5:罪人
警察署に抜け駆け犯を引き渡して詰所へ戻ること半刻弱、
「そーいやジュン」
「? 何ですか?」
「今日の奥羽妖界はどんぐれえになりそうだったんだ?」
「そうですね……見た目は良かったですし最近はマイホームがブームですから割と良い値段にはなるんじゃないでしょうか。ただ、立地と家自体の取り回しは間違いなく最悪ですが」
「つまり、そこが見通せねぇ馬鹿待ちってことかい……っと、通らばリーチ!」
「あ、それロンです。タンヤオドラドラ」
「なああああああああああ!?!?」
隊長の絶望に満ちた断末魔の悲鳴が上がったのだった。
「見事にぶっ飛んだのう……」
「相変わらず博打が弱いねえ千堂様♪」
ぼくが倒した牌と真っ白になっている隊長を見比べて、ベタ降りしていた誇狼さんは呆れ混じりに呟き、配達中に巻き込まれた春描は眼鏡のブリッジを押し上げながらクスクスと笑うのだった。
「部下のぼくにお金を借りてる時点で予想してたんじゃない?」
「それはそうなんじゃが、想定を上回り……いや、下回りおったという感じじゃ。無駄に肝だけは据わっておるせいで却って始末に悪そうじゃし、これで賭場通いなぞ最早正気の沙汰とは思えんぞ?」
「虚仮威しでも、もそっとマシじゃろ」と呟いて、パタリと頭の上の耳を伏せる誇狼さん。その間にも満面の笑みを浮かべた春描が硯で墨を磨りながら「さ、千堂様。罰ゲーム罰ゲーム♥」と隊長に詰め寄っている。
「だぁー! わーったわーった!!」
「うふふふふふふっ♥♥♥」
ガシガシと頭を掻いて立ち上がった全裸の隊長の右胸に筆で大きな目玉を入れる春描。
「んっ……」
「よし、完成♥」
「ひっでぇ絵面だな」
「ふふっ♪ 最高に下品でエッチだよ千堂様♥」
「嬉しくねーっつの。それより次だ次!!」
身体に描かれた福笑いを前に満足気に頷く春描と、ケッと漏らしながら椅子に座り直して洗牌を始める隊長。と、
「「「「?」」」」
ジャラジャラという音を合図にぼく達三人も雀牌へと手を伸ばしたところで、不意に詰所のドアがコツコツと叩かれたのだった。
「はい?」
「すみません」
一番近くに居たぼくが返事をすると、廊下の方から聞き覚えの無い女の人の妙に押し殺した様な声が返ってくる。
「こちら、新調組第六九番隊の詰所で合っておりますか?」
「ええそうですよ♪ 何か御用でしょうかお嬢さん?♥」
その聞くからに年若い声音に喜色を隠しもせず立ち上がった春描がドアノブに手を掛けると、仄かに香水の匂いが漂ってきたのだった。
まだ真新しい、透き通る様な鉄の臭いと共に。
「!」
「ひゃっ!? 影殉くん!?」
咄嗟に春描を床に押し倒すと、何か妙な反応をされた。同時にその春描の胸があった辺りの空を突き出された匕首の切っ先が斬り付けたのだった。
「チッ」
頭上で鋭い舌打ちが聞こえ、今度は殺気が降下してきたのを感じる。今の体勢で立ち上がる余裕がある訳もなく、ぼくは春描の腰を固定してタイルの床を転がりながらその追撃を回避した。
「貴様、何者じゃ!?」
「うるさい!!!」
襲撃に気付いた誇狼さんが怒声を上げて椅子を蹴倒す。けれど、匕首の主と思われる女の人は引き攣る様な絶叫でそれに応じたのだった。
(よっ)
「っ!?」
「ぐふっ!?」
その隙に春描を匕首の間合いから突き飛ばして、ペン立てに入っていた万年筆を彼女の方に投げ付ける。流石に刃すら付いてないただの文房具が有効打になるはずもなく、懐剣によってあっさりと弾かれてしまったけれど、ぼく達にとってはそれで充分だった。
