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最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
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4:初仕事

―……っ! ……んだ!!―


「?」


 市役所内にある新調組の詰所が並んだ廊下へと曲がろうとしたところで、不意に誰かの叫び声が響いてきた。ぼくが首を傾げると、同時にスンと鼻を鳴らした誇狼さんが「客のようじゃぞ」と頷く。


「分かっているのか!? 責任問題だぞ千堂!!」


果たして詰所のドアを開けてみると、煙管を咥えたまま面倒臭そうに耳をほじっている隊長と蟀谷に青筋を浮かべた背広姿の男の人が机を挟んで対峙していた。


「あ、部長だ」


「部長?」


「うん、奥羽妖界(ダンジョン)管理部の」


訝る誇狼さんに首肯をすると、ぼく達に気付いた隊長が「よう」と右手を挙げた。


「聞いているのか!?」


「聞いてるも何もこれで三回目だろ、いい加減耳にタコが出来らぁ。それに対する返事も散々してやったはずだぜ? 証人も腐るほど居るし、全く問題ねぇ……ってな。んな事よりもだ、」


ヒートアップする部長をフンと鼻で笑い、隊長がヒュッと一枚の紙を投げてくる。受け止めて中を広げてみると、そこには新しい奥羽妖界(ダンジョン)の所在地が書き込まれていた。


「今日はそこだ、ジュン」


「! おい千堂! その奥羽妖界(ダンジョン)の調査は二日後のはず! 勝手な予定の繰り上げは職員の安全に「あ゛? てめぇ、俺の隊士がたかがこの程度の山でしくじるとでも思ってんのか?」!?」


激発しかけた瞬間、隊長にギロッと睨まれて身を竦ませる部長。元々凄みのある顔つきだったけど、今はなまじ美人なせいで男だった時よりも殺気が鋭利なんだよねえ。


「分かりました。すぐに」


「頼んだぜ」


「はい」


「貴様!?」


隊長の言葉に頷くと、カッと酒に焼けた顔を真っ赤にする部長。


「一隊士の分際で、この私を無視する気か!?」


「行こ、誇狼さん」


「うむ」


それを懐に指示書を仕舞いながら詰所を出ると、隣に並んだ誇狼さんがチラッと後ろを振り返った。


「忘れ物?」


「いや、そうではないのじゃが……」


何か考え込む様にパタリと耳を揺らして、口を尖らせる誇狼さん。


「今の男の臭い、どこかで嗅いだ様な気が……」


「ふーん?」


誇狼さんの言葉にぼくも少し首を傾げる。


「確か、割と最近転勤してきた人だから、誇狼さんが冒険者だった頃にどこかで会ってたとかはあると思うけど」


「そんな前ではなかったと思うのじゃが……」


んー?と首を傾げる誇狼さん。けれど、パッと答えが出てこないのかそのまま口を噤んでしまう。ふむ、


「取り敢えず思い出したら教えて。今は新規奥羽妖界(ダンジョン)の調査が優先だからさ」


「相分かった」


頷いた誇狼さんを連れて、ぼく達新生新調組六九番隊実働部隊は初仕事へと向かうのだった。





     ◆





 市役所を出てバスに揺られること三十分。そこから徒歩で山道を進むこと更に三十分。鬱蒼と生い茂る木々の間から、不意に明治を思わせる白い木造の洋館が姿を現したのだった。


