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最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
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3:宴とその後

 賭場で博打札の換金をし、主賓の誇狼さんとやけくそ気味に付いて来た隊長、それとなぜか残っていた春描を加えて、ぼく達は城下の端にある飲み屋で腰を落ち着けた。


「じゃあ、新調組六九番隊の新たな隊士の加入を祝して乾杯」


「「「乾杯っ!!」」」


隊長に押し付けられた挨拶を適当にこなして盃を掲げると、他の三人が銘々手の内の物をガチャンと勢い良くぶつけてくる。そして、その流れのまま真っ先に口火を切ったのは誇狼さんだった。


「っぷはー!!」


隊長の好みに合わせて割と辛口を頼んだはずなのに、グビグビッと喉を鳴らして一瞬で中のものを飲み干してしまう。風貌とは真逆の格好良すぎる飲み方、というか豪快な飲み方だった。しかも即座に二杯目を要求してきたので酌をすると、これまたあっという間に中を空にしてしまう。


「なんじゃ影殉! おぬし先程から全く口を付けておらんではないか! そのようなみみっちぃ飲み方をしては男が廃るというもの!! ほれ、もっと盛り上がらんか!!!」


「……」


そう思っていたら、あっさりと顔を真っ赤にして酔っぱらっていた。しかもこっちの肩に手を回して頬ずりまでしてくる絡み酒。これ、女の子にされる前の普通の獣人の状態だったら割と最悪の酔っ払いだったんじゃないかな。


「さ、飲め影殉よ! それとも、わしの酒が飲めぬと言うのか!? ほれほれ。ほれほれ!ほれほれほれほれ!!」


「ちょ、もう少しペース落として……」


「ほれ飲まんか! 口を開けよ! あまりチビチビとやるようならば、その顎を抉じ開けるぞ? クカカカカッ! お、よしよし、やっとその気になったか!!」


「……」


下手な抵抗は無意味と悟り、諦めてお猪口を空にする。


「なんじゃその渋い顔は!! もっと楽しそうに飲まんか! それともあれか? わしが口移しで飲ませてやろうかの? 今は見ての通りの美少女じゃからな! おぬしもその気になるじゃろ!! クカカカカッ!!!」


ムニッと自分の頬を押し上げて、妙に上手い可愛い子ぶった仕草と共に豪快にお酒を呷り出す誇狼さん。助けを求めて隊長と春描を見れば、薄情な二人はサッと顔を背けて逃げてしまったのだった。はぁ……。





     ◆





「分かるか! 戊辰の野を思い起こせば、名ばかりの冒険の何と空虚で無味乾燥なことか!!」


「はぁ」


「それにおいても口惜しきは儘ならぬ我が身よ! この様なことであればあの時仲間の身代わりとなり果てておれば良かったのじゃ!!」


「あー、うん」


「益荒男と呼ぶに相応しき者達と共に戦場で散るのならば、この正心誇狼丸死して尚悔いは無い!!」


「はいはい……」


 感極まったのか男泣きに落涙する誇狼さん。なお、この話は既に三回目だ。

 テーブルを挟んだ向こう側ではほんのりと頬を染めた隊長が対岸の火事と素知らぬ顔で酒肴に舌鼓を打っていて、隣の春描はホワイト・ルシアンを舐めながら見た目だけは良い隊長や誇狼さんを夢中でスケッチしている。一見すると華やかな席だけど、実態は野郎×4の完全な地獄絵図なんだよなあ……。


「っていうか、小鬼賢者(ゴブリンセージ)に足元を掬われた人間が多過ぎない? この面子」


「わ、わしは元より死出の旅のつもりじゃったからの! 我が身を顧みるつもりなど毛頭無かったのじゃ!」


「んだよ、おめぇだってこいつ(・・・)が付いてる方が嬉しいだろ?」


小鬼(ゴブリン)輪姦(まわ)される抜け駆けの女の子達に夢中だったからね♪ けど、どうせならボクも混ざっておけばよかったかな♥」


激昂する誇狼さんとシニカルな笑みを浮かべて自分の前にぶら下がった大きなおっぱいをたぷたぷと弾ませる隊長、そして当時のことを思い出したのかさらりと下劣な妄想を膨らませてクロッチの上から股間を摩りだす春描。