「良くやった!!」
「きゃっ!?」
ぼくが投擲した万年筆を弾いた一瞬。そのあまりにも大きな隙に、間合いを詰めた誇狼さんがガッシリと彼女の細腰に組み付く。
「ずおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「きゃああああああああああああ!?!?!?」
そして裂帛の気合と共に決められた下手投げにより、吹っ飛ばされた女の人は雀卓を巻き込んで停止したのだった。
「残念ながら、ここまでだぜ。嬢ちゃん」
「うぐっ……」
その様子を遠巻きに眺めていた隊長が茶色の髪を散乱させた女の人の胸を刀の鞘で突き抑えながら煙管を一吸いする。
「で、てめぇは「何の騒ぎだ!?」
「あ……」
隊長が尋問を始めようとしたその瞬間、詰所のドアを押し開けてきた部長がギョッとした様に固まった。それも郁子なるかな。
誇狼さん⇒深紅の褌にハート形ニプレス
春描⇒当て布にスリットの入ったセックス用のランジェリー
隊長⇒全裸の上に胸と腹にかけて人の顔の落書き
比較的直撃の少なかったぼくこそ腹掛けに袴といういつもの新規奥羽妖界調査時の服装だけど、他の三人の格好は惨憺たるものだった。で、
「き、貴様ら何をしている!?!?!?」
そんな恰好でいては、新たにやって来た第三者の反応はこうもなる訳で。
ドタドタと部屋に入って来た部長が雀卓に突っ込んだ女の人を抱き起して、その土埃を軽く払う。女の人は部長の姿を認めるとサッと体を引いて直ぐにぼく達を鋭く睨み付けてきた。まあ、それくらいで怯む様な殊勝な人間はここには一人も居ないんだけど。
「おいおい、なんか勘違いしてねぇか?」
「何だと!?」
太々しく口火を切った隊長に、部長が肩を怒らせる。
「いきなりドス抜いて暴れたのはそっちの嬢ちゃんだ。俺達はただの被害者だぜ?」
「よくも! よくもぬけぬけと!!!」
隊長がぼく達から見た状況を説明すると、女の人はさっと顔を朱に染めて奇声を上げる。ぬけぬけも何も、ただの事実だと思うんだけど……。
「父を! 私の父を嬲り者にしておきながら!!!!!」
「父?」
「とぼけないで! 今日の今日、あんた達新調組が袋叩きにした猟師の茂吉のことだよ!!」
「今日……ああ」
その言葉にようやく彼女が言う“父”が誰なのかを理解する。
「何だと!?」
同時に、目を剥いてぼくと女の人を見比べる部長。
「嬲るも何も、絶境まで使ってきたので無力化するための緊急措置だったんですが」
「お前は黙っていろ!!!」
そう吠えた部長は女の人と距離を取ると、その場で深々と頭を下げた。
「知らぬこととはいえ、大変申し訳ない。奥羽妖界管理部を代表してこの岩見俊吾、心よりお詫び申し上げます」
「……フンッ」
部長の頭を見下しながら鼻を鳴らして顔を背ける女の人。けれど、それ以上に突っ込む様子は見せない。っていうか、
「おい、何勝手に頭下げてんだてめぇ。元はといやあ、そのアマの父親ってやつが抜け駆けしたせいじゃねえか」
「ですよね」
それだとこっちが悪いみたいになっちゃうんだけど。
「それを決めるのはお前達ではない!!」
けど、部長の方はむしろ積極的にそう思っているらしく、酒焼けした赤黒い顔を真っ赤にしてぼくと隊長に吠えかかって来た。
「犯罪かどうかを決めるのは裁判所の職分だ!!」