「あれじゃな?」


「うん」


見るからに不自然な立地と異様に豪奢な造り、そして奇妙に真新しい質感を前に誇狼さんがポツリと呟く。


「結構高くついちゃいそうな奥羽妖界(ダンジョン)だね」


「そうじゃな……何か問題でもあるのか?」


「人工物型の奥羽妖界(ダンジョン)って、それ自体が資産価値を持つせいで中を荒らしすぎると後から冒険者協同組合に文句を言われちゃうんだよ」


「冒協からじゃと?」


「うん。まあ、大抵は隊長が叩き出して終わりなんだけどさ」


「チッ、金勘定に血道を上げる蛆虫どもめが……」


「取り敢えず、先に軽く外を見ておこうか」


「うむ」


コクリと頷いた誇狼さんを連れて洋館の正面から裏へと回る。


「見て、自動人形(オートマータ)だ」


「じゃな。お、あれは生ける甲冑(リビングアーマー)か?」


「だね」


整然と並んだ窓の中では、一階を無機質に整った顔立ちのメイド人形が、二階を鈍く光る全身甲冑が一定のリズムで闊歩していた。


「どうやら無機物系の妖魔獣(モンスター)が多い様じゃな」


「だね」


誇狼さんの言う通り、窓の奥の扉の中も同類の妖魔獣(モンスター)によって占められている可能性が高いだろう。


「後はボスが居るかどうかかな」


「というと?」


「ほら、ここみたいに入り口を開閉できる奥羽妖界(ダンジョン)だと、脱出の条件がボスの討伐だったりするでしょ?」


「それはそうじゃな……む?」


「気付いた?」


「うむ。確かにそれは厄介じゃな」


頷いた誇狼さんが渋い顔をする。そう、冒険者の人達なら普通にボスを討伐して脱出すればいいだけの話だけど、妖魔獣(モンスター)の殺傷が禁止されているぼく達新調組の場合、その一番当たり前の手段が取れないのだ。


「ではどうするのじゃ? まさか、何の策も無しに突っ込む訳にもいくまい」


「一応、当ては無くもないけどね」


「と、いうと?」


「ほら、あそこ」


小首を傾げた誇狼さんに、洋館の屋根の一角を指差す。


「煙突か」


「そ」


その先には四角く太い煙突が空に向かって突き出ていた。今の奥羽じゃまず見掛けないものだけど、奥羽妖界(ダンジョン)ということならただの飾りという可能性も低いはずだ。


「一か八かの一点賭け……うむ、実に良い」


「お気に召したようで何よりかな」


「では行こう「待った」ふぎょっ!?」


ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて早速駆け出そうとした誇狼さんの尻尾を捕まえると、変な悲鳴が上がった。


「にゃ、にゃにをする影殉!? そんなにジジイの尻に興味が「仕舞いには名誉棄損で訴えるよ?」


「ぎゃんっ!?」


そして、涙目になりながら凄く失礼な事を言ってきたので、その額をデコピンで弾いておく。


奥羽妖界(ダンジョン)に入る前に、まずは準備体操をしないと」


「準備体操?」


「そ」


まるで思いも掛けないことを言われたかのようにキョトンと目を丸くする誇狼さん。


「たとえ自分から死地に飛び込むにしても、人事を尽くさなきゃただの身投げと変わらないでしょ」


「っ! 確かにそうじゃな!」


「?」


けれど、ぼくがそう言うとなぜか嬉しそうに両目を輝かせながら頷いてくる。まあ、不満が無いなら良いけどさ。

 いつも通り羽織を脱いで腹掛けと袴になり、携帯していたラジオのスイッチを入れてピントを調整すると、ザーザーという砂嵐の後に聞き慣れた音楽が鳴り出す。


―腕を前から上にっ!―


そして始まった号令に、ぼく達は並んでラジオ体操を始めるのだった。





     ◆





「中は……見たまんまだね」


「いきなりワープだの何だのの危険は無さそうじゃな」


 準備体操を終えて洋館のドアノブを捻ると、すんなりと開いた扉の奥では窓から覗いたものと相違ない光景が広がっていた。


「十中八九無駄になると思うけど、一応ドアは開けっ放しにしておくよ」


「承知した」


誇狼さんと頷き合って、近くにあった石でドアを固定し、いつも通り地面に手を突いて待ち構えている吹き抜けの階段を見詰める。


「三つ数えたら飛び込むよ」


「よし」


誇狼さんも頷いて、自分の顔をパンッ!と張り気合を入れる。


「3」


そして、フンスッ!と鼻を鳴らし、地面に爪を立てたのが見えた。


「2」


互いの視線が同じ高さに揃う。


「1」


何を言うでもなく呼吸が重なり、まるでそこに居る獣が一匹だけになったかの様な感覚に陥る。


「0!」


最後に声を張った瞬間、ぐらりと辺りに余震が響き、ぼく達は同時に奥羽妖界(ダンジョン)の中へと飛び込んだのだった。





     ◆





 最初の一歩を踏み締めた瞬間、天井からボトボトと無数の小さな影が降って来た。


「「「「「ゲ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!」」」」」


殺人人形(キリングドール)か」


その耳障りな鳴き声と共に、簡素な人形の手にカミソリや包丁が現れる。自動人形(オートマータ)の様に複雑な動きは取れず、妖震も単純なものではあるけれど人間の殺傷に不足はなく、何より数が多いという特徴がある妖魔獣(モンスター)だ。

