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最初にダンジョン入るのは?  作者: 九龍亭流星
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1:新調組

 気絶させたコロウマルちゃんを警察署に届けて市役所にある新調組の詰所に行くと、隊長がいつもの様にコレクションの春画を読み耽っているところだった。


「戻りました」


「おう、戻ったかジュン(・・・)


裸の女の人の写真から顔を上げた隊長はいつも通りシニカルな笑みを浮かべながら咥えていた銀煙管を持ってフウゥゥゥゥと大量の紫煙を吐き出す。


「どうだった?」


洋龍(ドラゴン)がいたので甲級かなと。他にも何種類か危険な妖魔獣(モンスター)を見掛けましたから」


「そうか。そいつぁ難儀だったな。怪我の方は大丈夫か?」


「ええ。ちょっとトラブルがありましたけど」


「トラブル?」


「はい、そのことでちょっと警察署に」


訝る様に太い黒眉を顰めた隊長にコロウマルちゃんの事を報告しようとした瞬間、春画の脇に置かれていた黒い卓上電話がジリリリリリッ!!とけたたましくベルを鳴らす。


「おう、新調組六九番隊詰所だ」


面倒臭そうに受話器を取った隊長が直ぐに顔を顰める。どうやら、相手の方が何か切迫しているらしく、こっちにまでノイズが聞こえてきている。

 電話越しの相手に相槌を打つ隊長に、一先ずぼくの方も報告書に取り掛かろうとボールペンを手に取ったところで受話器を置いた隊長から「おい、ジュン」と声を掛けられた。


「はい?」


「おめぇ、今日潜った奥羽妖界(ダンジョン)で妙な嬢ちゃんを捕まえたらしいじゃねぇか」


「ええ。抜け駆けをして小鬼(ゴブリン)の群れに襲われているところに丁度居合わせたので、そのまま連れて戻って来たんですが……なんかあったんですか?」


「その嬢ちゃんだがな? なんでも警察署の奴らが手を焼くほどの大立ち回りをしているらしいぜ」


「はあ……」


「で、それだけじゃなく『影殉を出せ!』って吠えてるみてぇでよ」


「えぇ……」


まさか、そんなことで?


「結構な騒ぎみてぇだぜ? 何せ、電話越しの俺にまでドッタンバッタンの音が聞こえてきてたんだからよ」


「さっきのノイズはそれですか……」


一体何だと思ったけど。


「それで?」


「おめぇさんを向かわせることにした」


「えー……」


「そう嫌そうな顔すんなよ」


「だって、仕事とは関係ないですよね。それに、手伝って感謝されるとも思えませんし」


「そりゃな」


「じゃあ」


「だが、そうやって貸し(・・)を作っときゃぁ、いざって時に役に立つ。あいつら警察は割と権益が広ぇからな」


「まあ、隊長がそこまで言うなら……」


「おぅ、頼んだぜ」


つい溜息を吐きながら立ち上がったぼくを、隊長は再び春画に向かいながら送り出したのだった。





     ◆





 警察署に入って近く居たお巡りさんに名前を告げると、程なくして奥から一人の背広を着た警察官がバタバタと走り出てきた。


「遅い! 遅いぞ新調組!!」


「はあ……!?」


いきなりの罵倒にやる気を減退させられながら声の方を振り向くと、そこには顔中に噛み痕とひっかき傷を作ったコロウマルちゃんを引き渡した警察官の人がゼーゼーと肩で息をしながら千切れた袖口で切れた口元を拭っているのだった。