「じゃあ、目の前に抜け駆け野郎が居ようが、令状を貰ってしょっ引けってか?」
「当然だ!!」
「話にならねぇな」
激昂する部長を鼻で笑い、隊長が開けっ放しのドアを顎でしゃくる。
「帰ぇりな。今日のところは見逃してやるが、次からは容赦しねぇぜ」
「千堂!!」
「絶対に……絶対に後悔させてやる!!」
冷え冷えとした隊長の言葉に、捨て台詞を吐いて駆け去る女の人。そんな女の人を追い駆けながら部長も「処分は覚悟しておけ!」と言い残して部屋を出ていく。後に残されたぼく達は誰ともなしに顔を見合わせたのだった。
「気丈そうな子だったね。縄で縛り上げて三日三晩犯し抜いたら、どんな風にあの顔が歪んだかな♥」
「んなこと考えてたのか」
こいつは本当に……。
「おお!!」
と、一先ず雀卓を起こして牌を数えようとしたところで、不意に誇狼さんが頓狂な声を上げた。
「? どうしたの誇狼さん?」
「思い出したんじゃよ!」
「思い出したって何を?」
「奥羽妖界管理部の部長、あれとどこで会うたかじゃ!」
「ああ」
そういえば、そんなことも言ってたっけ。
「でも、それが何で今?」
「この麻雀牌と先の女子がつけておった香水じゃ」
そう言って、誇狼さんが一索の牌を見せてくる。
「んー?」
「ほれ、先ごろわしを歓迎する宴の費用捻出のために賭場で木札を替えてきたじゃろ?」
「ああ……そういう?」
「うむ」
頷いた誇狼さんが鳥の描かれたそれを裏に返す。
「あの男の臭い、その時賭場の奥の間に居った人間の一人のものじゃった」
「おいおいマジかよ。あそこは鉄火場だぜ?」
「でしたね。換金した時に知って呆れましたけど」
つい本音を漏らした隊長に肩を竦めながら、ぼくも手牌を並べ直す。
「けど、その言い方だとさ」
「誤解ではないぞ。あの女子が付けておった香水も同じ部屋から臭ってきておったのじゃ」
ぼくの確認に、コクコクと頷く誇狼さん。ふむ……、
「ま、取り敢えず続きと行こうぜ」
「別に良いですけど、なんでそんなに積極的なんですかねえ……」
「博打ってのは張り続けてこそだろ?」
「ダントツで負けておるくせにのう……」
「それが千堂様の良いところじゃないか♥」
呆れるぼく達と欲望に正直に鼻の下を伸ばす春描。なお、
「へっへっへ、リー「あ、それです」
「なんと!」
「わぉ♪」
ぼくが牌を倒すと、両隣の誇狼さんと春描が目を丸くする。
「な、こ国士だと!?!?!?」
「本当にクッソ弱いのう……」
「今日は影殉くんがついているのもあって、いつも以上に酷い事になってるね♪」
「三麻でもないのにな」
絶句する隊長とぼくの役を見ながら呆れる誇狼さんと愉しそうに嗤う春描。
「じゃあ、今度はクリップで」
「ふがっ……!?」
その二人の間から、机の上にあったクリップで隊長の鼻を挟むと、隊長は呻き声を上げながら目を白黒させたのだった。
◆
―ゥゥ……、――ウゥゥ……、
「ん……」
ツンとアルコールと紫煙の臭いが満たす闇の中、ふと唸り声の様な異音が脳髄を揺らしてきた。瞼を開くと仄暗い蛍光灯の奥でチックタックと柱時計の振り子が一定のリズムを刻んでいる。時刻は長針と短針が丁度天地を指す午前六時、室内は空っぽになった酒瓶と吸い終えた煙草の灰、数本の点棒が散乱していて、宛ら台風直後のごみ溜めみたいになっていた。
「う、な、なんじゃ……?」
「火事みたい。隊長を起こしてくれる? 誇狼さん」
「む、むぅ……」