 壁に貼り付いて初撃を回避すると、得物がザクザクと絨毯に突き刺さり小さな人形達はそのまま身動きが取れなくなる。


「ぬおっほっほ!」


「楽しそうだねえ……」


一方、隣の誇狼さんはといえば、鼻先を掠められたにも拘らず満面の笑みを浮かべていた。


「取り敢えず、一番近い部屋から入るよ」


「よし来た!」


頷いた誇狼さんを連れて最初の部屋に飛び込むと、そこにあったのは壁一面を埋め尽くす巨大な本棚だった。


「誰も居らんのう……罠か?」


「んー……」


小首を傾げた瞬間、室内を「キイイイイイイイイイイイッ!!!」と耳障りな悲鳴が塗潰し、四方の壁が津波の様に押し寄せてくる。


「「騒霊(ポルターガイスト)か(じゃな!?)」」


同時に、ぼく達は妖魔獣(モンスター)の正体を口にする。一見姿形が無くとも、状況から見てまず間違いないだろう。後はだ、


あれ(・・)を確認するよ」


「ふおっ!?」


 殺到してきた紙束の大群を回避して、空っぽになった本棚を足場に室内を駆け上がる。そのタイミングで尻尾を掴んで持ってきた誇狼さんを部屋の中央に吊るされたシャンデリアに向かって投げると、シャンデリアに捕まった誇狼さんが重りとなって、白金に輝く照明がぐるりと半回転した。すると、どこかで金物が擦れ合う様な異音の末に何かがガチリと噛み合う音が鳴り、天井の一部がゆっくりと部屋の床へ降りてきたのだった。


「やっぱりか」


均一な天井板の中に不自然に筋が入っていたことと、蔵書の抜けた壁一面にそれらしい目印が無かったことから予想はしていたけど、どうやらアタリだったらしい。


「で、どうする? このまま上に行くのか?」


「そうだね」


ポスッとぼくが降りたのと反対側の手摺の上に着地した誇狼さんに頷くと、ニヤッと笑った誇狼さんが「であれば次はわしに先鋒を譲れ」とせがんでくる。


「別にいいけど、嫌になってない?」


「まさか!」


ぼくが尋ねると、誇狼さんはブンブンと首を横に振ってニヤッと白い歯を見せてきた。


「むしろ久方振りの本物の冒険に、胸の高まりが抑えきれんわ!」


「ぺったんこなのに高まりとはこれ如何に」


ぼくが軽く肩を竦めると、「クカッ♪」と笑った誇狼さんがブンブンと尻尾を振りながら階段を駆け登る。……そういえば、この位置だとスカートの中が丸見えになっちゃうのか。

 短いプリーツスカートの中で深紅の褌に締められた白いお尻が暗闇の中に飛び込むと、不意にその動きが止まった。


「誇狼さ「「「「「「「「「「いらっしゃいませ」」」」」」」」」」


どうしたのかと声を掛けようとした瞬間、誇狼さんのお尻の奥から機械音染みた女の人の声が聞こえてくる。


「ぬおおおおおおおおおおおお!?!?!?」


直後、ダダダダダッ!!と響いてくる何かの発射音。同時に飛び退いた誇狼さんのお尻が顔面へと突っ込んできたのだった。


「わぷっ」


咄嗟に誇狼さんを受け止めつつも、勢いを殺しきれず、そのままゴロゴロと一回まで転げ落ちるぼく達。そうして下の階に戻ると、再び浮かび上がった書籍に襲い掛かられるのだった。


「っとと」


「ふぎゃっ!?」


咄嗟に誇狼さんを部屋の外に蹴り出して、ぼくも後を追い駆けるとすぐに後ろ手に部屋のドアを閉める。直後、ドスドスと無数の打突音が断続的に続き、最後にはシーンと静まり返るのだった。