「どうしたんですかその顔?」


「どうしたもこうしたもあるか!!」


思わず素に返って尋ねると、警察官の人が血の混じった唾を飛ばしながら叫んだ。


「お前が連れてきた抜け駆け、あれはどうなってるんだ!? 縄を打っているにも拘らず噛むわ掻くわでとても手が付けられん!! あれではまるで狐憑きだ!!!」


「はあ……」


状況は理解できたけど、それでぼくに何の用だろうか。少なくとも、プロであるこの人が手に負えないのなら、門外漢のぼくがどうこう出来るとも思えないんだけど……。


「狂乱している抜け駆けが口にした中で、唯一分かったのがお前の名前だったからな」


「それでぼくを捨て石にしてみる気になった訳ですか」


つまり、コロウマルちゃんに対する新規調査と。


「多分隊長から言われると思いますが、貸し一つですからね」


「っ! 貸しでも菓子でもなんでもいい! さっさと来てくれ!!」


そう言って、バタバタと引き返した警察官の人を追い駆けて、ぼくも余震を伴って妙な唸り声の伝ってくる廊下を速足で歩くのだった。





     ◆





「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「「「ぎゃああああああああああああああ!?!?」」」


 取調室と書かれた部屋のドアが開くと、荒れ狂う暴風によって狭い室内が壊滅しているところだった。


(龍?)


その中心で文字通り“狂乱”しているのはぼくの羽織の上から縄を打たれたコロウマルちゃんで、縛り上げられた胴をくねらせ手の爪を四方八方に突き立てて、灰褐色の尾を(はし)らせる姿は逆鱗に触れられた東洋のそれを思わせた。

 そんな彼女の顎を何とか振り切った警察官の一人が取調室から転がり出てくると、後の顔面ひっかき傷だらけの警察官と青痣を浮かべた警察官も続いて逃げ出していく。


「グルルルルルルルルルゥ……」


「では頼んだぞ!」


「あっ……」


代わりに押し込まれた無人の取調室では、ぼくと血に飢えた獣の様な唸り声を上げるコロウマルちゃんだけが残されたのだった。


「はぁ……えっと、コロウマルちゃん?」


「グルルルル……ぬっ!?」


一先ず声を掛けてみるとコロウマルちゃんの耳がピョコンと立ち上がり、九割方獣となっていた表情に理性の光が宿る。


「ええええええええいじゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」


けれど、それはほんの一瞬のことで、すぐさま憤怒の表情を浮かべたコロウマルちゃんは鋭い牙を剥いてぼくに襲い掛かってくるのだった。


「グウッ! ガウッ!! ガヴッ!!!」


「っと、どうどう」


その小さな肩を捕まえると、目の前で何度も白い牙がガチンッ!ガチンッ!と噛み合わされる。下手をすれば、そのまま肉を食い千切られるんじゃないかなと思わせる口撃は都合十度を数えたところでようやく治まったのだった。


「フゥーッ! フゥーッ!!」


「はい、落ち着いて。深呼吸深呼吸」


「フゥゥゥゥゥゥッフゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


「……落ち着いた?」


「……フンッ!」


「落ち着いたなら、ぼくは帰るけど」


「帰っても良いが、わしはおぬし以外には何も答えるは無いぞ」


「えぇ……」


ドカッとその場に腰を下ろしながら、プイッと顔を背けてそんなことを言うコロウマルちゃん。


「わしが相手をするはわし自らが認めた益荒男だけよ。あの様な腰抜けどもに開く口は持ち合わせておらん!」


「いや、腰抜けって……」


流石にあの発狂を見せられたら、ああいう反応になるのも仕方ない気がするけれど……、


「まあ、ぼくに話してくれるなら聞くけどさ」


部屋の隅に転がっていた辛うじて折れてないボールペンと端の千切れた調書を取ってコロウマルちゃんと対峙する。


「えっと、じゃあコロウマルちゃん?」


「ちゃ!?」


「?」


一先ず奥羽妖界(ダンジョン)で聞いた名前を呼んでみると、なぜか絶句された。


「……“ちゃん”は止めよ。仮にも八十過ぎた爺じゃぞ」


「ああ、小鬼賢者(ゴブリンセージ)?」


「うむ……」


苦り切った表情で呻くコロウマルちゃんの言葉に、すぐにピンとくる。

 小鬼賢者(ゴブリンセージ)は“妖震(ようしん)”と呼ばれる妖魔獣(モンスター)のみが持つ能力でもって他生物を雌に造り変え、同じく本来であれば妖魔獣(モンスター)には無い生殖能力を妖震により獲得している小鬼(ゴブリン)に苗床を供給する役割を持っている。その対象は自称八十を越えたおじいさんであっても例外ではないらしい。