曇った窓の外から聞こえてくる騒ぎの音にピコッピコッと耳を揺らした誇狼さんも、しかめっ面のまま上家の隊長を揺する。
「んっ♥ あんっ♥♥」
「春描、起きて」
「ああああああああああああああんっ♥♥♥」
ぼくの方も下家で椅子の背もたれに寄りかかっている春描の胸を揉むと、春描はビクビクッと全身を痙攣させてからゆっくりと顔を上げた。
「ふぅ……♥ ふぅ……♥ おはよう、影殉くん♪」
「ん、おはよ」
「いや、その起こし方はなんなのじゃ」
「気にすんなコロ、いつものことだ。それよりジュン、何かあったのか?」
「これがいつもとか流石に爺でもドン引きするぞ……」
本気で唖然としている誇狼さんの横でまだ半分うつらうつらとした隊長の目を見る。
「火事みたいです」
そして、もう一度さっきの言葉を繰り返すと、誇狼さんがパタリと耳を煽り、隊長が眉を顰め、春描がふーん?とでもいう様に唇を持ち上げたのだった。
◆
「っと、ここか」
朝焼けに染まり始めた海鶴の街。その裏店の塀と屋根を乗り越えて濛々と立ち昇る煙の前へと着地する。どうやら丁度火が鎮まったところらしく、路地の中に犇めき合った野次馬がポロポロと引き返し始めたところだった。
「はぁ、はぁ……おい、影殉!」
「あ、誇狼さん」
そんな人垣を避けながら背伸びをして火元を覗こうとしていると、追い付いて来た誇狼さんにボスッと肩を叩かれた。
「ちょ、は、速すぎるわ。ジジイに無理をさせるでないっ」
「あ、ごめん」
喘ぐ誇狼さんの息が整うのを待ってから、改めて雑踏を掻き分けてその中心部へと向かう。と、
「お疲れ様です」
「ああ」
「! あやつは」
焼け落ちた廃墟に、ぼくが誇狼さんを引き渡した警察官の人が入っていくのが見えた。
「入ってみる?」
「当然じゃ」
バサッと尻尾を振りながら首肯する誇狼さんに頷き返して、ぼく達も焼け跡の玄関を潜る。水浸しの一階を抜けて出火元らしい二階への階段を登ると、四畳半の座敷の中でさっきの警察官の人と数人の消防団員の人達が手を合わせているところだった。
「……」
「焼死体が二つじゃな……」
後ろから付いてきて、ぼくの背中によじ登った誇狼さんがポツリと呟く。っていうか重い重い。
「間違いありませんか?」
「ああ。ご協力、感謝す「何が間違いないんですか?」なあ!?」
「???」
取りあえず声を掛けてみたら、なぜか仰天された。
「いや、おぬし分かっててやったのではないのか?」
しかも、誇狼さんには呆れた様な反応をされたし……まあいっか。それよりもだ、
「あれ、その人」
「!!!」
警察官と消防団の人達の真ん中で、抱き合う様にして事切れた二つの死体。その片割れの顔には見覚えがあった。
「確か、昨日の抜け駆け犯ですよね?」
「……」
ぼくが指摘すると、気まずそうに視線を逸らす警察官の人。そして、その視線が向かったもう片割れの死体に貼り付いている着物の焼け残りは大分煤けて変色してしまっているものの、昨晩新調組を襲撃してきた女の人の物と模様が一致していた。つまりはだ、
「まさか、脱獄されたのか?」
ぼくと同じ答えに行き着いたらしい誇狼さんが頭の上で頬杖を突く(痛い)と、警察官の人は苦虫を噛み潰した様な顔で溜息を吐く。
「お前達には関係n「はぁ……はぁ……も、もぅ、アーティストであるボクを走らせないでくれよ。興奮しちゃうだろう?♥」
そして、拒絶の言葉を口にしようとした瞬間、ぼく達の後ろから場違いなくらいにねっとりと熱っぽい吐息を漏らしながら、額に汗を浮かべた春描が顔を出したのだった。