 そんな三者三様の反応の中、隊長がふと思い付いた様に「折角だし、本当に女でも呼ぶか?」と言った。


「良いね~♪ ボクも千堂様に賛成だ!」


「確か、金はまだ残ってたよな?」


「ええ」


「じゃあ頼む。ああ、今日はなるべく乳のでけぇ女の気分だ」


「分かりました。それじゃあ、ちょっと行ってきますね」


「いや、良いのか? 元はといえばおぬしの金じゃろうに……」


「まあ、頼まれちゃったし」


赤ら顔のままで妙に冷静な突っ込みを入れてくる誇狼さんに軽く肩を竦めながら、席を立って調理場の方に向かう。




そしてその瞬間、足元に細長い影がにゅっと伸びてきたのだった。




「っと……」


 即座に跳び越えて後ろを振り向くと、座敷の仕切りに置かれた屏風の縁から黒塗りの鞘とニタニタとした笑みを浮かべる赤ら顔の生首が三体覗いていた。


「おう、何見てんだ」


「何か文句あんのか?」


「言いてぇことがあんなら聞くぜ?」


「いえ……別に」


その一串三個の赤団子はなぜか粘っこい口調で絡もうとしてくる。正直、今晩のそういうのはもう誇狼さんだけでお腹一杯だ。


「ケッ、腰抜けが!」


 見ず知らずの酔っ払いの相手までしたくもないしと思い本来の目的に戻ろうとしたところ、棘のある言葉が背後で吐き捨てられる。


「お前ら侍がへーこらされてたのは奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)までのことなんだよ!」


「今は俺達冒険者がこの国を動かしてんだ!!」


「時代遅れの化石野郎が!!」


(あー、そういう……)


そして続けられる罵詈雑言に、彼らが何でちょっかいを掛けてきたのかを何となく察する。まあ、あの中で見た目が男なのはぼくだけだから、消去法でさっきの誇狼さんの発言もぼくがしたものだと誤解したということだろう。


(全部がハズレって訳じゃないんだけどね)


いやまあ、ぼく個人としては武士道にそこまで思い入れは無いんだけど。ただ、それよりも問題なのはだ、


「なんじゃと!?」


「やっぱり来ちゃった」


仮にそんな発言をすれば、激怒するに決まっているおじいちゃんがこの場に一人存在するということだった。


「無礼者が! たかが冒険者の分際で武士を舐めるか!?」


しかも自分は全力で冒険者を馬鹿にしてるくせに……。

 個室から飛び出してきた誇狼さんの激昂を見て、唖然とした様にぼくと誇狼さんを見比べる冒険者の人達。けど、今度は相手が(見た目の上では)小柄な女の子だと分かったせいかプッと吹き出すと一斉にげらげらと笑いだしたのだった。


「ちょ、ぶ、無礼者だってよ!」


「ひーおかしー! そうでちゅー!! 俺達無礼者でちゅー!!!」


「嬢ちゃんだって刀も髷もねー小娘じゃねーか! なーにが武士だ偉そうに!!」


そして浴びせられる明らかに小馬鹿にした罵倒に、顔を真っ赤にして衝動的にか腰へと手を伸ばす誇狼さん。当然、刀の無い腰元では小さな手は空を切り、目の前の冒険者の人達の嘲笑のボルテージは一段と大きくなる。酔いも手伝って抑制の利いてない大笑に、他のお客さん達もどうしたどうしたと顔を出してきた。


「おう、どうしたよ?」


その中にはお猪口の縁をペチャリと舐める隊長も混ざっていた。


「おっ!」


「あ……」


その姿を見た瞬間、喜色を浮かべる冒険者の一人。まあ、黙ってさえいればおっぱいの大きな黒髪の色白美人だからねえ……。


「おう嬢ちゃん、そこの二人の連れかい?」


「誰が嬢ちゃんだ。連れってのは合ってるがな」


「なら、よっ」


「……」


不快気に太い眉を寄せた隊長は組んだ腕の上で揺れる胸の谷間に突っ込まれた毛深い手を辿り、鼻の下を伸ばした冒険者を鋭く睨み付ける。


「おい、これがどういう意味か分かってんのか?」


「嬢ちゃんこそ冒険者がどういうものか分かってねーみてーじゃねーか」


「折角だ、俺達が冒険者ってものをたーっぷりと身体の隅々まで教え込んでやるぜ?」


「そこの世間知らずのお友達共々な」


「てめぇら政府領の出か……」


「お、アタリ」


「俺達は蛇十字星(スネーク・クロス)っつってな」


「日ノ本を治める政府領から態々このド田舎までやってきてやったんだ」


「……」


隊長の問いに腕を捲りながら口々に出自を自慢してくる冒険者の人達。そんな三人を冷めた目で見ながら親指で何かを刈っ斬る仕草をした隊長に、ぼくは頷いて近くに居た一人の腰から抜いたナイフを逆手のままその首筋に突き立てる。