「じゃあ、何て呼べば?」


「ちゃんを付けねば好きに呼んでくれて構わん」


「じゃあ、コロさんで」


「……まあ、よいわ」


フンッと鼻を鳴らしてコロウマルちゃん改めコロさんは一つ頷いたのだった。


「それじゃあ早速だけど、名前の漢字と生年月日、後は生まれと簡単な自己紹介をしてもらえる?」


奥羽妖界(ダンジョン)でも名乗ったが姓名は正心誇狼丸。正しい心の誇り高き狼人の丸で正心誇狼丸。見ての通りの狼人よ」


「ふむ……」


そう言って、ピコピコと耳を揺らすコロさん。いや、この場合は誇狼さんか。


「生国は陸奥……今は陸中県の柳戸藩にて安政四年の辰月九日に生まれじゃ。我が正心家は代々馬廻組を拝命しておる家柄じゃったが、先の奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)の折に冒険者に転じて今に至っておる」


「安政四年ってことは1857年生まれか。冒険者の等級は?」


「甲級じゃ……何をもって甲級なのかは分からんがな」


そう言って、コロウマルちゃんは自嘲する様にフッと冷笑を浮かべたのだった。んー……、


「甲級冒険者っていうことは“抜け駆け”の罪については知らない訳がないよね? その罰についても」


「元より覚悟の上じゃ」


ぼくの確認に、誇狼さんはごく自然に首を縦に振った。

 奥羽妖界(ダンジョン)の価値が世に知られて以降“抜け駆け”は島流しに相当する重罪で、年々その取り締まりは厳しくなっている。そんな罪を何で覚悟してまで犯したのか、それにしては結末も妙にお粗末で、色々と疑問が残る状況だった。


「動機は?」


まあ、考えていても仕方ないので、直截的に理由を聞いてしまう。すると、「動機か……」と呟いてふと遠くを見る様に目を細めた誇狼さんは少し考え込む様に「おぬしは……」と呟いた。


「冒険者というものをどう思う?」


「どうって……」


正直、特に何とも思ってないけど……、


「では言い直そう。自らを“危険を冒す者”などと勇ましく飾り立てては英雄譚の如く語りながら、その実おぬしら新調組含めて幾重にも保護を受け、利権だけを貪り金勘定にだけ長けた豚共の有様を!!!!!!」


「おぉぅ……」


突然爆発した様に白い歯を剥いてわなわなと震えだす誇狼さん。血走った眼光からは憤激の炎が燃え上がり、口端からはツツーッと細い血の筋が滴り落ちている。それは全身に溜めに溜め込んだ血を吐く様な無念と絶望の声だった。


「自決が目的だったの?」


「そう……かもしれんのう」


チラッとぼくの方を見上げて、誇狼さんは潤んだ目に卑屈な色を乗せながら視線を落とした。


「戊辰の頃は良かった。日夜黒鉄に心身を削られ、老若男女の別なく血風を上げながら命拙く躯を晒したが、それでもわしの刀剣と爪牙は男児の本懐の中で煌めいておった」


「はあ」


奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)の時もそうじゃ。皆、食うにも困る有様じゃったが、それ故に何よりも勇と力こそが貴ばれた……」