「な、か、快楽堂!?」
「もう、“快楽堂”なんて随分と他人行儀じゃないかい? ね、爆乳好きの遠山様♥」
「な、なあ!?」
その姿を前に、目に見えて狼狽する警察官の人。対する春描はにこやかな笑顔のまま爆弾を投下して彼の首根っこを押さえてしまう。
「爆乳好きですか……」
「官憲とて男じゃな」
「「「「「……」」」」」
「う、ぐっ……」
当然、ぼく達も即座にその流れに乗って生暖かい視線を送る。それによって周りの消防団の人達の視線もどこか胡乱なものを見る目へと変質していく。
「しかしどうする? 此奴を篭絡するにはわしでは論外じゃし、春画屋でも目方がちと足りんのではないか?」
「ボクのおっぱいは平均以上のサイズではあるけど、巨乳というよりは美乳の部類だからね♥」
「た、頼むからせめてもう黙っ「はぁっ……はぁっ……うぷっ……お、おい、ジュン。も、もうはぁ、は、走らせんなよ。ち、乳が捥げそ、おえっ」
「あ、隊長。良いところに」
「ふぅ……ふぅ……あん?」
一般的に見れば十分に大きな胸をたぷっと揺らす春描にとうとう警察官の人が白旗を上げようとしたタイミングで、階段の下から最後の一人が姿を現したのだった。
「そうだ、これ揉んで良いんで、ぼく達にも現場を見せてくれませんか?」
「いや、だかr「隊長、お願いします」
「ほれ」
ぼくの言葉を合図に着流しの胸元をペロンと寛げる隊長。だぽんっとまろび出たその巨大なおっぱいに描かれた福笑いの両目がたゆんたゆんと歪みながら警察官の人のそれと交叉したのだった。
「……」
「あ、萎えちゃったみたいだね♥」
「流石にそこまで守備範囲は広くなかったかあ……」
「チッ、腑抜けが。おぬし、本当にちんぽ付いとるのか?」
「インポなら良い女郎屋を紹介するぜ?」
「も、もう分かった。分かったから勘弁してくれ……」
「それは好きに現場を見ても良いという宣言ですか?」
「好きに取れ……」
「分かりました」
股間を見てニヤニヤと嗤う春描、舌打ちと共に割と酷い罵声を浴びせる誇狼さん、ぶらんぶらんとおっぱいを揺らしながら本気で心配そうにする隊長に、警察官の人は疲れ切った表情で溜息を吐いたのだった。
「いや、四分の一は間違いなくお前のせいだからなっ」
「あ、そうなんですね。まあ、別に良いですけど。取りあえずありがとうございます。隊長?」
「おう、頼むぜ」
「はい」
胸を着流しに押し込みながら頷いた隊長に頷き返して、階段の手摺を跳び越える。
踏み締めた四畳半には湿った煤が積もり、壁一面が墨汁を撒き散らしたかの様に汚れていた。その中心で絡み合う二つの焼死体の間では灰に塗れながらも形を保った匕首が射し込む朝日を鈍く反射していた。
突き立てた側の娘と思われる死体は上半身が丸焦げになっていて、表情その他一切が伺えない。ただ、匕首の柄を固く握り締めた両手が十字教の祈りの様な形で固着している。他方、父親と言われていた抜け駆け犯の頭部はまだ原型を留めていた。もっとも、喘ぐ様に歪んだ表情の中で白く変色した眼球とでろんと垂れ下がった血の気の無い口舌を見比べると、どっちの方がマシかは意見が分かれるところな気がする。そして、一応改めた短刀はといえば確りと根元まで男の胸板に埋まっていた。
「ふーn「お前達、とうとうやってくれたな!!!!」ん?」
と、最後にもう一度全体を確認しようとしたところ、突然室内を耳慣れた怒声が駆け抜けたのだった。