「あ゛……が?」


ビクッと瞠目した冒険者の人は身を捩る様にしてぼくの方を向く。けれど、何かを言うより先に刀身を捩じって引き抜くと、そこに出来た傷痕から噴水の様に鮮血を撒き散らして、その場にどうと倒れ込んだのだった。


「いやあああああああああああああ!?!?!?」


一拍置いて響く絹を裂く様な悲鳴。最初の一声に突き動かされたのかバタバタとお客さん達が逃げ出していく。


「な、お、おい!? ガッ!?」


「ナオ!?」


取り残された冒険者二人が倒れた仲間に駆け寄ろうとしたので、手近な方を捕まえて心臓をナイフで刺し貫く。


「な、なあっ!?!?」


「最後だから一つ教えといてやる」


「な、何を……」


「白河の関を越えたここじゃ、無礼討ちは現行法だ」


「えっ!?」


「それと、俺は今年で三十三だ。お嬢じゃねぇよ」


「そ、がっ!?」


絶句した冒険者を一刀のもとに斬り捨てる隊長。袈裟懸けに両断された冒険者だった物を見て、顔を出した春描が「流石♪」と口笛を鳴らしたのだった。


「おう店主騒がせたな」


「へ、へぇ……」


血振りした刀を鞘に戻して、隊長がカウンター奥のおじいさんに声を掛ける。


「ちょいと白けちまったし、今日はお開きにするか……ジュン」


「はい」


「コロの面倒は任せたぜ」


「分かりました」


ぼくが頷くと、口笛を吹きながら悠然とお店を出ていく隊長。


「ボクもお先に。今夜は楽しかったよ♪」


「ああ」


次いでピョコピョコと兎の付け耳を揺らしながら闇夜に溶け込んでいくバニーガール姿の春描。寒くないのかな……。

 その姿が見えなくなったところで、なぜか目を丸くしている誇狼さんに声を掛ける。


「じゃ、そういう訳だから、行こっか」


「う、うむ」


「お勘定置いときますね」


「毎度ありっ!」


カウンターに代金を置いてお店を出ると、丁度新しい余震が赤提灯を揺らしたところだった。





     ◆





(ん……)


 強い光に瞼の上から眼球を撫でられると、朧気だった意識が徐々に輪郭を帯びてくる。と同時に、ぬらぬらとした蛭の様な何かが生暖かい熱を持ってぼくの首筋を這いずり回っているのを感じた。


「……」


目を開けてみれば灰褐色の三角耳がパタリ……パタリ……と羽ばたいていて、錆びた鉄の臭いと強いお酒の香りがツンと鼻腔を突いてきた。

 昨晩の歓迎会がお開きになった後、何かが琴線に触れたらしい誇狼さんはぼくが借りているアパートに来るまでの道中、ずっと興奮した様に喋り通しだった。で、そのせいか部屋に入った瞬間ふつりと糸が切れたマリオネットの様に倒れ込むと、そのままグーグーと鼾をかきだしたのだった。それで仕方なしに一組しかない布団に誇狼さんを突っ込んで、ぼくは隣で寝てたはずだったんだけど、どうやらそこから転がり出てきた誇狼さんは熱源を求めるうちにぼくに絡まり付いてきたらしい。


「んー……んむ」


「……」


「ん……んんー……」


いくら見た目が女の子でも八十を過ぎたおじいさんに抱き着かれて喜ぶ趣味も無いので、すぐに引っぺがそうとしてみるけれど、むずがる様な声を漏らした誇狼さんはぼくの首筋に触れていた牙に力を込めてギュッと全身でしがみ付いてくる。


(どうしよ……)