「ぷ、くっ、クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!!」


「え、うるさ……」


ペタンと絨毯に座り込んだ誇狼さんが突然火の点いた様な哄笑を上げ始める。


「なに? もしかして取り憑かれた?」


「そうではない!!」


その唐突な行動に首を傾げると、グリンッとこっちを振り向いた誇狼さんは耳まで裂けんばかりに口端を釣り上げて、灰褐色の双眸を爛々とぎらつかせた。


「分からんか? 未知の扉を開く興奮に迫り来る妖魔獣(モンスター)の顎を己が身技一つで捌く充足感!! これが! これこそが!! わしが求めておった最早忘れ去られし本物の冒険よ!!! 五十、いや六十年は無かったぞ、この昂揚は!!!!」


「あ、はい」


小さな拳をギュッと握り締めて熱に浮かされたかの様に力説する誇狼さんに、つい頷いてしまう。取り憑かれてはいないんだろうけど、脳内麻薬のせいで完全にラリッてるみたいだ。


「最高じゃ! この情動!! この熱量!!! わしは今、確かに生きておるぞ!!!!」


「喜ぶのは良いんだけど、まだ始まったばかりでそんなに興奮してたら最後までテンションがもたないよ?」


「おお、そうじゃったそうじゃった!」


廊下を進んだ先に並ぶドア達を指差すと、誇狼さんはそれでも喜色を抑えきれない様子で頷く。


「次はどんな苦難が待ち受けておるのかのう?」


「その言い方、マゾヒストみたいだよ」


一応突っ込んでみるけれど、果たして誇狼さんの耳には届いているのかいないのか。ジュルリと音を立てて舌舐めずりをした誇狼さんは初雪を前にした柴犬の様に尻尾をバッサバッサと振って次の部屋を見詰める。


「じゃ、行くよ?」


「うむ!」


ピョンッとその場で跳び上がり、腕を組んで仁王立ちになりながら頷く誇狼さん。その爛々と輝く視線を背中に感じながら、ぼくは隣の部屋のドアに手を掛けるのだった。





     ◆





 次の部屋に入った後も、誇狼さんは相変わらず騒がしかった。



―ぬおっほっほっほっほ!?!?!?―


―なんで、ブービートラップに襲われて嬉しそうなのさ―



とか、



―なんの変哲も無い絵画じゃが……ひょわっ!?!?―


―そこ、態々噛まれに行く?―



とか、



―どわちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!!―


―流石に鬼火(ウィルオウィスプ)が尻尾に引火した状態で笑ってるのは理解できないんだけど―



道中、どんな貧乏くじを引いても楽しそうなのも一貫はしてたけど。


「よし、次はいよいよ二階じゃな影殉!」


「はいはい」


 全身擦り傷だらけになりながらも、晴れ晴れとした表情で先を急かしてくる誇狼さんと並んで階段を駆け登る。すると風鳴りを纏った鈍い光が横殴りにぼく達を出迎えたのだった。


「っと」


「どぅをあっ!?!?」


咄嗟に誇狼さんが着ているセーラー服の襟を掴んで飛び退くと、間一髪で剣先を逃れた誇狼さんがへんてこな悲鳴を上げた。


「けほっ、生ける甲冑(リビングアーマー)か」


「うん、丁度来ちゃったみたいだね」


軽く咳き込みながら呟いた誇狼さんに頷き返す。二階の踊り場からぼく達を見?下しているのは、ここに入る前に確認した西洋甲冑姿の妖魔獣(モンスター)だった。


「どうする?」


体勢を整えながらチラッとこっちを見上げてくる誇狼さん。と言われても、答えは一つしかない。


「もちろん、突っ込むだけだよ?」


ぼく達(新調組)に退却という選択肢は存在しないからね。


「そうか♪」


 どこか嬉しそうに頷いた誇狼さんはいつでも飛び出せる様に腰を落として前屈みになる。


「先に行くよ」


「うむ!」


その肩を叩いて踏み込むと、即座に長剣が袈裟懸けに振り下ろされる。


「よっ」


「……」


長剣の切っ先が届かない右手側の手すりを足場に上空へと思いっきり跳び上がると、ぼくを取り逃した生ける甲冑(リビングアーマー)が顔を上げて追い駆けようとしてくる。


「っと」


けれど、甲冑の体勢が整うより先に今度は天井を蹴って屋敷の床に着地し、そのまま走って射程距離外に逃れると、一拍遅れた生ける甲冑(リビングアーマー)はガチャガチャと全身を軋ませながら残った誇狼さんに標的を変更しようとした。