「ふむ……」


「古臭いと思うか?」


「そこまでは。まあ、今の冒険者の人達の中では少数派だろうなとは思うけど」


「フンッ! この正心誇狼丸、確かに戊辰より戦場を駆け抜け生きさばらえた老害よ。じゃが、今の冒険者とは名ばかり口先ばかりの家畜共よりは億倍もましじゃっ!!!!」


誇狼丸……その名前の通り、自分の誇りに何よりも重きを置くおじいさんの動機は、





「戦場を駆けずして何が漢! 危険を冒さずして何が冒険者か!!」





結局のところ、その一点に集約されていたのだった。


「やはり、おぬしが(ねった)いわ……」


奥羽妖界(ダンジョン)でも言ってたよね」


「うむ。わしらの様な冒険とは名ばかりの利権の蚕食ではなく、無手にて奥羽妖界(ダンジョン)へと挑みかかる真の“危険を冒す者”の集団」


「大分美化されてない? 大体、ぼく達は妖魔獣(モンスター)とは戦わないで全力で逃げるだけだよ?」


「そうであったとしても、今の冒険者モドキ共よりは幾倍も漢じゃ……」


「……」


そんな上等なものじゃない……そう言い掛けたものの、今の誇狼さんにそれを言っても無駄なことは何となく察せられた。それにもう一つ、誇狼さんの話を聞いているうちに、ぼくもふと今の新調組になるきっかけとなった時のことを思い出していた。




―ほぅ、今のを避けねぇか。ククッいいじゃねぇか―


―ふかしやはったりじゃねぇな……おいガキ―


―本当に死にてぇのなら俺のところに来な―


―その要らねぇ命、きっちり使い潰してやるぜ―




銀閃と共に投げ付けられた、血腥く嘘偽りの無い言葉。同時に、それが今のぼくの存在意義そのものでもあった。


「じゃあ、入ってみる?」


そんな言葉が自然と口を突いて出たのも、そのせいかもしれなかった。


「入るじゃと?」


「うん、新調組に」


「!?」


ぼくの言葉を聞いて大粒の両目を見開いて瞳をキラキラと輝かせる誇狼さん。けれど、すぐに何かに気が付いたのかペタンと耳を倒して「忝いが、それは無理じゃ」と俯いた。


「わしは“絶境(ぜっきょう)遣い”じゃ。新調組に入ることは叶わん」


 “絶境”とは奥羽大震災(ダンジョン・クエイク)とその余震に被災した人間の一部に発現する特異な能力のことだ。その力は人によって違う単語を叫ぶという妖魔獣(モンスター)犇めく奥羽妖界(ダンジョン)内では自殺に近い行動を必要とする反面、効能は大きく、等級の高い冒険者にとっては必須とも言われる技能だった。誇狼さんも甲級の冒険者だから持っていても全然不自然ではないんだけど……、


「新調組に入るのに、絶境に関する制限は特に無いよ?」


「なんじゃと!?」


ぼくが教えると、今度こそ誇狼さんは目を剥いた。やっぱり勘違いしてた。


「誇狼さんは新調組の局中法度全部言える?」


「いや……」


「まあ、あんまり積極的に発表してないからね」


そういう反応になるのも宜なるかな。


「一つ、寸鉄を帯びるべからず

 一つ、妖魔獣(モンスター)を害すべからず

 一つ、冒険者に抗うべからず

 一つ、局を脱すべからず」


「……それだけ、か?」


「うん、これだけ」


呆然とした様に呟く誇狼さんに、ぼくは首を縦に振る。


「一つ目と二つ目の法度のせいで、いつの間にか勘違いされる様になっちゃったらしいんだよね」


ぼくも実際に新調組に入るまで勘違いしてたし。


「そもそも、ぼくもさっき何度か絶境を使ってたし」


「そうじゃったのか!?」


「うん」


今度こそ本当に度肝を抜かれた様に吠える誇狼さん。まあ、ぼくの絶境はかなり短い方だからね。


「で、どうする?」


「ぬ?」


「本当に受けるなら口を利くけど? 抜け駆けの司法取引として、新調組に入るっていうのは普通にあることだし」


ぼくが提案すると「あ、あぁ……」と呻いて、突然ガンッ!と床に頭を打ち付けた。


「忝い影殉殿!!」


「殿はいらないから」


「では影殉よ! 本当に……本当に心からの礼を言うぞ!! この正心誇狼丸、おぬしから受けた恩は終生忘れん!!!」


「そんな大袈裟じゃなくていいから」


額を真っ赤にしてニッコリと無邪気に喜ぶ姿は、八十を過ぎたおじいちゃんというよりは見た目通りの女の子に見えたのだった。


(怒るだろうから言わないけど)