完全に抱き枕みたいになった状況に首を捻っていると、「ん……ん」と漏らしながら誇狼さんが頬ずりをしてきた。同時に、幽かに寒気を覚えたのかふるりと産毛を逆立てて身震いをする。


(しょうがないか……)


一先ず音を立てない様に手を伸ばして、誇狼さんごと布団を被る。こうしていれば、次第に体も温まって、どこかでぼくも解放してもらえるだろう。見れば僅かに寄っていた眉が離れてすやすやと穏やかな寝息を立て出している。


(それにしても……)


今更ながらに小鬼賢者(ゴブリンセージ)の絶境は結構厄介だなと思い知らされる。近しい人でも隊長、春描、そして誇狼さんと三人も被害者がいる上に、隊長なんかはそのせいで実質新調組としては引退にまで追い込まれているし、誇狼さんの方も誇狼さんの方でギュッと押し付けられてくる体は細く小さく、何よりも華奢で簡単に壊れてしまいそうな印象だ。それでも薄いなりにふにふにとした柔らかな感触に、誇狼さんを無理矢理女の子と誤認させられそうになってしまうけど……。


「…………んむ……」


何となく壊れない様に体に手を回すと、誇狼さんはチュッ……チュッ……とぼくの首筋に吸い付いてくる。


(鬱血しちゃわないかなあ……)


「あぐっ」


「ん!?」


そんな事を考えていると、フッと首筋から口を離した誇狼さんが代わりにぼくの口元に噛付いてきたのだった。


「んれっ……」


そして刺し込まれるねっとりとした舌先。まるで牙を立てた獲物を弄ぶかの様な肉食獣染みた甘嚙みに慌てて顔を離すと、誇狼さんは何か物足りなさげにスンスンと鼻を鳴らしながら顔を突き出してきたのだった。


「はあ……」


このまま再び口元に噛付かれるのは勘弁してほしいので、大人しく首筋を差し出しておく。まるで、縄張り争いに敗れた獣が自分の腹を曝け出す様な行為に思えなくもないけれど、闇雲に牙を立てられるよりはマシだろう。そうして、舌を這わせ、犬歯を立て、唇で吸い付いてくる誇狼さんに、ぼくはされるがままにその行為を受け入れる。いやまあ、精神的には受け入れたくないんだけどさ。

 いい加減、終わってくれないかなと思っていると、ぼくの首筋を蹂躙していた誇狼さんの釣りがちの目がとろんと開いた。


「……ちゅ……んむ」


「……」


「……んん……?」


「……」


「ん……?」


「……」


「影殉……か? ここは……」


「取り敢えずおはよ、誇狼さん」


「うむ、おはようじゃ……んむっ」


けれど、まだ寝ぼけているのか、そのとろんとした目のままぼくの首筋に甘嚙みをしてくる誇狼さん。そしてレロレロと舌先で産毛を梳いてくるけど、流石にここまで来たらそんなに気を使う必要も無いだろう。


「誇狼さん」


「んー……?」


「取り敢えず起きてもらっていい?」


「わしはもう起きとるぞー」


そう言って、にゅふっ♪と笑いながら白い歯を見せる誇狼さん。うん、完全に寝惚けてるね。うーん……、


「取り敢えず、すぐに止めないと色んな意味で誇狼さんの尊厳が地に落ちると思うんだけど」


「んー?」


「先に言っておくけど、全部誇狼さんがしてきたことだからね?」


「んー……」


「……」


「……」


次第に顔色が変わっていく誇狼さん。なんていうか、昨日夜みたいに真っ赤に。


「!!」


バッ!と突き飛ばすようにして離れた誇狼さんは、そのままぼくに背中を向けてくる。けれど動揺が隠せないのか、両耳はパタパタとはためき尻尾はわさわさと落ち着きなく揺れている。んー……


「えっと誇狼さん」


「……」


「もしかしてなんだけど、溜まってた?」


「!!」


試しに確認してみるけれど、どうやら違ったらしい。交友関係(隊長と春描)からの推測だったんだけど、ボワッ!と尻尾を膨らませた誇狼さんが怒りのせいかぷるぷると震えだす。


「……この様な無様、世に生を受けて初めてじゃ」


「はあ」


「そうじゃ、腹を切ろう。影殉、刀を貸してくれぬか?」


「ある訳ないじゃん。新調組の自宅なのに」


「……」


「……」


ぼくが答えると、誇狼さんは絶望した様な顔になった。


「取り敢えず、湯屋にでも行かない? 昨日の返り血も洗わないといけないし」


「う、うむ……」


誇狼さんがコクリと頷いて、ようやく今日の朝が始まったのだった。





     ◆





 既に陽も高くなり活気を帯びた往来を抜け、ぼくと誇狼さんは城下にある湯屋へとやって来た。


―海鶴乃湯―


達筆な文字で描かれた看板を潜り、藍で染められた暖簾を抜けると、当然の様に誇狼さんも男湯へと付いてくる。いや、こっち?


