠”じゃな。影殉よ」


「?」


「おぬしは実に良き兵じゃな」


腕を組んでゆらりと尻尾を揺らした誇狼さんは莞爾と笑った。


「生きて帰れよ。わしも、おぬしと冒険をしたい故な」


「うん」


その力強い視線に頷いて、ぼくは今度こそ夜闇と溶け合うのだった。





     ◆





 あの人権派狸人代議士の根城であり隊長が出入りしていた鉄火場でもある邸宅は、かつてぼく達六九番隊が新規調査を行った奥羽妖界(ダンジョン)の成れの果てだった。だから、その時の間取りは今もぼくの頭の中にちゃんと入っている。

 屋敷にある全ての窓から丁度死角になっている外塀の一角を乗り越えて、官憲の捜査から客を逃がすための隠し通路を逆行する。そうして屋敷の中へ潜り込むと、隠し扉越しに人の気配を探る。

 幸い、代議士といえども年に半年も在住しない邸宅にそう多くの使用人を雇い入れることはしないらしく、外を歩く人の気配も疎らだ。お陰でその間隙を縫うのは丁級の奥羽妖界(ダンジョン)を調査するよりも遥かに簡単だった。


(……ここだ)


 タイミングを見計らって廊下に飛び出し、とある一室へと侵入する。そこはどうやら物置として使われているらしく、夜光も射し込んでこなければ所々埃も降り積もっていて、早々人がやってくる気配も感じられない。


(ラッキー……)


ぼくにとって都合の良い状況に感謝しながら、積み上げられた段ボールを足場に部屋の天井板に貼り付く。そして、その板の一枚をずらすと、この部屋以上に真っ暗な、本当に光一つ射し込まない虚空がぼくを出迎えたのだった。


「……」


 息を殺しながら暗闇に身を委ね、元来た天井板をずらして光を絶つと、次第に視覚以外の五感が鋭敏になっていく。そして、耳と爪先の感覚に意識を傾けて、足音を忍ばせながら上下階の気配を探りつつ天井裏を這っていくと丁度地核から一直線になった両室の内が明瞭にぼくの神経に触れてきた。


(ハズレ……ハズレ……ハズレ……)


 一室一室、気配を探っては移動を繰り返す事数分、


「此度の差配、実に見事だったぞ」


(っ)


不意に足元から、聞き覚えのある声が湧き上がってきたのだった。


「……」


「恐れ入ります」


息を殺して気配を探ると、妙に慇懃な聞き覚えのある声。どうやら、アタリ(・・・)に辿り着いたらしい。

 すぐに足元の板に手を伸ばし、音を立てない様に細心の注意を払いながらそれをずらすと、地獄に垂れた蜘蛛の糸を思わせるか細い白光が板と板の合間から射し込んできたのだった。


「……」


その白光に視線を重ねると、素人目にも高級品と分かるソファーに身を委ねた二人―狸人の代議士と奥羽妖界(ダンジョン)管理部の部長―が同じく高価そうなグラスを片手に酒を酌み交わしている姿が映ったのだった。


「しかし、此度の件は正に瓢箪から駒だったのう」


「ええ、真に……」


とぷとぷと液体が空気と入れ替わる音と共に、ツンと甘い酒精の香りが立ち昇ってくる。


「まさか、あの新調組を一隊丸々罷免する機会が訪れるとは」


「これも天運と言うべきかと愚考いたします。他でもない、石波先生の……」


「ホント、先生ってば頼もしい♥」



「そうかそうか!!」


割と露骨な部長のヨイショと、はだけた胸元のまましな垂れかかってくる茶色い長髪の女性の媚態に、代議士は機嫌良さそうに巨体を揺する。その度にでっぷりとしたお腹を止めるベストのボタンがミチッミチッと弾けそうになっているが、昂揚が最高潮に達しているのかその狸人は「ぐあっはっはっは!!!」と周りを憚る事もなく哄笑を上げたのだった。


「……」


そんな三人の会話を、ぼくの方は音を立てない様に注意しながら手話に訳していく。春描の絶境で音や臭いを共有することは出来ないけど、こうすれば詰所で待機している隊長達にも情報を送ることが可能だ。