見れば、階段のところで隊長と春描を押し退けた部長が、ゼーゼーと肩で息をしながらぼくと誇狼さんを睨み付けてきていた。
「おい、て「黙れ!!!!!」
押し退けられた隊長が鬱陶しそうに文句を言おうとしたところ、部長がヒステリックな罵声を撒き散らす。
(これ、まともな会話は無理だね)
「良いか! これは貴様ら第六九番隊全員の失態だぞ!! 抜け駆け犯などという言いがかりにも等しい虚偽で実の父を私刑に掛けられた婦女子が世を恨んで心中に至ったなどと……到底許される醜聞ではない!!!」
「どんな頭してたら、そんなアホみてぇな筋書きを並べ立てられんだ?」
「妄想逞し過ぎません?」
「おい、影殉よ。本当にこの無能がわしらの将なのか?」
「流石に素人のボクでも無理s「口出し無用! これは奥羽妖界管理部の中の話だ!!!」わお♪」
つい素で呟きかけた言葉尻を獣染みた怒声で噛み千切られる春描。その異様な雰囲気に、春描は驚いた様に目を見開きながら両手を挙げたのだった。
「前代未聞! 私が奉職して何十年、初めて耳にする醜聞だ!! 最早お前達第六九番隊の暴走は看過できん!! 特に千堂! 旧海鶴藩で大目付を排出する家柄などと粋がっている様だが、今は昭和!!! この日ノ本は新政府のものだ!!! かつての蝦夷や幕府の様な野蛮人の論理が通用するなどと思うな!!!」
「……」
「分かったら出ていけええええええええ!!!!!!」
「「「「……」」」」
正直、どっちが野蛮人なのかと言いたくなる絶叫を上げながら、血走った目で威嚇してくる部長。そのキチガイ染みた狂態に、ぼく達は顔を見合わせる。
「……帰ぇるぜ」
「分かりました」
「承知じゃ」
「はいは~い♥」
隊長の一声を合図に、ぼく達は火の元を後にする。一番最後に降りてきた春描の手にはいつの間にやら小さな画用紙が握られていて、チラリと見えた一頁には焼け爛れた女の人の死体が緻密な線で描かれていた。
◆
「……良かったんですか?」
出火元の家屋から離れて、その影が少し小さくなってきたところで尋ねると、隊長は「構わねぇよ」と笑った。
「さっきの様が本気か演技かは知らねぇが、どちらにせよあの野郎は一歩も引かねぇさ。何せ、今まで散々虚仮にしてきた俺の足を正義の名の下に心行くまで引きずり倒せるんだからな。関わるだけ時間の無駄だ」
「ですか」
「おう。それよりもだジュン、お前何か気付いたことがあったんだろ?」
「そうですね、大したことじゃないかもしれないんですが」
「おう」
「さっきの心中で使われた匕首の刃なんですが、綺麗にあの抜け駆け犯の刺青を刺し貫いていました」
「刺青を?」
「ええ。胸の上にあった蛇十字星の刺青を」
「ほぅ……」
ぼくが頷くと、隊長は僅かに目を細めた。
「蛇十字星じゃと?」
「うん」
同時に、脇で聞いていた誇狼さんも驚いた様にピョコンと両耳を跳ねさせて目を見開く。そう、蛇十字星。蛇十字星だ。
「もっとも、刺青そのものは火傷のせいで完全に見えなくなっちゃってましたが」
「いや、十分だ……ジュン」
「はい」
「詰所に戻ったら、奴らの経歴を洗うぞ。コロ、お前も手伝え」
「分かりました」
「承知じゃ」
「何があったかまでは分からねぇが、どうもきな臭ぇ。なら、黒と出るまでとことん噛付いてやるまでよ」
ニィッと笑い、物騒な事を呟く隊長。その笑顔は狼人の誇狼さんよりも肉食動物染みていた。