「クカッ♪」


当然、そんな大きな隙を誇狼さんが逃すはずもなく、甲冑の小脇をすり抜けて直ぐにぼくの後に追い付いてくる。


「よし、行くぞ!」


「はいはいっとと」


「フッ! ホッ!! ハッ!!!」


こうして誇狼さんと合流して廊下を曲がると、壁に掛けられた無数の絵画が牙を突き立てようと首を伸ばしてくる。その顎を躱しながら早速一番手前にあったドアへと取り付くとそれが、いや正確にはその人(・・・)が居たのだった。


「なっ!?」


 折重なる様に倒れた数体の自動人形(オートマータ)と散乱する家具を前にフゥゥゥ……と息を吐いていた大柄な男の人は、ぼく達を見ると仰天した様に目を丸くして硬直する。けれど、それは本当に一瞬のことで、すぐに手に持っていたペンとメモ帳を投げ捨てると、「ベイ・ムーン・スター!!!」と咆哮を上げたのだった。


(絶境か)


その意味を成さない特徴的な単語の羅列は目の前の男の人の敵意を端的に物語っていた。まあ、


「よっ」


それ(敵意)はぼくの方も同じなんだけどね。

 男の人の絶境が叫ばれるより先に、まずは隣の誇狼さんの尻尾を掴んで思いっ切り前方へと投擲する。


「どわああああああああああああああああ!?!?!?」


絶叫を上げながら灰褐色の砲弾となって室内を縦断する誇狼さん。その突貫は襲ってきた三日月型のカッターと星型の手裏剣による殺し間を潜り抜けて、脳天から男の人の顔面に直撃する。


「ぐっ!?!?!?」


「ぐはっ!?!?!?」


ゴチンッという衝突音と共に上がる二人の呻き声。それでも日々の稽古の賜物なのか、誇狼さんの方が先に復活して体勢を立て直したのが分かった。


「寄って、誇狼さん」


「応!!」


誇狼さんの後を追い駆けながらその小さな背中に声を掛けると、ボワッと尻尾を広げた誇狼さんが男の人のベルトを掴んで部屋の奥へと一気に押し込む。


「がはっ!?」


高速の寄り切りにより洋館の壁へと男の人が叩き付けられた衝撃で、部屋中の窓ガラスがビリビリと震える。その威力に苦悶の表情を浮かべる男の人の胸元を掴むと、今度はぼくの方が接敵の勢いをそのまま乗せて右拳を顔面へと叩き付けた。


「ぶべっ!?」


男の人の顔面が弾け飛び、煽られた体が大きく傾く。


「で、でb「んっ」べぶっ!?」


けれどまだ意識を失っていなかったから、もう一度殴る。すると、掴んでいた胸倉のボタンが数個ほど耐えきれずブチブチとどこかへ飛んで行ってしまった。


「を、をい「んっ」い゛ぎっ!?」


裂けた襟元からは小さな刺青が覗く。


「や、やべ「んっ」べふっ!?」


まだ、意識が残っているのでもう一度。


まだ、反応があるからもう一度。


まだ、目に光があるからもう一度。


まだ、生きているからもう一度。


「……ふぅ」


そうやって十分ほど殴り続けたところで、ようやく男の人は大人しくなったのだった。


(やっぱり、戦闘はどうにも苦手だなあ……)


 胸倉から手を離すと、壁に寄りかかった男の人がずるずると崩れ落ちる様に赤い絨毯へと座り込む。


「徹底的にいったのう」


途中から観戦に回っていた誇狼さんが後ろからヒョコッと顔を出し、ぐったりと動かなくなった男の人を見下しながら呟いた。


「顔面が二倍くらいに膨れ上がっとるぞ?」


「流石に体格で勝る男の人を意識があるまま護送するのは無理があるからね」


相手が抜け駆けをしている様な人なら猶更さ。


「それもそうじゃな」


「それより、そっち側を持ってくれる?」


「承知じゃ」


「それと、もしかしたら他にも仲間が居るかもしれないから、そっちも気を付けてね」


「うむ!」


コクコクと頷いて、気絶した男の人の脚を肩に担ぐ誇狼さん。ぼくの方も男の人の上半身を肩に乗せながら、最初に投げ捨てられた筆記用具の方も証拠品としてポケットに仕舞う。