     ◆





「時に影殉よ」


 警察署の人に断って縄を解いた誇狼さんを市役所の方に連れて歩いていると、不意に隣の誇狼さんが小首を傾げた。


「なに?」


「一つ確かめたいのじゃが、罪人であるわしの口利きが出来るということは、おぬし新調組においては何らかの役を持っておるのか?」


「まあ、そうと言えなくもない……かな?」


「なんか曖昧じゃな」


「元々人数が少ない組織だから、入隊するとそれだけで役持ちになることがあるんだよ。実際、ぼくは入隊してからずっと六九番隊の副隊長してるし」


「なるほどのう……」


納得した様に頷いた誇狼さんは、けれどそこで再び「ん?」と首を傾げた。


「おぬしが副隊長ということは、他に隊長も居るということか?」


「うん、そうだね」


「おぬしが隊長と仰ぐ人間か……一体どの様な人間じゃ?」


ぼくの言葉に興味がそそられた様にこっちを見上げてくる誇狼さん。ぼくなんかが仰いでも大した付加価値は生まれないと思うんだけど、んー……、


「姓は千堂(せんどう)、名は桜衛門(おうえもん)影之(かげゆき)。元は海鶴藩の徒目付で、北軍(ほうぐん)流剣術と有内(うだい)流柔術の免許皆伝だったかな? 確か、藩主の御前試合で優勝したこともあるとか言ってたっけ」


「ほう、武断派という訳じゃな?」


「まあ、豪放磊落ではあるかもね。肝は据わってるし」


記憶を辿りながら隊長のことを伝えると、誇狼さんは興味がそそられた様に軽く前のめりになりながら目を輝かせた。


「あ、けど十八で藩校の試舎生になったって言ってたから、武断って言うよりは文武両道の方が合ってるかも」


「文若であったならば話にならんかったが、両道とあらばむしろ好ましい! なるほど、わしらが頂くに足る大将ということじゃな!」


「まあそう……なのかな?」


「して見目はどうじゃ? その様な気性の者であればなよなよとはしておらんじゃろうが」


「それはそうだね、目付きはどっちかっていうと鋭いし。あ、それと結構人の悪い笑い方はするかも」


「ふむ、腹に一物抱えた質か。ま、一組織の長とあってはそれくらいの方が良いのであろうな」


得心がいったように二度三度と頷く誇狼さん。その期待を表す様に、お尻から覗いた尾がブンブンと揺れた。


「新調組隊長。一体、どの様な益荒男か……」


(益荒男?)


そうして呟いた言葉に、ぼくの脳裏を疑問符が過る。いや、まあ益荒男と言えば益荒男ではあるのかもしれないけど……


「どうした影殉?」


「あ、ごめんごめん」


ぼくが数歩遅れたことに気付いて振り返った誇狼さんを追い駆けながら、軽く謝罪をする。ふむ、


(まあ、いっか)


大した話じゃないし……ね。





     ◆





「ふぅぅぅぅ……よし!」


 市役所にある新調組の詰所前に立つと、誇狼さんが自分に喝を入れる様にパンッと頬を張った。正直、そんな畏まる相手じゃない気もするんだけど。

 軽くドアをノックして「影殉です、隊長」と声を掛けると、中から「入りな」という声が返ってくる。


「む?」


「?」


その返事に訝る様に眉を顰めた誇狼さん……まあ、いっか。


「おう、(けぇ)ったかい」


さっき部屋を出た時と同じように寝そべったまま見ていた春画から顔を上げて煙管から口を離す隊長。その黒曜の視線が隣の誇狼さんに鋭く向けられる。


「おうジュン、そいつぁ「な、ななななぁ!?!?!?」んだ、うっせぇな……」


その瞬間、唐突に奇声を上げる誇狼さん。さらにバッと音が出そうな勢いでこっちを振り向くと、なぜか睨み付ける様な目でぼくを見てきた。んー?