「? そうじゃが?」


何かあるのか?とでも言わんばかりにキョトンとした目を向けてくる誇狼さん。幸い、今の時間ならあんまり人も居ないし良いけどさ。


「それより、さっさと入るぞ。流石に身体がベタベタで、わしも少々キツイからの」


「はいはい」


スポポーンとセーラー服を脱ぎ捨て、褌を解き、ニプレスを剥してバサッとタオルを担いだ誇狼さんは結構期待をしているのかフリフリと尻尾を振りながらいそいそと浴室へと向かう。


「おおっ!!」


そして浴場の引き戸をカラリと開けると、もうもうと湯気の立ち昇る湯船を見てキラキラと両目を輝かせたのだった。


「よし、早速体を洗うぞ!」


「ん」


ポンと投げ渡された桶を受け取って、壁に貼り付けられた鏡の前に並んで座る。


「わひゃーっ!!」


湯船から汲んだお湯を頭からダバーッと被ると、誇狼さんは歓喜なのか悲鳴なのか分からない妙な声を上げた。

 わしゃわしゃと石鹸を泡立て、ピコピコと揺れる耳に入らない様にしながらも掻き混ぜるようにして灰褐色のおかっぱ頭を揉み洗いし、ものの十数秒でまたお湯を被る誇狼さん。そして、今度はタオルを泡立てて腕、胸、足、そして最後に担ぐようにして背中に回したタオルでガッシガッシと肌の薄いそこを削っていく。


「よしっ……」


それが終わると、なぜか気合を入れる様にパンッと自分の顔を張ったのだった。


「……あ、そういう」


「うむ」


グイッと膝の上に回した尻尾にもしゃもしゃと石鹸を揉み込むのを見て、その理由を理解する。確かに、そこまで大きくて毛深いってなると、普通に洗うだけでも一仕事か。


「まあの。じゃが、これでも今までに比べて大分楽にはなっておるぞ? 何せ、人間の身体は毛が薄いからのう」


「人の女子となってしまって唯一良かったことじゃな」とぼやく誇狼さん。まあ、確かにこれが全身ってなると流石に面倒にもなるか……ん?


「む? どうした? まさか、日本男児たる我が身体に見惚れたか?」


「……」


「ひゃんっ!? お、おぬし! こんなジジイになんというプレイを!?」


「プレイ言うな」


スパァン!という無駄に良い音と共にぼくの掌の痕がくっきりと浮いた色の薄いお尻を抱え、むおおおっ!?と身悶える誇狼さん。その肋が幽かに浮いた肉付きも細やかな体躯は触れるだけで砕けてしまいそうですらあるけれど、ぼくが目を引かれたのはそこじゃなくてだ、


「さっきは気付かなかったけど、結構傷だらけなんだね、誇狼さん」


その白い肌の上に無数に浮かんだ赤い痕の方だった。


「お、気付いたか♪」


ぼくの指摘にパッと嬉しそうに笑う誇狼さん。


「こいつとこいつが戊辰の時の勲章で、ここらのはまだ冒険者が正しく危険を冒す者であったころの記憶じゃ」


右肩に出来た銃創と左肩から右脇腹に掛けて走った刀傷、更には妖魔獣(モンスター)によるものと思われる爪や牙の痕を指差して自慢する様に薄い胸を張る誇狼さん。


「普段は目立たぬのじゃが、湯に浸かると血が巡って浮き出てきてのう」


「ああ」


「それより、さっさと湯に入ろうぞ。いくら日が高いとはいえ、のそのそとしてては体が冷えてしまう」


「ちょっ」


丁度体を洗い終えたところで、同じく尻尾を流し終えた誇狼さんがぼくの手を取り湯船へと駆け出す。そのまま引きずり込まれる様にザブンと浴槽へ飛び込むと、一度頭まで沈んだ誇狼さんがザパリと湯面から顔を出して「あ゛~~~~っ」と満足げにジジ臭い溜息を漏らしたのだった。