「じゃ、行こっか」


「うむ!」


そして準備が完了し、調査を再開する。残された自動人形(オートマータ)の死体に関しては、いつも通り隊長がどうにか差配してくれるだろう。





     ◆





「ク……クク」


「……」


「クク、ククククク」


「……」


「クカァーッカッカッカ! カァーッカッカッカ!!」


「ちょ、褌見えてる褌見えてる」


 橙色に染まった海鶴の空の下、街道を吹き抜けるビル風にプリーツスカートが捲られるのも気にせず、道の真ん中で仁王立ちになった誇狼さんが哄笑を上げた。その異様なハイテンションに道行く人達がギョッとした目を向けては足早に距離を取っていく。

 そんな周囲の視線に気付いているのかいないのか、既に奥羽妖界(ダンジョン)から出て半刻以上が経っているにも拘らず、機嫌が天元突破したままの誇狼さんは満面の笑顔で「なんじゃ、こんな爺の褌で良ければいくらでも見せてやるぞ」と宣うと「ほれほれ~♥」とスカートの裾を摘まんでひらひらとはためかせて見せてくる。


「元気だねえ……」


「これが滾らずにおれるか!!」


思わずそう呟くと、ニィッと白い歯を剥いた誇狼さんが咆哮する。お陰で右耳がキーンってなったんだけど……。


「迫り来る剣戟に押し寄せる妖魔獣(モンスター)の妖震。それらに真っ向から挑みかかる昂揚! 実に凄絶で爽快で何より甘美な初陣か!! これを愛おしめずして武士は名乗れんぞ!!!」


「まあ、ぼく達は武士じゃないんだけどね」


一応突っ込んではみたものの、多分誇狼さんの耳には届いていないだろう。両目をキラキラと輝かせて力説した誇狼さんはバッサバッサと尻尾を振りながら、我が世の春とばかりに街道を闊歩する。と、


「っと、着いたね」


「うむ!」


そんなことを話しているうちに、目的地だった警察署に到着した。


「すみませーん」


「はい、何っ!?!?」


入口のドアを押し開けて声を上げると、中に居た背広姿の警察官の内の一人が立ち上がり、そして隣の誇狼さんを見てギョッと目を剥いたのだった。


「む、おぬしはどこかで見た様な……」


その警察官の人を前に、誇狼さんもコテンと頭を横に倒す。


「誇狼さんを取り調べた人でしょ。ぼくが最初に引き渡した」


「おお、そうじゃった!」


ぼくの指摘にポンッと手を打って頷く誇狼さん。そんな誇狼さんとは対照的に、一方的に被害を受けた警察官の人は心底嫌そうな顔をしたのだった。


「……で、今日はどういった用向きだ?」


「差し入れです」


「差し入れ?」


「ええ。これをどうぞ」


「? なっ!?」


それでもさっさと話を終わらせようと思ったのか、事務的に確認をしてきたのでここまで引きずって来た男の人(・・・)をカウンターの上に乗せる。


「今日調査をした奥羽妖界(ダンジョン)で抜け駆けをしていたところを捕まえました。抵抗をしたので少し痛めつけてあります」


「いや、これは少しとは言わんだろ……」


「?」


ぼくがそう説明すると、なぜか警察官の人は男の人の頭から足先までを眺めてそう呟いた。よく分からないけど、まあいっか。


「それと、これが証拠です。中は奥羽妖界(ダンジョン)の地図になってました。取り敢えず引き渡しましたので、後はよろしくお願いしますね」


「頼んだぞ!」


ぼくが申し送りをするのと同時に、ピンッと両耳を張りながらニッと人好きのする笑顔を浮かべる誇狼さん。すると、それ以上何かを言うこともなく、警察官の人はカウンターの上の抜け駆け犯に視線を下した。


「して、これからどうするのじゃ?」


「詰所に戻って報告書の作成」


「ならば、当然わしも同道じゃな」


「もちろん」


ぼくが首肯すると、誇狼さんは満足気に頷いたのだった。







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