「おい、影殉!!」


「どうかした?」


「どうかしたもこうしたもないわ!! おぬし、このわしを謀りおったな!?」


「? 特にそんなことはしたつもりないけど」


「なら、これをどう言い繕うつもりじゃ!!」


「えっと?」


「おぬし、先程“隊長”と呼んでおったではないか!!」


「うん、そうだけど」


「じゃが、ここに居るのは益荒男ではない




 ただの……小娘ではないか!!!」




そう吐き捨てる様に言う誇狼さん。その人差し指が向けられた先には、確かに誇狼さんの言う通り、射干玉の艶やかな長髪を流したままに、桜が散った漆黒の着流しの合わせ目を谷間が露わになるのも気にすることなく着崩す小さな女の子の姿()があった。けれど、


「おう、てめぇどこのどなた様か知らねぇけどな……“小娘”はおめぇさんも同じだろ?」


「ぐっ!?」


不愉快そうに眉を顰めてフッと煙を吐き出した黒髪の女の子……の見た目をした隊長の指摘に言葉に詰まる誇狼さん。ふむ、


「取り敢えず、似た者同士仲良くしてくれませんか?」


「誰が似た者同士か!?」


「おぉぅ……」


途端、腰を落として両耳を背後に向けてボワッと尾を逆立てる誇狼さん。うーん、キレてるね。

 けど、隊長の方には意図が伝わったらしく、「おい、まさかこいつぁ……」と呟いてチラッと流し目を送ってくる。


「はい、お察しの通りです」


ぼくが頷くと「そうかい……」頷いて隊長は再び銀煙管に口を付ける。


「む、どういう事じゃ?」


訝る様にぼくと隊長を見比べてくる誇狼さん。


「んー、つまりね、今この部屋には小鬼賢者(ゴブリンセージ)の妖震に足元を掬われた人間が二人(・・)居るっていうこと」


「なんじゃと!?」


途端に目を剥いて、今度は隊長と自分を見比べる誇狼さん。そんな誇狼さんの反応にククッと喉を鳴らしながら、隊長は灰盆にカンッと煙管の雁首を打ち付けたのだった。





     ◆





「つまりなんだい、ジュン。おめぇさんが連れてきたこの嬢ちゃんは俺と同じ野郎で、そのじーさんが新調組に入りてぇってことなのかい?」


「はい」


「ふむ……」


 ぼくが首肯すると、少し品定めをする様に誇狼さんを見る隊長。その視線に相対した誇狼さんは対抗心からなのかグッと薄い胸を張った。


「まぁなんだ、渡りに船ではあるんだがな。俺はこんな様(・・・・)だしよ」


そう言って、さらしの一本巻いていないおっぱいをたぽんと持ち上げる隊長。たったそれだけの所作で大ぶりな乳房が持ち上がって、桜の吹雪いた着流しがゆったりと波を打つ。


「流石にそのおっぱいじゃ奥羽妖界(ダンジョン)を走るのは無理がありましたもんね」


「それな。まったく、安易に乳のでけぇ女郎を有難がってたのが申し訳なくなるぜ」


「……」


クックックと喉を鳴らしながらゆさゆさとおっぱいを揺らしていた隊長はジッと黙ったままの誇狼さんに「ただな……」と目を向ける。


「入隊希望っつーことだが本気かじーさん? 俺達は新調組だぜ。冒険者みてぇな華はねぇどころか、日もまともに当たらねぇ日陰者だ。仮にも甲級なんて頂いてた元侍が耐えられるのかい?」