「時に影殉よ」


「なに?」


「わしの身体の事を言うのであれば、おぬしもそうではないか」


そう言って、妙に嬉しそうに肩を小突いてくる誇狼さん。


「……」


まあ、その指摘の通り、ぼくの全身も大概爪痕や噛み痕だらけではあるけどさ。


「ダンマリか? よいよい、何よりも雄弁なその身体こそが武士の証よ」


「っ」


「驚いたか? じゃが、所々に手がかりはあったぞ? 特に昨晩の不届き者共を手打ちにした手際、あれは中々に見事じゃった」


「褒めて良いの? てっきり、不意討ちだったから蟠りを持たれてるかと思ったんだけど」


「なに、無礼討ちじゃから問題ない!」


「暴論だなあ」


まあ、そう思ってもらえる方がぼくとしても楽だけどさ。


「折角じゃし、おぬしの身の上を聞かせてはもらえぬか? わしも散々っぱら話はしたが、共に轡を並べる身とあっては聞いておきたいからの」


「……別に、面白い話じゃないよ?」


「それはわしが決めることじゃ」


「不快になるかもしれないし」


「それも同様よ」


「……」


「という訳じゃ。どうじゃ?」


「まあ、いっか」


そんな勿体ぶる話って訳でもないしね。


「誇狼さんの言う通り、ぼくも一応武家の生まれではあるんだよ。っていうか、嫡子だった。溝田藩っていうところの用人の家でさ」


「溝田……確か、越後で十万石に及ぶ一藩じゃったな?」


「うん。けど、それは本当に大分前の話で、結局廃嫡されちゃったんだよね」


「廃嫡……」


「そ。だから、誇狼さんの期待に応えられなくて悪いんだけど、ぼくは武士じゃなくて精々その成り損ないが良いところかな」


「しかし、それがどうして海鶴で新調組なぞをやっておるのじゃ?」


「抜け駆けの手先だったから」


「……」


ぼくの回答に、誇狼さんは今度こそ驚いた様に両目をパチクリと瞬いた。新調組自体が犯罪経験者の多い組織とは知っていても、実際にそんな人間が目の前に現れたらそういう反応にもなるよね。


「家を放り出された後、雀の涙ほどの路銀だけを頼りに当ても無く彷徨っていたら海鶴に下って来た冒険者の人達に拾われてさ。その人達に頼まれて新規調査が済んでなかった奥羽妖界(ダンジョン)に潜り込んだんだよ。で、全員まとめて隊長に捕まっちゃった」


「あの小娘にか?」


「誇狼さんが言うんだ」


何なら胸の分、隊長よりも小娘なのに。


「まあ、当時は今と違って見た目も男の人だったけどね。既にやさぐれてはいたけど、風采も良かったから城下の女の人にモテてたし。で、その隊長との司法取引で島流しの代わりに新調組所属になって今に至るって感じ。だから、誇狼さんも春描も未調査の奥羽妖界(ダンジョン)には入ったけど、間違いなくぼくが一番純粋に抜け駆けの罪を犯したんだ。幻滅した?」


「ふむ……なぜ、その様な事を?」


「なぜ……なぜかー……」


訝る様に眉を寄せた誇狼さんに少し首を傾げつつ、パシャリと掬ったお湯で軽く顔を撫でる。


「誰かに求められて死にたいと思ったから……かな?」


「求められて死にたい……」


「うん」


ポツリと繰り返した誇狼さんに頷く。


「実家を廃嫡された時点で、ぼくはこの世の誰からも必要とされない人間になっちゃったんだ。それは死ぬほど……死にたいと思うほど惨めで。けど、惨め過ぎて死ぬことも出来なかった」


「……」


「死にたいけれど死んでも死にきれない……だから、どうすれば身も心も死ねるかなって考えた時に、誰かに必要とされた上でならぼくは身も心もちゃんと死ねる気がするって思ったんだ」