「それで、その六九番隊とやらを除けば海鶴の奥羽妖界(ダンジョン)利権は全て我らのもの……で、あったな?」


「ええ、それはもちろん」


にんまりとした代議士の言葉に、部長が愛想笑いを浮かべながら頷く。


「何せ隊長の千堂は“孝”と“忠”を親の胎に忘れてきた、上役を上役とも思わぬ輩でしたので……石波先生にお力添え頂きましたことで、全ては過去の話ですが」


「これで、その千堂とやらも身の程を弁えぬということが、どんな結果に繋がるかを理解しただろう」


「ええ……もっとも、あれに先生の慈悲を慈悲と理解できるだけの知能があればの話ですが」


「そこまでは期待せん。所詮は蝦夷の猿だからな!?」


再び哄笑を上げようとした瞬間、近くで起きた余震により屋敷全体がガタガタと揺れたことで、右手に持ったグラスから赤い液体が飛び散って絨毯の染みとなった。


「チッ……」


その光景に舌打ちをすると、狸人の代議士は良い気分に水を差されたとでもいうようにフンッと鼻を鳴らして「まったく、文明人の住む土地ではないな」と唸った。そんな代議士の姿に「真に……」と相槌を打ちながら、部長は「ところで先生」と少し気まずげに口を開く。


「なんだ?」


「実は一つ、手配しなければならないことがございます」


「……」


その部長の言葉に、議員は太い眉を寄せる。


「その……新調組と海鶴の奥羽妖界(ダンジョン)に関する商権については順調なのですが、仮に事が成った暁にはいよいよ蛇十字星の代わりが必要になってまいります」


「そういえばそうだったな……」


そして続けられた説明に、議員は益々気を悪くした様に鼻を鳴らした。


「所詮、先生の引かれた絵図に従って動くだけの駒でしかありませんでしたが、キャラバンシューズ同様泥を避けるには必要なものでもございます」


「儂が歩かされる時点で、既に緊急事態ではあるのだがな」


「おっしゃる通りでございます……」


不機嫌そうに嫌味を言う代議士に、部長は逆らうことなく頭を下げる。


「ただ、駒とはいえ、最低限頭の使える者を用いませんと、今回の二の舞になってしまう可能性もございますので……」


そう言いながら部長が目をやったのは、三人をぐるっと囲む人相の悪い無頼と思われる人達。その顔はどれも、以前木札を換金した折に賭場で見た覚えがあるものだった。

 そんな部長の意図を直ぐに理解したのか、狸人の代議士は「分かっておる」と腹立たし気に鼻を鳴らす。


「おい」


「へいっ」


「暫しの間、こいつの指示に従え」


「承知いたしやした……」


代議士の言葉に頭を下げ、部長に鋭い視線を送りつつも軽く会釈をする博徒のリーダーと思われる男の人。そのやり取りが済んで一旦相談事は終わったみたいだったけど、狸人の方はまだ腹の虫が収まらないのか「しかし、蝦夷の猿は度し難いほどの無教養だな」と吐き捨てた。


「時勢も理解出来ずに新政府と戦を起こした蛮人や、その末では然もありなんだが……」


「お陰で証拠の隠滅がために、私含め皆様の手を煩わさせてきましたからなあ……」


代議士の言葉に追従する部長。と、そんな二人を宥める様に、狸人にしなだれかかっていた女性が「でも、仕方がないわ」と頬をその腕に擦り付けた。


「確かに面倒を掛けられたけれど、元々あの駒はそろそろ替え時だったでしょう?」


「まあ、しばし下手な考えを抱く様にはなっていたからな」


「ね? だから、好い機会と捉えた方が健康的だわ、先生♥」


「それもそうだな!」


そこで漸く機嫌を持ち直したのか、うははははっ!と哄笑を上げる狸人の代議士。同時にそれは件の冒険者と抜け駆け犯の繋がりや、その口封じを下の人間達が行ったという推理の裏付けでもあった。


「今回の件はこれで仕舞いとしておくが、海鶴の奥羽妖界(ダンジョン)の商権商流の掌握は来月の頭までに済ませねばならん。何せ、党内の献金額公表が迫っているからな。儂がお役に付けるかどうかもそれに掛かっておる。最低でも代表と幹事長、その側近の皆様への分は用立てねばならん」


「もちろん、全て理解しております」


代議士の念押しに、即座に頭を下げる部長。けれど、すぐに上目遣いになると「それでなのですが……」と恐る恐る続けた。


「分かっている」


伺う様な部長の視線に、狸人の代議士はぶふっと鼻を鳴らす。


「万事上手く運んだ暁には、次の海鶴市議会選挙における我が党公認候補の肩書はお前のものだ、岩見」


「ありがとうございます!」


そう言って、頭をテーブルに叩き付けそうな勢いで直角に頭を下げる部長。その少し地肌の目立った旋毛を見ながら、ぼくは最後の合図を済ませて梁の上をゆっくりと引き返す。ここまで分かれば、後は十分だった。







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