「わしの覚悟を疑っておるのか?」


「覚悟っつーよりは誇りだな。じーさんは誇りを理由に冒険者を厭ってたみてぇだが、誇りをドブ中の糞尿に引き摺り回されるって意味じゃぁ新調組は冒険者にゃ到底及ばねぇ。元より、この仕事じゃ冒険者みてぇな妖魔獣(モンスター)との切った張ったはご法度だ。途中で想像と違ぇと投げ出されちゃ俺だけでなくジュンの奴まで困ることになる」


「……」


隊長の指摘に押し黙る誇狼さん。まあ、隊長は誇狼さんが誇りを持っているからこそという話をしている訳だしね。


「ならば!」


「?」


「うぉっと?」


 どう答えるかなと思って見ていると、不意にカッと目を見開いた誇狼さんが何かに飛び掛かる。それは詰所の壁に無造作に立て掛けてあった隊長の刀だった。


「誇狼さん?」


「おいじーさん、何するつもりでぇ?」


「無論……こうするのじゃ!」


訝るぼく達を前に、抜いた刀の刃を後頭部に宛がう誇狼さん。そして銀刃を一息に引くと、ブツッと音が鳴り詰所内に雲が掛かる。そして、灰褐色の通り雨が過ぎると、それまでの長い髷が無くなった誇狼さんがパチンと刀を鞘に戻したのだった。


「これでどうじゃ? 刀を失い、髷も落とした。最早わしに立てねばならぬ余計な誇りなぞ無い」


そう言ってスンと鼻を鳴らす誇狼さん。


「見ての通り、わしは狼人じゃ。当然、鼻が利く故、奥羽妖界(ダンジョン)では影殉の道標ともなろうぞ。目もまた同じよ」


「つまり、侍の身分も甲級冒険者の地位も捨ててジュンの犬になるっつーことかい?」


「仰ぐことを許されるのであれば犬馬の労も厭わん」


「狼だけにってかい」


そう言って、シニカルに口元を持ち上げた隊長が身体を起こしながら頷く。


「いいぜ、元が老い先短かったじーさんが誇りも何もかもを打ち捨てて堕ちるっつってんだ。その意気を買って入隊試験といこうじゃねぇか」


「忝い」


そう言って深く頭を下げた誇狼さんに頷いて、隊長が「おい、ジュン」とぼくを呼ぶ。


「はい」


「このじーさんに装備を見繕ってやってくれ。流石におめぇさんの羽織一つじゃ心もとねぇだろ」


「無理ですけど?」


「……」


ぼくがそう答えると、なぜか隊長が訝る様な顔になる。


「ジュン、おめぇまさか金がねぇってんじゃねぇだろうな?」


「まさかも何も、その通りですけど」


「おいおい頼むぜ? まだ給料が入ってそう日も経ってねぇのにもう使い果たしち「いえ、隊長に先日全部貸しちゃったから無いだけですけど」……」


「……」


ぼくが正直に理由を答えると、今度ははっきりと固まる隊長と誇狼さん。タラーッと一滴の汗をかく隊長に、誇狼さんが凄いものを見る目を向けている。


「おぬし……」


「あー……そーいやそうだったな……」


「それで済むか!!」


バリバリとバツが悪そうに頭を掻く隊長に、誇狼さんが躍りかかる。


「仕方ねぇだろ!? あそこで丁が出てりゃ倍に!!」


「しかも丁半博打!? おぬし、いくら飲む打つ買うの三拍子が男の嗜みとはいえ、仮にも一部隊を預かる隊長であろうが!!」


「うぉっとっと?」


ゴロゴロと取っ組み合いの喧嘩を始める二人を止めに掛かろうとしたところで、ふとあるものが目に入る。……あ、


「二人とも」


「なんじゃ!?」


「なんだ!?」


「もしかしたら、装備の方は何とかなるかも」


そう伝えながら隊長が読み耽っていた、あられもない恰好をした女の人達の画集を手に取って見せると、誇狼さんは訳が分からないという様に頭上に疑問符を浮かべ、反対に隊長は得心がいったのかポンッと手を打ったのだった。







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