「それが抜け駆けの捨て石となった理由か」


「あの人達は、ぼくを頼ってくれたからね」


「……」


ぼくが頷くと、湯船に顔を半分沈めた誇狼さんがポコリと泡を吐いた。まあ、普通にドン引きだよね。


「武士道……じゃな」


「え?」


そう思っていたら、顔を上げた誇狼さんがポツリと妙なことを呟いた。


「武士道とは死ぬこと。故に影殉、おぬしは立派な武士道の持主じゃ」


「ええ……」


何か、銭湯のお湯にのぼせたかのような熱弁を振るわれた。


「てっきり、軽蔑されるかと思ったんだけど」


「なんの、むしろ死に花を咲かすは日本男児の本懐じゃぞ!」


そう言って、うんうんと頷く誇狼さん。


「こうして胸襟を開けば益々紐帯を密に出来るというもの。なに、そうやって命を捨ててこそ色付く花弁もあろう「わぁ、本当に貸し切りじゃない♪」


そして締め括ろうとした瞬間、不意にタイルの壁を挟んで反対側の女湯からきゃっきゃという女の人の声が聞こえてきた。


「ちょ、待ってよカナちゃんっ」


「もう、遅いわよみーちゃんたら」


「「……」」


次いで響く数人の足音にぼくと誇狼さんは顔を見合わせる。




「よし、覗くか」


「おい」




直前のシリアスな会話はどうした。


「なに、確かに死ぬことも日本男児の本懐じゃが、これもまた日本男児の本懐じゃぞ」


「ぼくのルーツって覗きと同列に語られる話なの?」


いやまあ、真面目に聞く方が馬鹿らしいと思われるかもしれないけどさ……。


「さ、それより早く肩車をしてくれぬか?」


「しかも、ぼくも手伝うのかよ」


「今のわしの身長では上まで届かぬのじゃ」


「……」


忌々し気に自分の小柄な体を見下す誇狼さん。まあ、確かにその体格じゃ仕切りの壁を越えるのは厳しいか。


「頼む」


「まあ、良いけどさ……」


湯船から出て誇狼さんの前にしゃがむと、肩に乗った誇狼さんが下に転げ落ちない様にギュッと太腿へと力を込めてくる。


「どうじゃ?」


「? どうって何が?」


「折角じゃし、おぬしに剥き出しのほと(・・)の感触を楽しませてやろうかと思うたのじゃが」


「おい」


「カッカッカ!」


(このおじいさんは……)


豪快に小さな肩を揺する誇狼さんに、ぼくは呆れ半分に肩を竦める。




そして、それが良くなかった。




元々共に裸な上に、湯屋で体を洗い終えて全身ずぶ濡れの状態。しかも、そこに折り悪く奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)の余震がやってきて、


「のわああああああああああああ!?!?!?」


「あ、ちょっ!?」


どちらともなしにバランスを崩したぼく達は、縺れ合う様にしてタイルの上にすっ転んだのだった。


「っつつ……」


「ぐ、うっ……」


覗きの罰が当たったのかなと思いながら、ギリギリで受け止めた腕の中の誇狼さんに「大丈夫?」と声を掛ける。


「う、うむ助かっ「おや、ソーププレイの最中だったかい?」


その瞬間、カラリと入り口の引き戸が開いて、いつも掛けている眼鏡を外した春描が入って来た。


「違うわ。っていうか、お前も男湯に来んのかよ」


「今日はちょっと覗きを楽しみたい気分でね♪」


「そんなこったろうと思ったよ」


ちなみに、


「……」


自分の状況を改めて理解した誇狼さんは、この間ずっと顔を真っ赤にして硬直していたのだった。





     ◆





「「んっんっんっんっ……ぷはぁ」」


「もし」


「? 何か?」


 誇狼さんと並んで牛乳を飲んでいると、番台の方から不意に声を掛けられた。見ると、眠そうな顔をした店番のおじいさんが黒い電話の受話器を持ったまま手招きをしている。


「何か?」


「新調組の千堂様という方から、この後詰所に来るようにとのお電話が」


「ああ……」


どうやら、隊長からの呼び出しだったらしい。


「ありがとうございます。分かりましたと伝えてもらえますか?」


「へえ」


頷いたおじいさんが電話に向かったのを確かめて、隣の誇狼さんに声を掛ける。


「という訳だから、急ごっか」


「うむ!」


頷いた誇狼さんはケースに牛乳瓶を入れ、白いお尻をキュッと深紅の褌で締め上げたのだった。







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